FINDING
岩沢 エリ 2026.09.14

【連載】最近気づいていないことは何か?
#08|社会は、もっと自由研究できる

水先案内人:矢野 淳(株式会社図図倉庫)

ロフトワーク Culture Executive の岩沢エリが、各地で出会う実践者や現場から「社会の新しい兆し」を持ち帰り、これからの時代を読み解くヒントをお届けする連載「最近気づいていないことは何か? ― 多元世界探訪記」。

第8回の水先案内人は、福島県飯舘村を拠点に環境と対話する実験基地「図図倉庫(ズットソーコ)」を運営する矢野淳さんです。原発事故から15年を経た飯舘村で続いてきた実践を入り口に、私たちの暮らしと地域、エネルギー、そして「社会を自分たちでつくる」とはどういうことなのかを考えます。

岩沢、矢野の2ショット写真

福島県北東部、阿武隈山系の高原に位置する飯舘村。2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故以降、この土地では、住民をはじめ、研究者や農家、さまざまな実践者が環境と向き合いながら、これからの暮らしを模索してきました。

2026年7月、岩沢は図図倉庫と飯舘村周辺を訪れました。図図倉庫の矢野さんの話を聞くうちに浮かんできたのは、エネルギーはどこでつくられ、誰の暮らしを支えてきたのか、そして都市と地域はどのような関係の上に成り立っているのか、という問いでした。

自分たちの環境を、自分たちで確かめる 

岩沢エリ(以下、岩沢):まず、改めて図図倉庫がどんな場所なのかを聞きたいと思っています。でも、その前に矢野さん自身が飯舘村と関わるようになったところから聞かせてもらえますか。

矢野 淳(以下、矢野):私が飯舘村に出入りするようになったのは、高校生のころです。原発事故のあと、飯舘村にはいろいろな研究者が入ってきていました。もちろん大きな研究機関もありましたが、私が出会ったのは、もっと自分自身の好奇心で動いているような研究者たちでした。村の人と一緒に環境を測ったり、農業について調べたりしていた。印象的だったのは、研究者が「専門家だから教えてあげる」という感じではなかったことです。逆に農家の人と接する中で、「自分は農学を研究してきたけれど、農業を知らなかった」と気づくような人もいた。村の人も最初は「なんだ、この人たちは」と思いながら(笑)、一緒に観測したり、自分たちでも勉強したりしていました。

岩沢 矢野さん自身も、その活動を手伝うようになったんですよね。

矢野 父が事故直後から浜通りで活動していて、しばらくして「手伝ってみるか」と誘われました。私は絵や動画をつくるのが好きだったので、村の活動のポスターや記録映像をつくるところから関わり始めました。震災や原発事故をめぐる大変な状況の一方で、現地で出会った人たちの姿は、外から見聞きしていたものとは少し違っていました。研究者が夢中で環境を測り、村の人がちょっと呆れながら付き合っている(笑)。10代だった私は、その光景を見て「なんか楽しそうだな」と感じたんです。

岩沢 困難な状況とは別に、そこではすでに、新しい関係や営みも生まれていたんですね。

矢野 そうですね。もちろん大変なことはたくさん起きている。でも、それだけではない世界が同時にあった。私自身も大学で建築や都市、地域について学ぶようになって、改めて飯舘村を見ると、「ここって実は、めちゃくちゃ面白い場所なんじゃないか」と思うようになっていきました。環境を測る人がいる。農業をする人がいる。社会について考える人もいる。しかも、それぞれが別々に存在しているのではなく、同じ土地の上で出会っている。東京にいたときには知らなかった世界が、すごく近くにありました。

