オンライン時代のNPOに必要な「信頼感」をデザイン
プロボノ組織の意識を更新したWebサイトリニューアル
社会のための取り組みを、灯しつづけるために
新型コロナウィルスの感染拡大からまもなく2年が経とうとしている今、人と人との接触を避けた生活が日常として続いています。 個人単位での生活が変化するなか、企業やさまざまな団体が自分たちのこと、商品やサービスについて伝えていく手法にも、大きく変化する必要性が出てきています。それは、社会をより良くしようと活動するNPOも例外ではありません。
国内外で幅広く活動する認定NPO法人「Living in Peace」のみなさんも、オンラインでのコミュニケーションについて、これまでとは異なる手法を試みています。そのなかでロフトワークは、Webサイトのリニューアルを支援しました。
新しいWebサイトを公開した今、Living in Peaceのみなさんとロフトワークのメンバーが、プロジェクトを振り返ります。
執筆:中嶋 希実
編集:岩崎 諒子(株式会社ロフトワーク)
写真:村上 大輔
話した人
龔 軼群/Living in Peace 代表理事
中里 晋三/Living in Peace 代表理事
銭 宇飛/ロフトワーク クリエイティブディレクター
小野村 香里/ロフトワーク テクニカルディレクター
組織を変えていくために、Webサイトを変える
——まずは改めて、Living in Peaceの活動について教えてください。
Living in Peace 中里(以下、中里) Living in Peaceは2007年に創設者の慎泰俊を中心として、金融畑、コンサル畑にいた社会人が、プロボノで社会課題を解決していく枠組みをつくれないかと考えたところからスタートしています。
中里 最も初期から取り組んでいるプロジェクトでは、国内で初めてマイクロファイナンスのファンドを立ち上げ、途上国の貧困削減の問題に関わり始めました。その後、2009年に国内の貧困問題、特に困難な家庭環境で育つ子どもたちの機会の保障を目指して、児童福祉施設の養育環境の改善や、子どもたちのキャリア支援を手掛けるようになりました。
——長い期間、活動されてきたんですね。
Living in Peace 龔(以下、龔) 私たちは「連邦制」と呼んでいたのですが、プロジェクトはそれぞれ、独立した運営形態をとっていました。組織として理事会はあるものの、広報から課題解決の意思決定に至るまで、かなり独自性の強いプロジェクトが2つあるという状況だったんです。
中里 2つの大きな柱に加えて、2018年からは、国内で生活する難民の方々のキャリア支援にも取り組み始めました。それまでは国内、国外とわかりやすいプロジェクトの住み分けがあったのですが、新しいプロジェクトが始まったことをきっかけに、Living in Peaceという組織が全体として何ができるかを考えていこうという流れができたんです。
龔 ホームページも組織全体と各プロジェクトのものと、4つのサイトを運営していたんです。SNSのアカウントもそれぞれで、広報担当もプロジェクトごとに独立していました。今回、Webサイトのリニューアルを通して解決したかったことのひとつが、みんなでひとつのものをつくり、不揃いだった目線を揃えるということでした。
——組織変革の時期だからこそ、Webサイトを刷新する必要があったんですね。
龔 長らく創業者の慎が対外的な団体の顔として、また内部的にも代表の役割を務めながら組織を束ねてきたのですが、2018年から代表理事を私と中里にバトンタッチしました。それぞれに担当プロジェクトを持っていたこともあって、このままだと組織がバラバラになってしまいかねないと感じたんです。
代表は変わっていくけれど、組織の在り方や目指すところの本質は変わらない。それを外だけじゃなく内に向けてもしっかりとアピールしていくためには、私たちの顔であるホームページがしっかりしている必要があると思ったので、リニューアルを決めました。
——ロフトワークにお声掛けいただいたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
龔 たまたま広報まわりを担当しているスタッフが、ロフトワークさんがWeb制作もやっていることを教えてくれて。実はそれまで、ロフトワークさんのことは知っていても、Web制作をしていることは知らなかったんです。クリエイティブに長けており、ワークショップなどを通じてコンセプト設計からとことん議論し、伴走してくださる会社だということを知っていたので、ご一緒できてよかったです。
