AIで速くつくる、その先へ。
社会課題を「体験」へ翻訳する方法
窒素問題を伝えるブラウザゲーム「ゆらぐテラリウム」
制作から見えた、ロフトワークの「つくる」
人は、正しさだけでは動かない。
気候変動、食料、資源循環、生物多様性。いま社会には、重要であることはわかっていても、自分の暮らしと結びつけて考えることが難しい課題が数多くあります。窒素問題も、そのひとつです。
総合地球環境学研究所「Sustai-N-ableプロジェクト」とロフトワークは、これまで複数のプロジェクトを通じて、窒素問題を社会にひらく方法を探ってきました。システム思考を用いて課題構造を可視化した動画制作、アーティストとの共創による「Sense of the Unseen『怪談と窒素』展」、そして窒素フットプリント計測アプリの要件定義ワーク。段階を重ねる中で見えてきたのは、窒素問題そのものの社会的認知がまだ低く、行動や指標と結びつける以前に、まずは関心や動機づけを生み出す必要があるということでした。
そこで今回制作したのが、ブラウザゲーム「ゆらぐテラリウム ― Nとわたしたちの世界」です。
このプロジェクトでPM/テクニカルディレクターを務めたのが、ロフトワークの大内裕未です。大内は、AIコーディングツールを用いて自らゲームのプロトタイプをつくり、ゲーム制作会社であるSkeleton Crew Studioのフィードバックを受けながら、短い制作期間の中で体験の質を高めていきました。
窒素問題を解説するだけでなく、自分の選択が世界にもたらす変化を体感できるブラウザゲームにする。その過程で、大内は何を試し、どこで迷い、何を決めていったのか。本記事では、大内へのインタビューをもとに、AI時代の「つくる」について考えます。
※本記事は「AIでゲームをつくった」という技術的な記事ではありません
話を聞いた人

ロフトワーク テクニカルディレクター。DAOやデジタル公共財への関心から、学生時代は国内外のカンファレンスやハッカソンに足を運び、技術と社会の接点を探ってきた。2025年4月にロフトワークへ新卒入社。Bubbleなどのノーコードツールや生成AIを活用したプロトタイピングを得意とする。「ゆらぐテラリウム」ではPM/テクニカルディレクターとして、AIコーディングツールを用いたプロトタイプ開発と、ゲームクリエイターとのフィードバックループの設計・進行を担った。
窒素問題を、説明ではなく体験にする
大内がまず語ったのは、なぜゲームという形式が必要だったのか、という点でした。
窒素フットプリントを計測するアプリの要件定義を進める中で見えてきたのは、「そもそも、計測したいと思う動機づけがまだ十分にない」という課題でした。大内は、「まずは認知拡大や、自分ごととして考えるきっかけが必要だった」と振り返ります。
「ゆらぐテラリウム」は、Webブラウザで遊べるティザーゲームとして制作されました。完成版ではなく、シリーズ化を見据えたseason.0として、コンセプトや世界観、体験の原型を形にしたものです。制作期間は2025年12月から2026年3月までの約3.5カ月。
チームにはロフトワークに加え、ゲームクリエイターとしてSkeleton Crew Studioが参加。AIを用いた開発そのものではなく、制作途中のゲームをプレイできる状態にした検証版を確認し、操作性やゲーム体験の観点からフィードバックを行う役割を担いました。
ゲーム開発の目的は、人間社会における窒素利用の現状と課題を、感性と体験を通じて可視化すること。そして、「持続可能な関わり方」を問いかけ、持続可能な窒素利用のあり方を探索するコミュニケーションツールとして活用することでした。
ここで重視したのは、窒素問題をそのまま説明しないことです。
社会課題を扱うコンテンツでは、つい「何が問題なのか」「なぜ重要なのか」「どう行動すればいいのか」を順番に伝えたくなります。もちろん、正確な情報は欠かせません。しかし、正しさを積み上げるだけでは、受け手の関心や行動につながらないことがあります。むしろ、情報量が増えるほど、自分とは関係のない勉強として受け取られてしまうこともあります。
複数の試作を経て見えてきたのは、知識を一方向に伝えるのではなく、選択の結果を自分の体験として受け取れる場をつくることでした。
そこに、明確なハッピーエンドはありません。全員の願いを同時に叶える選択肢もありません。プレイヤーが向き合うのは、「どれが正しいか」ではなく、「何かを選ぶことは、何かを揺らすことでもある」という感覚です。この設計によって、窒素問題は単なる知識ではなく、自分が選択する世界の問題として認識されます。
AIで素早く試し、体験の本質を見極める
今回の制作プロセスで特徴的だったのは、テクニカルディレクターである大内裕未が、AIコーディングツールを用いながら自らプロトタイプを制作したことです。大内は当初、AIコーディングツールを使って複数のミニゲームを試作しましたが、実際にプレイしてみると「窒素問題について学ぶ感覚が弱かった」と言います。
ここに、AI時代のプロトタイピングの本質があるように思います。
AIを使えば、アイデアを動くものにする速度は上がります。これまでなら試作に時間や予算がかかり、検証できなかったかもしれない案も、短期間で形にできる。しかし、速く形になるからこそ、「これは本当に届けたい体験になっているのか」という問いに早く出会うことにもなります。
複数の試作を経て、ゲームのルールそのものに窒素問題を押し込めるのではなく、町を歩き、住人と話し、世界の変化を観察する体験へと方針を切り替えました。正解のないトレードオフのあいだで、世界も心も揺らぐ。その割り切れなさが、窒素問題を考える入り口になる。ここで、現在の「ゆらぐテラリウム」の原型が見えてきました。
AIは答えを出す存在ではなく、むしろ違和感を見つけるための相手です。つくってみる、触ってみる、違うと感じる、つくり直す。その反復を高速に回すことで、言葉だけでは掴みきれなかった体験の輪郭が見えてきたと言います。

