提言よりも実践を。想定よりも共感を。
持続可能な世界を生き抜く事業戦略を考える
「事業や組織、地域、人が成長する“生態系”をつくる。目先の利益だけにとらわれることなく、
継続的に人と企業と社会に向き合い、価値を生み続けるビジネスエコシステムを構築する」
ロフトワークは、こうしたミッションを掲げ活動してきたクリエイティブカンパニーです。未来を見据え、新しいカルチャーを創造したり、よりよい働き方や都市空間を設計したり、私たちロフトワークにとって「持続性(サステナビリティ)」は大切なキーワードのひとつ。2019年12月、国連が採択しているSDGs(持続可能な開発目標)を切り口に、イベント「『持続可能な世界』から逆算する事業戦略とは?――“未来の当たり前”の集う場とプロトタイピングの実践」を開催しました。
不動産ポータルサイトを扱うLIFULL社の新たな取り組み「LivingAnywhere Commons」の事業責任者小池克典さんをゲストに迎え、ロフトワーク Layout unit代表の松井やFabCafeディレクターの金岡と共に、「未来をプロトタイプする意義」「“未来の当たり前”が集う場」についてディスカッションしました。
企画・構成・テキスト:原口さとみ
もっと選べる世の中はどうつくれるか
不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」で知られるLIFULLは、不動産広告が主な事業であったが、ここ数年で事業内容に変化が現れている。売り上げの半分以上はHOME’Sが占める一方、その他は新規事業の割合がじわじわ増えております。多事業に取り組む同社のテーマは、事業として展開するものは社会課題の解決になるものであれ、ということ。
例えば「LIFULL FLOWERという花の定期便サービスがあります。花の廃棄率は50%もあり社会課題となっており、そのソリューションとして花の定期便を行なっている事業です。私自身はいま地方創生推進部という部署に所属し、2033年には3軒に1軒は空き家になるといわれている“空き家問題”に取り組んでいます。『ライフデータベース&ソリューション・カンパニー』を掲げる我々にとって、この空き家問題は無視できない課題です。同社の代表である井上が理事を、Mistletoe Japanの孫泰蔵さんが代表理事を務める一般社団法人Living Anywhereの活動が、LIFULL地方創生につながりました」(小池さん)
代表理事の孫さんはシンガポールを主な活動拠点としていたり、小池さんも日々日本列島を移動したりと、場の制約がどんどんなくなっていることをまさに体現しています。しかし、世間では東京一極集中化がとどまることはなく、地価はどんどん上がり、満員電車での通勤がが当たり前になっている人が多いと思います。働く人、学ぶ人、あらゆる人が、地方も都心も関係なく理想の生活ができるように、選択肢がある状態をつくりたいと話す小池さんは、Living Anywhereのミッションをこう語ります。
「暮らすことには条件が付随します。仕事はあるか、子どもが通える場所に学校はあるか、医療は届いているか……。Living Anywhereでは、様々なテクノロジーや仕組み、制度をつくることで、そうした制限を解決していきたいと思っています。夏は北海道で涼しく過ごし、花粉の時期には沖縄にいくなど、地域を自由に行き来したらライフスタイルは豊かになりますよね。地方に行くことが良い、と言いたいのではなく、何かに制限されることなく自由に暮らしを選べる環境が大事ということです」(小池さん)
「LivingAnywhere Commons」という事業では、仕事や寝泊まりができる場所をつくり、コミュニティが生まれる設計をすることで、地元の人もそうでない人もあらゆる人が集う場づくりをしています。様々な職業、年齢やバックボーンの人が交流し、それぞれがチャレンジしたいことを共有するとコラボレーションが自然発生する場が北海道から沖縄まで生まれているなかで、よりこの動きを促進したいと活動中です。2019年8月にスタートしたばかりのサブスクリプションサービスは、宿泊込みで月額25,000円という価格を実現しています。
「日本各地の遊休不動産を活用しており、例えば会津磐梯では延床1,000平米程の物件を町から無償で活用させていただいております。これは私たちにとって大幅なコストカットができますし、Living Anywhere側で運用を行うので行政側も維持コストはなくなる。原状回復義務無しで内装をリノベーションし続けることで“負の遺産”だった資産価値は上がり、補助金を使わずに地元内外の人との交流機会という行政サービスを運営できた実績にもなります」(小池さん)
「提言よりも、まず実践」で、新規事業の壁を打ち破る
イベント後半では、LIFULLの小池さんに加え、企業のワークスペースや共創空間などをつくるロフトワーク Layout unitの松井と、ユニークなコミュニティを多数擁するデジタルものづくりカフェ FabCafeの金岡を交えディスカッションを実施。プラットフォームとしての目線、プレイヤーとしての目線が交差しました。
小池 今回のイベントテーマはSDGsを切り口にしていますが、SDGsって逆説的だなと思うんです。新規事業は、最初は一人かもしれないけれど最終的には一人ですべて回すのは無理。社内でも社外でも、誰か仲間が必要です。では、どう仲間を集めるか。「共感するテーマ」を発信するんです。そのテーマに共感したり、関心をもった人がプロジェクトに参加することでプロジェクトは前進します。SDGsってつまりはそういう共感性のあるテーマで、むしろその性質をもたせないと人は動かないということだと思っています。
