【連載】最近気づいていないことは何か?
#07|惑星とともに発酵する
水先案内人:ドミニク・チェン
ロフトワーク Culture Executive の岩沢エリが、各地で出会う実践者や現場から「社会の新しい兆し」を持ち帰り、これからの時代を読み解くヒントを探る連載「最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記」。
第7回の水先案内人は、情報学研究者のドミニク・チェンさんです。テーマは「惑星的ケア」と「発酵するシステム」。
人間はケアする主体なのか。それとも、すでにケアされている存在なのか。そしてテクノロジーは、世界を管理するための技術なのか。それとも、人や環境とともに発酵しながら変化していく技術なのか。テクノロジー、発酵、ケア、そして惑星という言葉を手がかりに、人間中心の視点を少しずらしながら、これからの関係のあり方を探っていきます。
惑星を他者だと捉えてみる
岩沢エリ(以下、岩沢) この連載は、「最近気づいていないことは何か?」を合言葉に、これまで見過ごしてきた世界とあらためて出会い直していく試みです。ドミニクさんは、「最近気づいていないことは何か」と問われたとき、いま、どんなことを思い浮かべますか。
ドミニク・チェン(以下、ドミニク) 真面目に考えると、答えられないんですよね。答えられた瞬間に、それはもう「気づいていること」になってしまうから。ただ、いま自分が最近考え続けているテーマはあります。それが「惑星的ケア(Planetary Care)」です。
岩沢 「地球」ではなく「惑星」。言葉の選び方がすでに刺さります(笑)
ドミニク 「地球」というと、どこか既知の対象になってしまう。衛星写真もあるし、地図もあるし、CO2濃度も数値化できる。グローバルという言葉も同じで、地球を俯瞰して、管理できる対象として扱いやすい。でも、ポストコロニアル研究の思想家、ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァクは、「グローブ(地球)」と「プラネット(惑星)」を区別して考えています。惑星には、人間が完全に翻訳できない他者性が残る。そこから目を逸らさずに関係を結ぶ、という含意がある。
翻訳できないから関係を結べない、ではなく、翻訳できない前提で、それでも関係を結ぶ。ケアって本来そういうものだと思うんです。相手のすべてはわからない。でもわからないまま、手を伸ばす。そこに「人新世」の議論がつながっていきます。
人新世(じんしんせい、ひとしんせい)とは
人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている地質時代における現代を含む区分である。人新世の特徴は、地球温暖化などの気候変動(気候危機)、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり、人類の活動が原因とされる。
歴史学者のディペシュ・チャクラバルティは、人新世の時代には歴史の主体を考え直す必要があると指摘しています。これまで私たちは、政治や経済や文化の歴史を人間の歴史として語ってきた。でも人新世では、その歴史が地球システムの歴史と切り離せなくなる。温暖化も生態系の変化も、もはや自然現象だけではなく、人間の営みの帰結になっている。つまり、人間史と地球史が重なってしまったんです。
岩沢 人間の物語のスケールが、地球のスケールに侵食している……
ドミニク そうです。そして逆に、地球のスケールが、私たちの日常に入り込んでいる。だから「環境問題」という外側のテーマではなく、自分たちの存在の条件そのものとして考えざるを得ない。
岩沢 最近、「ケア」という言葉をいろいろな場面で聞くようになった気がします。でもケアって、人が誰かに施すものというより、むしろ自分もケアされている関係の中にいる、という感覚に近いのかもしれないと思うことがあります。
ドミニク 人間はすでにケアされている側でもあるんです。腸内細菌や皮膚常在菌がいなければ生きられない。土壌の微生物が植物を支え、植物が僕らの呼吸を支える。私たちは「ケアしている」と思う前に、ケアされ、支えられ、依存している。
