技術・価値・事業をひらく。
〜DENSOの屋内位置情報システムをハックする共創プロジェクト〜始動。
技術・価値・事業をひらく。~DENSOの屋内位置情報システムをハックする共創プロジェクト〜始動。
技術・価値・事業をひらく~DENSOPENプロジェクト
株式会社デンソーと株式会社ロフトワークは、2017年7月から9月にかけて、オープンイノベーションのためのプロジェクト「DENSOPEN(デンソープン)」を実施しました。このプロジェクトは、デンソーの屋内位置情報システムの技術を、外部の3組のクリエイターによる新しい発想からプロトタイプを制作し、新たな事業を創出する可能性を模索することを目的としてスタートしました。創業以来、「部品」の開発製造、システム・コンポーネント化(統合)を得意として成長してきたデンソー。自社の統合力を自動車産業以外にも広く展開し、新規事業を創出する組織体制への進化、そして新しい価値創出のための多様化・強靭化の第一歩として、外部のクリエイターとの共創によるプロジェクトを実施しました。
コア技術を”HACK”し、新しい可能性を発掘する
今回のテーマはGPSの届かない場所でも高精度な位置測位を実現するデンソーの屋内位置情報システム。
自動車ソナー技術を応用した超音波ビーコンを使った独自技術で、従来技術では実現が難しかった測位精度誤差1m以内を実現しています。このシステムによって、地下街や駅だけでなく、屋内駐車場で駐車位置までの案内、大型ショッピングモールでのナビゲーションなど、さまざまな可能性が見込まれています。この技術にクリエーターの視点をかけ合わせたら、思いもよらぬ価値が生まれるのでは?
新しい価値を作り、スピーディーに社会に実装していくことが可能なのか?これらを検証するために実験を行うことにしました。
課題解決型ではない価値創出の新しいカタチ
今回のプロジェクトの挑戦は、ハッカソンを開催して未知の化学反応を期待するのではなく、異なる専門分野をもつ3チームをキュレーションし、クリエイター・デンソー・ロフトワーク三者でチームを結成、議論を重ねながらプロトタイプまで作るということ。また、課題解決型ではなく価値創出のための実験として、アート・教育・まちづくりの視点を取り入れ共創しながらプロトタイプ制作を行いました。プロジェクトは、「技術理解→機会領域の発見→体験のデザイン→言語化&ブラッシュアップ→技術実装」の5つのステップと継続的なフォローアップでアイディアのブラッシュアップを行いました。
新たな視点と発想をもたらす3組の外部クリエイターとのコラボレーション
プロジェクトは、新規領域開拓という視点でそれぞれ異なる背景と知見を持つユニークなクリエイター3チームとの協働で実施。彼らのフィルターを通じて、いかにデンソーのコア技術を新しい価値に転換できるかの実験でもあります。
「メディアアート」の分野からは、建築家やデザイナー、音楽家やエンジニアなど、異なる専門性を持つメンバーによって構成されたクリエイティブチーム「nor」が参加。様々なテクノロジーを駆使して、空間設計やインスタレーションの制作、プロダクト開発など、領域を横断した活動に強みを持つチームです。
「教育」の分野からは、子ども向けのワークショップやイベントを企画するNPO法人CANVASディレクターの鈴木順平氏と、株式会社LITALICOのメンバーが協働で主催するエデュケーターユニット「unworkshop」が参加。既存の視点を変えた、新しい学びをデザインすることを得意としています。
そして「まちづくり」の分野からは、フィリピンから、観客参加型の演劇やパフォーミングアーツ、映像制作などのプロジェクトを、世界各地のグループとコラボレーションしながら実施しているユニット「NESS&BRANDON」が参加。彼らと共に技術活用の新しい機会領域の発掘に取り組みました。
「龖庭(TOWTEI)」〜音と光が描き出す現代の石庭〜 by nor
クリエイティブチーム「nor」は「目に見えないものを可視化する」ことをテーマにしたインスタレーションを制作。超音波ビーコンの持つ指向性で、超音波のように目に見えないものを、インスタレーションを通して「体験」に落とし込もうとしました。
本作品では、天気や気候を司る空想上の概念「龍」をコンセプトに、天井に設置された移動式ビーコンにより変化する超音波の照射位置と、鑑賞者が動かせる岩型の受信機の2つの要素によってインタラクティブに環境が変化し続ける現代の石庭「龍庭(とうてい)」を提案。
空間デザインは天候や自然を表現している枯山水をベースにプロジェクションで投影、天井に設置した指向性のある超音波ビーコンを動かし、センシング範囲を変化させることで枯山水の中に龍を抽象化した光が流動的に動き、軌跡を描きます。庭に置かれた石は受信用のデバイスで、ビーコンの出す信号を受けて、光の波紋を石庭に投影されます。この石は鑑賞者が自由に動かせるようになっており、鑑賞者が介入することで、光の動きが変化し続けます。
サウンドは雅楽などで使う管楽器、笙(しょう)をサンプリングし、龍の通る軌跡を和音で表現しています。龍庭に入った人にはバイノーラル(実際に人が音を認知する状況と同じ条件の元で収録する録音方式)で聞こえるため、目を閉じていても音の発生源から龍の動きを体感することができます。
「飛び出せ!飛び込め!驚異の学校」〜子どもの能動的な学びのデザイン〜by unworkshop
エデュケーターユニット「unworkshop」は、超音波ビーコンを活用した、子ども向けの知育展覧会のパッケージを提案。従来型の「受動的な学び」のスタイルから、より子供が能動的的に「学びとる」ための体験のデザインとして糸電話型のデバイスを用いた、超音波ビーコンを活用した子ども向け知育展示会「飛び出せ飛び込め驚異の学校」を実装しました。
