EVENT Report

「みんな」の学校:子どもの学びを主体に、
教職員や地域住民などさまざまなプレイヤーが混じり合う
理想的な空間とは?(前編)

文部科学省によって創設された、新しい時代の学びを実現する学校施設づくりを支援するプラットフォーム「CO-SHA Platform(コーシャプラットフォーム)」。「令和の日本型学校教育」に向けた未来の学校施設づくりの推進に向けて活動しています。

そんなCO-SHA Platformでは、「CO-SHA ミートアップ vol.2」と題し、イベントを開催。今回は「『みんな』の学校をつくるには?」をテーマに、教育と学校建築の有識者4名をゲストにお招きし、トークセッションを実施しました。イベントの模様を前後編でお届けします。

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CO-SHAアドバイザーの4名が登壇

まずはゲストのご紹介です。

<東京都立大学名誉教授 工学博士 上野淳先生>
1993年から東京都立大学大学院 工学研究科 建築学専攻・教授であり、2015年から2020年まで東京都立大学の学長を務めていた上野先生は、長年にわたり建築計画を専門として、学校や病院、高齢者施設などの計画・デザインを研究されてきました。そんな上野先生が、「学校はまち、まちは学校」というコンセプトのもと、なるべくコミュニティと近い関係の学校にするためにつくったのが、門も塀もない学校(千葉県・打瀬小学校)です。

歩道からそのまま入ることができる、門も塀もない学校 / 若葉台小学校の様子。レンガ造りの建物の外に、緑に囲まれたウッドデッキがある。
子どもたちにとって温かくて優しい環境をつくるために、レンガづくりでウッドデッキテラスのある住居としての学校(東京都・若葉台小学校)も手がけられています。

<神奈川大学 建築学部 准教授 立花美緒先生>
東京工業大学大学院を修了後、設計事務所で働かれていた立花先生は、9年前に東京工業大学助教に就任。2022年から現職に就いておられます。国内外の学校建築を多数研究されてきた知見を活かし、学校建築アドバイザー(建築計画者)として、自治体・学校・設計者・省庁に対してフィードバックされていると言います。また、「教育と建築をつなぐことが目標だ」と語る立花先生は、地域や先生、生徒とともに、学校の未来を一緒に考えるワークショップなども開催されているそうです。

<横浜市鴨居中学校 校長 長島和広先生>
元は教員である長島先生は、横浜市教育センターで指導主事として教職員研修を担当されていた経験から、教員の働き方改革に興味があると言います。副校長の頃から「学び続ける教師像」を実現するための職場環境整備に取り組んで来られました。また、「教育環境をマネジメントしていくためには、教員だけでなく事務職員や技能職員をはじめとしたスタッフ職との連携も非常に大切である」と語る長島先生は、専門誌などでさまざまな発信をしながら、自らの学校経営にも活かしておられます。具体的には、2000年代初頭に中学校2校で校内有線LAN網を構築。2020年代には指導主事として横浜市GIGAスクール構想に携わり、ICTを活用した授業づくりを推進されているほか、すべての子どもの居場所となる学校を目指し、校内ハートフル事業(校内フリースクール)を推進。子どもの活動や特性に合わせた環境づくりを実践されているそうです。

<横浜国立大学大学院 教育学研究科 教授 野中陽一先生>
横浜市立小学校の教員としてキャリアをスタートされた野中先生は、1992年から2008年まで和歌山大学教育学部において講師・助教授として務めておられた頃から、教育の情報化を推進する観点から、主にイギリスの学校を多数視察。また、2023年8月には、一斉授業中心の学びを脱し、個別最適な学びの実現が求められる今、それを支える「教室」の在り方についてまとめた著書『個別最適をつくる教室環境 多様な学びを創り出す「空間」リノベーション』(明治図書出版)を出版されています。

「CO-SHA ソウゾウ プロジェクト」に採択された3つのプロジェクト

続いて、CO-SHA Platformで実施している「CO-SHA ソウゾウ プロジェクト」に採択された3つのプロジェクトについて、先生方からコメントが寄せられました。(各プロジェクトの詳細については、こちらをご参照ください。)

  • 一般社団法人まなびぱれっと:「児童が探究し自律した学び手になるためのオープンスペース利活用空間設計」(空間レイアウト)
  • IMPULS合同会社:「学校図書館を拠点とした、オール湯沢・ラーニングコモンズの創造」(空間レイアウト)
  • 横浜市立日枝小学校:「特別支援」という表現を「学びの多様化」へ転換する
    ~わくわくルームの発展第1歩(教室空間レイアウト)

