マクセル株式会社 PROJECT

テクノロジー企業とアーティストが“混ざる”場所に。
『クセがあるアワード:混』が育てるマクセルの新交流拠点

Outline

アワードを通じて、若年層や異業種の人々との接点を創り出す

電池や磁気メディアの製造によって「まぜる」「ぬる」「かためる」のアナログコア技術を培ってきたマクセル株式会社。そんなマクセルが今後のビジョンを表現するため、京都府大山崎町にオープンした「クセがあるスタジオ」にて、初のアートアワードを開催。若年層や異業種の人々との接点を生み出すため、次世代のクリエイターやイノベーターがチャレンジできるアワード『クセがあるアワード:混』が行われました。「まぜる」をテーマに、国内外のアーティストによるアナログなプロダクトから生成AIの活用まで、ユニークで先端的な作品の数々が応募され、2ヶ月の応募期間に154点の作品が集まりました。2024年8月5日には、最終選考に残った作家8名による最終審査会を開催。こうして社内にアートとの交流拠点をつくることで、テクノロジー企業で働く社員の方々がアートに触れるきっかけとなったといいます。今回の記事では、マクセルが試行したアート&テクノロジーの交流により創出した価値について振り返っていきます。

執筆:乾 隼人 
企画・編集:村上 航(Loftwork)
撮影:大竹 央祐

Output

アート&テクノロジーの交流が、個性的なアワードを生んだ。 『クセがあるアワード:混』

京都府大山崎町にあるアート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(以下、ATVK)内の一角に、「クセがあるスタジオ」はあります。スタジオには、8組のファイナリストによる作品が展示されました。

審査員紹介

今回のアワードでは、クリエイティブ分野・ビジネス分野で活躍する4名の審査員が作品を審査。自身もクリエイターとして活躍する審査員の面々にとっては、今後も共創できるクリエイターと出会う機会でもあります。アート&テクノロジーの価値探索だけでなく、クリエイターへの応援の意味も込めた審査が行われました。

佐藤 正和

佐藤 正和

NHKエデュケーショナル
プロデューサー

福原 志保

福原 志保

アーティスト,デザイナー,研究者
Poiesis Labs CEO

佐野 健一

佐野 健一

マクセル株式会社
執行役員

フルタニ タカハル

フルタニ タカハル

TANK酒場,喫茶 マスター
アートディレクター/DJ

マクセルの持つアナログコア技術にちなみ、「まぜる」をテーマにした今回のアワード。審査基準として、新旧の技術や異質な素材、異分野の活動など横断的なコラボレーションを試みているかという「混ぜたもの」、そしてルールや基準を作り、鑑賞者の参加を促したり、先入観を疑うなどの工夫があるかどうかの「混ぜかた」そして意外な着眼点、社会的な必然性、個人的な偏愛など他者の共感を生む物語を宿しているかという「混ぜたわけ」という3つの視点が設定され、4名の審査員による1次審査が行われました。

最終審査会では、そうした3つの視点に加え、審査員4名それぞれの物差しをもとに、1次審査を通過した8組のファイナリストの作品が審査されました。ファイナリストにはそれぞれ7分間のプレゼンテーションの時間が与えられ、制作プロセスや背景などが語られました。

※フルタニタカハルさんは体調不良のために欠席。後日、映像を通して作品を鑑賞・審査を行いました。

ファイナリスト作品の紹介

最終選考に残ったのは、伝統素材と現代の技術を組み合わせたプロダクトから、観念的な事象をテクノロジーによって再現しようとするアートワークまで多種多様な8作品。ここでは、それぞれの作品と制作の背景を紹介します。

『Omi 3D』 KURANOIE
『Omi3D』は、温めれば何度でも好きな形を作れる新しい布で、照明をつくる提案です。滋賀県の湖東地域で生産される伝統的工芸品『近江上布』に着目し、豊かなテクスチャを持つ近江上布の1つである「生平(きびら)」に樹脂のフィラメントを織り込み、形状記憶する新たな布「Omi 3D」を開発。企画したKURANOIEチームはこの布をどんな製品に活用するかを考えるなかで、布を通して見た日差しの美しさに惹かれ、照明を作ることを決めたといいます。
使い手が自ら形状を探ることのできるライトは、ミラノサローネ国際家具見本市にも出展され、多くの人々の目に触れました。

『TATAMI ReFAB PRODUCTS』HONOKA
生活様式の変化により触れる機会の少なくなった伝統素材「畳」と、現代の技術である「大型3Dプリント技術」を混ぜ合わせ、現代の暮らしに編み直すプロジェクト。「繊維状にした素材を編む」という畳の織り技術と3Dプリント技術の親和性に着目し、使い終えた畳と再生可能樹脂を混ぜ合わせ、新作の花瓶やトレイを制作しました。

