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金融と公共が変わりつつある今こそ考えたい、
個人のアイデンティティと自由意志

2018年9月25日〜28日、金融と規制のテクノロジーをテーマにしたカンファレンス「FIN/SUM×REG/SUM 2018」が開催されました。ロフトワーク代表の林千晶が登壇したセッションのひとつ、「来たるべきデジタル社会におけるフィナンシャル・インクルージョン」には、NECの岩田太地氏のファシリテーションのもと、黒鳥社のコンテンツディレクター若林恵氏とメディア美学者でありクオン株式会社ベルリン支局の武邑光裕氏が参加。武邑氏によるGDPRもふくめたEUの動向と歴史や社会的な背景の紹介からスタートしたディスカッションの模様を、ダイジェストでお届けします。

テキスト=高橋ミレイ

GDPRがEUにもたらした金融業の変化

武邑光裕氏(以下、敬称略) 今EUでは2018年5月に施行されたGDPR(EU一般データ保護規則)と、来年5月に施行されるeプライバシー規則という、EUにおけるクッキーやビーコンなどから収集されるメタデータをすべて制限し、オンラインのトラッキング広告を全面的に禁止するという非常に強力な規制がインターネットに大きなインパクトを与えると言われています。特にアドテックが決定的な影響を受けると。

著作権についても議論は活発です。例えばWikipediaは、人々のボランタリーな精神で成立している集合知として、良いものと語られてきました。でもEUの基準からすると、人々の著作権、個人データやプライバシーを搾取する存在です。なぜEUは、ここまで個人データやプライバシーを死守しようとしているのか。

今ベルリンでは、創業から4年で100万人のユーザーを獲得したN26という銀行が注目を集めています。N26のアプリは、徹底して洗練されたUI、UXデザインがとても心地よい。ホームスクリーンでは、現在の残高や利用中の取引、取引の履歴が一覧できるというごくシンプルなデザインです。

ちなみにこれを作ったのは、28歳のバルセロナ出身の女性です。ビジュアルデザイナーとしてのキャリアは僅か5年程度でN26に抜擢されて、スマートフォンとWebサイトプラットフォーム全体のデザインを担当しました。

個人認証に関してもN26はこれまでの銀行とは異なります。例えば、クレジットカードや銀行カードをなくした場合、まず電話をしてカードを止めてもらい、再発行を依頼しますよね。N26だと止めるのも再発行も全部自分でできるんです。8分で口座が開設できることも、N26の特色です。

この早さの背景には、GDPRに完全準拠しているIDNowというオンラインで完結する個人認証サービスがあります。今EUでは、ほとんどの金融、保険、医療情報の個人データのマネジメント主権のサービスは、このIDNowを使って個人認証が行われています。デバイスのカメラにパスポートやドライバーズライセンスをかざすと、画像データを独自に読み取って認証します。つまりパスポートさえあれば、誰でも口座が開ける。

Triodos Bankという、昔からオルタナティブバンクとして知られているオランダの銀行もユニークです。元々金融活動を通じて環境と文化に投資する銀行で、多くのアントレプレナーやスタートアップに投資をしています。その対象の領域は食、アート、クラフト、環境などさまざまです。

最近個人口座も受け付けるようになったのですが、つまりこれは銀行の社会貢献に対して自分のアイデンティティを投影できるということ。銀行がメッセージを持つようになり、それに呼応して、我々一人一人が自己主権のメッセージを銀行に託すことができるようになったといえるでしょう。

なぜカウンターカルチャーは保守化したのか?

参加者 企業と言えば、経済活動やどちらかと言えば金儲け主義の象徴として悪者的に扱われがちですが、新しいオルタナティブバンクのような企業は、社会において既存企業とは違う存在になり得るのでしょうか?

武邑 昔、ハーバーマスが、公共性を成り立たせるためには、世の中のすべてに対して対等な関係性を持たないといけないと言いました。しかし日本人の多くは、クライアントや消費者のことをお客さまと言い、取引先の社名に様付けしたり自分の会社を弊社と言ってへりくだったりしますよね。この文化をまず変えないといけないと思います。

なぜなら、対等な関係性からリスペクトは生まれるからです。トップダウンとボトムアップは、歴史的に対立構造にあり、それは今でも続いていますが、これらがどう連携できるかが最大のイノベーションのレシピになると思います。

若林恵氏(以下、敬称略) ある時代までは、企業の成長が社会や国家に豊かさをもたらしていくストーリーが成立していた。高度経済成長は、企業が豊かになることで、従業員も豊かになれるし、家も買えるし、という道筋が見えることで、多くの人にとってメリットのある仕組みだったと思います。

