
未来の学校施設の活用を“みんな”で考える。
文部科学省の共創プラットフォーム「CO-SHA Platform」の歩み
これからの時代にあった学びを実現するために、「学校空間」という学びの場はどうあるべきでしょうか?
変化する社会に応じて学びのあり方が更新されていく一方で、数十年の耐久性を持って建てられた「学校施設」の活用方法は変わりづらいのが現状です。急速なデジタル化が進み、内容もアップデートされ続ける現代の学校教育には、「施設の構造(ハード)と教育内容(ソフト)の間にギャップが生じる」という大きな課題が存在しています。
そこで文部科学省はロフトワークの支援のもと、「CO-SHA Platform」プロジェクト(以下、CO-SHA)を立ち上げました。学校の教職員や、学校を建てたり管理する自治体の担当者(学校設置者)がより自由度高く、かつ自律的に施設整備・活用に取り組めるよう、これまで全国各地で蓄積されてきた経験や知見をオープンに共有し合い、新たな協働を支える仕組みとネットワークを構築する取り組みです。
プロジェクトの背景には、日本の学校教育をめぐるどんな課題があったのか。そして、「文科省の事業としては前例がない」というCO-SHAのユニークな活動が、3年間の活動を通じて学校関係者や社会にどんな価値を生み出したのか。
それらを明らかにするため、本プロジェクトに携わった、文部科学省の永野 和大さん、五十嵐 俊祐さん、アドバイザーとして参画された倉斗 綾子さんと、プロジェクトを支援したロフトワーク LAYOUT のリーダーである松井 創の4名による座談会を行いました。
話した人

※所属・役職は取材時点のもの
文部科学省 五十嵐 俊祐さん 「CO-SHA Platform」プロジェクトの2022-23年度担当者。プロジェクトの立ち上げに尽力し、後任の永野さんへ業務を引き継ぎ。現在は別の部署に移り、学校教育に関する政策立案に携わる。(写真中央左)
文部科学省 永野 和大さん 「CO-SHA Platform」プロジェクトの2024-25年度担当者。前任の五十嵐さんとは入庁1年目からの先輩・後輩の関係。プロジェクトへの熱意も受け継いだ。(写真中央右)
アドバイザー 倉斗 綾子さん 「CO-SHA Platform」プロジェクトのアドバイザー。千葉工業大学 創造工学部 デザイン科学科 教授。小学校の建築計画研究のほか、「子育ち」の環境づくり、教職員の働く環境づくりのためのワークショップなど対話型設計プロセスの実践に取り組む。(写真左端)
ロフトワーク 松井 創 ロフトワークのプロデューサー。「CO-SHA Platform」プロジェクトを担当するLAYOUTのリーダーを務める(写真右端)Profile
学校空間が抱える、「ハード」と「ソフト」のギャップという課題
──「CO-SHA Platform」の立ち上げの背景には、学校教育における社会的な課題があったんですよね。どのような課題を抱えていたか、お聞かせいただけますか。

文部科学省 永野 和大さん(以下、永野さん) 我々がまず考えていたのは、学校施設や設備といったハード面と、教育内容をはじめとしたソフト面との間に乖離があるということでした。教育内容がどんどんアップデートされる中で、学校施設の建て替えは早くても数十年に一度。教育内容の変化に“箱”が追いついていないことが問題なのではという仮説がありました。
──具体的には、どのような乖離があったのでしょう?
文部科学省 五十嵐 俊祐さん(以下、五十嵐さん) 文部科学省では今後、探求や実践を中心とした授業を導入していく想定です。たとえば、子どもたちがいくつかのグループに分かれてお互いに教え合いながら学習を進めたり、壁一面をホワイトボードにして自由研究発表をしたりというような。
一方で、現状の教室の多くは前方に黒板があって、その前に先生が立って、生徒が机を並べて同じ方向を向いていますよね。この教室の形って、生徒全員が同じ内容を学ぶには適しているけれど、先ほど話したようなこれからの“研究”や“探求”の学び方には、あまり向いていないのではないかと。
──空間としての特徴が、現代の新しい学びにとっては最適ではないと。
永野さん 学校の図書館も、これまでは建物の端に配置されるケースが多かったのですが、最近では「ラーニングコモンズ(知の集積場)」や「メディアセンター」のような位置づけで捉えられ、むしろ人が行き交う学校の中央に配置しようという発想も出てきています。教室以外の場所でも「ハード」と「ソフト」のギャップが生まれているのを感じます。
五十嵐さん 文部科学省では、令和4年に「新しい時代の学びを実現する学校施設のあり方」をテーマにした有識者会議が行われました。その会議でも、ICTの積極的な導入や「閉じられた空間ではなく、学校全体で学びを展開できるような空間が必要だ」という意見など、さまざまな提案がされていたんです。

