EVENT Report

「分散型」モデルで、不確実性を楽しみはじめた若者たち
「地方と都市の新たな関係性を探るオンライン討論会」開催レポート [第一回]

この先、社会の中で「地方」と「都市」の関係性はどのように再構築されていくのだろう——?

これまで二項対立で語られることが多かった、地方と都市。しかし近年、特に新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、人々の考え方やライフスタイルが大きく変わり、それに伴って地方と都市の関係性も変化しつつあります。

この変化の先、私たちは一体何を生み出せるのか。そんな問いと向き合うため、多様な領域のゲストを迎えてディスカッションを重ねていくシリーズイベントがスタートしました。

第一回目のテーマは「都市と地方の可能性」。ゲストとして、馬場正尊さん(オープン・エー代表取締役)と、小川さやかさん(文化人類学者)をお招きしてクロストークを行いました。

執筆:大島悠

建築と文化人類学、2つの視点から捉える「地方と都市」

1人目のゲストである馬場正尊さんは、建築家として設計やデザイン領域を軸としながらも、さまざまな役割を横断的に担い、建築・都市の可能性を探究されています。

一般的な不動産市場からこぼれおちてしまう物件に着目した「R不動産」、地方都市における公共施設のリノベーションと施設運用、産業廃棄物の再活用を行うサーキュラーエコノミーの実践など、多彩なプロジェクトを手掛けています。

▲馬場さんが手がけたプロジェクトの一つ、静岡県沼津市の泊まれる公園「INN THE PARK」は、使われなくなった少年自然の家をリノベーションした複合宿泊施設。公共施設の新しい使い方を提案している。
https://www.innthepark.jp/(引用元:「INN THE PARK」公式サイト)

もう1人のゲスト、小川さやかさんは文化人類学者として、20年以上にわたりアフリカ・タンザニアの研究をされています。日本とは距離的にも、文化的にも遠いアフリカの地で暮らす人たちは、日々を生きることの概念そのものが、私たち日本人とは大きく異なっているといいます。

▲小川さんの著書。自ら「マチンガ(商人)」となって生活した経験をもとに、タンザニアで生きる人たちの生き方や考え方、価値観に迫った一冊。『都市を生きぬくための狡知 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社,2011)
https://sekaishisosha.jp/book/b353879.html

地方都市で数々の実験的なプロジェクトを手掛けている馬場さんと、グローバルな観点で人々の営みについて研究している小川さん。今回はお二人それぞれの視点を交えながら、これからの「地方」と「都市」について議論を深めていきます。

「移住」はもう古い? コロナ禍を経て変化する若者世代の価値観

そもそも「地方」の定義とは何でしょうか。本イベントで馬場さんから示されたのは、人口20万人程度の地方自治体を「地方」と捉える見方でした。ただこの定義は国によって相対的に変化するため、あくまでも日本社会では、という前提に基づきます(例えばアフリカでは、人口20万人でも「大都市」に分類されるそうです)。

▲モデレーターの林からは、地方都市よりもっと小さな単位、数百人〜数千人のコミュニティや集落単位での活動にも、地方の可能性があるのではないか、という問いも提示されました。

コロナ禍を経て、おそらく多くの人が、時代や社会の変化を感じていると思います。私たちが常識だと思っていたものごとが移り変わり、そもそもの地方と都市の捉え方や、それぞれに期待する役割なども大きく変化しているといえるでしょう。それは、20代の若者世代ほど顕著なようです。

今、外出や移動が制限されてオンラインでのコミュニケーションが当たり前になり、どこにいようと、情報がフラットに集まるようになりました。その結果、一部の人たちは都市に出て働き、生活するメリットを感じなくなり、地方都市で心地よく生きることを選択する人が増えています。

「かといって、都市の魅力が損なわれたわけではない」と、馬場さんはいいます。人間は有史以来、多様な人が行き交う都市に集まり続け、そこでは常にダイナミズムが生み出されてきたはずだ、と。

