
アフターAI時代のビジネス再考。人が価値を生む余地はどこにあるのか
1Dayカンファレンス「未来デザインとAI」開催に向けて
生成AIの急速な進化は、業務効率化やコスト削減といったわかりやすい活用にとどまらず、サービス設計や組織構造、さらには顧客との関係性にまで影響を及ぼし始めています。アフターAI時代の組織やビジネスのあり方は、今までと決定的に異なるものへと変化していくことでしょう。では「人間にしか担えない価値」とは、どのようなものなのでしょうか。そして、私たちはこれからの未来をどうつくっていけばいいのでしょうか。
今回、2025年5月14日に開催予定のカンファレンス「未来デザインとAI」に先駆けて、本イベントの協力企業であるテックイノベーションファーム、株式会社Ridge-i(リッジアイ)との対談を実施。AI導入の最前線を支えるリッジアイの知見と、創造性を起点にクライアントと新たな価値創出を目指すロフトワークの視点を掛け合わせながら、ビジネスの現場における「AIがもたらす変化」や「人間だからこそ担える役割」について意見を交わしました。
話した人
株式会社Ridge-i

小松 平佳
株式会社Ridge-i
常務取締役・AI/DX事業共創

岡本 昌也
株式会社Ridge-i
Technical Solution Architect・Deputy Group Leader

甲浦 翔太
株式会社Ridge-i
コンサルティング部 シニアマネージャー
株式会社ロフトワーク
企業間で進むAI格差。DXブームとの違いは?

——生成AIの登場によって、ビジネスの現場では急速な変化が起きています。リッジアイのみなさんは企業のAI導入を支援する立場にありますが、実際のところはどうなっていますか?
甲浦 率直に申し上げると「すでに対応に格差が生まれてきている」と感じますね。AIを事業変革の中核に据えている企業もあれば、「AIって何ができるの?」という段階の企業も少なくありません。技術の進化が非常に速いので、こうした捉え方の違いが企業間のギャップを広げている印象です。
小松 今はまだ目立った違いが見えづらいですが、1年もすれば事業モデルやオペレーションに決定的な差が出てくると思います。
甲浦 AIに適応できる企業とできない企業の差は、今後取り返しのつかないものになるかもしれません。指数関数的な変化の中でLLM(大規模言語モデル)も性能が大きく向上していて、半年前のプロダクトが古く見えることがありますからね。
岡本 先日参加したAIカンファレンス「NVIDA GTC」でも「今年はAIエージェントがトレンドだが、その先にはフィジカルAI*が来る」という話がありました。物理法則や空間情報に基づいて行動できるAIが誕生すれば、5〜10年後にはヒューマノイド型AIが実用化されているかもしれません。
*フィジカルAI:デジタル空間に限らず、センサーなどを通じて現実世界の物理的な法則や環境を理解し、それに基づいて行動・判断できるAIシステム。
諏訪 5〜6年前にDXが一大ブームになりましたよね。当時と比べて、今のAIの盛り上がりはどこが違うと感じますか?
小松 前提として、日本のDXは業務のデジタル化にとどまっていて、本来の意味であるビジネスそのものの変革には至っていないケースが多いですよね。生成AIに対する認識についても、現状はRPAの代替やFAQ対応の自動化など、業務のデジタル化の延長線上で見られている印象があります。
これからのポイントは、「AIに何ができるか」という視点を起点に、ビジネスモデル自体を再構築できるかどうか。AIで10人分の仕事を1人でこなすことも絵空事ではないので、「AI時代の組織をどうデザインするか」「人が担うべき仕事は何か」といった視点を持っておく必要があると感じています。そこに踏み込めるか否かで、企業の将来は大きく分かれるはずです。
岩沢 つまり、役割そのものを見直さないといけない、と。
甲浦 小松さんの意見に私も強く共感します。AIはDXを実現するための有力な手段ですが、進化するスピードが他の技術と比較しても段違いです。そこが従来の業務ツールと根本的に異なる点であり、AIがもたらすインパクトの本質でもあると感じています。
AIの得意・不得意。まだ人にしかできないこと
——では、エンジニアの視点からはどうですか?
