変革の鍵は、ありたい姿の明文化とワクワクする方向への先行投資?
〜実践者が語る「ものづくり企業×デザイン経営」イベントレポート(後編)
ロフトワークでは、「ものづくり企業のデザイン経営 —「技術×デザイン」で企業の未来を変える経営戦略と実践」と題したイベントを開催。ものづくり企業のデザイン経営実践企業や、デザイン経営導入支援を展開する自治体を招き、「ものづくり企業ならではの課題に対し、デザインをどう活用できるのか」について考えました。
本レポートは、前後編でお届けします。後編は、株式会社八幡ねじ 代表取締役社長 鈴木則之さん、八尾市経済環境部産業政策課 係長 松尾泰貴さん、OKB 大垣共立銀行 常務取締役 土屋 諭さんを招いて行ったクロストークの模様をお届けします。モデレーターは株式会社ロフトワーク 代表取締役 林千晶が務めます。
[イベント概要] ものづくり企業のデザイン経営 ー「技術×デザイン」で企業の未来を変える経営戦略と実践
[レポート前編] 裏方から表舞台への挑戦 〜実践者が語る「ものづくり企業×デザイン経営」イベントレポート
(執筆:野本 纏花 編集:岩沢エリ(loftwork.com編集部))
ものづくり企業がデザイン経営を始める際に、お金とどう付き合えばいい?
林千晶(以下、林):「ものづくり企業とデザイン経営」ということで、前半は事例として、鈴木さんと松尾さんが実践されている取り組みについて伺ったのですが、ものづくり企業がデザイン経営のためにいろいろと仕掛けていくには、やはりお金が必要だろうと思うんですね。そこで後半は、土屋さんにも入っていただき、銀行の視点も交えながら、お三方にお話を伺っていきたいと思います。
私が一経営者として過去を振り返ると、お金のことより先に、社会に実現したいことから考えてきていました。やりたいことがあって、実現するために戦略を立てる。そこで初めて、「どれだけお金がかかるんだっけ?」と。自己資金でやるのか、銀行から借り入れるのかも含め、ロフトワークではお金のことは後から考えることが多いのですが、鈴木さんはどうですか?
鈴木則之さん(以下、鈴木):後から考えるというのは、感覚的にはわかりますよ。でも今、私たちがやりたいことを実現するには、お金がかかることがいっぱいあるんです。2030年にありたい姿を目指してやっていこうと決めたので、そこからバックキャストで資金計画を立てていくことにしました。だから、あくまでも“やりたいことファースト”ではあるんですけど、そのための資金繰りも含めた事業計画を立てるところまでをセットで考えることが大切だと考えています。
林:外部調達も含めて考えるのが前提ということですか?
鈴木:もちろんです。
林:逆に、八尾市の取り組みでは1年ごとに8社を育てているわけですが、その中には、自分の稼いだお金だけでやろうとする人も多いのではないですか?
松尾泰貴さん(以下、松尾):たしかにそういう人もいますが、うまく補助金を活用していますね。例えば、去年は台湾に行って世界に挑戦するという試みだったので、次年度以降、「JAPANブランド育成支援事業」という経済産業省の補助金を活用しようと2社が採択されています。その点は、僕に経済産業省に在籍した経験があるので、ちゃんとアシストしてあげるべきだと思っています。
林:やはり自分たちで新製品開発をやっていこうとなると、多かれ少なかれお金はかかるものだということですよね。そこでの社長が果たすべき役割は、どんなものになりますか?
鈴木:私たちがやっている全社横断のプロジェクトでは、計8本のプロジェクトが動いています。その中でも「企画開発のプロジェクト」と「販売促進のプロジェクト」だけは、私が責任者をしています。その理由は、意思決定のスピードを上げるためです。何かやりたいことが出てくる度に決裁を上げていたら時間がかかるし、私も稟議書を見ただけでは判断がつかないんですよね。それなら最初から議論に同席しておこうと。
林:企画開発って、お金もかかるし、ある意味、大きなリスクでもあるわけですよね。それでもやると決めたのがすごいと思うんですけど。
鈴木:ねじは汎用品なので、お客様の数はすごく多いんですよ。一番多くを占めているお客様でも、売上の2%しかない。つまり販売ルートがたくさんあるので、まったくの0から始めるわけではないんですね。そこに対して、にじみ出るように新商品や新規事業をつくっていく、という価値観は大切にしています。
林:なるほど。ちなみに八尾市では「YAOYA PROJECT」の参画企業を選定する際に、どんな視点をもっていましたか?
