日本はデータと法律で変われるのか?
「地方と都市の新たな関係性を探るオンライン討論会」開催レポート[第三回]
これまで二項対立で語られることの多かった「都市」と「地方」の関係性が、コロナ禍を契機に変わりつつあります。この先、都市と地方の関係性は、どう再構築されていくのでしょうか。
多彩なゲストを迎えてディスカッションを重ねるシリーズイベント「地方と都市の新たな関係性を探るオンライン討論会」。第三回のテーマは「データ/リーガルによるイノベーション」です。
データサイエンティストの工藤卓哉さん(マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー)、弁護士の水野祐さん(シティライツ法律事務所)、林千晶(ロフトワーク 共同創業者 取締役会長)の3名でクロストークを行いました。
執筆:野本 纏花
事例で見る「データ/リーガルによるイノベーション」とは?
林:工藤さんは、2004年頃から17年間アメリカに住んでいたそうですね。マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長のもと、データサイエンティストとして貧困層でも医療を受けられるサポートシステムの構築などに携わって来られたとか。そもそも、なぜブルームバーグさんのところに行かれたのですか?
工藤:彼は投資銀行出身で、データが大好き。「政策はデータ・ドリブンで意思決定したほうが客観性を保てる」という信念を持って制度設計をしていたので、好感が持てたんです。
林:ニューヨークではいつからデータ・ドリブンな制度設計を始めているんですか?
工藤:コンプスタット(犯罪や反社会的行動を減らし、警察活動の業績を上げるための取り組み)は1994年から始まっているはずなので、少なくともそれより前からは。ビジネスでも行政でも、データを使う本質は「情報の格差をなくして公正な意思決定を的確にできるようにすること」だと思っています。
林:水野さんは弁護士として活動されているほか、Creative Commons Japanの理事や、九州大学GIC客員教授や慶應義塾大学SFC非常勤講師を務めておられ、『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)の著者でもあります。水野さんは、日頃、法律とどのように向き合っていらっしゃいますか?
水野:法律やルールは邪魔なものとして捉えられがちですが、僕は「おもしろい法やルールでおもしろい場所を増やす」アプローチができるのではないかと考えています。たとえば、法律で委任されている範囲で条例を作ることができるので、地方色豊かで独自性を持った条例が地方では数多く作られています。
林:条例で地方色を出すとは、具体的にどういうことでしょうか?
水野:もともと建築基準法には、条例によって一部適用除外できる規定があるんですね。意外と知られていないけれど、地方分権改革以降、地方自治法が改正されて、独自色を出しやすくなっている部分が結構ある。奈良や京都では、この法律の余白を使って独自の条例を作り、歴史的建築物を保存・活用しています。
林:とはいえ、条例を作るのって、そんなに簡単なことではありませんよね?
水野:そう。そこが問題で、条例を作るにはコストもかかるし、大変なことではある。でも、「地方は独自色を出すしか、生き残れる道はないのではないか」と僕自身は考えていて、独自色のある施策をよりやりやすくするために、うまく法律を使う道をもっと模索すべきだと思っています。
地方に優位性があるのは、「ルールの改正に向けて、迅速に実験がしやすい」ところだと思うんですね。国の制度を変えるのはすごく難しいし、条例を作るのは大変だけど、地方なら既存のルールをうまく使って、ユニークなチャレンジができる。
その一例が、コロナ禍の緊急措置として、テラス営業などのために道路占用許可基準が緩和されたことです。要するに、一定の条件を満たせば、道路にはみ出して、店先にテラス席を設けられるようになった。
これは歴史的な事象ですよ。これまで日本では道路を使った施策は本当に難しいと言われてきましたから。この発端には、佐賀県が独自で行った「SAGAナイトテラスチャレンジ」という実証実験があります。県が警察への道路使用許可申請を行い、地元の商店街組合や自治会と合意を取り付け、保健所との調整なども一括で行ったことで、既成概念を壊した。ちゃんとした意思とビジョンさえあれば、できることはまだまだたくさんあるんだ、ということを知ってもらいたいですね。
林:FabCafeもこの緩和措置を使って、屋外にはみ出して道路を使わせてもらうようになりました。こんなふうに、国としては「地方でどんどん新しいルールを作りなさい」という流れに変わってきているんですね。
日本の都市でイノベーションが起こりづらい理由とは
林:アメリカをよく知る工藤さんとしては、日本でデータによってイノベーションを起こすには、何が足りないと思いますか?
工藤:日本ではすべてのサービスが行き届き過ぎているから、そもそも国民がイノベーションの必要性を感じないんだと思いますね。税金ひとつをとっても、アメリカではがっぽり取られるから、それを自分で取り返しに行くのが当たり前。でも日本は源泉徴収で知らない間に引かれているから、税金に対する意識が希薄ですよね。サービスが過剰なことによる弊害ではないかと感じます。
水野:それは間違いなくあるでしょうね。衝突が起こらなければ、「じゃあこうしよう」というコミュニケーションも生まれにくいし、より良くするためのアイデアも出て来ない。どっちがいいというわけではないけれど、そういう傾向があるのは明らかだと思います。
林:本当にそう。だからドラスティックなイノベーションが、日本では起こりづらい。
工藤:でも地方こそイノベーションが必要ではないですか?
