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デザイン経営で一番大事なことは何?どうやって社内を巻き込む?
「中小企業のデザイン経営Vol.1」イベントレポート

関東経済産業局、日本デザイン振興会、ロフトワークが協力して『中小企業のデザイン経営』の調査を実施しました。その過程で得られたデザイン経営の実践値を共有する場として、去る2020年3月5日に東京ミッドタウン・デザインハブにて、「中小企業のデザイン経営Vol.1 デザイン経営で、こどもの未来をつくる」を開催。新型コロナウイルスの感染状況を受け、大幅に規模を縮小しましたが、動画のライブ配信を通じて、多くの方にご覧いただくことができました。本レポートでは、当日の模様を抜粋してお届けします。

撮影:中込 涼、執筆:野本 纏花
編集:岩沢エリ(loftwork.com編集部)

「中小企業のデザイン経営」調査から見えた5つの特徴とは?

最初に、今回のプロジェクトを担当したロフトワーク クリエイティブディレクターの加藤修平より、調査報告がありました。

ロフトワーク株式会社 クリエイティブディレクター 加藤修平

「社会のニーズを利用者視点で見極めて、新しい価値に結びつけることを“デザイン”と捉えるならば、『経営者が“こんな社会をつくりたい”と思い描いたビジョンを実現するために、製品やサービスを通じて生活者の暮らしをデザインしていくことが、デザイン経営である』と言えます。

国内の中小企業における、デザイン経営のモデルが少ないことを背景に、先行事例となる8社の経営者にインタビュー調査を行いました。そこでみえてきたのは、“文化を生み出すための経営”というキーワードでした。」(加藤)

『なぜ中小企業におけるデザイン経営が、文化を生み出すことにつながるのか?』について、5つの特徴を通じて簡単にご紹介します。

共通する5つの特徴

1.ビジョンを更新する
自分たちの存在意義を問い直すことが出発点です。経営者自身が変化の主体となって描く世界観は、進むべき方向性を示す「ビジョン」となります。ビジョンは会社の存在意義を刷新し、「新しい価値」を社会に提供する動力源として作動し始めます。

2.経営にデザイナーを巻き込む
経営のパートナーとしてデザイナーを迎え入れましょう。経営者とコミュニケーションするデザイナー最大の役割は、ビジョンの具現化です。ロゴやWeb、製品やサービスなどの手段を通じて、ビジョンを実際の形に現します。

3.組織の変革をデザインする
社会に大きなインパクトを与えるには、経営者だけでなく社員もビジョンを共有し、実現したい世界観を一緒に育て形にしていく必要があります。そのために、組織のあり方や働く環境も更新していきます。

4.共創のコミュニティをつくる
ビジョンが社会的意義と重なり、新しい価値を社会に提案する存在となるコミュニティは、会社の枠を超えたさまざまな立場の共感者と共に活動する場の役目を果たします。風通しの良い場であるほど、思いも依らぬ価値の創発を引き起こします。

5.文化を生み出す
自社の事業活動を通じて、社員の働き方や働く意義を変え、生活者に新しい振る舞いや日常を提供し、地域の自然や伝統を受け継ぐ人々を増やしていく。経営者のビジョンは、経済の発展のみにとどまらず、文化を生み出すことにつながるのです。

加藤は5つの特徴を説明する中で、インタビューを行った8社のうち、株式会社ファミリアを「Chapter3. 組織の変革をデザインする」の中で、株式会社ジャクエツを「Chapter4. 共創のコミュニティをつくる」の中で、両社の取り組みを事例として紹介しました。

事例:株式会社ファミリア ー子どもの可能性をひらくため、組織文化から変える

ファミリアは70年前に、現社長の岡崎さんのおばあさまと、そのママ友の4人で創業されました。百貨店とともに伸びてきた売上が下がり始めたときに、社長に就任した岡崎さんは、自ら『子供服メーカー』というカテゴリに囚われていたことに気付き、自分たちのあり方を問い直そうと考えました。

そこで創業当時の理念に立ち返り、“日本の戦後復興に向け、未来を担う子どもの環境を良くしたい”という当時の想いを受け継ぎ、“子どもの可能性をクリエイトする”というビジョンに更新したのです。