丁寧な意思決定をしていけば、確実にいいものができる
——実際にリニューアルを進めていくなかで、ロフトワークはどのような支援をしていったのでしょう。
ロフトワーク 銭(以下、銭) まず取り組んだのは、ワークショップです。その目的のひとつはロフトワークとしてLiving in Peaceさんを知ること。そして、メンバーのみなさんが目線を合わせることでした。自分たちはどういった組織で、今後どうなっていくべきなのか。それに合わせて、どういったWebサイトが望ましいのかを整理していったんです。
——ワークショップには、Living in Peace の中からどのようなメンバーが参加していたんですか。
龔 私たち代表理事の2人と、各プロジェクトから広報周りを担当している人たちに参加してもらいました。
銭 ワークショップで大事にしていたのは、組織全体として望ましいこと・望ましくないことをみんなで一緒に整理することです。3つのプロジェクトがあるなかで、各々の立場でやりたいことが少しずつ違っているんですよね。それを1つのWebサイトにまとめていくなかで、みんなで目線を揃えていったんです。
実は、Webサイトそのものは、ワークショップをしなくてもつくれるんですよね。「メニューにはこれを置きましょう、ニュースはここに」と決めるだけなので。けれど、そうすると僕たちロフトワークがいいと思っているものと、Living in Peaceの各ポジションのみなさん、代表理事のお2人がいいと思っているものがちょっとずつズレていく可能性が高い。Webサイトの制作を進めていく中で「結局、私たちはどこに向かえばいいのか」「何を判断基準とすればいいのか」と、必ずどこかで迷走してしまいます。最初にワークショップすることで、所属や立場が異なるプロジェクトメンバー全員の目線を同じ高さに揃えられたことは、大きな意味があったと思っています。
中里 Living in Peaceが目指している価値観、ビジョン、肌感覚的な部分をロフトワークのみなさんと共有できたと感じられたのは、その後の制作を続けていく上で大きな安心材料になりました。
やっぱり、全員が他に本業を持っているプロボノとして集まったメンバーでWebリニューアルを進めるのは、かなりの重労働で。だからこそ、提案していただく方向性やデザインが「これは期待できそうだぞ」と一人ひとりが感じられたことは、すごくモチベーションに繋がっていたと思うんですね。
——ロフトワークがご提案する内容にも共感いただけて、スムーズに進んでいったんですね。
中里 Living in Peaceはトップダウンの組織ではないので、デザインを決めるときでも、それぞれのメンバーと合意をとっていくプロセスで進めました。大変ではあったものの、ひとつひとつ丁寧に意思決定をしていけば、確実にいいものができる。そのような進め方をロフトワークさんに伴走してもらえたのは、とても心強かったですね。
信頼をクリエイティブでいかに表現するか
——Webサイトの制作フェーズでは、クリエイティブの軸をどこに定めたのでしょうか。
銭 やっぱり「信頼」だと思いました。途上国の貧困や子どもの貧困といった社会課題に取り組む組織なので、どうやって信頼感を表出するかという点は、よりセンシティブな課題として捉える必要があります。なにをやっているかわからなかったり、実態を感じられなかったり、意図せずとも誰かを疎外・差別してしまうことは、Living in Peaceさんにとって、一番ネガティブなことですよね。
銭 逆に一番ポジティブなイメージとして伝えたいことは、「この人たちがやっていることはかっこいい」とか「世間のためになっている」と感じてもらえること。その温度感を大切にするために、Webサイト全体を落ち着いたトーンの配色にしました。また、Living in Peace が多様な人々を支援していることを表現するために、ありものの写真素材やイラスト素材を使うのではなく、あえてシンプルなオリジナルイラストを制作することなどを決めて行きました。
——新しいWebサイトでは、活動の実績を表す数字をしっかりと出しているのが印象的でした。これも、信頼を得るための表現でしょうか。
銭 Webを通して寄付につながる、また、一緒に活動するメンバーになりたいと思ってもらうためには、活動の実績を直感的に理解してもらうことが、大切なポイントだと感じました。同じ理由から、メンバーの顔をちゃんと見えるようにしていこうという方針も決めました。