『マニ四駆』 さば電子
「テクノロジー仏具のある生活」という未来へのシミュレーションとして、制作された作品。チベットや台湾では一般的な、回転させることで徳を積むことのできる「マニ車」が太陽光発電で自動化された商品を見た際に、「テクノロジーによって効率化された現代の仏具だ」と感動したというさば電子さん。マニ車と玩具のミニ四駆を言葉遊び的に組み合わせてマニ車を四筒積んだ「マニ四駆」を製作。ポップにキャッチーに徳を積む方法を模索しています。

『Superposition machine』 Mutsushi Asai/Metalium llc.
大学院で「バイブス」の研究を行っている浅井さんによる作品。音の波形を画面上にビジュアライズし、複数人がコントローラーで同時に操作できるようにすることで、言語や人種の垣根を越えた感覚的コミュニケーションの可能性を探る作品が生まれました。

『波間にて』 羽田光佐
脈拍センサーとインタラクティブに生成される映像を用いて、鑑賞者が自身の寿命を擬似的に体験することを試みた作品。
作者自身が「自分の生命は有限である」ということを忘れないために作られたこの作品は、自身が「大きな流れの中の一部」であることを想像するための装置にもなったといいます。

『アロエベラシンセサイザー』 西田騎夕
アロエベラのもつ「メモリスタ」という電気素子としての特性を、アナログモジュラーシンセサイザーの回路に組み込んだ楽器。従来の電気素子を扱って音を生成するシンセサイザーと、第四の電気素子として提唱され、近年研究が進められている「メモリスタ」を組み合わせることで生まれる、新しい音楽表現の可能性を探求しています。

『滑琴(かっきん)6号機』 おおしまたくろう
「PLAY A DAY」をモットーに表現活動を行うおおしまたくろうさんによる、スケートボードの裏面にギターの弦を張った道楽楽器。通常のギターが弦を指で弾くことで発音するのに対し、滑琴はスケートボードのように上に乗って走行することで路面の凹凸により弦を振動させて発音します。自身が抱える吃音症をコントロールできないノイズと捉え、思い通りにならない世界を楽しむ(PLAYする)ための補助具としてのノイズ楽器を制作します。街を走ることで音楽を生成し、走行を奏法に、ルート取りを記譜法に変換するプロセスも記録し発表しました。

『ネオンサイン構造を極小サイズで再現した光るピアス』 新霓 (佐藤 賢吾)
工芸から芸術へと昇華されつつある一方で、資源不足、職人不足などの課題に直面するネオンサインの現状に危機感を持った新霓さんによる作品。ネオンサインの発光の仕組みと加工技術を理解した上で、構造的に可能な限り模倣するためにアクリルとインクを用いて製作。LEDサインにとって代わられつつあるネオンサイン表現を別の形で再現しています。製造方法は特許申請中のステータスであり、類似する製法を含め、製品が保護された状態で製品流通を行っています。

審査員賞

4名の審査員により、それぞれの審査員賞が発表されました。受賞作品と審査員のコメントを紹介します。

佐藤氏が審査員賞に選出した作品
『Superposition machine』
Mutsushi Asai/Metalium llc.

物差しとして、コミュニケーションを大切に選定しました。作品に触れることで、何の準備もなしに、四人で共作ができるというのは豊かなコミュニケーションで、面白いなと思いました。しかも、初めましての人同士でも、文化的背景や言語が違っても、同じ画面に映る波形を見つめて囲む姿は、どこか焚き火のような感じでもあると思いました。焚き火を囲むことで生じる、自然とバラバラだった人たちが整っていくような、連帯が生まれるような感覚が、この作品からも生まれる気がしました。SNSで心無い言葉が拡散されたり、ギスギスした空気が蔓延したりしている今の世の中に必要なものだと感じましたね。(NHKエデュケーショナー プロデューサー 佐藤 正和)

福原氏が審査員賞に選出した作品
『アロエベラシンセサイザー』
西田騎夕

この作品は、アートというよりも研究の段階にあるもの。だからこそ、アート作品としての見せ方、会場展示の方法などに関してディスカッションをしていけば、より良い作品と取り組みにできると感じています。一般的なアートアワードでは出会うことのできない性質の作品でもあり、こうした作品と出会うことができるのもアート&テクノロジーアワードを標榜する『クセがあるアワード』のらしさであるように感じました。(アーティスト,デザイナー,研究者 Poiesis Labs CEO 福原 志保)

フルタニ氏が審査員賞に選出した作品
『Omi 3D』
KURANOIE

まずは第一回「クセがあるアワード:混」に御応募していただいたアーティストの皆様と関わっていただいた皆様に感謝申し上げます。アートとテクノロジーが介在している作品とは?お題に難しさを感じていましたが蓋を開ければ沢山の応募があり新たなアワードの誕生に御賛同いただき喜ばしい限りです。 審査員の皆様から少し遅れて見に行ったクセがあるスタジオのファイナリスト達による展示の作品たちがどれも素晴らしくとても迷いましたが、滋賀の伝統工芸の麻布「近江上布」を使ったOmi 3Dを選びました。選出理由としてはこの素材Omi 3Dの面白さ、3人の若手デザイナーで構成されるデザインスタジオKURANOIEの発展性です。展示している近江上布を使った照明はインテリアなんですがファッションの領域での可能性も感じました。KURANOIEの皆様とお会いできるのを楽しみにしております。(TANK酒場,喫茶 マスター/アートディレクター/DJ フルタニ タカハル)

