EVENT Report

裏方から表舞台への挑戦
〜実践者が語る「ものづくり企業×デザイン経営」
イベントレポート(前編)

デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法である「デザイン経営」を取り入れ、企業価値を高める企業が増えています。その一方、企業を相手にビジネスを行ってきた製造系企業などのものづくり企業では、デザイン領域への馴染みが薄く、デザイン経営へ踏み出せないジレンマを抱える経営層も多いと言います。

そこでロフトワークでは、「ものづくり企業のデザイン経営 —「技術×デザイン」で企業の未来を変える経営戦略と実践」と題したイベントを開催。ものづくり企業のデザイン経営実践企業や、デザイン経営導入支援を展開する自治体を招き、「ものづくり企業ならではの課題に対し、デザインをどう活用できるのか」について考えました。

本レポートは、前後編でお届けします。前編では、株式会社八幡ねじ 代表取締役社長 鈴木則之さんと、八尾市経済環境部産業政策課 係長 松尾泰貴さんのプレゼンテーションの模様をご紹介します。

[イベント概要] ものづくり企業のデザイン経営 ー「技術×デザイン」で企業の未来を変える経営戦略と実践
[レポート後編] 変革の鍵は、ありたい姿の明文化とワクワクする方向への先行投資? 〜実践者が語る「ものづくり企業×デザイン経営」イベントレポート(後編)

(執筆:野本 纏花 編集:岩沢エリ(loftwork.com編集部))

町工場から始まった八幡ねじの歴史

最初に登壇したのは、八幡ねじの鈴木さんです。八幡ねじは1946年にボルトの製造工場として創業され、その後は商社として拡大してきました。

八幡ねじの事業は、主に大手のものづくり企業に対してねじや締結部品を供給する「BtoB(ユーザー企業向け事業)」、大手のホームセンターに対して金物を供給する「BtoBtoC(小売企業向け事業)」、直接消費者にDIY関連のねじや金属部品を供給する「BtoC(ネット販売事業)」の3つで成り立っています。なかでもBtoBtoCでは、日本のホームセンターの約70%に商品を卸しており、ねじだけでなく防災用品や衛生用品など、今では40万点もの商品点数を取り扱っていると言います。

八幡ねじのこだわりは、「企画・開発・品質保証・物流」まですべて自社で行うこと。日本全国に営業拠点が10拠点、海外には生産拠点が4拠点あり、国内約600名、海外約400名の従業員が在籍。日本国内で約300社、海外で約200社の協力工場とともに事業を展開しており、年商は約250億円にのぼるそうです。

そんな八幡ねじの企業理念は「三方善(さんぽうぜん)」。いわゆる“三方よし”の考え方です。「自分と相手と第三者、それがともに幸せで初めて長続きする。自分だけ、相手だけ、社会だけではダメだ、というのが私たちの企業の理念です。そのため、社是も『三方善の心で新技術新分野を拓く』。このような社是で私たちは事業活動に取り組んでおりますし、この後お話しするデザイン経営も、基本的にはこの考え方がコアになっているとお考えください」(鈴木さん)

25年前からデザイン経営を始めた理由

八幡ねじがデザイン経営を取り入れたのは、先代が社長を務める1996年のことです。今から25年も前に、なぜ八幡ねじはデザイン経営を始めようと考えたのでしょうか。

「それは、ねじが『コモディティ商品』だからです。ねじというものは1mm違えば使えなくなる“規格品”。規格化されているからこそ汎用性があって、互換性もあるところに、価値がある。逆に言えば、規格品で差別化を図るのは、非常に難しいんですね。そうなると多くの経営者は、品揃えを豊富にしたり、価格を下げたりしてしまいがちなのですが、それって本当に発展性があるのだろうかと疑問に感じたのが始まりでした」(鈴木さん)

時を同じくして、当時、流行り始めていたのがDIY。かつてのねじは、ものづくりのプロや建築・土木の職人しか使わないものでしたが、DIYをきっかけに、一般の消費者も、ねじを買うようになっていたのです。

「プロはねじのことをよくわかっているけれど、一般の消費者がホームセンターへねじを買いに行っても、どのねじをどう使えばいいのか、わからない。『選びやすい・買いやすい・少量でいい・保管しやすい』といった消費者のニーズを汲み取って、“パッケージデザインで差別化しよう”と考えました」(鈴木さん)

パッケージデザインを刷新しようとデザイナーに依頼したところ、デザイナーから返ってきたのは「パッケージだけでなく、企業ロゴも刷新して、トータルでデザインしなければ、いいものはできない」という言葉でした。

そこで八幡ねじは、コーポレートアイデンティティからトータルでデザインマネジメントに取り組むことを決めました。経営理念の「三方善」とねじの「機能美」を掛け合わせ、「無駄を削ぎ落とした本質を極める会社になる」という思いを込めた企業ロゴへ刷新するとともに、パッケージデザインや展示会などにもデザインの力を取り入れるようになったのです。

ものづくり企業にもマーケティングが必要だ

「ものづくりの中小企業に共通しているのは、『必ずしもマーケティング機能が重要視されていない』ことだ」と鈴木さんは指摘します。BtoBのものづくり企業では、クライアントが求めるものさえつくっていれば、商売が成り立ってしまうからです。確かに、その世界においては、必ずしもマーケティングは重要ではないでしょう。しかし、鈴木さんは「やはり最終製品をつくっていきたい」という確固たる想いのもと、企画開発を強化する道を選び、プロダクトデザイナーの採用にも踏み出しました。

