家族のかたちをひろげ、まちのつながりを再編する
NTTデータと挑んだ、少子化への構造的アプローチ
Outline
選択の問題ではなく、構造の問題として、少子化を捉え直す。
日本が抱える大きな社会課題である「少子化」は、長らく晩婚化や価値観の変化などの個人の課題や、家庭の事情といった文脈から語られてきました。
しかし、それは本当に課題の本質と言えるのでしょうか?
若者世代が結婚・出産という選択を取らない背景には、経済格差、ジェンダーギャップ、働き方の問題、育児・教育に関する固定概念、地域とのつながりの希薄化など、多層的で複雑な要因が絡み合っています。つまり少子化問題に対しては、個人の選択の問題ではなく、「社会の構造的な課題」として捉え直すことから始めなければ、有効な解決策は見えてこないのかもしれません。
このような問いに向き合うべく、株式会社NTTデータ 社会DX&コンサルティング事業部とロフトワークは、「社会課題解決型 事業共創プログラム」の一環として少子化問題のリサーチプロジェクトを実施しました。
NTTデータ社会DX&コンサルティング事業部は、複数テーマでの新規事業の推進と、それを通じた社会的インパクトの創出を目指しています。なかでも少子化問題は推定される社会的インパクトが大きい一方で、様々なステークホルダーや社会的要因が絡み合い、事業として「どこから着手するべきかわからない」という課題感を抱えていました。
そこでプロジェクトチームは、個人の選択の問題とされがちなこの問題を、社会システムや文化の仕組みとして捉え直すことに挑戦。「システム思考」のフレームワークを活用し、文献調査やフィールドワーク、専門家インタビュー、ループ図の作成、共創ワークショップなどを重ねながら、少子化という現象の背後にある“構造”を可視化。そこから、「家族」「地域」「住まい」のあり方を再定義する新しい仮説と、具体的な事業の可能性を導き出していきました。
Challenge
私たちは「子どもを持たない理由」ではなく、「子どもを持ちたくても持てない構造」に向き合う必要があるのではないか。この発想の転換こそが、本プロジェクトの出発点でした。
少子化の背景には、いくつもの“見えづらい壁”が存在しています。
金銭的な不安、共働き中心の働き方、育児の負担が女性に偏りがちな文化、住宅の構造、保育・教育制度の硬直化。そして、「家族/子育てとはこうあるべき」といった社会全体の固定観念です。
たとえば、都市部は核家族が多くなり、物理的にも心理的にも育児に大切な他者とのコミュニケーションがとりづらくなっています。また、保育園の送り迎えや小学校のPTA運営など、子育てにおける保護者としての役割が、依然として“母親”中心となっているケースも少なくありません。
このように、育児や家庭の課題は、一見個人的な問題に見えて、実は「社会設計そのもの」の影響を強く受けています。
それをどうやって紐解いていけるかが、本プロジェクトにおける最大のチャレンジでした。
Process
私たちが採用したのは、少子化を単一の原因で見るのではなく、「どのような社会の仕組みや価値観が、少子化を再生産しているのか?」という複雑な構造を解き明かすための「システム思考」のフレームワークです。さらに、ロフトワークが得意とする「デザインリサーチ」と「オープンな場での仮説検証」を組み合わせることで、暗黙の前提や問題の構造を浮き彫りにし、効果的な事業アイデアを導きました。
具体的に、プロジェクトは大きく5つのポイントに分けて整理できます。
- システム思考による課題の構造化
過去の統計・文献をもとに、課題をシステム構造として把握。ループ図の作成により、関係性の中で再生産される問題を特定しました。 - 問いを深めるフィールドワーク・インタビュー
整理された課題を元に、子育て支援で特徴的な動きがみられる富山県舟橋村と奈良県生駒市を訪問。行政や民間のキーパーソンへのインタビューや施設見学を行い、視点を深めていきました。同時に一般社団法人レインボーフォスターケアへの有識者インタビューも実施しています。 - 問題解決に向けた仮説構築
「拡張する家族」「自治できるマチ(地域)」という2つの仮説を設定。子育てを血縁と家族単位から切り離すことで、社会全体が育む環境づくりを提案しました。 - イベント形式での仮説検証