龔 完成したWebサイトのなかで「PEOPLE」のページの閲覧数がすごく多いんです。撮影チームも張り切っていて、メンバーを撮影するためのポージングまで細かく考えてくれました。こんなに多様で、想いを持った人たちが活動しているんだということを、以前から伝えたかったんです。
コロナ禍によってあらゆる物事がオンラインが中心となった状況のなかで、活動しているメンバーをきちんと表に出すことができた。その結果、Webサイトを見てくれている人たちに親近感を持ってもらえたことは、一つの大切な成果なんだと思います。
最小工数のなかで、きちんと最適なものをつくる
——Webサイトの印象を決定づける、いいコンセプト、いいデザイン、いいコンテンツがいかに作られたのかがよくわかりました。とはいえ、Web制作では裏側のシステムをしっかりつくることも、大切なことですよね。
ロフトワーク 小野村(以下、小野村) そうですね。今回、リニューアル以前からWordPressを使用していたこともあり、同じプラットフォームを採用してWebサイトをリニューアルしました。さらにWordPressは、ライセンスフィーがかからずミニマムにスタートできることも、NPOにとっては大きなメリットです。
龔 リニューアル後は、同じWordPressとは思えないほど使いやすくなりました。今までは、どこかのページを直すにも毎回エンジニアに入ってもらわないといけない状況だったんですが、新しいWebサイトではマニュアルを確認しながら自分たちで改修できるので、とても効率がいいんです。
——実は、ロフトワークは長年CMS構築を手がけてきた歴史があるので、Webサイトを更新する方に扱いやすいと感じてもらえたのは、嬉しいですね。
小野村 そうですね。今回は「Snow Monkey」というWordPressテーマをカスタマイズすることで、CMS構築の工数・開発期間を抑えることと、サイト運用者が更新しやすい環境づくりを両立しました。また、ブロックエディタというWordPressの新しいエディターを取り入れたことも、使いやすさの向上に寄与しています。
小野村 最小期間の最小工数のなかで、きちんと最適なものをつくっていく。今回のWebリニューアルには、私たちがこれまで企業や学校、行政、キャンペーンサイトなど幅広いWebサイトにCMSを導入してきた経験知が活かされていると思います。
龔 直感的にわかりやすいUIだとは思っていましたが、そんな背景があったとは知りませんでした。改めて、ロフトワークさんにお願いできてよかったです。
変化するNPOのコミュニケーション
——少し視点を変えてお話を伺いたいんですが、Living in Peaceにとって、寄付は主な資金源ですよね。寄付を獲得するという目的に対して、Webサイトの役割をどのように位置付けていますか?
中里 そうですね。助成金が主体となるNPOも多いようですが、僕らは基本的には寄付を収入源として活動を続けてきました。そのため、最初のタッチポイントであるホームページをいかに充実させるかは、昔から優先順位の高いことでした。
龔 最近はオンラインでイベントをすることも多くなりました。イベントの集客をする上でも、ホームページに信頼感があり、かつデザイン性が高いことは重要だと感じています。
——主催する側も参加者もイベントをオンラインでやることに慣れてきたのは、コロナ禍での変化のひとつですよね。ほかに変わってきたと感じることはありますか。
中里 正直に話すと、経済的な事情で寄付をやめられる方もいます。一方で、社会課題への関心が高まっている時期でもあって、クラウドファンディングやイベントなど、オンラインでの活動を広げるための方法は幅が広がってきているという感覚があります。
——逆に言うと、寄付を資金源とするNPOにとって、オンラインに活動を移行できなければ厳しい状況にあるということですよね。Webでの情報発信は、ますます重要度が増していきそうです。
龔 そうですね。パッと見たときのわかりやすさに加えて、信頼感をどう伝えられるか、自分たちのスタンスを伝えていくことも重要になってくると感じます。
中里 この1年、世の中ではオンラインイベントの数が増えただけでなく、オンラインコミュニケーションのあり方もより洗練されてきた。ホームページをこのタイミングで良いものに変えられたことは、今後の僕らにとって、必ず大きなアドバンテージになると実感しています。
——時代の変化と組織変革が重なったタイミングでWebサイトの刷新をお手伝いできて、プロジェクトチームにとっても意義深い仕事となりましたね。これからLiving in Peaceさんの取り組みが、より一層活性することを楽しみにしています。本日はお話しいただき、ありがとうございました。