小さなカフェから、私たちは社会を修復(リペア)できるか?
映画『リペアカフェ』から始まった、コミュニティ・リペアをめぐる対話・前編
2009年にオランダのアムステルダムで発祥した、「リペアカフェ」という市民活動を知っていますか? この場所では、誰もが壊れたものを持ち込み、地域のリペアラーの協力のもとで修理を受けることができます。さらに、リペアカフェにはモノを直す役割だけでなく、そこに参加する人々の間にケアの関係が生まれ、コミュニティを回復させる効果も期待されています。
私たちFabCafe(ファブカフェ)は、2012年に「つくること」の民主化を掲げる「Fab(ファブ)」の理念に共鳴し、つくるためのテクノロジーやプロセスを市民や社会にむけてオープンにすることをミッションとして誕生しました。国内外にある13の拠点をカフェとして開きながら、各地のクリエイターとともに活動を続けています。
近年、FabCafeの活動領域はサーキュラーエコノミー(循環型経済)へと広がり、その過程の中で出会った、“リペアカフェ”の取り組みに着目。その中でひとつの問いが生まれました。

リペアカフェと、そこで行われている「コミュニティ・リペア(みんなで修理する活動)」は、地域や社会の未来にどのようなインパクトをもたらし得るのだろう?
この問いを深めるために、2025年12月、FabCafeはアムステルダムのリペアカフェのすがたを伝えるドキュメンタリー映画『リペアカフェ』(制作:IDEAS FOR GOOD)の上映会を開催。東京・名古屋・京都・大阪、の4拠点で行われた一連の上映会後には、映画を監督した瀬沢正人さんとFabCafe各拠点のメンバーが改めて集まり、イベントを通して学んだことを振り返る座談会を実施しました。
本記事では、そのディスカッションの内容と、コミュニティ・リペア実践のヒントとなるキーワードを、前編・後編の2回に渡ってお伝えします。

話した人

瀬沢 正人/IDEAS FOR GOOD クリエイティブディレクター
オランダ在住。サステナビリティ領域で映像制作を手がける。監督作『リペアカフェ』はアムステルダム地域映画祭にノミネート。日本の主要メディアで紹介され、大阪・関西万博では経済産業省の展示に採用された。企業や行政と協働しリペア文化の社会実装に関わる。今回、FabCafe4拠点で開催された上映会に参加した。

岩沢 エリ/Loftwork Inc. Culture Executive, マーケティング リーダー
今回の連続上映会の仕掛け人のひとりであり、東京の上映会の企画責任者。サステナブル・ビジネスに取り組む企業の事業創出や自治体のビジョン策定などのプロジェクトデザインを実践している。日本において「修理する権利」が浸透する際に必要な仕組みやルールメイキングに関心を持っている。

木下 浩祐/FabCafe Kyoto ブランドマネージャー
京都の上映会の企画・運営をサポート。FabCafe Kyotoの顔として、関西エリアのものづくり事業者の方々との幅広いネットワークを持つ。また、循環型社会の実現に向け、企業・自治体・大学の垣根を超えて学習プログラムの設計からコミュニティ運営まで数多く手掛けている。

森田 湧登/FabCafe Nagoya ディレクター
名古屋の上映会で企画を担当。FabCafe Nagoyaで行われるプロジェクトやイベント、プロモーションのプランニングを手掛けている。FabCafeの場と設備を生かしながら、ものづくり企業や自治体・行政などと共に、東海エリアの産業振興やまちづくりに取り組む。