こうして生まれた八幡ねじのオリジナル商品「グリーンディスプレイ収納 [HANG]」や「石膏壁面金具取り付け締結部品 [壁面金具用石こうピン]」は、2019年にグッドデザイン賞を受賞。商品企画から製品ブランディングまで、少しずつ取り組みの幅を広げています。

「ここまでの話を聞くと、順風満帆に思われるかもしれませんが、決してそうではないんです」と話す鈴木さん。デザイナーを採用することで企画開発をすること自体はできるものの、200人いる営業マンが「よし、これからは自社の商品を売っていこう!」とすぐにはならないのだと、内情を打ち明けます。

「事業の発展につながる企画開発をバンバンやっていく会社になるためには、抜本的な組織改革をして、全社で風土づくりをすることが絶対に必要です。私たちはまだ、みんなのベクトルが合っているとは言えません」(鈴木さん)

そこで昨年の夏から始めたのが、開発デザイナーを含めた社長室を設置し、長期発展ビジョンを策定することでした。そこでつくったのは「開発を通じて未来を拓く」というビジョン。現在はこのビジョンの実現に向けて、社長室から経営企画室へと名前を変更し、次のような改革を実行している最中だと言います。

八幡ねじが行っている開発方企業への具体的な取り組み

  • 開発〜営業まで一貫した企画開発チームの発足
  • 職種の多様化(専門職・プロフェッショナル職の追加)
  • プロフェッショナル職の採用強化
  • 理念・ビジョンのビジュアル化によるインターナルコミュニケーションの強化→浸透
  • 事業活性化(社内ベンチャー制度)
  • オープンイノベーションの活性(ラボ設立予定)
  • 全員開発の文化醸成(全社員参加型の新商品提案制度)

「デザインとは見た目の美しさだけではありません。課題を解決していくことがデザインの本質だと思っています。解決すべき課題を発見する『課題発見力』・その課題に対する解決案を発想する『創造力』・それを形にして実現する『実現力』。企業理念や経営ビジョンを加味した上で、これらの力を発揮するのがデザインだと思っていますし、社員全員がデザイン思考で考えられる集団にしていきたい。これが私たちのやろうとしているデザイン経営です」(鈴木さん)

ものづくり企業にデザイン経営を導入する八尾市の取り組み

次に、八尾市の松尾さんが登壇しました。八尾市は大阪市の東、東大阪の南に位置しており、多くのものづくり企業がある場所です。金属やプラスチック製造業を中心とした八尾市のものづくり企業は、これまで高い技術力で多くの大手企業のプロダクトを支えてきました。しかし、競合の範囲が世界に拡大し、価格競争が加熱している昨今、下請けやOEMを主とした取り組みでは、事業を維持するのが困難になってきていると言います。

そんな八尾市では、八尾を「製造業の街」としてリブランディングしていくために、各企業が培った技術力を活かしたオリジナル商品をつくり、「製品開発力・営業力・ブランド力」を高めることで、世界進出をめざす「YAOYA PROJECT」を運営してきました。今年で2年目となる「YAOYA PROJECT」で軸にしたのも、デザイン経営の視点です。

「企業さんに話を聞くと、『製品開発力・営業力・ブランド力がなかなか身に付かない』『こういう人を求めているのに、なかなか人材育成できない』といった課題があった。これらの課題を解決するために、外部の力を取り入れようということで、“共創”をテーマにクリエイターを募集しました」(松尾さん)

ものづくり企業とクリエイターのコラボレーションにおいて、松尾さんが最も大切だと考えているのは、「ビジョンを合わせること」です。「多くのものづくり企業は、自社の強みや特徴・価値を理解して、言語化することが苦手です。だからクリエイターにすべてを任せてしまいがちなのですが、それではいいものはつくれません。『自分たちが何をつくりたいのか』『それで何を成し遂げたいのか』といった想いを、とことんクリエイターにぶつけてもらい、それをクリエイターが受け止めることによって、新しいものづくりができると確信しています」(松尾さん)

そして松尾さんは、「YAOYA PROJECT」を通じて生まれた、「シリコーンロックグラス」を手にしました。「シリコーンロックグラス」は、ガラスと同等の透明度をもつ高透明シリコーンゴムでできたグラスです。ゴムだから割れず、ホットドリンクもOK。電子レンジや食洗機だって使える特徴を持っています。「シリコーンロックグラス」はクラウドファンディングで資金調達が行われ、目標額の939%を達成して製品化されました。

松尾さんが「YAOYA PROJECT」から学んだことは、「自分たちがやりたいことを表現し、自分たちの商品が“どう価値創造しているか”を考えることの大切さと、それをストーリーで伝えることの重要性」だったと言います。2年目となる今年は「YAOYA PROJECT」の参画企業も14社に増え、イノベーションフレンドリーな企業がどんどん出てきているのだそう。「八尾市がクリエイターと新しいことに挑む土壌になってきたことが、すごくよかった」と振り返りました。

中小企業向けデザイン経営実践支援 参加企業募集中(締切:2020/10/30)

中小企業向けデザイン経営実践支援プログラム
「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」への参加企業を募集しています。

参加費用は無料です。
オンライン中心で進行するため、関東近郊に限らず全国から応募いただけます。

プログラムの詳細は下記のページをご確認ください。
https://loftwork.com/jp/news/2020/10/02-dcraft-start

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