ところが1970年くらいを境に、科学技術に対する懐疑が可視化されて消費者運動も起きるなど、いろいろな問題が出てきた。その中で、経済と人間、社会全体の豊かさが、必ずしも一致しなくなってきたんです。特に、企業が誰のためのものか? という共通認識がズレてきた。その後マーケティングと広告でつないでいったものの、いつかはそれらも通用しなくなることは、恐らく今、色々な業界でも感じられていることだと思うんです。

企業は社会でどういう役割を果たせるのか。あるいは、今まで完全に管理機構だった行政がうまく機能しなくなり、役割や定義が変わってきている今、市民や国民の役割をどうとらえるかを考える必要があると思います。

 私からも質問です。ヨーロッパ人はフランス革命の後に、個人があらゆる活動の主体であるという規範を作りました。それに対して、アメリカは「主体は企業にあるんじゃないか」という考えで企業活動を行い、今両者の考えが対立しています。今のEUは国家間の取引のレベルでGDPRやプライバシーの保護を考えているのか、それともフランス革命レベルの社会変革を構想しているのでしょうか?

武邑 19世紀末から「自由、平等、博愛」を国の正式な標語に掲げるフランス政府は、今アメリカに対してニューヨークの「自由の女神」を返せと言っています。自由の女神の足元には、「自由の国アメリカはあらゆる移民を受け入れる」という内容がふくまれたアメリカ人による詩が書かれていますが、今のアメリカはそれを実行するどころか逆のことをしているじゃないかというのが理由です。それに対してトランプ大統領は、「別に返してもいいよ」と言っています。

この一因には、20世紀の初頭の時点で「自由、平等、博愛」が混在していたことがあります。平等は政治と法領域にあるべきもので、友愛は経済領域にあるべきもの、自由は精神文化領域に支配権があるべきで、本来これらは混在してはならないはずです。ところが、実際に混在してしまったことで何が起きたかと言うと、競争とそれに伴う格差社会が生まれて、平等が監視社会の中でしか実現できない世界になってしまいました。

結局、肝心の自由という概念が精神文化領域を飛び越えて、経済もふくめたあらゆる問題の火種となり、今や自由そのものが悪玉になっているわけです。この悪玉になってしまった自由というものを、もう一度我々が精神の自由と言っているものに取り戻さないといけない。そのためには、唯一の避難所になっているプライバシーを死守しないとヨーロッパの市民社会が完全に瓦解してしまうという危機感から、GDPRは出てきました。

若林 GDPRの話は、制度的にはヨーロッパのものなんだけれども、本来は、インターネットによる巨大な産業や国家からのある種の支配から逃れて、個人個人がもう一度パワーを手にすることを、夢見ての動きです。それは本来パーソナルコンピュータに込められた理念だし、インターネットが開放された時に、WIRED誌がいち早く伝えたことでもあったはずなんです。

当初インターネットの理念は、カウンターカルチャー寄りでした。ところが拡大するにつれて、一種のプラットフォーム独占と呼ばれる状況になり、エンパワーされるはずの個人が、ひたすら搾取の対象になっていくという構図になってしまった。それについては、アメリカにおいても非難されています。

武邑 平成30年の世界の時価総額ランキング1位から5位までは、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が占めています。これらの企業の出自はカウンターカルチャーの思想を持って始められたビジネスでしたが、今や世界の主流文化・主流経済になってしまった。

そして今、欧米で起きている新しいカウンターカルチャーは何かと言えば、コンサバティズムなんです。アメリカの若者の37%が軍事政権を望んでいて全体主義に向かおうとしていることも明らかな一方で、フェイクニュースやプロパガンダが、オンライン追跡広告の基本技術を使えば、難なく実現できてしまう。16年のアメリカ大統領選挙のトランプキャンペーンも、反ヒラリーキャンペーンも、まさにこういった手法が使われていました。これがGDPRやeプライバシーの背景にあります。

個人主権と自由の概念を再定義する

岩田太地(以下、敬称略) 欧米にはこのような問題意識や取り組みがある一方で、なぜ日本では危機感が醸成されないのでしょうか?