馬場「若者たちにとって都市に出ることが目的ではなくなり、“トランジット”と“リビング”を分散して考えるようになっていると思います。あるとき出会った若者が、『なぜ移住が前提にされるのか? お金は都会で稼いで、地方では違うことをしたいのに』と言っていたのが印象的でした。彼・彼女らの世代では、『定住する』という概念が希薄になりつつあるのでしょう」

小川さんも、ご自身の研究対象であるタンザニアの人たちの人生観と、日本の若者たちの感覚が近づいてきているのではないか、と話します。

小川「自分たちに訪れる未来が不確実性の高い世界である実感を、若者たちはもうすでにもっているのだと思います。いわばモードチェンジがはじまっており、彼・彼女らは、地方と都市で分散を楽しむプロジェクトを発明しようとしているのではないでしょうか」

これからの「地方と都市」の関係性をあらわすキーワードとは

リビングとトランジット。不確実性を楽しむ。集中ではなく分散。ディスカッションの中で、今後の地方と都市の関係性をあらわすいくつかのキーワードが浮かび上がってきました。

「これらの変化は、必ずしも『潮』のような一方通行の流れではなく、『波』のように行ったり来たりすることで次第に調和が取れていくもののように思います。社会全体がどちらか一方に向かっていけばいいことでもない気がしています」

この「潮」と「波」の話を受けて、小川さんは、人間の社会そのものが不確実性を削減しようとする流れは「潮」であり、社会構造として、文化が洗練されれば洗練されていくほど、確実性が求められるようになるのは自然なことである、と話してくれました。

小川 「ただ不確実性が人々の生活から排除されていくと、結果的に不確実なことを怖れるようになり、そこからこぼれ落ちることは自己責任である、という考え方が強まります。社会の不確実性が強くなりつつある今、そうした確実性を求めるのは不幸のはじまりでしかないですよね」

一方で馬場さんは、不確実性が高まっているからこそ、新たなクリエイティブが生まれる余地があると考えているといいます。

馬場 「資本主義の真っ只中にいると、『潮』の流れが明確なので、クリエイティブの方向性も予定調和になってしまうことが多いんです。突拍子もない新しいクリエイティブは、そうした潮の流れから外れたところでこそ、生み出される可能性が高いと思っています」

「産業」は何をあらわすか。地方と都市の間にある課題と新たな問い

今回のシリーズイベントの目的は何か一つの答えを導くことではなく、「これからの地方と都市」について考えるための問いを共有し、さまざまな領域で活動されている方と対話を重ねていくことにあります。

今回、馬場さん、小川さんとのディスカッションを通じて、お二人から提示された課題、新たな問いを、最後にみなさんとも共有したいと思います。

馬場 「地方でプロジェクトを進めようとすると、必ず『どう産業をつくっていくか』という課題に帰着します。地方だからこそ可能な産業をつくっていくことができれば、地方と都市をつなげることができるようになると考えています」

ただし、その「産業」という言葉自体が、今の価値観にそぐわなくなってきているのではないか? 

これまで使われてきたGDPなどの「経済指標」ではなく、例えば「QOL」や「Well-being」のような新しい指標が必要なのではないか?——そんな問いが林から投げかけられると、馬場さんは「それはそう!でも(それを言い表すのに)適切な言葉がないんだよなぁ」とひとこと。

小川さんも、「モノ重視」より「コト重視」、関係資本の重要度が増すなどの価値転換が確かに起きているとしつつも、人間が本来持っている自然な欲望とマッチしなければ、新しいものは生み出せないと考えているそうです。

今回、お二人から提示された課題や問いも加えて、引き続きみなさんと一緒に、「地方」と「都市」の関係性の再構築について考えていきたいと思います。

オンライン討論会の他レポートはこちらからご覧ください。

「地方と都市の関係性はどのように再構築されていくか」について議論した全5回のレポートサマリーは、以下のプロジェクトページにまとまっています。

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