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諏訪 光洋, 岩沢 エリ, 棚橋 弘季 2025.07.24

スタートアップ連携の新たな一手、
大企業が「戦略的な顧客」として繋がる可能性

環境変化が激しい現在、スタートアップと大企業の連携など、社内外の垣根を超えた新たな価値を創出する「オープンイノベーション」は大企業にとって不可欠な成長戦略の一つになっています。

ロフトワークは、製造業の成長を支援するベンチャーキャピタル「Monozukuri Ventures(モノづくりベンチャーズ)」と共催で、「大手企業のオープンイノベーション最前線」をテーマにイベントを開催。出資せずに顧客になる、調達型のスタートアップ連携として急速にその注目度を上げている「ベンチャークライアントモデル(以下、VCM)」の紹介に加え、共創を巻き起こすビジョンの重要性やCVCの使いどころなど、さまざまな支援経験から見えてきたオープンイノベーションの今とこれからを語りました。

登壇者4名が議論をしている様子、ディスカッションパートの写真
登壇者たちは、オープンイノベーションを目指すそれぞれの立場から、支援のあり方を議論しました

事業創造の歴史と、私たちの実践

近年、企業は自社のリソースに加え、外部の組織や機関との連携を通じて新たな事業機会を生み出す「オープンイノベーション」に注力し、様々な手法を用いて取り組んできました。

組織を改革し、外部との共創文化の土壌を育む施設や部門・チームの立ち上げ、社内起業を促すための「イントラプレナーシッププログラム」や、外部に生まれた事業を自社へと取り込む「外部専門家を起用したM&A戦略」、自社事業とのより強いシナジーを引き起こすための「CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)による取り組み」など、そのアプローチは多種多様です。

ロフトワークもまた、そうしたオープンイノベーションの一端を担ってきました。オープンコラボレーションをうたい、外部との共創空間をつくったり、ハッカソンやアワードの開催や、社内プログラム、外部とのコンソーシアムの立ち上げ運営など、企業や事業によって異なる事業創造のアプローチを提案し続けてきました。

株式会社QUICKとロフトワークがともに立ち上げ、実施したデザインアワードの記事イメージ

社内での新事業創造を目指すべく、アワードプロジェクトを実施

今回のイベント共催のMonozukuri Venturesもまた、日本の製造業とスタートアップ企業とのオープンイノベーションを進めるための支援を行ってきました。投資をはじめ、試作・量産化の支援や、大企業向けのアクセラレーションプログラムなどを行うことで、大企業とスタートアップ企業を繋ぐ橋渡しのような役割を果たしてきたといいます。 

株式会社Monozukuri Venturesの横溝さん(女性)が登壇している様子
冒頭のトークには、株式会社Monozukuri Ventures 横溝真衣さんが登壇。自社が行ってきた支援の取り組みを紹介してくれた

日本企業のオープンイノベーションが着実に浸透しつつあるなかで、課題もあります。それは、大企業がスタートアップ企業との連携を通して戦略的利益を獲得することの難しさ。実践的な手法はまだまだ確立されておらず、連携の方法に正解はありません。

今回登壇したメンバーは、それぞれ異なる手法を通してオープンイノベーションの支援に取り組んできました。個別の課題に対応するこれらの施策が複合的に機能すれば、より確実なオープンイノベーションの実現につながるのではないか——。そうした支援側の課題意識のもと、いま日本企業への導入に期待が高まっているのが「ベンチャークライアントモデル」です。

Keynote「世界が注目する調達型共創モデル、ベンチャークライアントモデルとは?」

キーノートでは、株式会社ベンチャークライアントモデル 代表の木村将之さんが登壇。ベンチャークライアントモデルの可能性について語りました。

大企業のオープンイノベーション戦略として、スタートアップへの投資は重要な戦略の1つです。しかし、CVCなどの大企業からスタートアップへの投資によって大きな戦略的利益が上がった事例はごく一部であり、ほとんどの場合は大企業側の成果に繋がっていません。スタートアップに投資を行いつつも、大企業にとって大きなインパクトをもたらす主体事業へ実装されるに至らないことが原因です。

大企業とスタートアップ、資本家の関係性を示した図。資本家は製品・技術開発の資金をスタートアップに提供し、スタートアップは製品・技術を大企業に提供している
スライドで紹介された、大企業とスタートアップ、資本家の関係性の図

スタートアップの技術やビジネスが大企業の主体事業に本格採用されることは、スタートアップにとっても非常に大きなインパクトをもたらします。着実に評価を高めたユニコーン企業が生まれるためには、スタートアップが継続的に成長し続ける必要があります。そのためには大企業との連携が必要不可欠であるものの、日本ではそうした連携が上手くいってないケースもまだまだ多く、そこに課題があると語った木村さん。

大企業側としては、スタートアップが持つ技術に本当に優位性があるのかを慎重に判断したい一方で、できる限りの権利を獲得したい。一方のスタートアップは、自分たちが開発してきた技術が一方的に大企業へと流出してしまう可能性を危ぶんでいます。互いに新しい事業を創造し、市場の開拓を進めたいという大きな目的がありながら、そのプロセスに不安があるためにうまく連携が進まないという状況がありました。