図図倉庫の常設展示の一つである、放射線を可視化する実験装置「霧箱」。小さな鉱石から飛行機雲のように放たれるα線やβ線の軌跡をみることができる

矢野 東京藝術大学を卒業した2020年、コロナをきっかけに飯舘村で過ごす時間が増えました。当時は、外から来る人を「支援者」、地域の人を「支援される人」と分けるのではなく、一緒に地域をつくる登場人物として関われないかと考えていました。ちょうどそのころ、震災後使われていなかった建物の話が出てきました。震災から時間が経つにつれて、外から見ると「復興が進んだ」「一区切りついた」という見え方も増えていきます。でも、実際には何もかもが終わったわけではない。廃炉も続いているし、これから出てくる問題もあります。そういう、まだ途中にある状態の中で、ずっと何かをやり続けている人たちがいる。その過程をひらき、いろいろな人が調べたり、つくったりしながら自然と人の関係を考えられる場所にしたい。そこから、「環境づくりの自由研究秘密基地」という図図倉庫の構想が生まれ、2021年にオープンしたのがこの場所です。

岩沢 その延長に、2026年7月にFabCafe Fukushimaが図図倉庫の中にオープンしたんですね。

矢野 FabCafeと連携したのは、図図倉庫でやってきたことを、もっと外にひらく入口になると思ったからです。地域の中だけで完結せず、別の土地で同じ問いを持つ人や、遠くにいる人ともつながっていけたらと思っています。

岩沢 いいですね。私は今回、飯舘村を訪れて周りながら、ここで触れたものは福島だけが抱えているものではないとはっきりと感じました。たとえば現地を歩きながら浮かんできていたのは「そもそも、なぜここに原発が必要だったのか」ということです。その先には、東京をはじめとする都市生活を支える構造があるんですよね。食べ物もエネルギーも、都市だけで生み出しているわけではない。福島について考えていたはずが、いつの間にか「自分たちの都市の暮らしは、どう成り立っているんだろう」と考えるようになりました。

矢野 浜通りの歴史を調べていくと、まさにそういうことが見えてくるんです。原発より前には常磐炭田があって、首都圏に近いエネルギーの供給地として発展してきた。鉄道も、そこで採れたものを運ぶことと深く関係している。その後、エネルギーのあり方が変わると、それまで地域を支えていた産業も変わっていく。その次に原子力という選択肢がやってきた。もちろん、その時代、その場所で真剣に考えた結果として選ばれてきたことでもあると思うんです。

岩沢 あとから結果だけを見て、「なぜそんな選択をしたのか」と簡単に言えるものではないということですね。

矢野 原発を誘致したことについて地元の人と話すと、東京や東電への怒りだけではない、複雑な気持ちを聞くことがあります。都市との関係で雇用が生まれた一方、「地域のことを誰かに任せ、選択することを手放してしまったのではないか」と話す人もいます。私は、それは福島だけの話ではないと思っています。近代化の中で、地域が担ってきた社会の営みを、国や市場、大きなインフラに少しずつ預けてきた。その関係を、原発事故は大きな形で可視化したのではないかと思います。

図図倉庫の中央に置かれたラウンドテーブル。よく見ると、レーザーカッターで制作された飯舘村の立体等高線が組み込まれている。

私たちは、社会の何を「お任せ」してきたのか 

岩沢 都市で暮らしていると、自分の生活を賄える稼ぎがあれば自活できてると感じていましたが、どうもそうではないなと…。働いたお金で電気を使ってご飯を食べている。でも、その電気はどこから来ているのか。食べ物を誰がつくっているのか。自分が出したものがどこへ行くのか。一つひとつを見ると、実はほとんど自分では担っていない。

矢野 もちろん、一人で全部やる必要があるわけではないんです。社会って分業するものだから。ただ、自分たちが何を誰に預けているのかすら見えなくなってしまうと、何かが起きたときに、自分では判断できなくなる。「専門家がそう言っているから」「国がそう決めたから」「市場ではこれが安いから」ということだけになってしまう。

岩沢 でも、それをもう一度、自分たちの手に戻そうとすると、ものすごく大変ですよね。特に東京にいると、その難しさを感じます。例えば、都市の中でちょっとした社会実験をしようとしても、地方に比べて格段にハードルが高いです。そもそも人が多すぎて、考慮すべきリスク・検討事項の量が多すぎる。それに加えて、説明や交渉が必要な関係者も多い…。それは必要な仕組みでもあるんだけど、何十年もかけて制度や慣習が積み上がって、とても強固なシステムになっている。だから、「ちょっと試してみよう」がなかなかできない。

