ロフトワークとメンバー個人の有機的な結びつきをひもとくインタビューシリーズ、3人目はMTRL KYOTOのマネージャー木下浩佑さん。オープン4年目を迎えた、MTRL KYOTOのマスター的存在です。

MTRL KYOTOは、そこにいる人に合わせて、役割を変化させていきます。ロフトワークのスタッフにとっては、仕事場であり、プロジェクトメンバーを招いてミーティングを行う場所。お客さんにとっては、電源とWi-Fiのある居心地のいいカフェ。またクリエイターにとっては、国内外から集められたユニークな素材とデジタルツールをつかって、作品やアイディアのプロトタイプを制作するスタジオになります。あるいはイベントやワークショップの会場になることも。時には、ロフトワークへの入社を検討する人が、「どんな会社なのだろう?」と様子を見に来ることもあり、「MTRL KYOTOを見学して応募を決めた」というメンバーもいます。MTRL KYOTOは、今や名実ともにロフトワーク京都の“入り口”として機能しているのです。

木下さんは、そんなMTRL KYOTOにやってくる人と人、素材と素材、素材とクリエイターのご縁をつむぐ“マスター”的な存在。今回のインタビューでは、さまざまな“場”の運営に関わってきた経験に裏打ちされた、木下さんの「場づくりの美学」について聞かせていただきました。

テキスト=杉本恭子
写真=北村渉

これまでに得た場づくりの経験と、デジタルツールへの興味を“全部のせ”できるのがMTRL KYOTOだった

学生時代のアルバイトで、飲食店のホールスタッフやキッチンスタッフを経験して「店頭での接客が好きだし、得意だと気づいた」という木下さん。大学卒業後は、京都・三条烏丸にあったカフェ「neutron」、東京・青山のアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャーとして勤務しました。

ロフトワークを知ったのは、民間初の廃校活用施設だった「IID 世田谷ものづくり学校」で働いていたとき。Fabスペースを立ち上げる新事業を担当したことから、ロフトワークのFabCafeスタッフとの交流が深まったのです。

木下 FabCafeのメンバーに相談に乗ってもらったり、東京のFabスペースをつなぐ企画を立ち上げたりするうちに、だんだん距離が近くなっていったんです。その時のロフトワークに対するイメージは、「FabCafeのほかにもクリエイションに関するいろんな事業を幅広く展開している会社」。そして、すごく面白い人たちがいるということでした。

中でも木下さんは、「アーティストやクリエイターと協力して、あらゆるクリエイティブに関わるプロフェッショナルなチームをつくっている」というロフトワークのあり方に共感したと言います。

ちょうどその頃、木下さんの人生に大きな変化が起きます。結婚を機に関西に戻ることに決めたのです。木下さんの専門分野は「場づくり・場の運営」。その専門性を活かせる職場を探すなかで、「Fabスペースとカフェの運営を両方できる」という、自分ならではの“強み”に注目した木下さんは、旧知のロフトワークメンバーに連絡をとりました。

木下 「京都でFabCafeの仕事を募集していませんか?」と聞いてみたら、面接してもらえることになったんです。面接に行くと、代表の諏訪さんに「河原町五条ってわかる?」って聞かれました。今のMTRL KYOTOの建物の図面を広げながら、「で、いつから来れるの?」って(笑)。ちょうど、今のMTRL KYOTOの物件を見つけて、「デジタルファブリケーションを入れて、コミュニティやプロジェクトが生まれる場所をつくろう」という構想が動き出したタイミングだったみたいです。

MTRL KYOTOの1階は、キッチンを備えたコワーキングスペースと、デジタルファブリケーションや工作ツール、ものづくりの素材を設置するスペースから構成されています。木下さんにとっては、カフェの店頭での接客、場づくりに加え,IID 世田谷ものづくり学校で培った「デジタルツールへの興味・関心をシームレスにつなぐ」という経験までを「全部乗せ」できる新しい現場となりました。

カフェ運営やものづくり支援の経験を生かしてMTRL KYOTOのマネージャーになった木下。企画やプロデュースに忙しい今でも自ら店頭でコーヒーを入れることも。

人と素材の出会いをプロデュースする空間をつくろう

MTRL KYOTOはアイディアやサービス、モノを生み出すための空間として、デジタルファブリケーションとさまざまな素材を取り揃えています。目指したのは、既存の枠組みに縛られない、人と人や、人と素材の出会いが生まれ、アイディアをすぐにカタチにできる場所。木下さんは、当時の立ち上げメンバーとの議論を振り返って話してくれました。

