NOT A HOTELに聞く「挑戦を実現する公募」の舞台裏
/公募のつくりかた Vol.1
公募に関わる実践者の経験をたどるイベントシリーズ「公募のつくりかた」がスタートしました。
主催者がどのような背景や課題意識から公募を立ち上げ、どのような試行錯誤や判断を重ねてきたのか。表からは見えにくいリアルな思考の軌跡を、公開インタビュー形式でたどります。

初回は、NOT A HOTELが2024年にスタートした国際デザインコンペティション「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION」に注目します。第1回の最優秀賞に選ばれた「NATURE WITHIN」は、北軽井沢の巨石の間を縫うように佇む一棟のヴィラとして建築され、2028年の開業に向けて2026年2月に販売がスタート。現在はキャンセル待ちとなるほどの人気を集めています。
なぜ通常の設計依頼ではなく、世界にひらかれた公募を選んだのでしょうか。NOT A HOTEL株式会社のクリエイティブ・ディレクター松井一哲氏を迎え、AWRDプロデューサーの浅見和彦をモデレーターに、公募の設計思想と、その舞台裏を聞きました。
※本記事では、広く提案を募る仕組み全般を「公募」、NOT A HOTEL DESIGN COMPETITIONの取り組みを指す場合は「コンペティション(コンペ)」と表記しています。
著名建築家への依頼だけでは終わらない。若手の才能に懸ける理由
NOT A HOTELではこれまで、社内の経験豊富な建築士による設計と、国内外の著名な建築家への依頼という二つのアプローチで、数々の革新的な建築を生み出してきました。

浅見和彦(以下、浅見):すでに素晴らしい建築を数多く実現されているなかで、これまで通り著名な建築家に直接依頼を続けるのが最も確実な方法だったはずです。 なぜ、あえてデザインコンペティション(以下、コンペ)という方法を選んだのでしょうか。
松井一哲(以下、松井):おっしゃる通り、世界的な建築家に依頼し続ける方が、市場への訴求力など、ブランドとしての確実性は高いと思います。ただ、同じアプローチだけで発表し続けても、どこか既視感が生まれてしまうのではないかとも感じていました。実績のある建築家やクリエイターと素晴らしいものをつくり続ける一方で、それだけで完結してしまうのは少し世界を狭めてしまう気がしたんです。
浅見:枠組みを広げるための決断だったのですね。
松井:はい。まだ実績や資格を持っていなくても、「本当に素晴らしいアイデア」を持つ人の案を、僕らが持つ知見を総動員して全力で形にする。国籍やキャリアに関係なく、学生であっても自分の考えた建築が実際に建つチャンスがある。その方がワクワクしますし、建築業界にとっても未来がある挑戦になると考えました。
そこで導き出したのが、限界まで門戸をひらく「公募」という手法です。対象を次世代を担う若手に絞り、アイデアの力だけで勝負できる仕組みにしました。

浅見:対象を40歳以下としたのは、若手にチャンスをひらくためでしょうか。
松井:実は社内では、年齢制限を設けず完全にオープンにした方が面白いのでは、という議論もありました。ただ、建築業界は最初の実績作りが非常に難しい世界です。だからこそ、まだ世に知られていない才能に「最初の舞台」を提供することに意義があると考えました。
最初から世界を対象にしたことも、NOT A HOTELのミッション「日本の価値を上げる」ことにつながっています。海外の応募者が日本の土地や環境に向き合うことで、日本との接点を世界に生み出す機会にもなりました。
自社の強みから逆算して生まれた「絶対に建てる」デザインコンペ
では、このコンペはどのように立ち上がり、実現へと動き出したのでしょうか。
松井:最初から「コンペをしよう」という前提があったわけではなく、もともとNOT A HOTELが持っている事業や専門的な強みから逆算して、「このチームだからこそできる挑戦は何だろう」と考えたのが始まりでした。
その結果、「選ばれた案を実際に建てるオープンなコンペ」をやるべきだという考えに行き着き、居ても立っても居られず企画書にまとめて代表に直接提案しました。 会社としても相当な負荷がかかるプロジェクトになることは目に見えていましたが、代表はその場で即決してくれました。
浅見:企画を実現へ動かすうえで、NOT A HOTELのどのような強みが支えになったのでしょうか。
松井:NOT A HOTELの建築チームは、土地の選定・買い付けから、設計、完成後の維持管理、そして運営までを一貫して担っています。社内には一級建築士も多数在籍しているため、法的に難易度の高い設計や複雑なディテールであっても、 妥協のない高いクオリティで実現まで持っていけるという確信がありました。
この確固たる体制と専門性があったからこそ 、「選ばれた案を実際に建築として実現する」という企画に行き着くことができたんです。
また、建築を実現する体制だけでなく、コンペそのものの細部にも、NOT A HOTELらしいモノづくりの姿勢が表れています。