そして、岡崎さんご自身がアメリカのデザイン事務所で活躍されていたデザイナーでありクリエイティブディレクターであることから、新たなビジョンを形にするために、ビジュアルボードというものをつくりました。このビジュアルボードを通じて、社内の意見を吸い上げたり、社外のデザイナーとの意思疎通を行ったりすることを、今でも大切にされています。

ファミリアが社内でつくる、ビジュアルボードイメージ

ファミリアは2016年に本社を移転。ファミリアが目指す世界観を空間内に表現しました。また、例えば壁のないオープンな環境にして活発なコミュニケーションの創出を狙うなど、社員の働き方を変える仕掛けも多数取り入れています。その結果、ファミリアの余った生地からこどもたちが生み出したアートを展示する「こどもてんらんかい」の企画が社内から挙がるなど、ビジョンの実現に向けて、社員の自発的な行動が見られるようになったそうです。

事例:株式会社ジャクエツ ーみんなであそびを探求して、みんなと未来をつくる。

1916年に創業したジャクエツは、保育用品、教材教具、遊具から建築設計までおこなう、こども環境デザインのトータルソリューションカンパニーです。創業100年を経て、新たにスローガンを「未来は、あそびの中に。」と刷新。これから先の100年を見据えたビジョンに更新し、あそびの環境づくりに磨きをかけています。

そんなジャクエツでは“子どもの遊びの研究所”をコンセプトとした『PLAY DESIGN LAB』という研究機関を運営しています。インテリアデザイナーや大学教授、グラフィックデザイナーや建築家など、さまざまな分野の専門性を持った方々とともに、より良い子どものあそび環境を考え、新しい価値を社会に提案し続けています。

また、「JQ遊具安全規準」という独自のガイドラインを定め、業界内での基準とするべく、積極的に学びを共有されているのも特徴です。

このように、共創するコミュニティを通じて、ビジョンの育成を図っているジャクエツ。コミュニティの運営をデザインするのはもちろんのこと、自社の知見をオープンにすることで新たな情報が入ってくるという、情報の流れもデザインされていました。

デザイン経営で一番大事なことは何?どうやって社内を巻き込む?「経営×デザインの実践」をテーマに、経営者4名が本音で議論

後半は、デザイン経営を実践されている企業の実践者を交えながら、ディスカッションが行われました。ゲストとしてご参加いただいたのは、「中小企業のデザイン経営調査報告」の調査対象企業でもあった、株式会社ファミリア 代表取締役社長 岡崎忠彦さん、株式会社ジャクエツ 常務取締役執行役員/CDO 吉田 薫さん、そして「まちの保育園」や「まちのこども園」を運営されているナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役 松本理寿輝さんの3名。株式会社ロフトワーク 代表取締役 林 千晶がモデレータを務めました。

左から:株式会社ロフトワーク 代表取締役 林 千晶、株式会社ファミリア 代表取締役社長 岡崎忠彦さん、ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役 松本理寿輝さん、株式会社ジャクエツ 常務取締役執行役員/CDO 吉田 薫さん

5つの特徴の中で大事にしているのは何ですか?

林:まずは、今回の調査から導き出した、デザイン経営の実践企業に共通する5つの特徴について、どれが一番大切だと考えていますか?

松本さん:私たちは2010年に創業したのですが、2010年からの最初の5年間を「文化創造期」、次の5年間を「標準化期」、そして2020年からの5年間を「共創期」と定義しています。企業や自治体、保育・教育界のみなさまなど、社会のあらゆる主体者と手を組みながら、子どもを中心としたまちづくりを共創していこうと考えています。だから今は「1. ビジョンを更新する」が終わって「4. 共創のコミュニティをつくる」に入った時期かなと。

岡崎さん:僕はゴールイメージから入るほうなので、「5.文化を生み出す」ですね。「カルチャーをつくりたい」という想いは、最初からありました。僕は創業者ではないので、持続的な経営に向けて、僕がいなくても会社が存続できるようなDNAを残すことが、本当に大切だと考えています。

吉田さん:私たちが大事にしているのは「1. ビジョンを更新する」と「4. 共創のコミュニティをつくる」と「5. 文化を生み出す」ですね。ビジョンを更新したのは昨年です。100年前の創業時から変わらないシンボルである「犬張り子」に込められた想いを守りながら、次の100年に向けたビジョンを更新しました。これによって、ビジョンを伝える仕組みをつくり、文化にしていく流れが明確になったと思います。

林:私は1から5に向けて、ゆるやかに進んでいくのかと思っていたのですが、そうではないということですかね?