松尾:八尾市では「挑戦と変革を求める企業を応援します!」と掲げているので、まずはその想いをもっていること。そして、先ほど鈴木さんもおっしゃっていたように、社長が決めないと前に進まないことがたくさんあるので、社長のコミット度合いは確認するようにしています。そうした意思のある企業と共創できるクリエイターが集うコミュニティをつくっていきたいので、こちらからのメッセージとしては、「デザイン経営をやってください」というよりも、「他社が真似したくなるような、新しい挑戦をしてください」と伝えています。
松尾:実は、「YAOYA PROJECT」の前は、デザインシンキングを学んでもらう事業をしていたんですよ。でも、それがなかなか浸透しなかったんですね。受け身で学ぶだけではダメだとわかったので、今はフィールドワークに専念しています。やはり、実践肌の人が多いからでしょうね。ものづくり企業のみなさんは、つくる技術をもっているので、まずはやりたいことを表現してもらう。その上で、ものづくりの背景にある“自分が考えていたこと”を引き出すために、こちらがセッティングしたインタビューで徹底的に質問攻めにして、言語化してあげることが大事なんです。
林:すごくよくわかります。「なぜ今の時代に、デザイン経営という方法が必要なのか」という話に少し触れますと、過去の経済成長期には、生活者のニーズが明らかだったから、それに応えるために技術革新をすればよかったんですよね。これはエンジニア主導の科学的な経営とも言えます。しかしあらゆるモノのコモディティ化が進み、技術で差別化できる時代は終わりました。
「じゃあ次は何で差別化すればいいのか?」という問いに対する答えのひとつがデザイン経営なんですね。技術がどうこうではなく、「私たちはこの課題を解決したくて、あなたのためにこれをつくりました」というストーリーを大切にした商品開発をしていく。これからはそういう時代なんじゃないかなと思っています。
会社のありたい姿の明文化が、社員一人ひとりの評価方法やキャリアルートの更新にも繋がる
林:八幡ねじさんでは、デザイン経営を推進するとともに、評価制度も変えてきたと伺ったのですが、詳しく教えていただけますか。
鈴木:前半のプレゼンでも少しお話ししましたが、やはりものをつくっただけでは、社内のみんなが動かなかったんです。それは、自分の目の前の仕事があるし、お客様が求めているものには応えられているという自負があるから。「開発が新商品をつくったから、よし売ろう!」とはならなかった。“全員開発”と掲げても、傍観者でいる人もいましたしね。
そういう人たちを動かすために、「私たちのありたい姿を実現するために、どんな人が必要なのか」というのを明文化したんです。「会社として必要な人材像をベースにした評価制度に変えますよ」ということで、人事制度の改革を7月にスタートしたところです。
林:ということは、7月から評価制度も新しくなったんですか?
鈴木:いえ、最初の1年間は試用期間と位置づけて、評価は旧制度のままです。
林:具体的に、人事制度のどこがどう変わったのですか?
鈴木:一番変わったのは、キャリアのルートを複数用意したところですね。今までは一本道だったんですよ。入社して、営業なら営業で実績を積んだトップ営業マンが課長になり、部長になっていく。部長となると、管理職として人を育てることも担うわけですが、必ずしもトップ営業マンだったからといって人材育成が得意とも限らないわけです。そこで適材適所にするために、いろいろな職種をつくったというのが、今回の人事制度改革のポイントになっています。
林:人の変化に合わせて職種も多様化させていくんですね。八尾市では、さすがに「YAOYA PROJECT」で支援している企業の人事制度にまで入り込むっていうのは難しいですよね?