木下 FabCafeがそうであったように、決まった人が集まる閉じられた場所にはせず、職種や業界、国籍もさまざまな人たちが混ざり合い、クリエイターのワクワクする気持ちを刺激する場にしたいと思っていました。また、「アイディアをかたちにするためには、人とツールだけではなくて”素材”も大事だね」ということで、国内外問わず、ユニークな素材を集めるというアイディアも出てきました。

当初集められた「素材」のコンセプトは「インスピレーションを受けられる、あらゆるもの」。基盤やLED、センサなどの最先端のデバイスやロボットもありました。また、京都の伝統産業である西陣織や北山丸太などにもアプローチしました(MTRL KYOTOのインテリアにも一部使用されています)。

木下 MTRL KYOTOに集められた素材を使って実際にものをつくって試して、MTRL KYOTOにふらっと訪れた人たちに見てもらい、フィードバックを得る。さらには、イベントで発表したり、ロフトワークのクライアントをはじめとした、各分野のプロの意見をもらったりしながら、プロトタイプが世に出ることを加速させる拠点にしたいと思っています。ものづくりをクローズドからオープンなものへ変えていくことで、社会ニーズの多様性に沿う製品・サービスのアイデアがたくさん生まれるはずなんです。

この3年間で「一番いい形で想像をこえたイベント」として木下さんが挙げたのは『ALCOHOL-LAB』。建材として使われる北山丸太から木の香りのリキュールが生まれた。
「木のリキュール」(京都北山丸太生産協同組合、セキネモトイキ、フルーツリキュールフリークス)

誰もが気持ちよくいられる場つくりが、多様な人たちのコラボレーションを生み出す

また、MTRL KYOTO はそこに集う人たちとのコラボレーションを生み、イベントなどを通じて新しいコミュニティを育んできました。

今では、多いときは月10回以上のイベントを開催。テーマはユニークな掛け合わせのものが多く、「銭湯 × カルチャー」「VR × 茶の湯」「デジタルインスタレーション × 陶芸」「アルコール × 編集」「新素材 × 伝統工芸」「FAB × 地域コミュニティ」など……実にさまざまです。「異なる領域の人たちが混ざり合う場にしたい」と考えていたとはいえ、いったいどうしてここまでの多様性が実現したのでしょう。

漫画「へうげもの」の世界観になぞらえながら、「VR × 茶の湯」や「デジタルインスタレーション × 陶芸」など、5つの表現を生み出した企画『激陶者集団へうげ十作展「俺たちの京都」 – へうげ de マテリアル』
茶道×触覚テクノロジーでお茶を点てる感覚を共有する体験

木下 誰でも気軽に来られて、使いやすくしてきたことが、一番効いているんじゃないかな。来てくれた人たちとコミュニケーションするなかで、「それ、面白いですね!」となったらイベントを開催する。そうしているうちに、この場にローカライズされたイベントやコミュニティ活動が増えていったという感じです。

木下さんは、こともなげにさらりと言ってのけますが、「誰もが気軽に来られる、使いやすさ」が成立した背景には一本筋の通った「場の保守」に対する信念があります。

木下 毎日多くの人が出入りする場所の「保守」は、トラブルが起きてから対処するのではなく、何があってもトラブルの兆しすら出ない状態が理想です。まずはスタッフが安全で快適に働けていることが条件。そうした場作りができれば、お客さんに気持ちよく過ごしてもらうことができるし、売上も伸びていく。その表からは見えにくい部分に手を入れて、誰しもが気持ちよくいられる環境を整えていくことは、やっぱり専門職だと思っていますね。

あらゆる素材が集まるMTRL KYOTO。木下はひとつひとつの素材の可能性を広げるべく日々奔走している
未来を担う学生たちとの取り組みも積極的に行う。(写真:大学生とのワークショップ)

「面白いことが起こる土壌」からビジネスを生み出す

立ち上げから、3年が過ぎて「いろんな人が集まって面白いことが起きる土壌」が仕上がりつつある今、木下さんは次のフェーズについて構想しはじめています。そのひとつは「MTRL KYOTOを訪れる人や、素材そのものの可能性を広げ、ビジネスに導くこと」です。