松井 SDGsを否定するわけではないですが、それを意識しすぎるのも違うと思います。SDGsという“印籠”をつきつけるようなやり方では、それこそ持続性をもちえないでしょう。「未来をつくる実験区」を謳う、多様なプロジェクトが集う100BANCHのメンバーたちは、「SDGsが」という主語の使い方はしないですね。彼らはあくまでも主体は自分自身。「SDGsのためにやる」ことはなく、面白そうだからやる。むしろ、SDGsで示されていることは、彼らにとっては当たり前のことで、プロジェクトの大前提の話なんです。こういうのがあったらいいよね、と自然に当事者としての気持ちをもって、自らプロジェクトを計画し実践しています。提言ももちろん大事なアクションですが、100BANCHの場合は提言よりもまず実践するという、アウトプットベースな動き方をしています。
小池 LIFULLも、「こうなったらいいな」と信じる世界観やビジョンを実現するために取り組む、というシンプルなモチベーションで動いています。今までのビジネスは、未来を予測してそこに向かって進む、というアプローチが主流でした。しかし、シェアリングエコノミーや限界費用ゼロ社会というキーワードからわかるように、いま産業構造が変わってきています。バックキャスティングすることよりも、「変化に対応できるビジネスモデル」が大事ではないでしょうか。
「I believe」の発信で、つくりたい未来をつくりたい人とつくる
小池 未来を予測して必要なサービスをつくろうとするのではなく、つくりたいものをつくった結果、それが(現在から見た)未来になっている、ということだと思うんです。このイベントのキーワードにもある“未来の当たり前”はそうして生まれるのではないでしょうか。大事なのは「つくりたい未来をつくりたい人とつくる」ことだと思います。そのためにも、さっき述べた「共感するテーマの発信」が大事なのではないでしょうか。
発信といえば、私は以前SLUSH ASIAというスタートアップイベントの運営チームにいたのですが、海外のスタートアップになぜその事業に取り組むかを聞いた時、「I believe ◯◯ because of ××」と、彼ら個人の信念から語られることが多かったです。日本では「これってマーケットになるのか?」という思考からスタートするのが当たり前だったので衝撃的でした。変化が激しい今日においてマーケーットを予測することはとても困難です。だからこそ、「私が信じる世界はこういうものなんだ、だからこのサービスをつくったんだ、みんなやらない?」というアプローチをすることがこれからの事業創出の主流になるかと感じています。
松井 100BANCHでもその傾向はあります。常識にとらわれずに活動する人が多く、BUSHOUSE(バスハウス)というプロジェクトでは規制の壁を乗り越えて実証実験を実現しました。彼らは、将来自動車の自動運転が実現した時、車内は居住空間になるんじゃないかと仮説を立て、不動産ならぬ“可動産”の可能性を探っているプロジェクトです。
具体的には、朝青森でマグロを食べて、日中仕事をし、夜になったら車を東京行きに設定して就寝、東京へ移動する、といった具合です。まだ完全な自動運転は不可能なので、彼らは有人で運転し、空間の体験の実験としてバスのリデザインに取り組もうとしたところ、ある省庁から民泊の規制が入りました。しかし、宮崎県は「これは地方創生につながるかもしれない。宮崎でやりませんか?」と機会をつくってくれた。こういう機会提供や挑戦者が安心できる環境があると、「つくりたい未来をつくる人」が集うし、彼らのアイデアが交錯して面白いことがどんどん生まれると思います。
小池 個人の信念を発信することで共感が集い、実践できる機会が生まれるといういい循環ですね。
持続可能な世界で必要なこと
金岡 FabCafeは、プラットフォームとしての機能をもちながら、プレイヤーとしての要素もあるのがユニークかもしれません。FabCafeの原動力って、手を動かしてものをつくるということだと僕は思っていて。だから、イベントでクリエイターをキュレーションするにしても、根底にはプレイヤーとしてのスタンスがある。だから、企業の方から「この技術の可能性を探るイベントはできないか」「こういう表現をするクリエイターはいないか」と相談があった時、つくったり動いたりすることを前提に、1つでも試作品をつくれるようにしたり、手軽にトライできるようにして、スピード感は大事にしています。それこそ「I believe」と自分の信念を語る人にとって、アイデアを手に取れる形にすることは非常に大事だと思っています。期間が短くなればコストも圧縮できますし。
小池 新規事業の決裁でほぼ必ず聞かれるのが、「いくら投資が必要で、なん年後にいくら儲かるのか?」という事業計画です。もちろん未来に点を置き、計画通りに進捗させること自体を否定しませんが、一方で「持続可能性」という観点もこれから必要になると考えています。
「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに置く事業であるならば、いま見込める利益や市場規模よりも、「変化があったときに対応できる事業計画」「利益が続く期間」が重要ですよね。事業を大きくしたいのか、それとも事業を長く続けたいのか。この発着点が違うと結果的に上手くいかないと感じています。プレイヤー自身のマインドセットも重要ですが、それを決裁してサポートする周りの意識改革もセットで必要です。そのためにも、スモールスタートと変化に柔軟に対応することは重要でしょう。
まずやってみないとわからないですからね。小ちゃく始めて、変化するのがいいんだと思います。