葉山 いつは/Loftwork Inc. 京都ブランチ マーケティング
大阪の上映会で企画を担当。マーケティング担当として、FabCafe Osakaの立ち上げに伴うフィールドリサーチや、ロフトワークのパートナー開拓などに取り組んできた。サステナビリティやまちづくりに関する活動に強い関心を持ち、日々社内外を問わず実践の場に足を運んでいる。
企業と市民が、所有の権利と修理の責任を分け合う関係へ
岩沢(Loftwork Inc.) オランダで始まったリペアカフェは、世界で3,500箇所にまで広がっていると言われています。今後、ここ日本にもリペアのムーブメントが訪れるんじゃないかと、全国から映画『リペアカフェ』の上映オファーが寄せられているそうですね。
瀬沢(IDEAS FOR GOOD) はい、今年は全国で上映会を開催していただきました。映画が公開されてからこれまで、国内外で200回以上上映されています。これだけリペアの文脈に関心が高まっている背景には、欧米での「修理する権利」運動の後押しもあったのだと思います。
Keywords: “修理する権利(Right to Repair)”
「修理する権利」とは、スマートフォンやパソコン、自動車などの製品を、ユーザー自身や第三者がメーカーに頼らず自由に修理できる権利を指します。2010年代初頭のアメリカで、主に自動車やデジタル機器の所有権をめぐってメーカーがユーザーの修理する自由を阻んでいることが問題視され、市民運動として修理する権利が主張されて現実的な政策課題となりました。実際に欧州では、2021年にフランスの修理可能性ラベルが導入され、さらに2024年にEUで「修理する権利」指令が採択されました。
岩沢 まさに、リペアへの関心が高まりつつある中で、私たちもFabCafeとして、瀬沢さんのご協力のもとで映画の上映会を開催させてもらいました。自分たちがコミュニティ・リペアを実践する側に立ったときの具体的なイメージを描くために、各拠点のある地域でリペアやサステナビリティを実践している方々とのクロストークも行いましたね。
FabCafe Tokyoの上映会では、街を舞台にリペアを啓蒙する「DO REPAIRS」という活動を展開している、ゴールドウインの畑野健一さん、CYKLUSの平田健夫さんをゲストに、企業と消費者の間で修理の責任をどう分けあえるかをテーマにディスカッションしました。