ケアは「してあげる」行為というより、関係の出来事なんです。受け取られて初めて成立するし、その受け取られ方も制御できない。だからケアは、ある意味で制御から距離をとる実践でもあると思います。
岩沢 人間以外の存在というと、例えば微生物のような存在も含まれますよね。
ドミニク そうですね。僕が発酵に興味を持ったのもそこなんです。発酵は、人間が一方的に何かを作るというより、微生物との協働によって起きるプロセスですよね。人間は環境を整えることはできるけれど、微生物の働きを完全にコントロールすることはできない。そこには常に予測できない変化がある。

岩沢 ぬか床って、すごくわかりやすい例だと思うんです。ケアした分、美味しいものになって自分に返ってくる。だから利他的な行為というより、むしろ利己的でもあるのかもしれない。でも、その結果として他の人にもつながっていく。
ドミニク 面白いですよね。ケアというと、どうしても一方による自己犠牲や献身のイメージが伴います。でも実際には、ケアはもっと循環的なものです。自分が関わることで関係が豊かになり、その結果がいずれ自分にも返ってくる。
岩沢 私は、ぬか床ではなく、コンポストを実践していたことがあるのですが、毎回様子を見ていると、本当に毎日変わるんですよね。緑っぽい菌が出てきたり、白っぽい菌が出てきたり。日々変化していくのを見るのが面白い。ぬか床も同じような変化を体感できそうですよね。人間はそんなに変わらないのに、微生物はすごく変化している。
ドミニク 発酵はまさに絶え間ない変化のプロセスを見せてくれるものですね。微生物たちは環境の中で関係を結びながら状態を変えていく。その変化の積み重ねが、味や香りになっていく。
岩沢 私たちは物事を静止画のように捉えてしまいがちなのかもしれません。本当は時間の中で変化しているのに、それを固定されたものとして見てしまう。
ドミニク そうですね。発酵はまさに時間のプロセスです。少しずつ変化が積み重なっていく。別の言い方をすると、それは「Being(存在)」ではなく「Becoming(生成)」という考え方に近いと思います。
岩沢 存在しているというより、変わり続けている。
ドミニク そうです。または、つくられ続けている。そしてその変化は、人間だけのものではありません。微生物も、植物も、動物も、すべてが関係の中で変化し続けている。そのダイナミックなプロセスの中で、私たちは生きている。
非人間との協議体:発酵というモデル
岩沢 この話は、デザインにもつながっていきますね。デザインって「変える」仕事だと思われがちですが、ここまでの話にかなり重なる部分があります。
ドミニク デザインを「変えてあげる」「正しい形にする」と捉えると、惑星的ケアから遠ざかる。むしろ、変化が起きる場を整えること、複数の存在が関係を結べる条件をつくること、そして変化に伴走すること。そこにデザインの別の像があると思います。
岩沢 複数の存在というと非人間も含まれますね。
ドミニク 微生物、動物、土、川、気象。そこに、死者の存在も含めて考えたい。近代社会は死者を生活圏から切り離してきたし、大事な人の死は「乗り越えて前に進む」ことが推奨される。でも死者は本当に過去の中だけの、悲しまれるだけの存在なのか。僕らは死者が残した言葉や制度やインフラの上で生きている。死者は沈黙しているけれど、現実を構成するアクターでもある。
多種多様な非人間たちという声を持たないものを、どう議論に参加させるか。デザイン研究者のロン・ワッカーリは「協議体」という概念を提出しています。人間だけの会議ではなく、非人間やモノや死者も含む協議体。もちろん彼らは議事録を読まないけれど、彼らの声ならぬ声を聴こうとする人間に対して確実に影響を与える。デザインは、その影響を翻訳し直して、現実のなかで具現化する行為として捉えられるようになります。
岩沢 その翻訳の話が、発酵の実践に接続していくんですよね。
ドミニク 2008年、会社を立ち上げた創業日に、共同創業者がぬか床をタッパーに入れて持ってきたんです。「これを育てなさい」と。「ITスタートアップの創業日にぬか床!?」かなり象徴的ですよね(笑)最初は200グラムくらい。そこに新しい糠を入れて5キロくらいまで増やしました。
岩沢 5キロ!そんなに増やせるんですね。それにしても、ぬか床をかき混ぜて「増える」のは、デジタルで何かが増えるよりも身体的な感覚がありますね。