矢野 飯舘村や浜通りは、今「社会システムを根底から問い直す社会実験場」になりつつあります。いろいろなものが一度崩れたからこそ、問い直さざるを得ない部分があります。どういう農業をするのか、建物をつくるのか、自然資源やエネルギーをどう扱うのか。大きな「社会をどうつくるか」という問いから、目の前の木をどう使うかまで、さまざまなスケールの問いが同時にある。バラバラでカオスに見えても(笑)、少し引いて見ると、それぞれが「どういう社会で暮らしたいのか」を問い直しているように見えるんです。

岩沢 一方で、「社会を変える」と言うと、途端に大きすぎる話にもなりますよね。

矢野 私は、「自由研究」くらいがいいと思っています。例えば浜通りには、自分でエネルギーをつくりながら暮らしてきた人がいて、その暮らしを子どもたちにも体験してもらいたいという構想があります。そうすると、「原子力をどうするべきか」という大きな議論の前に、自分は一日にどれくらい電気を使っているのか、このくらいなら自分たちでつくれるのか、といったことを手元から確かめていける。

図図倉庫の一角にある、福島市を拠点に電気設備業を手掛ける六洋電気の「いいたてワサビラボ」。LED照明や温度管理によってワサビに適した環境を再現し、水耕栽培の技術確立に向けた実証実験を行っている。

岩沢 確かに私も、自分が一日にどれくらい電気を使っているか知らないです。電気って、一度同じ大きなプールに入ってしまうから、「自分の分」が見えなくなっているんですよね。

矢野 全員が完全に自給自足するべきだという話ではないんです。まず小さくても始めてみると、今まで遠くにあった話が自分の暮らしとつながってくる。原発の問題でも、環境問題でも、「賛成か反対か」と聞かれた瞬間に、立場を選ばなきゃいけなくなります。でも、その前に「自分たちの暮らしって、そもそもどうなっているんだっけ」と自由研究してみることはできる。

岩沢 自由研究っていいですね。社会問題だから考えるというよりも、個人の好奇心や興味関心から問いを始める感じですよね。

矢野 そのくらいの方が、参加しやすいと思います。今なら、社会への違和感を、ものづくりや自由研究として表現できるんじゃないかと思っていて。未来の社会像は、まだぼんやりしていていい。「これをつくってみよう」「こんな暮らし方を試してみよう」という自由研究を持ち寄った先に、結果として社会がつくられていく。図図倉庫も、そんな「実験区」になっていったらいいなと思っています。

地方が都市から「卒業」したら、都市はどうなる?

岩沢 ここまでのお話しを振り返ると、飯舘村や浜通りで行われていることを「地域の課題解決のための実験場」と捉えるのは、少し違う気がします。むしろ、都市にいる側にとっても実験なんですよね。今までは、都市に必要な食やエネルギーを地域が供給するという関係があった。でも、もし地域が自分たちの食べ物やエネルギー、暮らしの仕組みを自分たちで考えて、「都市に依存しなくても大丈夫」となったら。ある意味、地域が都市を卒業する可能性もある。そのとき、都市は「自分たちはどうやって暮らすのか」を考えざるを得なくなるかもしれない。

矢野 面白いですよね。これまでは都市を中心に、都市と地方がつながる構造が強かった。でも、それぞれの地域が自分たちのあり方を考えるようになると、必ずしも都市を介さなくてもいい。飯舘村と、世界のどこかで同じ問いを持つ地域が直接つながり、「ここではこんな実験をしている」「そっちにはこんな技術がある」と知恵を交換できれば、選択肢も増えていく。そういう意味で、FabCafeという仕組みはすごく相性がいいと思ったんです。

岩沢 FabCafe Fukushimaが、飯舘村から世界に何かを教える場所になる、というより、いろいろな土地でやっている「自由研究」を持ち寄れる場所になると面白そうですね。