五十嵐さん 本来は、教育思想の変化に合わせて建築が変わっていくべきですよね。ただ、学習指導要領の改訂は10年に1度で、教育内容は3~5年で古びてしまうこともあるのに対して、建築物は長ければ100年使うことが前提とされています。変化のスパンが大きく異なるので、ハードとソフトの乖離が生じてしまうのは避けられない面もあります。
しかも、抱えている課題は学校ごと・施設ごとに異なってくる。個別の課題に対応するためにも、実際に校舎を活用している先生方や学校に通っている子どもたちの意見をどう学校運営に反映させていけば良いのか、文部科学省としても考え続けていました。

五十嵐さん ただ、学校現場に近い教育委員会の方々の中には、「何から手をつけたら良いかわからない」「ノウハウがない」「専門の職員が足りない」など、具体的にどのようなアクションを起こせば良いかがわからないと戸惑う方も少なくないんです。そこで、文部科学省が全国の学校設置者を支援するとしたら、どんな支援が必要なのかを考えていました。
共有と共創のプラットフォームで、個別の課題にアプローチする
──プロジェクト立ち上げの背景には、学校空間に関する課題があったんですね。「CO-SHA Platform」とは、どのような活動だったのでしょうか。

ロフトワーク 松井(以下、松井) 「CO-SHA Platform」プロジェクトは未来の学校施設の整備や活用を進めるために、主に小中学校の学校設置者や教職員の皆さんに向けてつくったプラットフォームです。オンラインとオフラインで知見を共有し、共創する場づくりを目指してきました。
具体的な活動としては、イベントの開催やそれらを通じたコミュニティづくりのほか、各校の取り組みを紹介する「新たな学校づくりのアイデア集」、学校施設の設備や活用に関する専門家に相談できる「無料相談窓口」などがあります。
CO-SHAの活動内容
──こうした支援を実際に行っていく上で、ロフトワークとしてはどのようなアプローチや考え方が必要だと感じましたか?
松井 「CO-SHA Platform」は、これまで学校の運営や設置に携わってこられた方々に限らず、教育委員会、民間の有識者、文部科学省といったより幅広い立場の方々にもできるだけ関わってもらうことを意識しました。アドバイザーである、倉斗先生もその一人です。
また、それだけではなく、「学校関係者」とそれ以外の人たちの間には見えない“壁”があるのを感じたので、そこに小さな穴を開けて、“学校とは関係なさそうだけど、つながると良い影響が生まれそうな人たち”を巻き込むことが「学校関係者」の外にいるロフトワークの役割だと考えたんです。

松井 それに、ハードとソフトの乖離以上に「学校と社会との乖離」もあるのではないかと感じていました。自分の子どもも小学校に通っているのですが、その学校の先生のお話のなかで、「なぜ学校に通わないといけないと思いますか?」という子どもの疑問に、「社会の中に入っていくための準備の場所だから」と答えられていて。
「なるほどな」と思いました。勉強しにいくためだけじゃなく、社会人としての準備の場所だと考えれば、現代の社会にある働き方や学び方が学校にも反映されているほうがいいと思ったんです。もっと言えば、卒業した子どもたちが社会人になる10年、20年後の未来の働き方を想像した、先端的な場が学校にはあるべきではないかと。
とはいえ、急に全ての学校は変えられないということもわかっています。「今の社会がこうだから、学校もこうしたい」というアイデアを出したり共創したりすることが、CO-SHAの目的なんじゃないかと思います。
そうした意味でも、社会にいるさまざまな人を巻き込むことの意義はあると思いました。
──学校関係者以外の人を巻き込むことによって、具体的にどのような化学反応が起きたのでしょうか?
松井 1回目のオフラインミートアップをしたときは、いわゆる「学校関係者」以外にも、学校や教育にまつわる取り組みに関わっている方や、関わりたいと思っている方々も参加してくれました。
当日のワークショップでは、それぞれの立場を公にせずに意見を出し合うことにチャレンジしました。不安もあったのですが、蓋を開けてみたらかなり活発な議論をしてくださっていましたね。立場に関係なく持っている課題感が共通していたり、むしろ学校関係者以外の方のアイデアにブレークスルーがあったりしたことが印象的でした。
ただ、オフラインのミートアップはどうしても東京での開催になってしまう。東京近郊以外の方をいかに巻き込むかが課題になっていたときに、倉斗先生がオンラインワークショップを提案してくださいました。