タイトルの元になっているのは、15〜18世紀にヨーロッパで作られた驚異の部屋(ヴンダーカンマー)。これは貴族や上流階級の人々が世界の珍品を収集した部屋で、博物館の前身とも言われている学際的な空間です。今回は屋内位置情報システムを使って各展示テーマを学際的につなぎ、参加者が遊びながら学べる場にすることを目指しました。
時間の変化を体感する、「3本の誕生日」
ゲーム機、エジソン、リュウゼツランという関連性のない3つの時間軸を体験することで時間の変化に気づくことを目的としたプログラム。糸電話を通してそこで何が起きたかを知ることができます。異なるテーマを横目で見ながら時間軸上で体験することで、それぞれの時間の流れの違いに気づきつつ、子どもが自発的にビーコンからの情報を取りに行きたくなる設計になっています。
学びの対象と体験する子どもとの間にビーコンを置くことで出た効果について、クリエイターの元木さんは「今日参加してくれた子どもたちが『最後に自分の人生の時系列を作って行くのが楽しかった』と言っていたんですね。子どもたちがビーコンの存在に気がつく必要はありませんが、自分から、『こういう情報や学びがあったらいい』とコメントしてくれた。楽しくてちょっと変、新しいしワクワクする体験を提示できていたのが良かったと思います」と手応えを感じていました。
場所の持つストーリーをハックし、偶発的な出会いを創出する by NESS&BRANDON
フィリピンの首都マニラを拠点に活動する劇作家のネスと、フィリピンの他アメリカなどで活動する映像作家のブランドンは、「渋谷のまち」をテーマに3週間の滞在制作を通じて提案を策定しました。
渋谷駅前のスクランブル交差点に象徴されるような「流動性」のあるこの渋谷で、いかに多様な出会いを生み出すかという問いのもと「SPECIAL-STOP(特別な停止/出会い)」をコンセプトに、人々の足を止め、新たな出会いをつくるサイトスペシフィックな技術活用案を2つ提案しました。
Urban Story Catcher 知られざるまちの歴史を発信する
1つ目は、技術との組み合わせにより、「新しい観光体験」のデザインとしました。教科書やガイドブックで知り得る渋谷の歴史ではなく、その土地や、そこに居たことがあるからこそ生まれる記憶や体験に基づく個人の物語を、観光コンテンツとして転換させました。このアイデアでは、ビーコンを街中に設置し、オーディオガイドのようなシステムで情報を与えつつ、「見過ごしてしまうような場所」「予測していない場所」から発信される「特別な物語」は、地域の新しい魅力づくりになり得ます。
Urban Glitch(誤作動) Station 誤作動から生まれる出会いの演出
もう一つのアイディアは、渋谷の通り過ぎ方のデザイン。「glitch(=誤作動)」がもたらす新しい体験に着目しました。地元の人々や通り過ぎる外国人、在住・在勤者など、多様な人々を繋ぐきっかけとして、デバイスやアプリをハックし、音源や情報を付与するステーションを街に散りばめるアイデア。今まで価値をもたなかった場所や、回遊性のなかった場所にも人を誘導するきっかけになるとともに、渋谷の魅力づけやブランディングも視野にいれた提案となっています。
今回のオープンイノベーションの取り組みについて、Brandonは「僕たちは色んな場所に行き、地元の人たちと活動をしてきました。これは僕たちの活動にとって必要不可欠なことです。例えば今回も2人だけで街を歩いてフィリピン人の視点から何かを作ることもできます。でも、それだけだったら何も新しいものは生まれません。双方の視点をぶつけながら、一緒に作ることが重要なのだと思います」。また、NESSは今回のプロジェクトの価値をこう語っています。「だからこそ日常とは違ったものにダイブして新しいことを経験することが大切なのだと思います。観光客が旅行先でお金と引き替えに商品や経験を手にすること、例えば着物を買ってその意味を考えずに着たりするということは、彼らがその物の持つ文脈を知らないからこそ、観光客である彼らの持つ優位性を行使できるということでもあるんです。だからこそ、その構造から抜け出た新しい経験を地元の人たちと共有することに意味があると考えています」。
出来上がったプロトタイプをCEATEC2017に出展
毎年10月に幕張メッセで開催されるアジア最大級の規模を誇るIT技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATECに、「驚異の学校」のデモブースが出展した。3ヶ月という短い期間ながら、展示会に出展できるまで完成度を上げることができました。
次の展開に向けて
次の展開に向けて 今回のプロジェクトのフェーズでは、デンソーが持つ技術力、そして多様なクリエイターのアイディアが組み合わさり、既存の活用領域を超えた「新しい価値」が発掘されました。。それぞれが異なるフィールドで活躍する3つのクリエイターチームとの共創を通して、技術者だけでは考えつかなかった新しい発想や視点を生み出すことができました。。「面白そうだね」というマインドをを大切に、丁寧にディスカッションを重ねた先にクリエイティブジャンプは生まれます。既存の領域を超えた「新しい体験」のきっかけは、好奇心やワクワクなのかもしれません。
今後もDENSOPENでは、個別のプロジェクトを再スタートさせ、継続的なプロジェクトとして活動を続けていく予定です。デンソーのオープンイノベーションにむけた仕組みづくりを今後もロフトワークは支援していきたいと思います。
文:高橋ミレイ
編集:石川由佳子(ロフトワーク)
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