2018年6月11日-13日の3日間に渡り、日本橋で開催された「AG/SUM(アグリテック・サミット 通称:アグサム)」。 農業に携わる人、企業や研究者、スタートアップが一堂に会し、ブース出展やシンポジウムで事業や取り組みの紹介・意見交換をするイベントです。 ここで開催されたシンポジウムのひとつに、代表の林千晶もモデレーターとして登壇しました。

林が登壇したトークのテーマは「最先端の分析技術をアグリに生かす ~真の付加価値の生み出し方を探る~」。

山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)にて所長を務める冨田勝さん、農業フランチャイズモデル「LEAP」を運営するseak株式会社代表取締役の栗田紘さん、完全養殖マグロで話題になった近畿大学水産研究所教授の家戸敬太郎さんの3名が登壇されました。盛りだくさんの内容から、一部をショートレポートでお伝えします。

テキスト=西村隆ノ介
編集=原口さとみ

データでできること
人を動かすために必要なこと

[慶應義塾大学先端生命科学研究所所長 冨田勝さん]

あらゆる成分を網羅的に分析する「メタボローム解析」を先端研で研究している冨田さんを中心に議論したのは、データから私たちは何を得ることができるのか? ということ。

  • 「メタボローム解析」は究極の成分分析技術。農作物の成分を分析して栽培方法による違いを調べることで、美味しさのゆえんがわかってきた。
  • 数値化することで、食べ物なら栽培・調理・保存方法の最適化が可能になる。部分によっては、廃棄されていたものをサプリメントに活かす可能性もある。
  • 数字(データ)の説得力は強い一方、感性や情緒的なものがすくいきれない危うさもある。データはファクトでしかなく、ストーリーになりえない。人間が五感の裏で認知し、美味しいと感じたり感動するのは、データではなくストーリー。
  • 近畿大学は、クロマグロの完全養殖の成功と絶滅危惧種指定をストーリーで伝えた。出願者数が私立大で5年連続日本一にになり、単に事実を伝えるだけでは出ないインパクトを感じた。

新たな人の参入を促し、産業にうねりを起こす

[近畿大学水産研究所教授 家戸敬太郎さん]

先端技術と現場のつながりについては、クロマグロの完全養殖だけでなく、遺伝子解析によって可食部のより多いマッスルマダイなどの開発もしている家戸さん、誰でも簡単に高級野菜の新規参入を可能にするサービスを提供している栗田さんを中心にディスカッション。

  • データ分析の「活用」は、漁業の現場ではまだ十分とはいえない。解析技術が急激に進んだ結果大量のデータが集まるけれど、人間が扱える量を超えている。それを扱える仕組みづくり・使いこなせる人材育成が必要。
  • 農業に直接関わっていない人や子どもからすると、農業やテクノロジーは難しく捉えられがち。科学の広がりや技術の進歩に対する「夢」を、いかに掛け合わせるかが大事。
  • 子どもの憧れの職業として、学者はいつも上位に入る。でも学校で学ぶ内容がおもしろくなかったり、キラキラした憧れる学者がいなかったり。実際学者を目指す人が少ない。学者は楽しい職業、という概念を広めないと、技術大国の日本はこれから勝負していけないのでは。

等々、議論は現場の課題から未来のビジョンにまで広がり、林の「技術のことを技術者だけで語っても社会は変わらなくて、その家族や地域の人が触れたらどうなるか、という視点が大事」という指摘が印象的でした。

[seak株式会社代表取締役 栗田紘さん]

人と違うことをすること。そうする人を応援すること。

漁業でも農業でも、これからの人材について言及があったなかで、最後に林が投げかけたのは「これから新しい挑戦をするにあたって大切にしていることは?」。

  • 技術で何かを可能にするだけでなく、人が感じる自然な幸福感を実現することを考える。
  • 農業に限らないが、高付加価値のものをつくりだす第一歩は、人と違うことをするのが大切。失敗するかもしれないけど、誰かが人と違うことをやらないと高付加価値のものは生まれない。
  • 日本には人と違うことをする人を応援する風土がない。応援するどころか、皆と同じものに平均化しようとする教育が多い。人と違うことをする勇気を持つ、もしその勇気がなければ、それを応援する勇気を持つこと。

といったコメントを受けて林は、MITメディアラボ所長の伊藤穰一(Joi)さんの博士論文で綴られた「変革論(Practice of Change)」のエピソードを引用して締めくくりました。それは、「何かを変えるなら、ルールを変えなければいけない」というもの。

そのルールを変えるためには、これまでのルールに馴染んでいる人を変えるより、若者を応援するといい──、という今回のディスカッションともどこか通じる話をしたところで、今回はタイムアップ。

「最先端の分析技術をアグリに生かす」というセッションのお題を越えて、テクノロジーだけでなく文化や価値観の話まで広く話が及びました。技術によって拡張するのは利便性や新しさだけでない、ということを感じた45分間。近い将来の農業を取り巻く世界が楽しみになりました。

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Layout ディレクターの野島稔喜が、
静岡文化芸術大学のゲスト講師を務めます