ドミニク 匂いが変わる、温度が変わる、手触りが変わる。僕が作っているんじゃなくて微生物が作っている。でも僕が触れて混ぜないと、うまくいかない。完全な制御でもないし、放置でもない。その「あいだ」にいる感じがすごく重要でした。
でも、ある時、真夏に死なせてしまったんです。うっかりバルコニーに置きっぱなしにして、ぬか床を死なせてしまった。そのとき強烈な喪失感があったんです。目に見えない微生物に対して、ここまで愛着を抱いていたことに、後から気づいた。ケアって、こういう事後的な気づき方をすることがある。
岩沢 失って初めて、関係があったとわかった。
ドミニク そうなんです。そしてその感覚が、当時運営していたオンラインコミュニティの観察とも重なりました。誰かが投稿すると人が群がるし、ときどき荒れる。荒れを運営側が一方的に抑え込むのではなく、コミュニティが自ずと中和していくこともある。ぬか床で言えば乳酸菌が増えて場が酸性になっていくような感じです。
発酵は「群れ」の現象でもあるし、「環境調整」の現象でもある。だから、様々なテクノロジーも発酵的に設計できないか、と思ったんです。それが「システムを発酵させる」という発想につながっていきます。
ドミニク ぬか床と対話できる装置をつくったときも、便利な自動化にはしたくなかったんです。自動でかき混ぜる装置にすると、ケアの手触りがなくなるから。むしろ「世話をしたくなる存在」にしたい。微生物の状態に応じて声のトーンが変わったり、雑談の内容が変わったりする。使う人の語彙を取り込んで、装置側の応答も少しずつ変わっていくように。
ぬか床の発酵状態をセンサーで観測し、発酵のプロセスをデータとして記録するプロジェクト
岩沢 システムが固定的じゃないんですね。
ドミニク 環境や関係性の影響を受けて、振る舞いが変わります。ここで僕は、デザインしたものがBeing(〜である)よりBecoming(〜になりつつある)の考え方に沿うことを重視します。人間は固定された主体ではなく、関係の中で生成され続ける存在です。家族と暮らせば家族的に変わるし、犬を飼えば犬的に変わるし、微生物と暮らせば微生物的に変わる。
岩沢 変化はいつも起きているのに、それに気づけない。
ドミニク まさに発酵がそうですよね。急に変わるわけではなく、少しずつ進む。だから匂いを嗅ぐ、温度を触る、混ぜる。気づくための行為が必要になる。もしかすると、最初に頂いた問い「最近気づいていないこと」は、僕らがすでに変わり続けている、という事実そのものかもしれない、と思えてきました。
岩沢 いまのお話を聞いていると、「ケア」は優しさというより、認識の仕方そのものに関わっている気がします。惑星を見る目を変えるというか。
ドミニク スピヴァクが惑星という言葉に託したのは、想像の持つ力でもあると思います。僕らはつい、把握できるものだけを現実として扱ってしまう。でも惑星には、把握できないものの方が圧倒的に多い。気象も、微生物の群れも、死者の記憶も、完全なモデル化はできません。
その前提を受け入れると、デザインの態度も自ずと変わってくるでしょう。チャクラバルティも、人新世の思考では「人間中心の歴史」だけでは足りないと言っています。人間の政治や経済の歴史に、地球システムの歴史が割り込んでくる。すると、原因と結果を単純に結びつけられない局面が増える。だからこそ、制御よりも、応答と伴走のモデルが必要になる。
岩沢 それって、ケアの倫理にも近いですね。相手の生活をコントロールしない、でも放置もしない、と。

ドミニク ケアは、相手を良くすることではなく、相手が相手として在れる条件を守ること、とも言える。惑星に対しても同じで、「救う」ではなく「関係の条件を壊さない」ことが重要になる。大きな正義の言葉より、日々の小さな手つきの方が、実は根源的なのではないでしょうか。
岩沢 死者の話も、その「条件」の話に見えてきました。関係を断ち切らない条件ですね。
ドミニク 死者を終わったものにしてしまうと、関係が単線化してしまう。たとえば都市の開発でも、過去の層を消して新しいものに置き換えることが前提になりがちですよね。でも死者の層、土地の層、微生物の層がある。その層に耳を澄ますことは、未来を閉じないためのケアでもある。
岩沢 「未来を閉じないためのケア」。いい言葉ですね!