上野先生:本プロジェクトに応募してくださった多くの皆様に、心より御礼申し上げたいと思います。どれも非常に魅力的でチャレンジャブルなものばかりでした。今回、不運にも採択に至らなかったプロジェクトにアドバイザーがご支援することは可能ですので、引き続きがんばっていただきたいです。

立花先生:どれもすごく素敵なプロジェクトでした。今はまさに、新しい学び方へとシフトしていく過渡期であり、プロジェクトに取り組むにはとても良いタイミングだと思います。今後の報告を楽しみにしています。

長島先生:本当に3つとも魅力的で、私もワクワクしてきました。なかでも本校と同じ横浜市にあり、本校も同じような視点で、集団で学ぶのが難しい子たちの部屋の拡充を進めてきていることから、日枝小学校さんには親近感を覚えています。ぜひ意見交換させていただけたら。

野中先生:児童や生徒が自分の学校の学習環境を見直す機会を設けることは、非常に大切だと思います。今はGIGAスクール構想によってオンライン上も学習環境になっていますから、学習環境の定義を広く捉えられますよね。これからの「みんな」の学校をつくるために、子どもたち自身はもちろん、教員や保護者、地域の方など、教育に携わるすべての人の中にある「学び」や「働くこと」に対する固定観念を壊していただきたいです。

「みんな」の学校をつくるには?

学校という学びと成長の場は、そもそも誰のものなのでしょうか。また、使い手にはどのようなニーズがあり、作り手と連携することで、校舎はどうアップデートできるのでしょうか。ここからはロフトワークの松井創がモデレーターを務め、4名のゲストのみなさんと行ったパネルディスカッションの模様をお届けします。

トークテーマ①:創造的な空間の活かし方

松井:そもそも創造的とは何かという定義について、文部科学省の提言をもとにイメージを共有しておきたいと思います。

創造的という言葉の定義が上記の4つだとするならば、子どもに限らず私たち大人にとっても同じことが言えるのではないかと思います。つまり、働く空間であるオフィスから、学びの空間である学校に導入できる要素があるのではという仮説を立ててみたのですが、長島先生、いかがでしょうか。

長島先生:私の経験をお話しすると、かつて横浜市の教育委員会は、市庁舎の中にはなかったんです。課によってフロアも違っていましたしね。それが新しい市役所ができて、教育委員会の事務局がワンフロアに集約されたことによって、隣の課でやっていることがわかるようになって、課題を共有したり議論したりできるようになったんです。学校では職員室の中に学年ごとに島がありますが、これがもしフリーアドレスになったら、変わることもあるんじゃないかと。あるいは教室という壁がなくなったら、子どもたちの動きも変わってくるんじゃないかと思いますね。実際は管理的に難しいこともあるのですが。

立花先生:仕事をする環境を自分で選ぶアクティビティ・ベースド・ワーキングについて、海外の学校でも似ている話を聞くことがあります。この学校は、大きく開かれた空間や囲われた狭い空間などいろいろあるのですが、「児童・生徒が自分にとって適した場所を、自分で選ぶことが大切だ」と先生がおっしゃっていました。社会に出ていく前に、場所や空間の使い方を習得するための練習台として活用している感覚があるみたいですね。

広々とした共用空間とハイバックソファ等があるデンマークの小中学校

野中先生:「自分にとって学びやすい学習環境をつくれる学校」というのが創造的だとするならば、空間だけを変えても学び方は変えられないと思うんですよね。学校全体で取り組む姿勢がなければ、オープンスペースがいくらあったとしても活用されませんから。多様な空間をつくるのはもちろん重要だけれど、日本の教育として、画一的に一斉に学ばせようという姿勢そのものを、まずは変えていく必要があると思います。

上野先生:学校から離れて考えようという松井さんの指示に逆らうようで申し訳ないですが、私が学校建築を学び始めてから何度も訪れているEveline Lowe Primary Schoolというイギリスの伝統的な小学校の図面を見ていただきたい。

上野先生が作成したイギリスの小学校の配置図

教室や廊下がなくて、学校全体が学びと生活のスペースになっているんです。これこそがまさに文部科学省が提示している、これからの学校のあり方ではないかと。要は、先生や子どもたちの想いを詰め込んで、学習や生活の意味がある、ヒントを与えてくれるようなスペースを連続させていくという発想です。