大企業とスタートアップがそれぞれに抱えている不安を、課題の構造として示した図。大企業側はスタートアップが持つ技術の優位性や、製品の品質などに不安を持っており、スタートアップ側は大企業へ一方的に技術が流出するリスクや、意思決定スピードの遅さ、利益分配や知財において不利益を被るリスクに不安を持っている

こうした構造的な課題に対応するために生まれたのが、VCMでした。考案したのは、当時BMWに在籍していた、株式会社ベンチャークライアントのCo-Founderであるグレゴール・ギミー(Gregor Gimmy)氏。新しい技術の組み合わせによるオープンイノベーションが切望されるなかで、正しく企業が連携していくためにこのプロセスは生み出されました。

社会の新たな潮流と要望に対応すべくオープンイノベーションを目指していた当時のBMWに、イノベーションのプロセスづくりを依頼されたグレゴール氏。彼は「スタートアップの顧客になること」「権利を主張しないこと」「戦略的な利益を追い求めること」を重視するモデルを構想し、のちのベンチャークライアントモデルの素地をつくりました。

大企業がVCMを行うことのメリットは、リスクの小ささと利益獲得の確実性にあります。ベンチャー企業の顧客となって製品やサービスを購入することで、大きなリスクを背負うことなくベンチャー企業の成長を支えながら、自社事業でも戦略的利益を獲得することができる。一方のスタートアップにとっても、知的財産権や経営権を第三者に取得されるリスクがなく、大手企業と連携できる。

また、スタートアップの顧客になる上で、大企業は緻密に抽出した事業課題を出発点とします。課題から逆算し、解決策となりうるスタートアップの事業やサービスの顧客となるために大企業の主体事業とのシナジーが起こりやすく、成功率が高いのもVCMの特徴です。かつてあった協業の懸念点をクリアしながら、より戦略的な利益のあげやすいモデルであると言えます。

また、規模とスピード感の早さはお互いにとってのメリットになります。多くの場合、プロジェクトは約500万円ほどの少額から開始することができ、3~6ヶ月でパイロットを終わらせることが可能で、効果が出ればすぐに導入へと移ることもできるといいます。

VCMについて解説された図。競争優位を生む技術・ソリューションを導入・採用する直接的な方法であることが説明されている。競争優位の厳選になるスタートアップの技術・ソリューションが赤い核のモチーフで示され、VCMにおいては大企業の購入によるスタートアップの技術とソリューションの獲得がスムーズに行われている様子が描かれている
VCMによる協業をすることで、大企業は競争優位の源泉になるスタートアップの技術・ソリューションをスムーズに獲得できることを説明する図

イベントでは幾つかの事例も紹介。ドイツに本社を置く自動車システムサプライヤー・BOSCHにおいては、オープンイノベーションを促進するためのプログラム「Open Bosch」に言及されました。BOSCHはスタートアップとの協業を担う専任組織としてCVCを抱えています。彼らが事業部から課題を吸い上げ、課題解決に適したスタートアップを見つけてくることで、より高い確率で戦略的利益をあげることのできる環境になっています。ここでも、大企業の側から課題を高い精度で特定し、適したスタートアップと協業することの重要性がわかります。

Cross Talk「これからのオープンイノベーションの実践的なアプローチ」

登壇者であるMonozukuri Ventures代表の牧野成将さんが話している様子の写真
本日の登壇者、株式会社Monozukuri Ventures 代表取締役の牧野 成将さん(中央)

この日登壇した企業は、三者三様に異なるアプローチを用いながらも、企業の成長を支える「支援側」という同じ立場を持っていました。オープンイノベーションが社会にとって必要であるいま、皆さん口を揃えて話されるのは「ビジネス構造の課題解決を目指そうとすると、自分たちの利益を追い求めるだけでは成り立たない」ということ。

クロストークに登壇したMonozukuri Ventures代表の牧野成将さんは、サプライチェーンを巻き込むBtoBtoBのビジネス構造が広がる中で、大企業とスタートアップをどう結びつけるかを模索してきました。そんな彼がいま特に重視しているのは「支援する側の課題意識」だといいます。支援側の持つ施策の1つ1つを実施するだけでなく、フェーズに合わせて異なる施策を組み合わせ、支援側同士も連携してオープンイノベーションを支援していくべきなのではないかと語られました。

登壇者である株式会社ベンチャークライアントモデルの木村さんが話している様子の写真
本日の登壇者、株式会社ベンチャークライアントモデル 代表 取締役の木村将之さん

VCMの可能性と実践方法を伝える木村さんは、自身が活動をはじめた17年前を「スタートアップ企業の支援家は、ほとんどいなかった」と振り返ります。今や、外部と協業して価値を生む「オープンイノベーション」が認知されるようになり、日本におけるスタートアップ企業の資金調達額が当時と比べ10倍になるという事実に現れるようになりました。ただ、その潮流がありながら、「どう戦略的にインパクトのあるオープンイノベーションを起こすか」という実践的な戦略への落とし込みは、いまだに企業の悩みどころだといいます。

