
中小企業が社会を牽引する未来へ。
事業に変化を起こす「イノベーション・プロデューサー」の価値(後編)
中小企業の挑戦。その伴走者の役割とは?
日本にある企業のうち、約9割が中小企業だと言われています。一方で、絶えず変化する時代、多くの中小企業にとって、市場のニーズを捉えた技術開発をすることや、高付加価値のビジネスモデルをつくることは容易ではありません。
中小企業が自らの価値を高めるための有効なアプローチのひとつが、イノベーションの創出です。全国の中小企業でイノベーションが加速すれば、各地域における産業振興のみならず、他のプレイヤーとの価値共創プロセスを促進することにも繋がります。引いては日本経済そのものの好循環を生み出すことが期待されています。
経済産業省 中小企業庁は、市場ニーズをもとに新製品・サービスを構想する「マーケットイン」でのイノベーション創出を推進。個社のリソースだけでは取り組みにくい中小企業のイノベーションを推進する人材を「イノベーション・プロデューサー」と定義。中小企業との新事業開発のなかで、その役割や求められる素養、彼らが伴走することで生まれる効果について実証する事業をスタートしました。ロフトワークは本事業において事務局を担当しており、実証事業の設計と実施を担当しています。
そんな「イノベーション・プロデューサー」とは、どんな役割なのか? 企業にどんな影響を与えるのか? そもそも、中小企業がイノベーションを起こしていくために何が必要なのか? 中小企業庁で数々の企業支援を行ってきた浅海瞳さん、このリサーチプロジェクトに関わったロフトワークのクリエイティブディレクター・川原田昌徳、谷嘉偉の3名で語り合いました。
前後編に分けた記事の後編では、新分野参入の鍵となる「イノベーション・プロデューサー」の役割と可能性を探っていきます。
話した人

川原田 昌徳(かわはらだ・まさのり)/ロフトワーク クリエイティブディレクター、
浅海 瞳(あさうみ・ひとみ)/ 経済産業省 中小企業庁 経営支援部 イノベーションチーム、
谷 嘉偉(こく・かい)/ロフトワーク VUユニット クリエイティブディレクター
市場のニーズと自社の強みの交点を探る、「マーケットイン」の考え方
川原田 前編では、中小企業にイノベーションが求められている背景や、中小企業がイノベーションに取り組む上で必要なマインドシフトについて話をしてきました。ここからもう少し具体的に、イノベーションの起こし方とそのために必要な専門人材、さらにその人材が果たす役割について話していきたいと思います。
川原田 浅海さんから見て、中小企業が自らの技術を活かしてイノベーションを起こすために、具体的に何に取り組んでいくといいと思いますか?
浅海さん こうすれば大丈夫という、確立した方法論があるわけではないんですけれども。やはり基本的なプロセスとして、市場のニーズを調査して、ユーザーが求めているものを提供するマーケットインの視点から新事業・新サービスを創出することが求められているのかなと思います。
大切なのは、市場ニーズがあるところに、自社の技術やノウハウを転用できるかどうか。例えば、ただ闇雲に「タピオカが流行ってるらしいから、タピオカ屋をやるか!」といって新市場に参入するだけでは、独自性を打ち出せず他社との差別化が図れないんですね。