松井:学校というより、自分の家のリビングのような感じですね。最近のオフィスも、個々の社員がパフォーマンスを発揮するために、どんどんホームグラウンド化していますが、それと同様に、学校も子どもたちにとってのホームグラウンドにしていけるといいのかもしれませんね。

トークテーマ②:既存校舎の活かし方

松井:全国に3万校ある公立の小中学校は築40〜50年経ている校舎が多いですよね。すべて新築にできるなら夢物語を計画できるのですが、既存校舎を活かさなければならないとなると、そうはいきません。野中先生、ご意見をお聞かせいただけますか。

野中先生:私の著書『個別最適をつくる教室環境 多様な学びを創り出す「空間」リノベーション』(明治図書出版)を書くにあたり、出版社から「リノベーション事例を出してくれ」とリクエストされて3章にまとめたのですが、日本の場合、校舎構造がかなり画一的なので、事例を探すのになかなか苦労しました。リノベーションするには、「校内に使えそうなスペースはないか?」「使っていない家具はないか?」「音の対策に使えそうな衝立などはないか?」といったことを検討していく必要がありますが、消防法の観点から留意しなければならないこともいろいろとあるようです。ユニークなところでは、リビングルームとして設計された教室内に一人ひとりの個別の席とサークル対話などに使うベンチが設置されている学校法人茂来学園 大日向小学校というところや、廃校になった中学校の跡地をリノベーションして、大きな空間の周りにいろいろな空間をつくる形で完全なラーニングコモンズを実現している瀬戸SOLAN小学校といったところがありました。

学習環境を拡張して多様化に対応するには、次の3つのポイントがあると考えています。

 

  1. 最初は、学級単位で可能な活用から…いきなり学校全体でやるのは固定観念が邪魔して難しいので、使っていない空間から着手する。
  2. 使っていない空間を想定される学習活動に合わせて構成…机や椅子を動かすのではなく、学習活動に応じた学習環境を用意しておき、子どもたちが移動するような発想に切り替える。
  3. 学習者が学習環境を選択して活動することを前提にする…講義型配置でなくても良い、一斉に行わなくても良い学習活動を考える。子どもたちに学習環境の選択権を与える。 

 

松井:3つ目は、空間のバリエーションをあらかじめ多数用意しておくということですか?

野中先生:それができればいいですが、せめて「僕たち/私たちは、こういうところで学びたいよ」と発言できるようになるといいですよね。

松井:なるほど。子どもたち自らが学習環境を獲得できるようにするということですね。立花先生、いかがでしょう?

立花先生:リノベーションではなく新築なのですが、野中先生がおっしゃる環境を実現している事例として、デンマークの小中学校をご紹介したいと思います。

子どもたちが好きな場所を選択して学べる環境がある

写真は「オーストラリアの動物についてホームページをつくってみよう」という英語の授業です。最初に階段状のスペース(写真:下中)で説明を受けてから、子どもたちは隣の教室(写真:上左)や共用空間(写真:上右)、グループルームに移動して、自分の好きなところで作業を始めます。ソファでゴロゴロしながら友だちと教え合ったり、一人で作業を始めたり。教室内に個別学習机(下左)もあります。家具で対応できることもあるので、既存校舎にも生かせるのではないかと思います。

あとは千葉工業大学の倉斗先生たちが文部科学省の検討会で作成した「学校施設の教育環境向上を図る改修等に関する課題解決事例集」には、法規的にクリアしなければならない課題に対して、具体的な解決方法が載っているので、すごく参考になると思います。

松井:お二人の話に共通するのは、「全体で共有する場所が必要だ」という点ですかね。

立花先生:そうですね。授業時間以外の機会、たとえば休み時間に隣のクラスの子と何かしたいときに使えるような、“誰のものでもない場所”があるかどうかは、意外と大事だと思うんです。

長島先生:学校としてそういう場所を作りたいところではあるのですが、学校を選択できない公立中学校としては、生徒指導の観点から、共有スペースを置くのが難しいケースもあるんですよね。いろいろな配慮の中で、クラス編成を行なっていますから。先生たちの“授業観”も変えていかなければならないでしょうし。あとは物理的にスペースがない。旧JISの机や椅子を使わないと教室に入りきらないほど、ぎゅうぎゅうな状態ですから。既存校舎の中で空間をつくるのは、現実的になかなか難しいなというのが本音です。

後編では、「関わるひとの特性の活かし方」をテーマにしたトークセッションの続きをご紹介します。

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