松井:受賞者に贈るトロフィーも外部に委託せず、すべて社内で企画・デザインしています。入社1年目のデザイナーとともに、初の試みになる「トロフィーのあり方」を一から話し合い、形にしていきました。
具体的には、NOT A HOTELの実際の拠点でも使われている建築素材を取り入れつつ、既存のロゴを一度解体して再構築した形状のデザインに仕上げています。そこには、「NOT A HOTELでありながらも、これまでにないNOT A HOTELを提案してほしい」という、クリエイターへのメッセージと敬意を込めています。
トロフィーの造形ひとつにまで貫かれた、妥協なき制作への情熱。そして、寄せられたアイデアを絵に描いた餅に終わらせず、土地取得から建設・運営まで自社でやり切る事業体制。この「細部への美学」と「すべてを引き受ける覚悟」こそが、実績を問わないオープンな公募を可能にしていました。
何を定め、何を委ねるか、自由な発想を実現する「条件」のつくりかた
浅見:コンペの舞台となる「敷地」 は、どのように決めているのでしょうか。場所が先にあってコンペという方法を選ぶのか、それともコンペのために場所を探すのでしょうか。
松井:どちらのケースもあり得ますが、根底にあるのは「せっかくコンペをやるなら、世界中のクリエイターが『絶対にここで設計したい』と熱狂できる唯一無二の場所はどこか」という問いです。部署の垣根を越えて徹底的に議論し、ふさわしい場所を探し出しています。
そのうえで、対象地の法規や条件は事前に極めて細かく洗い出します。たとえば第1回の敷地は、自然公園法や景観条例などによって、建築において厳しい制約がありました。事前に法規制を隅々まで確認し、行政とも綿密に協議を重ねたうえで、クリアすべき条件をすべて応募要項に落とし込んでいます。
浅見:「受賞案を実際に建てる」と掲げる以上、選考後に「実現できませんでした」となる事態は避けなければならないですもんね。
松井:そうですね。第1回の敷地では、「屋根の勾配は二寸以上で、片流れは禁止」「外観は周辺景観と調和する色彩に」など、数多くのハードルがありました。 「せっかくの素晴らしいアイデアが、条件のせいで実現できない」という悲劇を防ぐためにも、屋根の角度に至るような細かな制約まで、あえて最初から要項に明記したんです。
自由度の高い公募とは、単に条件を減らすことではありません。実現に不可欠な制約を先に示し、創造性を注ぐ領域をひらく。その境界の設計が、提案の自由さと実現可能性を両立させています。
業界の常識を打ち破る、賞金1,000万円の舞台裏
最優秀賞の賞金にも、NOT A HOTELらしいスケール感と意思決定が表れています。イベント終盤のQ&Aでは、参加者からその金額設定について質問が寄せられました。
浅見:「賞金1,000万円」と「設計料の別途支給」 という大きなインセンティブには、どのようなロジックでたどり着いたのでしょうか。
松井:当時の建築コンペの相場を調べると、高くても200万〜300万円ほどでした。そのため、最初は「賞金300万円+設計料」という堅実なプランを代表に提案したんです。でも代表からは「せっかくやるなら、もっと圧倒的な驚きや夢があるスケールにしよう」と。その言葉を受け、僕らも若手建築家に本気で夢を感じてもらえるインパクトを出そうと、賞金1,000万円への引き上げを決めました。
もちろん、純粋なアイデアへの「賞金」とは別に、実際の設計業務に対する対価(※国交省の基準に基づく設計料)もしっかり支払う仕組みにしています。
浅見: アイデアへの評価(賞金)と、実現に伴う専門業務への対価(設計料)を明確に分けているのですね。大きな賞金は話題性だけでなく、応募者が注ぐ途方もない時間と専門性に敬意を払い、「本気で建てる」という主催者側の覚悟が伝わってきます。
一般的に建築業界では、 建築プロジェクト全体の予算から見れば、設計料は建設費のおよそ1割。松井氏によれば、賞金や授賞式を含むコンペの開催費用も、建築全体の予算の中で十分に吸収できる規模だったといいます。コンペを単なる「広報費」として消費するのではなく、優れた建築を生み出すための「プロセス」として予算を再構築している点も、合理的かつ革新的な視点です。
広報より先に、「応募しないともったいない」と思えるチャンスをつくる
第1回は、23カ国から2,463名が参加し、620作品が集まりました。
浅見:これだけ多くの応募が集まったのは、なぜだったのでしょうか。告知や広報もかなり大変だったのではないですか。
松井:実は、特別な広報施策を行ったわけではありません。実績や資格を一切問わず「純粋なアイデア勝負で、選ばれた案が実際に建つ」という企画自体が珍しく、クリエイターの間で自然発生的に話題化していったんです。
浅見:広報以前に、若手の方が「これはチャンス、応募しないと」と思える設計になっていた。それ自体が話題を生んだ、ということですね。
その熱狂は第2回でさらに加速します。エントリー2,128組、参加者4,250名、最終提出作品は1,058点に拡大。参加国・地域は112へ広がり、実に約8割が海外からの応募というグローバルコンペへと進化を遂げました。(※最優秀賞作品は屋久島エリアにて建設予定)