仮説を元に、社内外の参加者と「理想の未来像」を共に描く場として、SHIBUYA QWSでトーク&ワークショップイベントを開催。住まいのシェア、コミュニティの形成、地域での学び合いといったアイデアが生まれました。 - 成果の整理と事業化検討
抽出された事業機会をもとに、NTTデータと今後の共創可能性を整理。住居・教育・働き方といった各テーマにおいて、サービス構想のたたきを作成しました。
今回のプロジェクトのように、システム思考と人類学的アプローチを取り入れたデザインリサーチの方法を用いて、社会的インパクトをもたらす構造を明らかにする「System Impact Lab」を支援サービスとしてご提案しています。
Insight
子育てを支える現場に赴き、課題構造の解像度を上げる
地域で子どもを育てるということの実感
舟橋村と生駒市で実施したフィールドワークでは、舟橋村の学童保育「Fork Toyama」や、生駒市の「チロル堂」「フリースクール和草」などを訪問。地域で実践されている多世代の多様な関わりによる子育て支援の現場に触れ、その価値を実感しました。
両地域で印象的だったのは、子育てを地域全体で支える文化が根づいていること。たとえば舟橋村では、月齢の近い子どもを持つ親同士を自然に引き合わせる仕組みや、地域の大人たちが日常的に子どもに関わる風景がみられました。また、生駒市のフリースクールでは、子どもが自由に意見を出し、自ら行動を決める場づくりが実践されており、親や学校に頼りすぎない「子ども中心」の文化が育まれていました。こうした事例から、血縁や家庭に閉じすぎず、地域ぐるみで子どもを育てる“新しい当たり前”が見えてきました。


システム思考による整理で、無意識の前提を見出す
社会課題の本質は、単一の原因ではなく、複数の要因が連鎖しながら再生産されている“構造”にあります。今回のプロジェクトでは、少子化の背景にある制度・価値観・生活習慣の複雑な関係性を「ループ図」によって可視化。誰かを責めるのではなく、社会全体が無意識に維持している前提(社会の構造や、人間のメンタルモデル)に気づくことで、初めて構造への介入点が見えてきました。

有識者や多様な人々との議論で仮説検証を行う
システム思考を通じて見えてきた「仮説」。これに対して私たちが実践したのは、その仮説を机上のものにとどめず、共創イベントというかたちで社会に開き、多様な関係者を招いて対話の場をつくってみることでした。仮説に対するリアクションを受け取り、その実装可能性を検証。そのプロセスで得られた共感や示唆が、新たな共創パートナーとの出会いを生み、プロジェクトの次なる展開の足がかりとなりました。
有識者との対話から見えた「家族」や「住まい」の再定義
イベントでは、有識者との対話のなかで、「家族」や「住まい」に対する前提を見直す視点が繰り返し登場しました。
シェアリングエコノミー協会代表理事/一般社団法人Cift 家族代表の石山アンジュさんは「相手を家族だと思って接すれば、多くの問題は解ける」と語り、血縁を超えたつながりの価値について言及。
また、「ひととわ不動産」を運営するHITOTOWA INC. 代表取締役の荒昌史さんは「集合住宅が地域に開くことで、自然な共助が生まれる」と、住まいの設計そのものを“関係性のインフラ”と捉える考え方を提唱しました。少子化を社会構造の問題として捉えるには、家族や住居の形を一度フラットにし、新たに編み直す視点が不可欠だという学びがありました。


ワークショップから生まれた、日常に根ざした共助のアイデア
イベント後半には、リサーチで見出した仮説を検証するために、「支えあう育児と住まいの未来」のアイデアを考えるためのワークショップを実施。企業や自治体、教育機関など、多様な参加者が集い、自身の暮らしの実感から多様な共助アイデアが生まれました。
たとえば、「住民がゆるやかにつながる集合住宅の共有スペース」「育児や学びをICTでゆるやかにシェアするサービス」など、理想論ではなく日常の延長としての共助が語られていたのが印象的です。特別な制度ではなく、「ちょっと助けあえる関係性」をどう生活の中に埋め込むか。その視点に、子育てと暮らしを“社会で支える”未来のリアルな輪郭がにじんでいました。