AIでつくったプロトタイプを、クリエイターとともに“ゲーム体験”へ磨く
一方で、AIによって動くプロトタイプがつくれることと、それが人に届く体験になることは、同じではありません。
今回、Skeleton Crew Studioは、ゲームクリエイターとしてのフィードバックを行う立場で関わりました。大内がAIを使って開発・修正を行い、Skeleton Crew Studioがテストプレイとフィードバックを行う。週次でこのループを回す体制です。
AIは、制作の速度を上げ、プロの視点は体験の精度を上げる。ロフトワークは、その間に立ち、研究の問いを社会に届く体験へと翻訳する。今回のプロジェクトには、そんな役割分担がありました。

Creator Comment
今回、研究分野のゲーム化についてご相談をいただき、期間やコスト面を踏まえ、AIを活用したハッカソン型ワークショップをご提案しました。関係人口を巻き込みながら、多様なアイデアを集められると考えたためです。今回は分野特性を踏まえ、研究内容を守りつつ、研究者の意図や大切にしている視点を汲み取り、大内さんによって親しみやすいゲーム体験になったと感じています。ゲーム制作はあくまで手段であり、本質は課題を深く掘り下げ、理解を広げることにあります。今後さらに裾野が広がることを期待しています。
Skeleton Crew Studio スタジオプロデューサー 石川武志
専門職がチームで分業するゲーム開発を、大内さんがロフトワークディレクターの宇佐美さんの協力のもとお一人で形にされたことに素直に驚きました。AIを使えばここまでできるのかと。ただAIが優秀でも、そのアウトプットが開発目的に沿うかは別問題です。社会課題をゲームにする際、大前提として重要なのはストレスなく自然なゲーム体験だと考えています。そこに違和感があれば、課題以前にそちらへ意識が向いてしまいます。今回はタイトルから入力デバイス、UI、NPCの動き、サウンドまで、自然な体験を通じて窒素問題に関心を持ってもらえるかを重視しました。手応えを感じたのはAIにではなく、私の意図を理解しAIを道具として使いこなす大内さんに対してです。何をユーザーに届けるべきかを考え判断することは、これからもクリエイターの役割であり続けるはずです。
Skeleton Crew Studio スタジオマネージャー 安浪宗彦
AIは意思決定をなくすのではなく、むしろ増やす
大内にとって、AIは「自動でつくってくれる存在」ではありませんでした。考えをすぐに形にし、違和感を見つけるための相手だったと言えます。
AIによって、つくることのハードルは下がっています。しかし今回の制作で見えてきたのは、AIが意思決定を肩代わりするわけではない、ということでした。どこまでを学術的に正確に表現し、どこからをデフォルメするのか。トレードオフをどう体験に落とし込むのか。AIに何を任せ、どこに人の判断を入れるのか。制作中には、そうした判断が何度も問われました。
大内は、設計判断を記録し、町の座標や道、建物、当たり判定などを整理しながら、AIと協働しやすい環境を整えていきました。地形やロジックはAIで実装し、3Dアセットや画像生成AI、フリー音源も組み合わせる。限られた条件の中で、何をAIに任せ、何を人が決めるのかを見極めながら、体験を組み立てていったのです。
これは、単に「AIでつくった」という話ではありません。AIと一緒につくるために、人間が構造を整え、判断を言語化し、目的に照らして取捨選択を続けたプロセスでした。
大内は、今回の学びとして「自分で決めること」を挙げています。AI時代の「つくる」とは、意思決定から解放されることではありません。むしろ、選択肢が次々に現れるからこそ、自分たちは何を大切にするのかを問い続けることなのかもしれません。
おわりに|問いを誰かが触れられる形にする
AIによって、無数のパターンが速くつくれるようになりました。だからこそ、つくり手の仕事は「決める」ことに移っていきます。どこを切り取り、何を意図として残すか。「町を歩く体験にする」「世界線が揺らぐメカニクスにする」「正解を提示しない」。「ゆらぐテラリウム」は、そうした意図した決定の積み重ねでできています。むしろ、AIによってつくる速度が上がるほど、多くの判断が求められていきます。
「ゆらぐテラリウム」は、エンターテインメントとしての完成度だけを追求したゲームではなく、研究成果を、より多くの人との対話の入口にするためのメディアです。そのため、必要だったのは、ゲームをつくる技術だけではありませんでした。研究者が持つ問いを理解し、窒素問題の複雑さを損なわず、どこを体験として切り出すかを考えること。AIで素早く仮説を形にし、ゲームクリエイターの専門性を借りながら、体験の質を磨いていくこと。そして、それらをひとつのプロジェクトとして前に進めること。
ここに、ロフトワークの「つくる」のユニークネスがあります。
研究、クリエイティブ、テクノロジー、社会との接点を編み合わせ、まだ形になっていない問いを、誰かが参加できる体験へと変換していく。その過程で、AIは強力な道具になりますが、それだけではプロジェクトは完成しません。問いを立て、関係者をつなぎ、体験として成立する形へ編集していく人間の働きがあって、初めて社会に届くものになります。正しさだけでは届かないけれど、正しさを手放すわけではない。AIを使って速くつくりながら、人間が問いを持ち続ける。
AI時代の「つくる」は、効率化だけに向かうものではなく、正しさだけでは伝わらないことを誰かが触れられる形にし、そこから新しい対話を生み出すこと。「ゆらぐテラリウム」は、そのひとつの実践です。
ゲームを体験してみる
執筆:宮崎真衣(ロフトワーク)
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