岩沢 そこで改めて気になったのが「修理する主体は、いつ誰に移るのか?」という視点です。あるプロダクトが購入されたとき、そのプロダクトを所有するのは消費者ですが、保証期間中はメーカーが修理の責任を負います。保証期間が終わって、メーカーに“修理する責任”がなくなったときにはじめて、消費者はそのプロダクトが修理しやすく設計されていない事実に直面するのです。
つまり、「所有権」は購入によって直ちに消費者に移るけれど、「修理の主体」は保証期間を挟んで段階的に移行している。消費者の権利を守るためのルールですが、結果として修理のバトンパスが切れてしまっている状況があります。
今後、欧州の「修理する権利」運動の影響を受けて、日本でもこうした所有と修理の考え方に変化がおき、新たな所有のありかたやプロダクトデザインの可能性が芽生えるのではないでしょうか。
瀬沢 欧米と日本では、いい意味で状況が異なると感じています。日本では製品安全に関わる法的枠組みが厳格であり、メーカーが自社の責任範囲やリスクを考慮した結果、消費者による修理のハードルが高くなっている側面があると思います。
私が話をしてきた多くの国内メーカーは、以前から自社のアフターサービスとして修理体制を整えてきましたし、一部のメーカーでは分解がしやすい製品設計に取り組んできました。
一部の市場においては、修理サービスの独占がビジネスモデルに組み込まれている面も否定できませんが、少なくとも欧米のように企業が修理を「意図的に阻んでいる」という単純な対立的な構造では捉えきれない複雑さが、日本にはあると言えるのではないでしょうか。
岩沢 なるほど。では企業側が購入後のプロダクトの修理に介入するためには、「メーカーと消費者がプロダクトを共同所有する」ような新しいサービスや仕組みを考えた方がいいのかもしれませんね。
瀬沢 共同所有という発想は面白いですね。思うに、日本では経済界、立法や行政を含む政界、市民が互いに意見交換しあいながら、最適な仕組みを設計していく方が、修理文化の広い定着につながるのではないかと思っています。岩沢さんがいうように、企業側がリペアをすること、あるいはプロダクトをより長い期間使ってもらうことにインセンティブが生まれるような仕組みや行政の後押しがあると良さそうですよね。
岩沢 そう思います。他にも、初めから保証期間が切れてしまった後を想定して、消費者が自身の手で修理しやすいように設計するケースもありそうです。そうなると、保証期間は「消費者へ適切に修理の主体をバトンタッチするための期間」という考え方に変化するかもしれませんね。
岩沢 FabCafe Tokyoで行われたトークの中では、メーカー側としては消費者が自由に修理したりリメイクしたりすることを、受け入れにくいというお話もありました。自分たちがデザインや素材、製法にこだわり抜いて作った製品なので、積極的に推奨するのは難しいと。
森田(FabCafe Nagoya) 特に、デジタル機器や家電といった高度なテクノロジーを使った製品を安全に修理するには専門的な知識が必要です。表向きは直ってるように見えても、使い続けるのは危険なケースもある。「誰でもモノを修理できる」のは理想だけれど、「誰もが修理できると、危ない」というジレンマがありますね。ともすると、修理がオープンになることで、反リテラシー的な動きにもつながりかねない。
木下(FabCafe Kyoto) 僕自身、度々メーカーの方々とそのことについて話してきましたが、彼らにとって製品の安心と安全は何よりも固く守り続けなければならないもの。製造物責任法(PL法)をはじめ、常に厳しい基準が課されています。その仕組み自体が事故を回避する防波堤となっていますよね。
Keywords: “製造物責任法(PL法:Product Liability Law)”
製造物責任法とは、製品の「欠陥」により消費者の生命、身体、または財産に被害が生じた場合、製造業者等に過失がなくても損害賠償責任を負わせる法律です。従来の民法では、被害者がメーカーの「過失(不注意)」を証明する必要がありましたが、PL法では製品の「欠陥」さえ証明できれば賠償を請求できるため、被害者の救済がスムーズになるよう設計されています。
森田 はい。自分でモノを修理する人の全員に高いリテラシーを要求するというよりは、学び合いを通してリテラシーを上げていくために、テクノロジーと安全性に関する知識を共有できる仕組みがあるといいのかも知れません。
例えば、コミュニティの中で、修理のプロとアマチュアの間で師弟関係を結ぶなど。顔の見える信頼関係が結べるリペアカフェだからこそ、そうした機能を担える場所としての可能性を感じます。
孤独を繕い、コミュニティの中に関わりしろをつくる
岩沢 大阪の上映会では、どのような対話がありましたか? 印象的だったエピソードを教えてください。
葉山(Loftwork Inc. 京都ブランチ) FabCafe Osakaの上映会では、ごみの学校 代表の寺井正幸さん、Deep Care Lab 代表/公共とデザイン 共同代表の川地真史さんと一緒に、リペアカフェの実践を「ケア」という視点から掘り下げました。
映画の中で印象的だったのが、女性が祖母からもらったネックレスをリペアしてもらうシーンでした。リペアによって、彼女が祖母と過ごした日々の記憶が修復された。壊れたモノを直すことはそこに宿る思い出や人生の時間をケアする、人の淀みに向き合う行為だと理解できました。
岩沢 コミュニティリペアが人々の情緒的なケアにもつながっていることを伝える、重要なシーンでしたね。
Keywords: “ケアの倫理(Ethics of Care)”
ケアの倫理(Ethics of Care)とは、人間を「自立した個」としてではなく、互いに依存し合い、関係性の中で生きる「脆弱な存在」として捉える倫理的視点。1982年にアメリカの心理学者キャロル・ギリガンがその著書『もうひとつの声で』で提唱した。人間は一人では生きられず、他者のケアを必要とする「脆弱」な存在であることを前提にしており、フェミニズムや政治思想に大きな影響を与えた。誰かの課題を解決する際には、抽象的な原理原則を当てはめるのではなく、個別の状況や関わる人々の感情、具体的なニーズに寄り添った解決を探る考え方。
葉山 もうひとつ、ゲストとのみなさんとのトークで印象深かったのは、リペアカフェにいるのは「リペアしてほしい人」と「リペアしたい人」だけではないというお話です。
ごみの学校が京都の亀岡を拠点に運営しているリペアカフェには、とある2人の常連客がいます。1人はリペアはできないけれど、カフェに来るお客さん同士を繋いでくれるお客さん。もう1人の常連さんは、モノが直ったときにみんなと一緒に喜んでくれるんです。
実は、この2人はリペアカフェにとって象徴的な存在なんです。リペアカフェでは多様な参加のあり方が認められていて、何もやらなくても、ただそこにいるだけでもいい。心理的安全性が守られているんです。
瀬沢 亀岡のリペアカフェでのエピソードは、会場も盛り上がってましたね。大阪の空気感としては、みんなでわちゃわちゃやるところに魅力を感じる人も多そうですね。
葉山さんのいう通り、リペアの営みにはケアの側面が強くあります。壊れかけた持ち物を誰かと一緒に直すなかで、参加者は「自分にはできないと諦めていたことが、できる」と自信を取り戻す。
同時にリペアラーとしてその場に参加した人は、「誰かに『直してくれてありがとう』と言われることの嬉しさ」を通して、生きがいを再発見します。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、リペアという営みには“人間性を回復させる力”があるのかもしれません。