ドミニク 発酵も同じです。発酵は未来を一つに固定しない。状況によって香りも味も変わる。だから僕は、システムも「正解に収束させる」のではなく、複数の未来へ開いておきたいんです。Nukabotも、答えを返す装置ではなく、関係を続けるための相手として設計しました。
岩沢 「相手」と言えるのが面白いです。道具じゃなくて。
ドミニク 道具として扱うと、いつでも交換可能になってしまいますよね。でも「相手」になると、そもそも交換可能な対象として捉えない。そこにケアが生まれます。壊れたら修理したくなるし、調子が悪いときに「どうしたんだろう」と考える。その考える時間自体が、僕らの感覚を変えていきます。結果として、僕ら自身が相手と共にBecomingする。
岩沢 世界が変わっていることだけでなく、自分が変わっていることでもありますね。
ドミニク そう思います。惑星的ケアは、僕らをいい人にする話ではなく、僕らの位置をずらす話なのだと思うんです。中心から外れる。人間だけの協議から、非人間や死者を含む協議へ移る。その移動が、デザインの再定義にもつながっていくと思います。
ドミニク・チェン
博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員, 株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。学際的研究チームFerment Media Research(発酵メディア研究)を主宰し、人と微生物が会話できるぬか床ロボット『Nukabot』、味噌やキムチの気配に気づく『Misobot』や『Kimchiborg』を研究開発しながら、テクノロジーと人間、そして自然存在の望ましい関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)、など多数。
インタビューを終えて:あとがき
ドミニクさんとお話をする中で、改めてわたしたちが関わるデザインとはなにかを振り返る機会にもなった。ドミニクさんの「デザインとは、変化が起きる場を整えること、複数の存在が関係を結べる条件をつくること、そして変化に伴走すること。こう考えると別の像が浮かび上がってくる」という指摘。それは言い換えると、ものごとの前提条件を変えること、とも言えるのかもしれない。前提条件が変わることは、すなわち、関わる人やもの、それぞれの役目や期待、自然と発する行動や現象も変わる。
例えば、ドミニクさんの「人間だけの会議よりも死者も含めた協議体を考えてみる」という話も前提条件を変えるデザインの一例ではないか。「協議体」は、課題解決のために多様な主体が集まり、継続的にみんなで話し合う場のことで、地域の複雑な課題解決の時に用いられることが多いようだ。例えば地域が扱う課題はどれも難しいものばかりだ。高齢者の孤独や防災、局所的な暑さやこどもの見守りなど、いずれも、関わる主体が集って話し合うだけでも複雑で、まとまることが難しい。そこに、人間以外の意見も取り入れることはさらに難しくなるだろう。
死者の視点からみたとき。それはその土地で歴史的に起こったことを省みるきっかけになるかもしれない。まちの発展や衰退のきっかけや、地形や風土の特徴を改めて知ること。大切にされてきた文化や営みの再発見にもつながるかもしれない。人間以外の視点も取り入れることで、人間だけでは気づかなかった視点、地域資源の発見、地域特性の理解につながることで、おもってもなかったアイデアや解決策を生み出すかもしれない。
【連載】最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記
#01|伊藤光平(株式会社BIOTA 代表取締役)
見えない生き物たちの存在から未来を感じ取る
#02|平川克美(文筆家/「隣町珈琲」店主)
「株式会社」の起源と仕組みから、人口減少時代における企業の生き延びる道を考える
#03|ヒダクマが育む飛騨の森の共創エコシステム
森の価値を探求する「味方」を増やし、多様な「見方」から芽生えるイノベーション
#04|羽鳥達也(株式会社日建設計 執行役員/設計監理部門・設計グループ代表)
人口減少時代の「動くインフラ」と“逆転の開発”
#05|津川 恵理(ALTEMY代表)
都市は〈滞在〉でおもしろくなる
#06|青田麻未(日常美学研究者)
言葉は規格化された社会の抜け道になる
#07|ドミニクチェン(研究者)
惑星とともに発酵する







