
マクセル 先端技術の用途開発
アーティストと共創したプロトタイプを展示
Outline
既存の固定観念を疑い、新たな価値を再定義する
充電器や電極応用製品などの開発・製造販売を行うマクセル株式会社(以下、マクセル)は、2024年4月、京都・大山崎町に開設されたアート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(ATVK)内に、共創拠点「クセがあるスタジオ」(以下、クセスタ)をオープンしました。クセスタは、アーティストやエンジニア、フォロワー、オブザーバーなど多様なプレイヤーが交差し、これまで出会わなかった感性とテクノロジーを掛け合わせることで、新たな価値創出を目指す場です。

今回、新たな価値創出のテーマとして取り上げたのは用途開発中の「空中ディスプレイ | Advanced Floating Image Display」(以下、AFID)です。AFIDは、画面に触れることなく操作でき、映像が空中に浮かぶユーザーインターフェースです。スイッチやアイコンが空中に表示され、非接触で操作可能なため、医療現場の受付端末や銀行ATM、飲食店の注文端末など、不特定多数の人が利用する場所における衛生面の課題解決として注目されています。
一方で、用途開発は「現状の製品の延長線」で発想されることが多く、革新的な活用シーンや新たな価値を見出すのが難しいという課題がありました。
本プロジェクトでは、既存の延長線上にない用途を探るため、アーティストとエンジニアが対等に議論を重ねる「共創プロセス」を採用。ロフトワークは、プロジェクト運営からアーティスト選定、プロトタイプ制作、展示設計までを支援しました。
アーティストとのディスカッションは、AFIDの特性をいかに「体験として」可視化・表現するかを出発点に進行。試作と検証を繰り返しながら、新たな表現の可能性を探るべく、マクセルのエンジニアとアーティストが共に向き合いました。完成したアート作品は、クセスタで展示され、社内外に向けて公開。技術の価値を「見る・感じる・考える」体験として提示する展示は、AFIDの可能性をより多角的に捉え直す機会となり、社員への認知拡大や用途開発の起点としても有効に機能しました。
今回のAFIDプロジェクトは、クセスタが目指す「クセ=特性や偏り」を肯定し、そこから新たな価値を発掘する試みの第一歩となりました。アートとテクノロジーが交差するこの場から、マクセルの次なるプロジェクトがどのように展開していくのか。クセスタは今後も、“まだ見ぬ用途”の可能性を社会とともに模索していきます。
プロセスを伝えるストーリー動画
Output
展示「クセ探Vol.1 〜アーティスト2名によるAFIDの再解釈〜」
AFIDを題材に、2名のアーティストが異なるアプローチからその特性(クセ)と向き合い、再解釈を行った作品を発表。2025年2月~3月にクセスタで「クセ探Vol.1 〜アーティスト2名によるAFIDの再解釈〜」を実施。アーティスト2名による、AFIDを用いた作品展示を行いました。

「光のオブジェクト」
岡本 斗志貴 / Toshiki Okamoto
空中に“光”そのものを映し出すAFIDの特性を活かし、四角いフレームにとらわれない新たな映像体験を提示。展示空間を歩き、鑑賞者それぞれが視点を変えながら自由に感じ、考えることを重視した作品です。



「Empathetic being」
羽田光佐 / Misa Haneda
存在の不思議さや感情の揺らぎを、空中に浮かぶ像として可視化。人の有限性や日々の当たり前を見つめ直すために、1対1で静かに向き合える時間と空間を表現した作品。暗幕の中に入り体験することで没入感を感じられます。



Approach
プロトタイピングを通じて、アーティストとの協業を可能に
羽田光佐さんの作品展示においては、作品に込めたストーリーや完成度を本質的に体感するために、単に映像作品を視聴するだけでなく、作品が想定する空間そのものを用意することが重要だと考えました。アーティストが込めた意図や文脈といったコンテクストを深く理解するために、まずは展示したい空間を仮設的に再現し、プロジェクトメンバーに体験してもらうことからプロジェクトをスタートしました。
具体的には、マクセルの会議室にAFIDを数台設置し、部屋の照明を落とした状態で作品を投影。マクセル社員の目にはどう映るのか、どのような印象を受けるのかを検証する実験を実施しました。AFIDの特性を最大限に感じてもらうためには、1人ずつ体験してもらうのが最適と考え、順番に入室し鑑賞してもらう形式を取りました。
この体験を通じて、「一人で見ることで世界観への没入感が深まり、創造の意図がより理解できた」という声とともに、「複数人で見たほうが空中映像の不思議さを共有できて面白いかもしれない」といった別の視点も生まれました。こうした実験が、アーティストとマクセル社員の双方の意見を交差させる契機となり、展示のあり方に関する共創的な対話が進んでいきました。
一般的に企業とアーティストの協働では、「アートのことはよく分からない」「難しいからアーティストに任せます」として距離を置かれる場面もあります。しかし今回のプロジェクトでは、技術的な特性を熟知した社員の視点を基に、最適な展示の「見え方」や「見せ方」について、アーティストとともに模索するプロセスを歩むことができました。
動画でプロジェクトの文脈ごと伝え、社内外に認知を広げる
プロジェクト開始当初の課題のひとつに、「AFIDの価値を展示来場者に伝える」ことに加えて、「クセスタやAFIDそのものの社内認知がまだ十分ではない」という点がありました。そこで今回のプロジェクトでは、展示の記録として残すだけでなく、社内外に文脈ごと伝える手段として、参加アーティストそれぞれへのインタビューを含む動画を制作。動画では、アーティストだけでなく、マクセルの担当者やプロジェクトメンバーにも登場してもらい、プロジェクトへの想いやアーティストとの関わり、AFIDに対する考えなどを紹介しています。
撮影は、アーティストとマクセル社員の対話の場に、撮影監督であるシネマトグラファーも同席して行いました。プロジェクトを進める過程で、両者が直接意見を交わす機会が複数あったことから、そのリアルなコミュニケーションの様子も映像に収めることができました。
完成した動画は、展示開始に先立ちマクセル社内の社内報などで先行公開。これをきっかけに「展示を実際に見てみたい」「クセスタに行ってみたい」と思った社員が足を運ぶ姿も見られました。また、展示を訪れたマクセル社員の多くが、動画の中で語られるアーティストや社内メンバーの言葉に熱心に耳を傾けていたのも印象的でした。
参加アーティストの羽田光佐さん、岡本斗志貴さんの2名や、AFIDに関わるマクセル担当者のインタビューを4分弱の動画にまとめ、展示内やマクセル社内で放映。マクセル社内にもAFIDを活用したプロジェクトとして発信しています。
Process

Members
Credit
プロジェクト基本情報
クライアント:マクセル株式会社
プロジェクト期間:2024年11月〜2025年3月
体制
- 株式会社ロフトワーク
- プロジェクトマネジメント:笹島 啓久
- クリエイティブディレクション:加藤 あん、宇佐美 良
- プロデュース:小島 和人
- 制作パートナー
- アーティスト:岡本 斗志貴
- アーティスト:羽田 光佐
- グラフィックデザイン:有本 怜生
- ドキュメンタリー:齊藤 公太郎
- 写真:市橋 正太郎
執筆:野村 英之
企画・編集:横山 暁子(loftwork.com編集部)
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