 アメリカがAIを脅威としている背景には、彼らはかつて黒人をhuman(生物としての“人間”)ではあってもcitizen(意思と権利をもっている存在)ではないものとして扱ってきた歴史があるからだ、と聞いたことがあります。

かつてのアメリカは黒人を“citizen”とは認めていなかった。しかし“citizen”ではなかったはずの人々が公民権活動という「反乱」を起こし、社会の仕組みや常識が変わったという歴史があります。AIも今はcitizenとはされていないけれど、いつかAIがcitizenになって社会をひっくり返すかもしれないと、歴史上の経験から恐れているということでしょう。ところが日本では、革命や南北戦争も起きていない。何かを抜本的に変えるというよりは、都度小さく調整していくという特徴があるのだと思います。

武邑 少なくとも西洋の思想では、自由であることの前提にまず個人である必要がありました。だから、個人主義から自由というものが生まれてきた。ところが日本では個というものが確立されてきていません。その代わり、里山のような村単位のコミュニティを運営する技術が発達してきたのだと思いますが。

日本で自由というのは、“自らに由る”と書きます。つまり自己主権です。ヨーロッパ的に言えば、今の個人主権・自己主権というのは、自由と同じ概念です。福沢諭吉がfreedomやlibertyを自由という言葉に翻訳した時に、もうひとつ候補にあったのが、御免という言葉でした。天下御免の御免です。「なんでもOKだよ」と。ただ、御免という言葉はあまりにも行政的なイメージが強かったために、自由が採用されました。これがもし御免になっていたら、かなりすごいことになっていたと思います。

若林 語源の話でいうと、会社という日本語は、societyという英語の和訳からきています。「社会」と「会社」がずっと混同して使われて、明治30年くらいに今の分類になった。だから、社会というものと会社というものの立ち位置が、実はコロコロ変わるようなものとしてできているので、会社のスコープが社会のスコープだと思ってしまうような構造があるんです。

おそらく今後の会社は、今までのように社員を囲い込むものではなくなると思います。正規雇用というシステムが少しずつ崩れて、いわゆるフリーランサーが協働できるプラットフォームみたいなものとして機能していくイメージでしょうか。そう考えると、会社の役割はモデレーションのようなものになるかもしれない。

つまり、企業が個人の一種の安全保障をし、個人は企業に全力でコミットする、という関係性が成立しなくなり、否が応でも、働き手が自由にさせられていく中で、企業がいかに彼らとの関係性をもう一度結べるのかが大きい問題になると思っています。

社会的課題は重要な事業機会としてとらえられる

若林 例えばUberはグローバルプラットフォームである必要はあまりないと自分は思っているけれど、ああいう仕組みが、たとえばヨーロッパの都市に来たばかりで英語や現地の言葉をしゃべれない移民が仕事を得る手段になっていることは、すごく重要なことだと思います。

フィンテックに関連して言うと、会計アプリを作っているフィンランドのHolviという会社があります。マイクロアントレプレナー、つまり個人事業主向けのサービスなのですが、彼らの悩みは会計や税務に時間がかかるということ。時間的・労力的なコストを下げることで、仕事をするための時間を増やせるという一種の契約(エンドースメント)になっている。

だからフィンテックが社会保障の代わりとして機能するイメージは、案外多くの人が共有しているのではないかという印象です。そのようなエンドースメントは、高齢者は高齢者、若者は若者と、それぞれエンドースされるべき領域があるはずです。それから日本に居住している外国人の数は、ベルリン、ロンドン、ニューヨークに次いで多いので、その人たちが本当に暮らしやすくなるサービスはいくらでも生まれそうな気がします。

武邑 ヨーロッパにいると、日常的に異質な民族や文化との関わりがありますし、ヨーロッパの社会はそれによって成り立っているわけです。結局、ヨーロッパの移民問題は、何世代にもわたって蓄積されている問題なので、例えばロボットやAIをどうするかという議論も、移民問題のひとつくらいの感覚なんです。これからやってくる新しい人たちをどうやって迎え入れていくか。上から目線ではなく対等に、どうやって彼らと共生していくかということです。

 ヨーロッパは、そこがブレないのがすごいですよね。

岩田 共生といえば、インクルージョンの視点は、日本国内においてもたとえばシングルマザーに対する社会福祉をどうするかという話につながっていくのだと思います。

若林 日本全国の女性の就業率を調査すると、25歳から55歳で7割を超えていて、それだけを見るとそれなりに進んでいるように見えるけれど、実際には本題は山積みで、彼女たちの不満は山ほどあるわけです。それは法整備だけでなく、ビジネスの領域で解決してもいいと思います。ある程度のボリュームで集まれば、結構なスケーラビリティのあるビジネスになる可能性があります。社会からこぼれ落ちている何かというのは、潜在的なビジネスチャンスだとヨーロッパの人たちは思っている。要するに、社会理念のためだけにやっているわけではないということが重要でしょう。

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