松本さん:この順序というよりは、強弱の差はあれ、この5つは常にどれも大事な気がします。

岡崎さん:僕も順番よりはバランスが大事だと思いますね。

組織変革をデザインする秘訣を教えてください

林:ビジョンを更新した当事者として経営層は変われると思うのですが、「Chapter3. 組織の変革をデザインする」、つまり社員一人一人の意識を変えるって、難しくないですか?手応えを感じていることがあれば、何か秘訣を教えてください。

吉田さん:秘訣というのは基本的にはないです。ただ、ビジョンを明確にすれば、当然それが下にきちっと伝わっていく。こうしろ、ああしろと命令するのではなく、方向を示すことが大事ですよね。たとえば、私たちが昨年つくったブランドブックもそうです。これは元々は社員のために作ったんですね。それから、社内に今までの歴史をずっとアーカイブしているんですね。社員に会社の歴史をわかってもらうことも大事だと思っています。そういうものを通じて向かうところを共有すれば、そこに向かって自分たちがやるべきことがわかりますから。

会場では、ジャクエツが自身のビジョンを冊子にまとめたブランドブックも配布

松本さん:僕は今まさに模索中ですね。園が4つくらいのときは、スタッフが160人前後だったので、ギリギリ私自身が直接ビジョンを語って全員とコミュニケーションが取れていました。ところが現在は200人を超える規模になっていて、そのやり方が難しくなっている部分もあります。今は2020年からの共創期にむけてのビジョンをみんなに話していく必要もある大事な時期です。そこで、私が直接対話するマネジメントチームを各園に組織して、そこからじわじわ広げる仕組みに変えていこうとしています。ただ、マネジメントチームにはマネジメントチームの想いがあるので、その想いの共有にはやはり時間をかけていく必要があります。

岡崎さん:結論から言うと、組織はアップデートし続けないと死んでしまうと思うんですよ。僕がファミリアに入社した2003年当時は、今とは全然違うカルチャーでした。例えば、オフィスがものすごい雑然としていて汚かったんです。僕はオフィスは商売道具だと思っているので、すべてが整理整頓されている美しいオフィスにしたかった。きれいな環境もアップデートし続けないと、すぐに汚くなりますよね。今はみんなのおかげできれいなオフィスになりました。きれいな環境を保つ仕組み作りと組織論って、似ているところがあるのではないかと思います。

経営=デザイン?経営者=デザイナー?

林:経営とデザインの関係性を、どのように考えていますか?「経営はデザインそのものだ」という考えもある一方で、デザイン関係ではない人からすると「デザイン業界がそんなにでしゃばらなくていい」と思うんじゃないかなと。経営者=デザイナーか、といわれると、そうではないでしょう?この辺について、どうお考えですか?

吉田さん:方向性を決めたり、社会に与える影響を考えたり、といったデザイナーの方がしていることは、経営しているのと同じだと私は思いますけどね。

岡崎さん:デザイン自体が、問題解決や、世の中をより良くする行為なので、経営と同じですよね。逆に言えば、経営者をラテン語で言い換えたらデザインになるんじゃないかくらいの感覚なんです、僕としては。

松本さん:会社組織が社会的なものである以上、社会との接点を持つときに、必ずデザインの力が必要になりますよね。とはいえ、経営には人事や資金繰りといった内部的なことも多くありますから、それはデザインの範疇を超えるのではないかというのが、私の理解です。

林:なるほど。企業が生み出した価値を社会に提供するとき、つまり自社のフィールドと社会のフィールドが重なり合うところにデザインの力が必要になる。その意味では経営≒デザインで、経営者とデザイナーはビジョンを共有するわけですよね。だけど、デザイナーにはビジョンをユーザーが直接触れる形で、具現化することまで求められる。だからこそデザイナーには、外から企業を見る、俯瞰した視点が欠かせないし、生活者の立場に立って体験設計し形にする役割があって。そこが経営者とデザイナーの違いかなと思っています。本日はみなさん、ありがとうございました。

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