倉斗さん “学校をより良くしていきたいと考えている当事者たち”のネットワークを全国に作って、「みんなで一緒にやれば怖くないよね」という空気を醸成したかったんです。
五十嵐さん ミートアップは平日の放課後に開催することが多いので、オンラインじゃないと参加できない全国各地の学校関係者が参加できたのは意義深いですよね。
倉斗さん 先生や教育委員会の方は自分が勤めている自治体や、異動する可能性のある学校を見る機会があるのですが、他県の学校については全く知らないことが多いんですよね。
たとえば、「職員室は1階になくてはならない」と思っている自治体もあれば、そうじゃない自治体もある。オンラインで他の自治体と交流すると、「それはありなんだ!」という気づきが生まれるんです。専門家が同席しなかったとしても、得られるものは大きいと思います。

倉斗さん また、オンラインによって間口が広がれば、より多様な立場の人が参加できるようになるかもしれません。カーペットや内装建材のメーカーや、家具メーカー、文具メーカーなどの民間企業を巻き込める可能性もありますよね。
メーカーは新しいサンプルを使ってくれる学校施設を探していることがあり、学校としても予算がない中で、無料でサンプルを使用できるのは助かる。これまで接点を持ちにくかった両者をつなげることには、大きな可能性があると思います。
3年間の「CO-SHA Platform」プロジェクトが生み出した4つの価値
1.“リアルな学校”の様子を届ける
──3年間の伴走支援に携わられた今、「CO-SHA Platform」はどのような価値を生みだしたと思いますか?

倉斗さん まずは学校の先生や子どもたちが楽しそうにしている様子が、外の人に発信できたことだと思います。
最近の学校に関する話題は「教員の働き方改革」や「不登校児童生徒の増加」など、ネガティブな側面で語られることが多いですよね。
これまでは学校の様子を見たくても見れない状況だったために、そうしたイメージばかりが広まっていましたが「CO-SHA Platform」は“学校に関係ない人”でもリアルな学校の様子を垣間見れる機会になっています。

倉斗さん それに、従来のメディアでは“すごい学校”や“頑張っている学校”という成功事例ばかりが取り上げられがちですが「CO-SHA Platform」ではまだ一歩は踏み出せていないけれど、“これから頑張りたいと思っている学校”についても知ることができるんです。仲間を見つける方法としても機能していますよね。
松井 うまくいったことだけでなく、失敗したこともシェアされているので、チャレンジのハードルが下がりますよね。
五十嵐さん CO-SHAのプロジェクトを立ち上げるときに行った説明会でも「このプロジェクトは失敗してもいいです」と思い切って伝えました。
倉斗さん でも、びっくりされていましたよね。「失敗していいの!?」って。
永野さん もちろんうまくいくことを目指したいですが、我々としてはとにかく次に生かす知見がほしいんです。成功も失敗も含めて、学校同士の知見を共有したかった。
倉斗さん 「CO-SHA Platform」を立ち上げるきっかけになった「新しい時代の学びを実現する学校施設のあり方」に関する報告書が出たときも、学校関係者の方から「学校をこう活用していいと書いてありますけど、これ、本当にやっていいんですか?」と確認されることが多くて。今回のプロジェクトでは「本当にやっていいんだよ」という空気が醸成されたと感じました。
永野さん 学校施設を考えるのって、これまで教育委員会や自治体の施設担当者が考えることだとされてきましたからね。イベントを通して、教職員の方々からも「これ、我々も考えていいんですか?」という声を聞くことができたのは、大きかったと思います。
2.空間づくりに、家具という新たなアプローチを見出す
五十嵐さん それから「CO-SHA Platform」の担当になってから一番驚いたのが、学校をより良く使うための家具に関して、踏み込んだプロジェクトが展開されていたことです。
実際にプロジェクトの現場を見させていただいたときに、多目的スペースとして使われていた何もない部屋が、マットや机を買ってレイアウトするだけで子どもたちが集まるような場所になっていたんです。

倉斗さん 学校現場に関わる先生方と話すと、「与えられた形をそのまま使わなければならない」と考える真面目な方が多い印象があります。
一方で、自分たちが暮らす家では、家族の増減に合わせて家具やレイアウトを変えたりして、場所を使いこなしていきますもんね。CO-SHAのプロジェクトからは、そうした「中をいじることで生まれる楽しさと可能性」みたいなものを感じることができましたね。

永野さん 教育環境づくりには部屋だけでなく、家具も含めた「中身をどう使っていくか」の視点が大切なんだなと。プロの設計者からすれば当然だという話なんでしょうけど、地方の教育委員会にとっても「家具でここまで変えられるんだ」という認識は新鮮だったんじゃないかな。
五十嵐さん 家具の導入には工事費もかかりませんし、各学校が抱える個別の課題にも対応しやすいですよね。
3.「子どもを主語にした学校作り」の実現