松尾:考えたこともなかったですね。ただ、他のプロジェクトで「みせるばやお」という120社のコンソーシアムがあって、そこでは毎月参加企業で共有会を開いています。「みんなでパクりあおう!」という精神で、生々しい人事制度の話なんかもしてもらって(笑)
デザイン経営って、どうしても社長の熱い想いとかビジョンがフォーカスされがちなんですけど、実践するには一つひとつの細かい施策の積み重ねが大切なので、そっちにもフォーカスを当ててあげることは大事だと思っています。
林:すごくいいですね。ちなみに土屋さん、銀行でも企業の人事制度に対して、できることはあるんじゃないですか?
土屋諭さん(以下、土屋):そうですね。まだなかなかそこまでできていませんが、我々の融資先が2万社あるので、ある会社で成功しているユニークな評価制度があるという話を聞いたら、それを他のお客様に展開することはできそうだな、と思いながら、お話を聞いていました。
ワクワクしないと始まらない
林:中小企業が攻めに転じようとするときに、銀行での資金調達が必要になるフェーズが出てくると思います。地銀ならではの攻め方として、どのようなものがあるのか、教えていただきたいです。
土屋:さっき林さんもおっしゃっていたように、生活者が求めるものがわからなくなっている今、クラウドファンディングで直接聞いてしまう選択肢が出てきているわけじゃないですか。我々はそこに対して、非常に危機感をもっているんですね。
かつては「こういうものをつくりたいからお金を貸してほしい」という相談が、まず銀行に来ていましたが、今は資金調達のルートが多様化しているので、もっと上流から入り込んでいかなければダメだと思っています。
その中で、地銀と都銀の明確な違いは、「ステークホルダーが地元で完結すること」ですね。株主・従業員・お客様すべてが地元に集中しているので、「みんなで同じ方向を向いてやっていける」というのが地銀の最大の強みです。地域を発展させることが、ステークホルダーに対する貢献に直結しますから。
林:八幡ねじさんではクライアントがほしいものを提供していれば、ビジネスが成り立っていた。土屋さんのところでも、「お金を貸してください」というニーズに応えていれば、ビジネスが成り立っていた。だけど、「今のままでは未来の発展には、つながらないのではないか。逆サイドから攻めなければ」という考えに至ったというところが似ているのかなと思ったのですが、いかがですか?
鈴木:そうですね。でもまぁ、発展するかしないかでいえば、最後の一社に残れれば、残存社利益は得られると思うんですよ。安売り合戦の末に、生き残った一社が「勝ち」です。だけど、「たとえそれで生き残れたとしても、ワクワクはしないよね」という話なんですよね。
林:わかる!本当に、そう!土屋さんは、どうですか?
土屋:我々銀行マンは、「金融を通じて、お客様に貢献したい」という想いがあって、銀行に入っているので、ただお金を貸すだけのビジネスがコモディティ化してしまったとしても、これからは「お客様の成長をともに楽しんで、一緒にワクワクしていきたい」と思っています。
林:ワクワクした分だけお金を貸す銀行になったら、ものすごくワクワクが集まってくると思いますよね!
松尾:僕らもワクワク度合いは一番大事にしていて、そもそも「YAOYA PROJECT」では、僕がすごくワクワクしていますから、参画する企業も一緒にワクワクしてもらうことが、とても大事なんです。ワクワクしている人のところには、ワクワクしたい人たちが集まってくるので。八尾市は、この3年間で“クリエイターと共創するのが当たり前の街”というのを文化にしていきたいと考えています。そこに銀行の投資がついてきたら、なおのことワクワクしますよね!
林:では最後に、改めて「なぜ経営においてデザインが大事なのか」という質問に対して、実践されている立場から、鈴木さんのお考えをお聞かせいただけますか。
鈴木:正直、自分がデザイン経営をしているという感覚は、もっていないんですよ。ただ、たまたま「私たちがどんな世界をつくりたいのか」という話を語り合える相手が、社内外のデザイナーだったというだけで。だから、僕は理論的にはデザイン経営をよくわかっていないんです。結果として、「自分がやっていることがデザイン経営なのかな?」と感覚的に思っているだけなので。
林:今日お話を伺って、お三方に共通しているのは、「次の世代に繋げていきたい」という想いだと感じました。みなさん、ありがとうございました!