組織の理解、人材育成はどうしてる?
ーソニー、富士フイルムのデザインリーダーに聞く、デザイン経営の実践
ロフトワークでは「デザイン経営2020 ーWithコロナ/Afterコロナを創造的に生き抜くには」と題し、5月19日、5月26日と2回にわたるオンラインイベントを開催。「今なぜデザイン経営が必要か」について語り合ったDay1の内容を受け、Day2では「社内にデザインの理解をどう促進するか?」「新しいデザイン人材像とは?」といったデザイン経営を実践するにあたってのヒントについて、議論しました。
本レポートでは、大企業のデザイン部門トップである、ソニー株式会社 VP. クリエイティブセンター センター長 長谷川 豊さんと、富士フイルム株式会社 執行役員/デザインセンター長 堀切和久さんを迎えて行ったセッション、「大企業のデザインリーダーに聞く、デザイン経営の実践」の内容を中心にお送りします。
前半は、ソニー、富士フイルムそれぞれのデザイン経営の取り組み事例、後半はロフトワーク 代表取締役 林千晶がモデレーターとして進行したクロストークの様子をご紹介します。
執筆:野本纏花、編集:岩沢エリ(loftwork.com編集部)
デザインの力でNew Standardsを創る ー ソニー株式会社
VP. クリエイティブセンター センター長 長谷川 豊さん
Sony Designとは
1961年に創設されたソニーのインハウスデザイン集団。フィロソフィーは、「原型を創る」Create New Standards。「先駆(Visionary)」「本質(Integrity)」「共感(Empathy)」を軸に、新しいスタンダードになり得る価値創造を目指す。
ソニーにおけるデザインの貢献領域は、AVカテゴリーのプロダクトデザインからスタートし、現在は教育・ゲーム・ファイナンス・メディカルなど、活動領域は多岐にわたる。これらを「ビジネス貢献」「新価値創造」「コーポレート貢献」の3つのカテゴリーに分け、次に具体的な事例を紹介する。
デザインの貢献領域
<ビジネス貢献:魅力ある製品デザインの創出・ブランディング>
VISION-S
ソニーのアセットであるセンシング技術をモビリティ領域で具体的な価値としてどう展開できるかという命題のもと、実際に「公道を走れること」を条件としたプロトタイプを制作した。安心・安全に加え、ソニーの強みであるエンタテインメント性にもこだわり、革新的なインターフェイスを搭載した。
<新価値創造:新しいビジネスを創る・新しい体験を創る>
CAVE without a LIGHT
SXSW2019で行った、暗闇の中でソニーの音響・触覚技術を楽しめる体験型展示。クリエイティブセンター、品質・環境部、R&Dセンターなどの複数部署が共同で制作した。国籍や性別、年齢や障がいといったボーダーを超え、一人でも多くの人が楽しめるエンターテインメント体験を生み出したいという想いが込められている。
<コーポレート貢献:本社メッセージのコミュニケーションデザイン>
Sony Technology Day
2019年、初めて開催した「Sony Technology Day」。主に投資家・アナリストおよびメディア関係者に向けソニーの技術を発表する同イベントにおいて、ソニーの技術戦略を表すメッセージやそのプレゼンテーション、展示のデザインなど、R&Dのメンバーとともにゼロから創り上げた。ソニーというコーポレートブランドが持つ様々なタッチポイントにおいて、ソニーを一元的にビジュアライズすることもデザインの重要な機能である。
デザイナーの役割
テクノロジーを編集・翻訳して”感動価値”を創造する
イノベーションはテクノロジーとデザインの掛け合わせで生まれてきたと思っています。特に、今のコロナ禍においても、デザインのあらゆる可能性を開拓し続け、我々が新しいスタンダードを創っていくという意識で進めていきたい(長谷川さん)
デザイン部門をハブに組織全体をデザインする ー 富士フイルム株式会社
執行役員/デザインセンター長 堀切和久さん
CLAY STUDIOとは
「富士フイルムをデザインする」というミッションにもとづき、デザイン経営をダイナミックに実践する場として、2017年にオープンしたデザインスタジオ。本社とは別の場所にあり、経営層や各事業部門のトップも訪れ、デザインをハブとした議論が重ねられている。富士フイルムのデザインセンターは経営直下にあることが特徴。多くの事業部・研究所と協力しながら、製品・サービス・ブランドのデザインを通じて企業価値を向上させている。デザインとブランドマネジメントの両部門を管掌している。
デザインの貢献領域
富士フイルムをデザインする
①ブランディング②プロセスをデザイン③製品サービスをデザイン④ビジネスをデザイン このうち③製品サービスをデザインは、どの企業のデザインセンターにおいても注力しているところだが、富士フイルムのデザインは①ブランディング②プロセスをデザイン④ビジネスをデザインにも力をいれている。