Outputs
見えてきた、事業アプローチの領域
本プロジェクトでは、リサーチと対話・共創のプロセスを通じて、少子化という社会課題への構造的なアプローチとして、2つの仮説にたどり着きました。
ひとつは、血縁や同居といった従来の枠にとらわれず、子育てや暮らしを“拡張家族”のような関係性で支えあう「拡張するイエ(家)」という仮説。もうひとつは、地域のつながりが自然に育まれ、住民同士が日常のなかで助け合える「自治できるマチ(地域)」という仮説です。
また、これらを事業として展開していくための方向性として、5つのアプローチが描かれました。共住・共助を実現するための仕組みやサービスの設計、多世代が交わり学びあえる場づくり、地域の関係性を育むコミュニティ形成の支援、シェアハウス向けの家具・家電やICTなど暮らしのハード面を支える製品提供、そして地域に根ざした新たな仕事や関わりしろの創出など。いずれも、“家族や地域のあり方を再編集する”という視点から生まれた、暮らしと共助を再構築するための具体的な事業機会です。

探究のプロセスを仕組みに落とし込む、ガイドラインの制作
また本プロジェクトでは、リサーチや事業仮説の検討と並行して、そのプロセス自体を「再現可能な仕組み」として整理・ガイドライン化しました。
現場で得られた知見や思考のフレームワークを今後の事業開発にも応用できるよう構造化したことで、このプロジェクトが一過性に終わらず、NTTデータにとっての共創型事業開発の基盤として活用可能になっています。実践と検証を通じて蓄積された方法論は、他領域の新規事業にも展開できる汎用性を持ち、今後の継続的な事業化検討を支える仕組みとして機能します。
Member
メンバーズボイス
“色んな人が色んなことを言う「少子化の原因」について、文献調査や実際の現場ヒアリングなど、とにかく短期間で大量のインプットを行い、それをループ図に落とし込むことで、自分たちとしての問題の構造化を図ることが出来ました。産業構造の変化、生き方・働き方の変化とともに家族観がこの百数十年で大きく変化していることが分かりました。
一方で原因は分かっても、このテーマは課題解決策を考えるのが非常に難しいということもよく分かりました。経済成長や文化・価値観など一朝一夕に解決できるようなものではないからです。
日本の少子化対策は30年遅いと言われますが、今からでも動かなければ社会は良くなりません。時間はかかるかもしれませんが、NTTデータとしても情報サービスの活用でこどもを産み・育てやすくなる社会の実現に貢献していきたいと思います。そしてこれだけ社会の課題として大きくなってくると我々以外にも同じように少子化をどうにかしなくては、という同志も現れてきています。彼らとともに新たなムーブメントを起こせるよう、これからも取組を継続していきます。”
株式会社NTTデータ 岡田 裕介さま
“今回の取り組みではシステム思考やループ図を使うことによって少子化という問題の構造を立体的に捉えることができました。少子化には現代の非常に多くの要因が絡んでいます。
同時にその背景を遡ると、当たり前のように多くの人が関わって子育てをしてきたという日本人の家族観や子育て観が、近代化に伴い変化せざるを得ない状況にあることも可視化することができました。そのことから、顕在化している問題の解決だけでなく、歴史を紐解き、良かった点を現代語訳していくことが、未来へ続く真の対策になると理解をしました。
NTTデータとして、子どもを「欲しい」と願う人々が安心して子どもを産み育てられる社会を実現するために、どのような社会構造があるべきなのか、それを支える仕組みは何なのかを、多くの関係者の方々と協力して継続して取り組んでいきたいと思います。”
株式会社NTTデータ 金子 泰之 さま
“「少子化」という複雑で大きすぎる問題に取り組む中で、問題解決の糸口をつかめずにいたわれわれにとって、システム思考とデザインリサーチは重要な武器となりました。
複雑な社会構造を作り出しているのは、他ならぬ自分自身であることを自覚すること。
育児や教育現場での実践者の声を直接聞き、変化の兆しをとらえること。
何より大事なことは、観察や分析だけにとどまらず、ビジョンを共有し、仲間を作っていくことです。