浅海さん まずは、自分たちの強みがなんなのかを見極めることが重要だと思います。そこで知るべき「強み」とは、顧客から何が評価されているのかということ。一方で、これは自分たちの視点だけで自覚するのが難しいとも思います。
人間みんなそうですけど、意外と自分たち自身のことが一番わからないじゃないですか。
自分たちの強みや独自性を理解した上で、ハマりそうな市場やニーズを探すわけですが……新規参入する市場のニーズに対して、自社の技術や製品がそのままピッタリとハマることは、なかなか考えにくいですよね。
だからこそ、市場のニーズと自社の強み・技術・ノウハウとのギャップを客観的に分析し、ギャップを埋めるための行動を起こしていくことが必要なんです。
今の技術力で足りないのであれば研究開発をするし、そもそも自社が持っていない領域の技術やノウハウ、リソースが必要なら、他の企業や研究機関と連携をするとか。
川原田 中小企業側が何をモチベーションとして事業をつくるのか、そもそも新しい挑戦をする上で拠り所となる自社のアイデンティティとしてのビジョンやミッションは何かを明確にすることも重要ですよね。
浅海さん そうですね。自社の「強み」はもちろん、自社が本質的に「やりたいこと」と市場のニーズを紐付けていくことが必要だと思います。それができれば、たとえ事業開発のプロセスで困難があったとしても、それを乗り越えようとする力が生まれるでしょうから。
中小企業に伴走する「イノベーション・プロデューサー」の役割
川原田 中小企業がイノベーションを起こすために、ニーズを捉えて開発を続けていくことが重要なのはわかりました。とはいえ、同時になかなか簡単なことではないなとも感じますね。
浅海さん やっぱり、中小企業が単独でそれをやるのは難しいと思うんですよ。中小企業庁のアンケート調査で、どこを情報収集対象としているかを聞いてみたら「取引先」や「同業他社」という回答が多かった。それでは、新分野に関わろうとした時の足がかりにならないですよね。
だからこそ、新分野の市場と中小企業側の間に立って、ニーズを収集できる人材が求められているんです。
ミクロな視点で「どの会社が何を欲しがっている」という話から、世界の経済やテクノロジーの動向を追いながら「5年後〜10年後にこういうものが必要とされるとわかる」という話まで。ミクロとマクロ、両方の視点で情報収集ができる人が必要なんですよ。
そして、こうした多くの中小企業の中に足りていない役割を担うのが、今まさに私たちが実証事業の対象としている「イノベーション・プロデューサー」という人材なんだと思います。

浅海さん 中小企業庁がこの役割に「プロデューサー」と名付けたのは、映画や音楽のプロデューサーと同じように、主演を含め、俳優や裏方、スポンサーなどいろいろな関係者をつなぎ、そのプロジェクトの構想から完成までを一貫して推進していって欲しいという願いがあるからです。今回の場合の「主演」は中小企業ですけれど。
彼らに必要な役割は3つあります。ひとつは、ニーズを踏まえて新製品やサービスを構想する「構想力」。そして、その新製品が社会に与えるインパクトを魅力的に伝え、他の企業や大学、専門家など外部にいる事業開発に必要なメンバーを説得してプロジェクトに巻き込む「誘引力」。最後は、多少の困難があっても解決に導き、最後までやり遂げるように中小企業をサポートしながら一緒に動き続ける「推進力」です。
谷 中小企業のビジネスを支援する存在は、既にさまざまな機関や人材がいると思うのですが、そういう人たちとの違いはやはり「推進する」という役割なんでしょうか?
浅海さん その通りで、さらに「売れる商品を生み出せる人と、そうでない人との違いは何か?」というところは現在も調査している最中です。まだ明らかになっていない点が多いので、中小企業庁としても形式知化して広く伝えていきたいですね。
現時点での認識で言えば、一般的な産業支援機関は、中小企業の困りごと一つ一つを「点」で支援しているイメージです。あくまでも後方支援で、中小企業側の積極的な意思決定がなければ物事が進みづらいのかなと思います。
コンサルタントにはいろんなタイプがいるので一概にはいえませんが、多くの場合、決められた期間と予算の中で、企業の課題や市場の状況を分析した上で具体的な戦略や施策を提示する、アドバイザー的な役割を担っているようです。
じゃあイノベーション・プロデューサーはどうかというと、後方支援でもアドバイザーでもなく、あくまで“チームの一員”として企業の人と一緒にプロダクトをつくり、試行錯誤し、市場に届けるところまで伴走する役割だと思います。
しかも、支援する中小企業1社ずつに向き合うのではなく、顧客候補や専門家、キーパーソンのような外部人材をチームの中に巻き込んでいく役割でもあるんです。
業界ニーズと既存技術を橋渡しする、イノベーション・プロデュース実践事例
川原田 これまで調査してきた事例の中で、浅海さんが特に「これはイノベーション・プロデューサーの好事例だ」と思ったものを教えてください。
浅海さん 大阪大学大学院医学系研究科で特任教授をしている中島清一先生の事例ですね!
中島先生は、医療分野に関わるたくさんの方からニーズを集めて、そこからさまざまな医療用のプロダクトを開発しているんですが、「ニーズを一般化する」ことを意識しているとお話されていました。
ここで言う一般化とは、「普通のお医者さんが、普通に欲しいものをつくる」ということです。
ゴッドハンドと呼ばれるような一部のお医者さんしか扱えない医療機器を開発しても市場規模が小さいので、あまり事業性が高いとはいえない。すごく専門的なプロダクトも使い手が少なくてたくさんは売れない。より多くの医療現場の方々が欲しいと思うプロダクトを開発する方が、市場に参入するイメージを描きやすいですよね。
中島先生はプロジェクトENGINEという共同開発グループを運営されていて。お医者さんだけじゃなくて、技師さんや看護師さん、医療機器メーカーの人など、さまざまな立場で医療業界にかかわっている方々をチームに入れて製品開発をしています。だから、より広く、的確に現場の方々のニーズに応える商品を開発できるんです。
川原田 多様な立場の方々を仲間に巻き込む。まさにイノベーション・プロデューサーに必要な「誘引力」のある方ですよね。中島先生が開発してきたプロダクトの中で、特に印象的だった事例はなんですか??