岡本 リッジアイで携わっている案件を見ていると、一つのミスが出荷停止につながるような、極めて高い精度が求められる領域で導入されることが多いと感じます。一方で、生成AIはまだ生まれたばかりの技術です。実務で本格的に機能させるには、もう少し時間がかかるのではないでしょうか。
諏訪 ただ、AIを活かしやすい領域は確かにありますよね。医療や法律の領域では、生成AIを前提とした業務モデルも登場していると聞きます。たとえば、レントゲンの読影をAIに任せたり、過払い金請求のような大規模な人員が必要な業務をAIと数名の専門家で回したり。
とはいえ、こうしたモデルは人の関与が少ない分、差別化が難しく、競争も激しくなりやすい。つまり、「いずれコモディティ化していくのでは?」と感じています。AIサービスを提供する立場としては、そうした流れをどう捉えていますか?
小松 ご指摘のとおりで、むしろ私たち自身もコモディティ化の波を経験しているんです。創業当初、リッジアイではゴミ処理場のクレーン操作をAIで自動化する仕組みを開発していました。
そのシステムに織り込まれた画像解析AIは、当時は我々にしか作れない技術でしたが、今では基盤モデルやAPIが整備され、同じような機能を短期間で再現できるようになっています。だからこそ今は、「どこで差別化するか」が極めて重要です。業界や企業ごとにUXの求められ方は異なりますし、AIの組み込み方や精度、どこまでカスタマイズするかといった実装の深さによって、大きな違いを出せると考えています。
諏訪 AIにも得意・不得意がありますよね。サービスの特色や方向性を設計するためには、まだまだ人間の力が必要だと感じました。
甲浦 そうですね。今はまさに過渡期で、「どんな顧客体験を生み出すのか」といったUX設計はAIには担いきれません。実際、私が関わっている女性向けチャットサービスのプロジェクトでも、ユーザーの細かなニーズや感情の機微を読み取るには、人間の感覚と判断が不可欠です。
岩沢 良し悪しを判断する、意思決定の基準が明確に定義されていないということですね。でも、その基準が十分に言語化・構造化されていけば、いずれはAIでも対応できる可能性がありますよね?
甲浦 おっしゃるとおりです。実際、アメリカではAIを継続的に運用・自立的に改善していく「LLMOps(Large Language Model Operations)」の仕組みが実用化され、導入している企業もあります。あるチャットサービスでは、ユーザーとのやりとりを分析して、AIモデルを自動で更新・最適化する仕組みが実装されているそうです。こうした運用が広がれば、意思決定も徐々にAI側へとシフトしていくかもしれません。
——そこまで行くと、人間の仕事とは何か、という問いに真剣に向き合う必要がありそうです。
小松 「未来は予測するものではなく、つくるものだ」とよく言われますよね。その言葉に乗るとすれば、僕はコマツアバターにすべての仕事を任せて、オーストラリアで子どもとサッカーをしていたいんです。日々のメールの傾向を分析して「これは小松ならイエスと言うだろう」と判断してくれる。会議では場面によって「ここは怒ったふりをすべきだな」と振る舞いまで演じてくれる。そんな存在がいたら、どんなに楽かと(笑)。
でも、そうした未来が実現可能だからといって、それが望ましい姿なのかは別ですよね。しかも、人によって線引きも異なる。「最終判断は人間が担うべき」と考える人もいれば、「AIの提案をまず試してみて、うまくいかなければ止めればいい」と割り切る人もいるわけですから。
岩沢 私たち一人ひとりが、どんな暮らしを望むのか。それが会社や社会という単位になったとき、どんな選択をしていけばいいのか。そういった視点があらためて問われている気がしますね。
AI時代に問われる、人間の営み
——今後のビジネスやサービスを考えるうえで、「AIにどこまで任せられるか」「人が担うべき領域はどこか」が問われていく時代になりそうですね。
諏訪 サービスの考え方については思うことが一つあって。たとえば、コンビニのコーヒーベンディングマシン。あれは、ある意味コーヒーロボットですよね。けっこう高機能で、豆の質を上げれば味も良くなる。ただ、もし大手カフェチェーンが完全にロボット接客に切り替えたとして、それに700〜800円払う気になるかといえば……ちょっと難しいですよね。
実際、現場のオートメーション化は進んでいて、エスプレッソもミルクフォームもボタン一つで完成します。しかし、最後のひと手間だけは人が担っていて、「23番のお客様」と声をかけられることで、コンビニとの価格差が生じている。その感覚って、どこに人を介在させるかというバリューデザインの視点にも通じると思うんです。
小松 本当にそうですね。「人が高いお金を払っているのは何に対してか?」を見極め、それ以外の部分はできるだけAIに任せる。そして、人間だからこそ価値が生まれることに集中する。そんな分業が理想だと思います。
諏訪 今後は弁護士のチャットボットも普及して、ある程度のレベルまでは対応できるようになると思います。でも、それで大きく儲けられるかというと、そうでもない気がしていて。「この領域は1社がやれば十分」という話にもなりやすいんじゃないかなと。
小松 つまり、弁護士の本質的な価値はそこだけではないわけですよね。法律的に正しいかを判断するだけなら、AIでもできるわけで。「離婚したいけど、どう説得すればいい?」みたいな、人間関係の泥臭い部分を引き受けることにこそ、本質がある気がします。
岩沢 結局のところ、人間の感性や体験設計の話に行き着きますよね。「何が心地よいか」「どんな体験が望まれるのか」という人間の営みを中心に物事を考えることが、私たちのこれからの仕事なんだと思います。
コモディティ化できない価値は、どうやって見つけ出せばいい?