富士フイルムのデザイン経営
「写ルンです」から「アスタリフト」へ
1986年に販売開始したレンズ付きフィルム「写ルンです」。写真フィルムで培ったコラーゲンの研究や酸化制御技術、ナノテクノロジーを応用して生まれたのが化粧品の「アスタリフト」だ。写真フィルムの技術を大切にしながら新たな価値を生み出す、という歴史観も、富士フイルムのデザイン経営の一端を担っている。
「写ルンです」から「結核迅速診断キット」へ
2019年度グッドデザイン大賞を受賞した「結核迅速診断キット」。免疫力の低下により、結核に感染するリスクが高く、結核が重症化しやすいHIV陽性患者に向けた、尿を検体に用いる結核の迅速診断キットだ。写真現像技術で培った「銀塩増幅技術」を応用し、検体中にわずかに含まれる結核菌特有成分に結合させた目印となる標識の周りに、大きな銀粒子を生成させて検出する。外観デザインの美しさにとどまらず、開発途上国の医療資源が限られる使用環境を想定し、電源や操作への高度な習熟は不要としたことなどが評価された。
デザイン部門をアセットとして客観的かつ大胆に用いたいと考える一方で、デザイナー出身の身としては、デザイナーとフラットな関係を保っていたいという考えもあります。デザイナーのトップがデザイナーを守るのではなく生かすことが大切。デザインというメソッドを用いながら、健康でクリエイティブな企業体質をつくり、会社そのものをクリエイティブにしていきたい。これこそが企業で活躍するデザイナーの使命ではないかと思っています(堀切さん)
デザインの力を経営層に示すには?
特許庁が公開した「デザイン経営ハンドブック」では、“デザイン経営あるある よく出くわす8つの課題”の一つとして「経営層の理解不足」が挙げられていました。ソニー、富士フイルムのデザイン経営の実践紹介を聞いたあとのクロストークも、同様のテーマからスタートしました。
林 千晶(以下、林):お二人は、大企業のインハウスデザイナーとしてキャリアをスタートしています。現在はデザイン部門のトップであり、かつボードメンバーの一人として経営にデザインを活用する責務を担っているという共通点がありますよね。つまりデザイナーの視点を経営層にちゃんと伝える役割を担っておられます。この構図は大企業ならではだと思うのですが、経営層にデザインの理解を促し、うまく巻き込む仕組みを何か設けていますか?
ソニー 長谷川 豊さん(以下、長谷川):経営層に対して、会社の戦略上の重点項目に対する我々の提案を提示してフィードバックをもらう場である「クリエイティブレポート」という機会を毎年設けています。大きいイベントは年に一度ですが、各事業のステークホルダーに対しては同様の場が年に複数回あります。我々の取り組みを見てもらう場を、どれだけ多く作れるかが大切だと思いますね。
富士フイルム 堀切和久さん(以下、堀切):僕らも年に一度「CLAY大賞」というアワードを設けていて、経営層に対してプレゼンをする機会があります。最終的に経営層もデザイナーも一人一票でWinnerを決めるのですが、対象となるのは製品デザインではなく、新しいプロセスや考え方に限るのがミソです。非デザイナーの経営層からすると「製品をデザインするのがデザイナーだ」という固定概念があるのですが、プレゼンが終わってみると「これもデザインなのか」「この考え方や手法は他の領域にも転用できるのではないか」といった気づきを得てもらえるんですね。これを毎年繰り返すことで、少しずつデザインに対する理解が深まり、新しい事業を起こそうというときに「最初からデザイナーを入れようか」という発想になるわけです。
林:非デザイナーの経営層とコミュニケーションをとる際に、気をつけていることはありますか?
堀切:デザインを説明するときに、相手の理解が得られなかったとしても、レベルを落として説明するようなことはしません。なぜなら、噛み砕き過ぎた柔らかい言葉でデザインを説明しても、コミットメントにならないからです。姿形だけではない、メソッドとしてのデザインを理解してもらうためには、硬い食べ物は硬いまま、ちゃんと噛んで味わってもらわないと。硬い部分にこそ、デザインの本質がある。
林:なるほどね。わかりやすく噛み砕くのではなく、むしろ硬いままぶつけてみると。
堀切:大切なのは、何でもかんでも自分から説明するのではなくて、質問をもらうことです。「それって、どういうことなんだ?」といった質問を引き出すことが肝心ですね。
珍獣・猛獣が集う大企業のデザイン集団
デザイン経営イベントのDay1セッションでも数多く質問を集めたのが「デザイン人材」についてでした。大手企業のデザインリーダーは、デザイン人材の採用や育成でどんな考えをもち実践しているのでしょうか。
林:次に聞きたいのが、デザイン人材に関する課題です。私も含め、二人ともデザイナーを採用・育成しなければいけないと思うのですが、20年前のデザイナーと今のデザイナーでは求められることが違うのではないかなと。お二人はどういう人物を採用していますか?