浅海さん 印象的だったのは、内視鏡の曇り止めですね!
お腹の中に入れる内視鏡って、体温より内視鏡のほうが冷たいと、中に入れた時に曇ってしまうんですよね。それを防ぐために、看護師さんは温かい生理食塩水を用意して器具を温めておくんですけど、この作業が大変で。
お湯は冷めるから、2時間に1度は生理食塩水の交換が必要なんです。そこで開発したのが、滅菌処理などを施した医療用の携帯カイロでした。
内視鏡の汚れの除去もできる、ウォーマー兼クリーナーの「ラパホット」という商品を開発して。カイロなのでパッケージを開けるだけですぐに温かくなるし、コンパクトだから大きな保管庫も不要です。温かさが7時間持続するので、長い手術でも使える。
こうした看護師さんの「内視鏡が曇るから温めなくちゃ」というニーズがあったとしても、その現場に立ち会う機会がない中小企業はなかなかそれに気付けない。
中島先生は、常にみんなが欲しがるプロダクトは何かという観点で現場を見ているので、そういうニーズを発見できるのだそうです。

川原田 中島先生は、ニーズをたくさん知っているというよりも、ニーズを持っている人たちとの接点を多く持っているんですね。そして、違う業界の人たちの考えや言葉を翻訳しながら一緒にニーズを探索してくれる。それはイノベーション・プロデューサーにとって重要な資質でもあります。
浅海さん 医療分野に関しては、やはり中島先生がその業界に携わり続けてきたというのが大きいですよね。
そして、これまで関わってきた人たちから信頼されているから、いろんな人たちから情報が集まってくる。
川原田 中島先生の場合、現場の看護師さんだけじゃなく、看護師さんたちのマネージャー的な立場の方や、医療機器メーカーの部長クラスの方とも繋がりがありますよね。ニーズを捉えてから、プロジェクトが発足するまでの意思決定が素早く行われていく印象もあります。
浅海さん それは、とても重要な視点ですね。誰に何を話せばプロダクト開発が軌道に乗るのかを業界の構造から理解していて、実際にキーマンを巻き込みながらプロジェクトを推進できているということですから。
中小企業によるイノベーションが、日本に好循環を生む