佐野氏が審査員賞に選出した作品
『TATAMI ReFAB PRODUCTS』
HONOKA

工芸だけではなく、工業用に使う技術としての可能性も感じることができました。農業や公園整備といった現場に必要な資材を、この技術でつくることもできるのではないかと思います。(マクセル株式会社 執行役員 佐野 健一)

Approach

『クセがあるアワード:混』開催の狙い

最終的に154もの作品が集まり、8名のファイナリストが展示・発表を行うことで、クリエイターと企業(マクセル)との交流を生み出すことができた今回のアワード。

アワード開発の背景には、マクセルが抱えている課題を受け止め、クリエイターとの共創の場づくりによって解決しようとするロフトワークのプロジェクトデザインがありました。同プロジェクトの背景をご紹介します。

マクセルとクリエイターが交流するための拠点として生まれた「クセがあるスタジオ」。立ち上げと同時に、この場所を育てていくための取り組みが必要だったといいます。ロフトワークが協力し、場所の認知と価値を高めていくための施策を検討する中で国内外のアーティストを巻き込んだアワードの開催が決定。

さらに、テクノロジーの文脈を持ちながら「アート」に業務上で触れる機会の少ない社内メンバーに向けて、アート作品やクリエイターとの交流を得るため、「アート&テクノロジー」をコンセプトとしたアワードの設計を行なっていきました。

アワードという長期的なイベントを実施することで空間のムードを高め、スタジオと企業いずれの認知をも広げていく狙いです。

ロフトワークは、アワードの構想から設計、運営にいたるまでを幅広くサポート。マクセルの担当者とコミュニケーションを重ねるなかで「交流拠点を通して、社員の行動変容をもたらしたい」という思いを受け止め、将来的にマクセルの社内メンバーが主体となってマクセルのテクノロジーを体現していくために、中長期的にアートの文脈と視点を社内に取り入れることを意識してアワードを設計していきました。

Outcome

今回のアワードの企画と運営に携わったマクセル担当者の竹下さんは、アワードを終えて次のように振り返ります。「製造の会社が選定したこともあり、製品化の可能性を感じる作品が多かったと思います。それと同時に、『Superposition machine』のような、実際に触れてみないと価値がわからない作品もあった。手にとってみるとわかるし、作家さんと話してみることでその意図を理解できて、自分の考えが広がった。やはり実際に触れてみることが大切だと思ったので、社員にも積極的に見に来てほしい。そうすることで社員のアートに対する見方も変化するといい」。

さらに、こうしたアート&テクノロジーの交流拠点が完成したことによる、マクセル社内への影響と展望を語ります。「既存製品に対して、新しい製品を開発していかないといけない。今までの固定観念を捨てて新しいものを生み出すためにも、異業種のスタートアップの方々やアーティストの方々と意見交換や交流をすることで、新しい製品や新しい技術への発想に結び付けてほしいと考えていました」。ただ、会社の中にいるとそうした異業種交流の場に出かけていくことに高いハードルがあるといいます。「しかし、『クセがあるスタジオ』が交流拠点として社内にあることで、会社の中にいながらにして、異なる視点を持った方々と交流する機会が生まれるはず。そもそも、イベントやアワード、展示だけではなく、この場をもっとカジュアルに使ってもらってもいいんです。それで社員が、いつもの会議室とはちょっと違う方向を向いて話すきっかけになればと思います」。

展示情報

2024年9月5日(木)まで最終選考にのこったすべての作品を引き続き「クセがあるスタジオ」で展示。広く一般の方が見ることができます。

展示タイトル: “混展” (「クセがあるアワード:混」 ファイナリストによるグループ展)
会場: クセがあるスタジオ
京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字鏡田30番地1 (アート&テクノロジー・ヴィレッジ京都内)
https://maps.app.goo.gl/j5DMLGY4Na159S25A
展示期間: 2024年8月6日(火)~9月5日(木) ※8月12日(月)~8月16日(金)は休館
開館時間: 9:30~17:00
入場料: 無料
主催: マクセル株式会社
協力: 株式会社FM802、株式会社ロフトワーク
詳細:https://loftwork.com/jp/news/2024/07/11_maxell-finalists

※台風10号の影響に伴い、8月31日(土)、9月1日(日)の両日は、「クセがあるスタジオ」は閉館といたします。ご了承ください。

Keywords

Next Contents

ビジネスモデルの転換へ、社内外の共創を促進する新拠点
三井化学「Creation Palette YAE®」立ち上げプロジェクト