いま注目されているベンチャークライアントモデルも、課題と解決策を深掘りしていく特性上、しっかりと意識して活用をしないと近視眼的になってしまいがちであるという実務上の難しさがあります。具体的な課題解決と、ビッグビジョンへの道筋を立て、行き来し続ける視野が重要になります。

こうした視野は、新規事業開発の部門やCVCの部署のような、未来のビッグビジョンの探索に適した部門だけで持つものではありません。事業部とも連携し、ビッグビジョンと現在の課題の関係を理解し、全社的な事業戦略のなかに落とし込むことではじめて実現されるもの。そのためにも、大企業の事業部やR&D側が社内外に対して技術的・事業的な課題を開示してくれることの重要性が指摘されました。

日本の製薬企業においては、新しい創薬開発のパイプラインを外部に求める風土があります。これは事業上必要とされる課題を開示することで情報が集まり、課題解決までのスピードをむしろ速めることができるという考えに基づいています。

ここで注目を集めた指摘は、「コアな技術戦略を開示することは難しくとも、目指したい未来について開示することにはメリットしかない」というもの。企業が生み出すサービスや製品の多くは生活者の身近にあるもので、そこにある「目指したい未来」を開示することで共創の可能性が広がるといいます。時に「妄想だ」との指摘を受けることもあるといいますが、短期的なKPIを追わざるを得ない事業において、ビジョンを広げていくためのこうしたコミュニケーションも必要不可欠です。現実的な事業の課題解決と、大きな未来ビジョンとの反復をしながら施策を検討することが、オープンイノベーションにおいて最も重要で、かつ困難なポイントだと言えます。

登壇者たちがディスカッションをしている様子の写真。多くの参加者がその議論を見守っている

最後に、今後について振り返った登壇者たち。Monozukuri Venturesの牧野さんは、いまが変革のタイミングであると語ります。投資家がアクティビストになりつつあるいま、事業の打ち手や方向性が外圧によって変わらざるを得ない状況のなかで、企業を支援し続けたいと語りました。

株式会社ロフトワークの棚橋は、支援側のあり方について振り返ります。今回の議論の中心にあったように、クライアントの課題解決に必要なピースを支援側が全て自分たちで埋めるのではなく、複数の企業や組織と一緒に、得意なことを持ち寄るエコシステム型のプロジェクトに可能性を感じていることを語りました。

株式会社ベンチャークライアントモデルの木村さんは、スタートアップが大企業と取引をすることによって起こるオープンイノベーションの潮流を作りたいと語り、VCMはそのためのチャンスでありインフラになりうると指摘。精緻に物事をつくっていく日本企業の風土とVCMとの親和性にも触れ、将来的にはVCMのモデルを海外へと逆輸出していく可能性を語りました。

事業において、短期的な課題の特定と解決によって、クイックに成果を出していくことも求められる一方で、自分たちが新しい社会に移行していくためにどのようなビジョンを持つべきなのかに向き合い、検討を重ねていくことも必要不可欠です。後者の視点を持ってはじめて、オープンイノベーションは起こりうるのではないでしょうか。これは大企業だけが持つ課題ではありません。支援側が共に考え、有機的に関わり合っていくことで実現可能性が高められていくはずです。

『モノづくりイノベーションラボ』始動

ロフトワークは、オープンイノベーションを起こすための課題意識を抱えていた支援側企業として、新たな取り組みをはじめていきます。

Monozukuri Ventures(京都・NY拠点)とロフトワーク、それぞれの企業のロゴが並んだイメージ

2025年6月18日、Monozukuri Ventures(京都・NY拠点)とロフトワークは、製造業企業の向オープンイノベーション推進を支援するプラットフォーム「モノづくりイノベーションラボ(MIL)」を共同で立ち上げました。スタートアップとの技術連携やビジョン策定、組織改革などを一貫支援し、今回ゲスト登壇した、株式会社ベンチャークライアントをはじめとする、多様な専門メンバーとともに実効性の高い共創モデル構築を目指しています。

まずは自身の課題を明らかにするオープンイノベーション診断などもご用意しています。ご興味ある方はぜひわたしたちへお気軽にお声がけください。

詳細はこちら:
https://loftwork.com/jp/news/2025/06/18_monozukuri-ventures

関連イベント

シンポジウム:大企業のオープンイノベーション最前線
– 地域における製造業コミュニティの重要性
https://loftwork.com/jp/event/20250819_mil-kyoto

スタートアップとの連携が叫ばれて久しい中で、多くの大企業、特に製造業における新規事業担当者が「どのように共創を進めればよいのか」という実務的な課題に直面しています。本イベントは、そうした現場の悩みに応えるべく、スタートアップとのオープンイノベーションをいかに具体的に進めていくかをテーマに、実践的なヒントとネットワークを提供するプログラムです。

シリコンバレーを含む国内外の先進事例や最新動向をふまえつつ、地域における製造業コミュニティの持つ可能性と役割に焦点を当て、大企業とスタートアップが真に機能する共創関係を築くための視座と具体的な戦略を提示します。

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起業家人材を地域で育てるには
ロフトワークの支援事例3選