松井:第2回では、公式からの発信に加え、国内外の最前線で活躍されている方々に審査員を務めていただいたことが非常に大きな後押しになりました。
例えば、審査員のお一人であるBIGのビャルケ・インゲルス氏が、ご自身のSNSでこのコンペについて言及してくださったんです。当時94万人以上のフォロワーを抱える彼の発信をきっかけに、世界中の建築関係者へ情報が一気に波及し、あの圧倒的な応募数へと繋がったのだと思います。
賞を超えて広がる、新たな関係性とカルチャー
コンペを通じて生まれたのは、受賞作だけではありませんでした。第1回の開催後には、思いがけない出会いもあったと松井氏は振り返ります。
松井:実は、第1回で優秀賞を受賞された日本人の建築家が、その後「NOT A HOTELで働きたい」と建築チームに応募してくれたんです。無事に入社が決まり、現在はNOT A HOTEL ARCHITECTSの一員として新しいプロジェクトの設計に取り組んでいます。コンペがなければ出会えなかった才能と、今こうして肩を並べてモノづくりができている。それは、この企画をやって本当に良かったと心から思える出来事の一つですね。
浅見:公募の過程で、お互いに「この会社と合いそうだ」「この人と働きたい」と分かることがありますよね。受賞以外の、予想していなかった出会いが生まれるのも、公募の価値ですね。
これまで2回開催されてきたなかで、「ここはもっとこうしておけばよかった」「次回はこうしたい」と感じていることはありますか。
松井:第1回は、社内にコンペ主催の経験者が誰一人おらず、すべてが手探りの連続でした。大きく変えたい部分はないのですが、強いて言えば、最終審査を公開した際の「会場のキャパシティ」でしょうか。
応募された若手の建築家やデザイナーだけでなく、NOT A HOTELのオーナー様や関わってくださっているクリエイターの方々から、「次のNOT A HOTELが誕生する瞬間を生で見届けたい」という声を想定以上に多くいただき、抽選にせざるを得ませんでした。もっと多くの人と、あの熱気を共有したかったですね。

審査プロセスそのものを公開したことで、結果だけでなく「建築が生まれる過程」への共感が広がり、ブランドとコミュニティの絆をさらに深く結びつける機会となりました。
「面白い企画」で終わらせず、若手建築家の登竜門へ
2回の開催を経て、松井氏は今後の展望をこう語ります。
松井:インパクトのある面白い公募を立ち上げることも大切ですが、それ以上に、妥協することなくクオリティを維持しながらやり続けていくことこそが重要だと思っています。目標は、とにかくこの取り組みを高い質のまま継続させること。それに尽きます。このコンペティションが世界中で認知され、若手建築家にとっての“登竜門”のような存在になる。そこから、意欲的で素晴らしい建築が日本中のあちこちに生まれていく。それが当たり前のように続く「一つの文化」になったら、これほど嬉しいことはありません。
「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION」を通して見えてきたのは、その先をどこまで引き受けられるかが、公募のあり方を大きく左右するということでした。応募者が力を発揮できる条件を整え、提案に向き合い、選んだアイデアを実現まで運ぶ。門戸をひらくことと、実現まで責任を持つことは、ひと続きなのかもしれません。
公募は、単に優れた答えを選ぶためだけのものではなく、まだ見ぬ人やアイデアと出会い、そこから新しいものを社会に生み出していくための仕組みでもある。松井氏との対話は、そんな「公募のつくりかた」の大切な覚悟と姿勢を示してくれました。
NOT A HOTEL株式会社について

NOT A HOTEL は、「世界中にあなたの家を」をコンセプトに、世界的な建築家やクリエイターが手がけるデザイン性と、IoT などのテクノロジーによる快適性を両立した、ハイエンドな別荘を提供しています。また、自分が購入したハウスだけでなく、全てのNOT A HOTELを相互に利用できるネットワーク性が特徴です。自宅や別荘のように資産として保有でき、相互利用可能な物件を毎年10泊単位からシェア購入できます。
編集:AWRD編集部
次回予告|「公募のつくりかた Vol.2」参加受付中
第2回のテーマは「グッドデザイン賞」。長年にわたり「よいデザイン」とは何かを問い続けてきたアワードは、社会の変化とともに、その対象や審査のあり方をどのように更新してきたのでしょうか。公募・アワードを長く育てていくための設計と運営について、実践者の経験からひもときます。
- 日 時
- 2026年10月22日(木)12:00-13:00
- Speaker
- 矢島 進二/公益財団法人日本デザイン振興会, 常務理事
浅見 和彦/株式会社ロフトワーク, AWRD プロデューサー - 配 信
- Zoomウェビナー
- 参加費
- 無料
- 主 催
- 株式会社ロフトワーク
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AWRD(アワード)は、企業・自治体・クリエイターが共に多様なテーマに取り組むための公募・共創プラットフォームです。
グローバルにプロジェクトやパートナー人材を募り、オープンイノベーションを通じて、事業開発・地域共創・スタートアップ支援などのプロジェクトを実現します。
企画設計から運営支援までをワンストップで伴走し、共創を通じて社会にひらきます。