矢野 そうですね。ネットがあるから、遠くにいる誰かとつながれる時代でもあります。大きな社会を一つにつくり直すというより、それぞれの場所で実験して、その知恵を交換していく。私は社会づくりって、ほとんど実験の積み重ねだと思っていて。正解が最初からあるわけではなくて、人間はずっと長い時間をかけて「これでいいのか」を試し続けてきた。原発事故も、そこで一つ、とても大きな形で「このままでいいのか」と問われた出来事だったのだと思います。だから、その問いを一つの地域だけに置いたままにしないことが大事なんじゃないかな、と。

図図倉庫の敷地模型。敷地では、トレーラーを移動式のラボとして活用する構想が進んでいる。オフグリッドの技術や地域内外から持ち寄ったアイデアを試す、新たな実験の場として検討されている。

岩沢 今回、飯舘村を訪れて強く感じたのは、福島について知ろうとしていたはずが、自分自身の暮らしを考えることにもなった、ということでした。水も電気も食べ物も、誰かの営みに支えられていることは知っていた。でも、その関係の中に自分もいると実感することには、距離があったのだと思います。福島第一原発事故から15年。飯舘村や浜通りでは、暮らしてきた人たちや震災直後から関わる人たちが、土地や環境と向き合い続けてきました。私が今回出会ったのは、その長い時間の途中です。

矢野 まだ全然、途中なんだと思います。

岩沢 矢野さんの話を聞いていると、その入口は必ずしも大きな議論でなくていいんだと思えてきます。電気を測ってみたり、建物を直してみたり、まず、自分の手が届くところから試してみる。世界の自由研究、みたいな感じですね。

矢野 遠くには大きな社会の問いがあるけど、やっていることは日常のものづくりだったり、場づくりだったりする。一人ひとりが関われそうなところから始めて、その奥にある大きな問題についても、いつの間にか一緒に話せる。図図倉庫は、そういう場所になったらいいなと思います。

矢野淳

株式会社図図倉庫代表取締役/東京都出身。高校生の頃から福島県飯舘村に関わり、2020年に東京藝術大学建築科を卒業。現在は飯舘村と東京の二拠点で活動し、ホームセンター跡地を活用した「環境と対話する実験基地 図図倉庫(ズットソーコ)」を企画・運営。地域で続く環境への研究や実践をひらき、さまざまな人が問いを持ち寄り、試すための場づくりに取り組んでいる。

FabCafe Fukushima

2026年7月25日、福島県飯舘村の「図図倉庫」内にオープン。株式会社図図倉庫が運営し、地域の人々や研究者、科学者、アーティスト、クリエイター、企業などが出会い、環境について学び、観測し、実験し、つくる拠点です。

FabCafe Fukushimaのコーヒースタンド
所在地
福島県相馬郡飯舘村深谷二本木前5-1 図図倉庫内
営業時間
11:00〜17:00(変則営業あり)
定休日
日・月曜(その他不定休あり)

※カフェはイベント開催日に営業。最新の営業状況は、図図倉庫の公式Instagramをご確認ください。

FabCafe Fukushima Webサイト
FabCafe Fukushima【Our Service】

飯舘村を歩く

図図倉庫では、館内の視察と環境世界展示の解説に加え、飯舘村内の拠点を訪ねる「PLUS ONE ガイドツアー」を実施しています。訪問先は、放射線測定の拠点や牛の放牧場、東北大学の観測施設、信仰の場、除去土壌の再生利用が進む長泥地区など。関心に応じて一つの場所を選び、約2時間かけて図図倉庫と地域をめぐります。

飯舘村を歩くと、普段は別々に見えているテーマが、一つの暮らしの中でつながっていることに気づきます。新規事業や研究開発、サステナビリティ、地域との協働などに携わる方にとっても、自社の事業が社会や環境とどうつながっているのかを、いつもとは違う視点から考える機会になりそうです。

図図倉庫 PLUS ONE ガイドツアーの詳細

Keywords