松井 先ほども登場した、『CO-SHAソウゾウプロジェクト』に採択された学校の1つ、神奈川県・横浜にある日枝小学校では、特別なサポートが必要な子どもたちが主体となって家具を買ったり手を動かしたりして、自分たちにとって心地の良い場所を作りました。「暗いと安心できるから屋根があったほうがいい」という意見から「タープ」で屋根を作るなど施設の工事では解決できない事例でした。
学校の課題に対して文部科学省が施策を考案し、自治体の人たちの検討を待っていたとしら、彼らはおそらく卒業してしまっていましたよね。子どもたちが主体となって動くからこそ実現したスピード感も、「CO-SHA Platform」がもたらした価値の一つだと感じました。
倉斗さん 特別なサポートが必要な子どもたちが作った場所を、他のクラスの子たちが羨ましがって、一般学級にも展開していたことも良かったですね。リラックスできる場所は、サポートが必要な子どもたちだけでなく、みんなにとって必要な場所なんだとわかりました。
五十嵐さん 我々が学校施設について考えたら「リラックスをするためにこういうものがあるといい」という発想は生まれ得なかったと思います。
倉斗さん 「安全に過ごしてほしい」とか「危なくないように」という、大人が考える“子どものため”は、ときに真逆の結果を招いていることもありますよね。「子どもを主語にした学校作り」を掲げている学校は多いのですが、本当に主語にするなら子どもに意見を聞くべきだなとよく思います。
4.行政のプロジェクトに取り入れられた、“楽しさの演出”

五十嵐さん ワークショップで先生と子どもたちが本当に楽しそうに意見を出し合っていたことも印象的でした。こうした“楽しさの演出”は国の事業だとなかなか実現できなかったと思います。
倉斗さん 文部科学省が開催するイベントはどうしても、“真面目な勉強の会議”という感じになってしまいがちですもんね。
五十嵐さん 「みんなが心地よく使える空間を作ろう」という話題になると、検討している先生や子どもたちも、やっぱりすごくイキイキとその空間について考えてくれますし、形にしていく過程をみていても、本当に楽しそうなんですよね。本当にいい切り口だったなと。

永野さん 「CO-SHA」というネーミングやアイコンの力も感じました。我々はこれまで重要視してこなかった部分だったのですが、人が集まる場所を作るうえではそれこそが重要なんだなと認識して。
松井 そう言ってもらえて良かったです。「CO-SHA」の名前の由来は、共創を意味する「CO-creation」とアイデアをシェアする 「SHAring ideas)」と「校舎」をかけ合わせて生まれた、言ってしまえばダジャレのようなネーミングなんですが(笑)。その分、親しみやすい名前になったかなと思います。
五十嵐さん 文部科学省では、正式名称以外の通称があること自体が珍しいですよね。名前の力ってあるんだな、って感じました。
倉斗さん わたしのスマホやパソコンは、もう「こーしゃ」って打つとすぐ「CO-SHA」に変換されるようになりました!

松井 やっぱり愛される言葉があると、人が集まりやすくなりますよね。
永野さん 今では「CO-SHA」という名前がないと、この事業は立ち行かないという感覚にまでなってきています。「こんな攻めた企画を文部科学省がやるんですね」と言っていただくことが多いのも、いい意味で文部科学省らしからぬデザインのおかげですね。
次の課題は、いかに“普通の学校”に届けるか
──CO-SHA Platformを通じて、学校施設のさまざまな可能性を開いてきたように感じます。施策だけでなく、学校への関わりしろという意味でも。
倉斗さん 「無料相談窓口」を設けたことで、学校関係者の方とアドバイザーの方をつなげたのもよかったですよね。アドバイザーの方は実績のある方ばかりなのですが、専門の学会誌や建築雑誌で掲載されていても現場にはなかなか届かないので。
アドバイザーの方々も専門誌で先進的な学校設備の事例は勉強されていても、いわゆる”普通の学校”と関わる機会は限られています。そういった意味でも学校が社会に向くことと同じくらい、社会を巻き込んで社会に見てもらうのもすごく大事だなと。
五十嵐さん 現状を何とかしたいと考えている学校関係者の方にも、徐々に広がってきているのを感じますね。現在は学校施設のあり方に関する政策を作る部署にいるのですが、「CO-SHA Platfrom」の実践は、これからの学校施設を考えるうえで活かせる事例がたくさんあったなと感じています。
松井 次の課題は、”普通の学校”にいかに届けるかですね。このプロジェクトを通じて、特にやる気のある学校の取り組みを支援してきましたが、全国にある約2万8000件の公立小中学校には、まだまだ届ききっていません。
関わっている学校を「もっと良くしたい」と思っていて、ただやり方がわからない人もいれば、「より良くできる」という想像がついていない人もいると思います。そうした人たちこそ届けるべき本丸なので、彼らに向けてアプローチする方法を考えていきたいですね。

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執筆:佐々木 ののか
聞き手・編集:乾 隼人
スチール撮影:村上大輔
企画・編集サポート:田辺 真琴, 守屋 あゆ佳