この活動を通じてつながった多様なステークホルダーの皆様とともに、一人ひとりがレバレッジポイントとなり、新たな事業アイデアをカタチにしていくことで、小さな変化を社会変化へとつなげることにチャレンジしていきます。”
株式会社NTTデータ 安徳 普至 さま
“システム思考で少子化を構造化して捉えることにより、プロジェクトメンバー間で課題に対する視座を高め、意識を合わせることができました。
そこで得た気づきから、「問い」を持ってフィールドワークに赴くことで、表面的な理解でなく、社会システムにどのような変化を起こしているのか、広く深く感じ取れたことは、大きな学びとなりました。
NTTデータが、少子化に対してどのようなアプローチをしていくかを考えることは重要です。ただ、まず課題に対して真摯に向き合い、各メンバーが少子化を自分事に捉えることが、新規事業を構想するための力の源になることを改めて認識することができました。
本プロジェクトで得られた、システム思考による構造化、問いの立て方、共創のアプローチなどの経験を、今後も新規事業の創出に活かしていきたいと思います。”
株式会社NTTデータ 上仲 俊輔さま
“本プロジェクトを通じて改めて実感したのは、議論を重ねて思考を深めるプロセスの重要性と、多様な視点を持ちながら現場に足を運ぶことの価値です。ロフトワークのネットワークを活用し、仮説を補強するヒントとなるフィールドワーク先や有識者との対話を重ねられたことは、非常に有益でした。これもひとえに、NTTデータ様の高いリサーチ力と共創への前向きな姿勢、そして積極的なご参加があったからこそ実現できた成果だと考えています。
固定観念や社会制度が相互に再生産される構造を明らかにし、「拡張家族」や「自治できる街」といった介入仮説を導き出せたことは、大きな前進です。今後は、これらの仮説に基づくビジョンをいかに社会実装へとつなげていくかが新たな挑戦となります。そのためにも、実行フェーズに向けたアクションを積み重ねていきたいと考えています。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 奥田 蓉子
“NTTデータ様との本プロジェクトは、「共創を前提とした新規事業をどう構想するか」というご相談から始まりました。数ある社会課題の中から、個人と社会の要因が複雑に絡み合う「少子化」というテーマに、その“構造”そのものにアプローチする「システム思考」を用いて挑むことになりました。記事中で紹介している通り、短期間でリサーチから構造分析、そして「ひろがる家族」というビジョンを掲げた共創イベントの開催まで一気通貫でご一緒できたことは、非常に有意義な挑戦でした。イベントで多様な方々と対話し、仮説が共感を呼ぶ瞬間を目にして、このアプローチの確かな手応えを感じました。
もちろん、新しいビジネスエコシステムを構築するという観点では、まだ道半ばです。このプロジェクトで生まれたつながりと事業の種を、今後はより長い視点で、多様なパートナーの皆様と共に社会実装していく。その未来の実現まで、引き続き伴走できればと思っています。”
株式会社ロフトワーク CPO 棚橋 弘季
Credit
プロジェクト基本情報
- クライアント:株式会社NTTデータ
- プロジェクト期間:2024年11月〜2025年3月
- 支援スコープ:文献調査、インタビュー調査、フィールドワーク(2ヶ所)、ループ図の作成/分析、変化の理論の作成、ヴィジョン策定、イベント企画・実施、事業アイデア創出、成果報告書作成、ガイドライン作成
体制
- 株式会社ロフトワーク
- プロジェクトマネジメント:奥田 蓉子
- クリエイティブディレクション:荻野 香凜
- プロデュース:棚橋 弘季
- 外部パートナー
- イラスト制作:野中 聡紀
- ガイドラインデザイン制作:trope. 平野 達郎
- イベント登壇ゲスト:
- 石山 アンジュ(シェアリングエコノミー協会代表理事 /一般社団法人Cift 家族代表)
- 荒 昌史(HITOTOWA INC. 代表取締役、自由学園 非常勤講師、学園町自治会 まちづくり担当委員)
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