林:そうなんですよ。超高齢社会で、予算がないから。
工藤:僕はデータを活用した佐賀の緊急車両配備システムの改良にも携わったのですが、地方はどこも歳入が減っていて、何か手を打つしかなくなっています。佐賀でも緊急車両の数を減らさざるを得なくなり、おまけに市町村の統廃合で管轄エリアの道順がわからないケースも発生していました。
そんな中でも最適な車両配備にするには、データの力が不可欠です。人間の経験と勘に頼っている場合ではありません。そこで救急救命士が搬送先を探すときに頭で思い浮かべる「各病院の設備や専門医の有無と勤務スケジュール、病床の空き状況、現在地からの距離」といった情報をすべてデータ化して、リアルタイムで最適な病院がわかるプログラムを作りました。
やはり死活問題のところでは、イノベーションが起きるんです。日本はもはや「待ったなし」の状態だと思いますね。
データは誰のもの?日本人が自分ごととして危機感を持つために
林:次は、「データ保有の主体が、国や自治体から私たちに変わるか?変わった場合、どんな変化があるか?」というテーマでお二人と議論してみたいのですが、水野さん、どう思いますか?
水野:日本では公共データのオープン化が全然進んでいません。だいぶ意識が低いと思う。「公共のデータ=公金で作られたデータ」は市民のものだから、市民に還元されるべきなのに、そうした意識は希薄ですよね。
個人のデータもそう。EUではGDPR(EU一般データ保護規則)ができて、「インターネット上で取得されたデータは自分のものなんだ」という意識が高まっています。しかし、日本は医療データひとつをとっても、自分のものだという意識が薄い。実際、サービスや契約的にもカルテの情報は病院側にあるのが当たり前になっていて、利便性という形で個人に還元されていない状態にあります。
林:工藤さんは、日本人のデータに対する意識を高めるには、どうすればいいと思いますか?たとえば引っ越しで病院を変えなければならなくなったときに、医療データを他の病院に引き継げないのは、みんなが困ることだと思うのだけれど。
工藤:先ほどの税金の話と同様に、日本はサービスが行き届きすぎていて、医療サービスの内容と医療費が、まったく対になっていないですからね。初診料が300円なんて、アメリカだとどんなに良い保険に入っていても、あり得ない。マクロ的に見れば、日本の医療費による財政逼迫はもう10年以上前から大変な状態になっているけれど、それが我々の支払う医療費に反映されていない以上、意識しようがないと思うんですよね。
林:じゃあ、このまま変わらないということですか?
工藤:変えないとまずいことは間違いないけれど、それを国民に問うたところで、必要性を感じさせるのは難しいと思います。
水野:利便性の観点から、いちユーザーとしては変わってほしいですけどね。ただ「カルテの情報が病院のものなのか、患者のものなのか」という議論が日本では十分に整理されていませんから。簡単には変えられないというのは、確かです。
林:医療データが個人のものになると、どうなるのか知りたいです。工藤さんはアメリカでデータサイエンティストとして貧困層でも医療を受けられるサポートシステムの構築に携わっていたそうですが、その内容と、それによって得られるメリットを教えてもらえますか?
工藤:アメリカでは皆保険制度がないので、低所得世帯の方は医者に行くのをやめてしまい、それによって重症化して医療コストが嵩むという負のサイクルが起こっていました。そこで、ニューヨークにあるすべてのクリニックにEHR(電子健康記録)の仕組みを入れることで、患者のデータを可視化したんです。
そのデータを使って、低所得世帯の方でも行ける病院の情報を提供するなど、医療へのアクセスを増やし、医療教育を施すことで、ニューヨーク全体の健康状態を良好に保てるようになる。それだけでなく、医療データが可視化されていることで、今回のパンデミックでも「何か疫病が流行っているのではないか」と素早く察知して、教育庁が学校を閉校して蔓延防止の措置をとることができました。このように「データ活用の幅が広がれば広がるほど、コストが下がっていく」のがデータを活用する醍醐味ですね。
水野:そのような仕組みができたことで、「医療データは個人のものだ」という意識が高まったという側面もありそうですね。
林:なるほど。今日のお二人のお話も参考にしながら、データや法律をうまく使って、地方だから起こせるイノベーションを模索していきたいですね。
「国が決めたデータの扱い方や法律は変えられない」と思い込みがちな私たち。だけど本当は動き出せば変えられるし、日本の未来のために変わっていかなければならないことがわかりました。まずは私たちの意識を変えるところから始めていきたいですね。
オンライン討論会の他レポートはこちらからご覧ください。
「地方と都市の関係性はどのように再構築されていくか」について議論した全5回のレポートサマリーは、以下のプロジェクトページにまとまっています。