森田 名古屋では、ありまつ中心家守会社の武馬淑恵さんと、地域コミュニティに対してコミュニティ・リペアがどのような効果を与えられるかをディスカッションしました。
その中で、「モノが壊れた」という個人の困りごとが、人々が関わり合うための「いい言い訳」になる、というお話がありました。コミュニティの中で孤立した人は、自らの孤独をなかなか口にはできません。でも、リペアカフェのような場所なら、人々がよりポジティブな形で個人の領域にアクセスできます。
岩沢 リペアが介在することで、自身の弱さを開示でき、他の誰かに頼る関係が生まれる。そこから互いをケアし合う関係が編み直されるんですね。
瀬沢 まさに、リペアカフェが実践する「コミュニティ・リペア」の意義そのものです。そして、企業が提供する修理サービスとしての「サービス・リペア」とは異なる点ですね。
欧州のリペアカフェの現場では、最初は「無料で直してもらうこと」を目当てに来た人が、何度も通うなかで「コミュニティに恩返しがしたい」と、今度はリペアをする側に回っていくことがよくあります。こうした役割の循環や変化し続ける関係性こそが、コミュニティ・リペアが持続する核心だと思っています。
壊れたものをリペアカフェに持ち込む行為は、その人の暮らしを語る入口になる。それこそが、まちに一人ひとりの物語が生まれるきっかけになるのだとと思います。映画制作を通して、こうした物語には、コミュニティの人々の関係をつなぎ直す力があると実感しました。
今回、全国7都市を回って『リペアカフェ』の上映会を開催しましたが、自治体の方々が多く参加してくださっていました。地域のなかに既にある様々な関係性を、どうやってコミュニティの活性化に繋げるのか。その中で、既存のファシリティをどう活用できるか。こうした視点から、リペアカフェに可能性を見出す自治体が増えているのを感じています。
コミュニティ・リペアの可能性と、実践に向けた一歩は?
上映会を振り返りながら行われた対話では、リペアカフェという小さな実践を通して2つの重要なトピックが見えてきました。
ひとつは、修理にまつわるメーカーと消費者の関係について。私たちの消費は保証期間や製造者責任法というルールに守られていますが、一方で社会全体の修理可能性をより高めるためには、新しいルールや仕組みをデザインし、持続可能な消費行動へと移行を促す必要があります。その中で、リペアカフェやコミュニティ・リペアは、メーカーと消費者の両方を巻き込んだ実践や学習の場としての機能を果たせるかもしれません。
次に、コミュニティ・リペアのケア的な機能について。「モノが壊れた」という個人の困り事が、コミュニティの中で助け合うきっかけになれば、地域の関係性の回復につながること、さらに長期的には地域のサステナビリティへの意識が高まることが期待できそうです。そうした活動は、摩耗し続ける社会を修復する、一つのきっかけになりうるのではないでしょうか。
続く後編では、ものづくりの拠点であるFabCafeとして、具体的にどのようにコミュニティ・リペアの活動にコミットしていけるかについて、さらに踏み込んで意見交換しました。
後編「リペアの視点で考える、地域のものづくりとコミュニティのこれから」へ続く(近日公開)
執筆:岩崎 諒子(FabCafe Tokyo)
編集:乾 隼人(Loftwork Inc.)