木下 立ち上げからの3年間で、MTRL KYOTOが言葉通り「面白い人が集まっていろんなことが起きる場」になったのは誇るべきことだと思っています。でも、「ロフトワークにしかできないこと」を増やすには、ここで生まれたきっかけをビジネスにしていかないと。次のフェーズでは、「MTRL」のコンセプトに共感してくれた企業と一緒にプロジェクトを立ち上げ、この場所から新しい価値観を世の中に提示していきたいですね。

木下が新たな取り組みとして企画運営を行う「Material Meetup Kyoto」。素材に新たな文脈を見出し共創を促すミートアップイベントとして2019年12月からスタート。初回イベントは企業・クリエイター・学生など60名が参加し、会場は熱気に包まれた。

デザインのためのツールや手法は多様化して、ものづくりに対するハードルは随分と下がりました。今では国境を越えて容易に情報やノウハウが手に入りますし、パソコンやスマートフォン一台でアイデアを具現化することもできる。でも手に触れることのできる「もの」をつくりだすなかで「最適な素材を選び、加工し、最終製品として仕上げる」ことの重要性は変わっていないはず。価格競争のスパイラルに陥らず、グローバルに通用する独自の価値をもった製品をどうやって適量生産するのか、そのためのプラットフォームが必要だと感じています。

現在、その取り組みのひとつとして、イノベーションを促進し、素材の可能性を拡げるためのビジネスサービス「TRY MTRL Program」をスタート。小売の商流にのらない特殊な素材を、クリエイターが少量から試せる「素材のサンプルキット」の開発や、ハッカソン・公募を通じた共創コミュニティづくりのサポートをはじめています。

選択肢を用意するだけではなく、それを求める人にきちんと手渡していくことが自身の役割

数えきれないほど多くのクリエイターやアーティストに出会い、その関係をつむいでコミュニティを育んできた木下さん。今も昔も、一番の関心事は「ものづくりの機会に、みんなが気軽に触れられる状態をつくること」。その背景には、大学時代に学んだ「福祉」への思いが秘められていました。

木下 狭い意味の「福祉」は、「社会的にマイノリティな人たちを支援する」みたいなものになりがちで、そこに対する違和感がすごくありました。でも、広義では「良い生活とはなにか」という話になるんですね。それを実現するために必要なのは、処置やソリューションではなく「選択肢」です。

目の前にたくさんの選択肢が並んでいても、選び方がわからないこともあります。木下さんは、選択肢を用意するだけではなく、それを求める人にきちんと手渡していくこともまた自身の役割だと考えています。

木下 まずは自分で選べる選択肢をできるだけたくさん用意すること、そして選んだものを手にとって使えるようにすることは、福祉を学んだ自分の役割だと思っていて。個人が「よい生き方」を実現するためには、多様性が保障されている必要があります。ただその選択肢へのアクセスが不明瞭だったり、権力やお金、コネクションなどの「力」を持っていないと手に取れないようでは意味がありません。また選択肢は「誰かが与える」ものではなく、「自ら選ぶ」ものであるべきなんです。

「選択肢をとって使えるようにすること」は、「場の居心地のよさをつくる」ことにも深く関わっています。

木下 MTRL KYOTOは公共空間でありたいと思っています。みんなそれぞれに自分なりの過ごし方選び、好きなことをしているんだけど、みんなが居心地悪くない状態。場をつくる側としては、それを作為的に「しむけていく」のではなく、自然とそうなっていくようにしたいですね。

木下さんは、「いいカフェの条件」は「“がや”が気持ちいい場所」だと言います。みんながそれぞれに過ごしていて、話し声や食器が触れ合う音もするけれど、「全体で鳴っている音のなかに身を置いているのが気持ちいい空間」。自分の居場所として感じられるけれども、自分だけの場所ではないことが、不思議と気持ちいい場所。たしかに、MTRL KYOTOの居心地には、それに近しいものが感じられます。

木下 居心地のいい空間に人が集まって、そこにはものづくりのための素材とツールがあって、クリエイターがものづくりをしていて、何か新しいものが生まれていく。これからも人や素材のイノベーションが起きる瞬間、新しい価値観が生まれる瞬間に立ち会えることをとても楽しみにしています。

木下 浩佑

Author木下 浩佑(FabCafe Kyoto ブランドマネージャー)

京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。

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