長谷川:ベースとしては、インダストリアルデザインやインターフェイスデザイン、グラフィックデザインといった美術大学を中心とするバックグラウンドの人材を採用しています。ただ、リサーチャーなど純粋なデザインだけではない専門性を持ったメンバーたちと一緒に活動することも増えているので、デザイナーとしてのスキルセットはありつつも、コミュニケーション力や発想力、概念を理解する能力といったものも求めています。育成の観点では、R&Dに所属していたメンバーが我々の組織に入ったり、逆にデザイナーがR&Dに入っていくようなことも出てきていますね。そうやってデザイナーとしてのコンピタンスを広げていくことで、デザイナーが進化してくれたらいいなと考えています。
堀切:建築家は国家試験が必要だけど、デザイナーには国家試験がないじゃないですか。自己申告の世界ですよね。そんな中で、今のデザイナーが何を大切にしたほうがいいのかを改めて考えてみると、”たとえダメなところがあったとしても、特定の領域に関してはものすごく秀でていて、右に出るものはいない”という珍獣・猛獣のような人が必要だと思うんですね。動物園でも、珍獣・猛獣がいるほうが面白いでしょう?珍獣・猛獣を楽しく子どもたちに見てもらうために、ガバナンスを取りながらうまくコンダクトするのが、我々デザインセンター長の役目だなと感じています。
長谷川:それはうちもそうですね。それぞれ強みが全然違うので、マルチな人を育てるというよりは、そのデザイナーの強みを生かすような活動をさせたほうがいいと思っています。
林:確かに、大企業のデザインセンターには、多様性がありそうですよね。中小企業のデザイナーは、マルチにいろいろなことに対応しなきゃいけないけれど、大企業ではそれぞれの人が持つ「これに関してはピカイチ!」という能力を、うまく生かせそうな気がする。じゃあ10年後に活躍できる珍獣・猛獣になるには、何が必要だと思いますか?
堀切:年代や役割によって求められる人物像は違ってくる気がしていて、一つには絞れないかな。若いリーダーのうちからコンダクトのスキルが長けている人は必ずいるから、そういう人はそこを伸ばせばいいし、一方で、一芸に秀でた人は今後も必要であることには変わりないし。あえて言うならその人の特長(優れている点)では無く、特徴(持ち味や個性)かも知れません。
長谷川:まさにうちも職人タイプとプロデューサータイプの両方の人材が必要だと思いますね。
堀切:うちも事業領域を広げていて、姿形だけでは表せない領域が増えてきている。たとえば、造形やCMFだけでなく、言葉や仕組みなどで表現する人が必要になっているので、今後もデザイナーのタスクは広がっていく気はしています。
「デザインは評価できない」は本当か?
デザイン経営の導入や継続のハードルになりやすいのが、評価やモチベーション維持といった課題です。セッション後半に、長谷川さん、堀切さんがそれぞれ取り入れている数値化の方法やモチベーションの源泉について簡単に答えていただきました。
林:デザイン経営でよく問題になるのが、「デザインの成果をいかに数値化するか」という評価指標についてです。ちなみに、お二人のところでは、KPIやKGIは設定されていますか?
長谷川:第三者評価、事業の評価、知財の評価など、定量・定性ともに指標はありますよ。
堀切:コンシューマー製品のように成果が見えやすい事業というのがあるんですね。SNSや販売店など、いろいろなところから集めたデータを用いて評価することはできるので、そうしたわかりやすい領域でデザインの貢献度を示しながら、数字に現れないものを横で回しているというイメージですね。
林:なるほど。デザインは数値化しづらいと言われているけれど、間接的に表現することは可能だということですね。最後に少し視点を変えて、お二人がデザインに関わり続ける理由に触れてみたいな。お二人が仕事を通じて最もうれしいときはいつですか?
長谷川:やっぱりデザインがユーザーにダイレクトに響いて、感動を与えられたことを知ったときが一番うれしいですね。
堀切:もちろん製品がユーザーに喜んでもらえるのが一番なんだけど、それ以外にも、会社で一緒に働いている企画者や技術者、経営層などのメンバーから「これがうまくいったのはデザインのおかげだよ」と言ってもらえると、すごくうれしいよね。一緒に苦労している人たちの笑顔を見ちゃったら、この仕事はもう辞められない。
林:生活者からのフィードバックって、意外と中の人たちに届いているものなんですね。今日はありがとうございました。
大きな変革の舵を切るための「デザイン経営」
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