——これまでの話を踏まえて、私たちはこれからどんな心構えや視点を持てばいいと思いますか?
甲浦 これまでの話にもあった通り、技術の進歩はとにかく速い。また、構造的な変化も同時に進んでいます。今は「ユーザーとの最終的な接点」に人間の価値が残っていると言われていますが、その領域ですら近い将来AIに置き換わる可能性は十分にあるわけです。だからこそ、「変化を前提に、自分自身を常に最適化し続けること」が重要になってくると考えています。
小松 一人のビジネスパーソンとして、どうやってこの時代を生き抜いていくかという視点ではどう?
甲浦 それも本質的には同じだと思います。僕自身はコンサルタントという立場なので、AIができることの“幅”も“深さ”も日々広がっていると感じます。だからこそ、どう事業変革に結びつけるかを的確に見極め、具体的な価値として提案できるかが問われる。それができなければ、すぐに淘汰される時代になっていると思います。
岡本 僕も甲浦さんの考えに近いですね。エンジニアの世界では、生成AIがコードを書けるようになっていて、自分の役割がなくなっていくと感じることがあります。でも、だからこそ「自分にしかできないことは何か?」「これまでの経験がどこで活きるのか?」と問い続けることが大事なんじゃないかなと。
——コモディティ化できない価値をどう見出すかが鍵になりそうですね。小松さんはどうお考えですか?
小松 これからはAIエージェントやデジタルヒューマン、フィジカルAIのような存在が増えていくと思います。そのときに大事なのは、既存の仕組みを少し便利にするのではなく、AIが当たり前にあるという前提でサービスをゼロから設計することです。今はどうしても既存の延長でAIを使おうとするのでインパクトが薄いですが、一度その枠を外して考えてみると、やるべきことが見えてくるはずです。
——諏訪さんはいかがでしょうか?
諏訪 僕らはデザイン側の立場にいるので、AIと人とのインターフェースやUI/UXがどうあるべきかという点に注目しています。
AIが自律的に判断や作業をしてくれるようになると、従来のようにパソコンやスマホの画面を前提としたUIは不要になると思います。すると、なるべく画面を見ずに済む方向へインターフェースは進化していくかもしれない。その設計には、まだまだ人間の感性や創造力が欠かせません。
岩沢 だからこそ、今回のイベントを通じて、AI時代にどんなデザインが必要で、「人間の創造性」がどのように活かされていくのか、その可能性について触れてもらえると嬉しいですね。
話者プロフィール
アフターAI時代に、あなたはどう向き合うか? 実践者とともに考えるカンファレンスを開催
AIの登場により急速に変化する世界で、私たちはこれからの未来をどのようにデザインしていくのか。この問いに向き合うべく、ロフトワークと、共創施設「SHIBUYA QWS」は、1Dayカンファレンス&ワークショップ「未来デザインとAI」を開催します。
サービスデザインやブランディング、顧客体験設計などの事業開発の視点から、組織づくりや科学研究における応用可能性まで——。生成AIとともに未来をデザインするためのヒントを、多角的な視点から探ります。
会場参加者には、複数のテーマから選んで、自ら手を動かし思考するワークショップもご用意しています。AIとともに新たな価値を生むビジネスを一緒にソウゾウしてみませんか?
執筆:村上 広大
聞き手・編集:後閑 裕太朗
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