浅海さん 「ラパホット」の良かった点として、これは元々ある「携帯カイロ」という技術を別の使い道に転用したケースだったので、プロダクト開発の過程で大きな投資や長い期間を要する研究開発を行わずに済んだこと。
中小企業の場合、資金的にも人的にも限られたリソースしか持たないなかで、大きな負担やリスクを伴うプロダクト開発には挑戦しづらい。いまある強みを活かしてイノベーションを起こしたという意味でも、いい事例だったと思っています。
川原田 イノベーションというと、成果が出るまでに時間がかかるイメージがありますよね。そんななかで、目に見える成果をすぐに出せるのは、開発に携わる社員のモチベーションを維持する上でも大切だと思います。
浅海さん 新分野への挑戦は、社長にやる気があったとしても、従業員が「なんで普段の仕事で忙しいのに、新しいことまでやらないといけないんだ」と思ってしまうと、続けるのが難しいですよね。スピード感を持って、着実に成果に辿り着けると、それだけ社内がついて行きやすくなります。

川原田 ここまでお話をしてきて改めて思ったのは、市場のニーズと、中小企業の技術やノウハウ、アイデンティティが正しいタイミングで合致したときに、ようやくイノベーションが起こる。だから、中小企業は市場のニーズをキャッチアップしているイノベーション・プロデューサーとつながることで、イノベーションを生み出す可能性を高められるんですね。
そこで気になるのは、どうすれば中小企業の経営者がイノベーション・プロデューサーに出会えるか?ということです。両者が出会う機会はもっと増えていくといいですよね。
浅海さん 現状では、中小企業側が調べて自分から会いに行くか、ツテがない限り、出会えない状況です。
だから、今後は多くのイノベーション・プロデューサーと中小企業が出会って、コミュニケーションできるような仕組みが必要だと思っています。さまざまな業種の経営者が入り混じりながら、イノベーション・プロデューサーと会える場のようなものがあるといいのかも知れませんね。
川原田 まずは出会っておく、ということが重要ですよね。出会ったそのタイミングでは機会がなくても、市場の移り変わりや、さまざまな中小企業との出会いのなかでイノベーションプロデューサー側から「こういうものを欲しがっている人がいるんですが、一緒にやりませんか」と話が来ることもありますから。

川原田 「イノベーション・プロデューサー」以外にも、中小企業庁で取り組んでいるイノベーション支援制度がありますよね。そちらについても教えていただけますか?
浅海さん Go-Tech事業というものがあります。3年間で約1億円の補助をする研究開発補助金の制度です。こちらは企業1社で応募することはできないため、大学や研究機関と連携して申請してもらう、オープンイノベーションを促すための支援制度になります。
他にも、2023年に、売上高100億円を目指す中小企業を増やしていこうという方針を打ち出し、関連して官民ファンドにより、民間ファンドの立ち上げを支援するなどの動きもあります。今後は「新事業推進補助金」という新事業進出を応援する補助金も立ち上がる予定です。そうした他の取り組みもうまく活用して、イノベーション活動に取り組んでいただければと思いますね。

川原田 最後の質問です。今後、多くの中小企業がイノベーションを創出していくことで、これからの社会と経済にはどんなポジティブな影響があると思いますか?
浅海さん 中小企業がイノベーションを生み出せるようになれば、企業の収益が上がり、従業員の賃金も上がっていくと思います。投資に回せるお金も増えていき、需要に対する新しいソリューションを提供する機会がどんどん増えていく。
そうすれば、市場の需要とそれに対するソリューションが次々と生まれていく好循環が起きていくのではないかと。
また、イノベーションとは「付加価値を作ること」ですから、付加価値が向上したことを裏付けとする好循環が続いていけば、経済の持続的な成長にも繋がっていくと思います。
谷 付加価値をつくることが大切なのはもちろんですが、企業がつくった価値をちゃんと市場に「届ける」までをやり切るのが重要ですよね。世の中に新しい価値を普及させてこそイノベーションですから。
浅海さん まさに、その通りですね。より多くの中小企業からイノベーションが生まれることで需要と供給の循環が生まれる。そうすれば、東京一極集中ではなく、地域も含めて豊かな社会になる。日本全体で成長の軌道に乗っていけたらいいのかなと思っています。
執筆:乾 隼人
企画・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえん マーケティング・編集
写真:村上 大輔