国立大学法人お茶の水女子大学 PROJECT

対話型学習で企業のダイバーシティ理解を促進
お茶の水女子大学 産学連携プログラム

なぜ、ビジネスの場にダイバーシティが必要なのか?

今、多くの組織で女性リーダーの登用や制度改革といった、女性活躍推進の取り組みが行われています。内閣府男女共同参画局は、行政機関や民間組織における女性の役職登用の目標値を提示していますが、「目標値を達成すること」を重視した改革が行き詰まりを見せるケースも少なくないようです。

お茶の水女子大学が産学連携の取り組みとして開催している「女性活躍推進連携講座」にも、企業で試行錯誤する担当者の方々が多く集まっています。

2020年度の本講座において、ロフトワークは全6回のワークショップを担当。パートナーに、ダイバーシティを推進する若手リーダーとして存在感を発揮している、株式会社TIEWA 合田文さんを迎えて共にワークショップを設計・運営しました。そこで目指したのは、女性活躍推進をより広い視点——ダイバーシティの視点から捉え直すこと。そして、誰もがフラットに対話ができる場の創出でした。

なぜ、女性活躍推進にダイバーシティの視点が必要なのか。フラットな対話が組織にどう作用するのか。今回、ワークショップの実施意義を改めて問い直すために、講座を開催したお茶の水女子大学とロフトワーク、合田さん、そして、講座に参加した企業の担当者の方々と共に、6回に渡った講座を振り返りました。

執筆:中嶋 希実
写真:中込 涼
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)

話した人

左から、(敬称略)
小林 誠(こばやし・まこと)/お茶の水女子大学 副理事(社学協奏担当) 、基幹研究院 人間科学系 教授
岩倉 慧(いわくら・けい)/株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター
合田 文(ごうだ・あや)/株式会社TIEWA 代表取締役
後藤 明子(ごとう・あきこ)/エスビー食品株式会社 SDGs推進チーム ダイバーシティ担当マネージャー
角田 彩乃(つのだ・あやの)/株式会社ブリヂストン DE&I・組織開発部 課長

マイノリティとマジョリティ、両側の視点から

ロフトワーク 岩倉(以下、岩倉) 今日はよろしくお願いします。まずは小林先生から、改めて、本講座を開催した背景についてお話いただけますか。

お茶の水女子大学 小林先生(以下、小林) お茶の水女子大学では、リーダーシップを発揮できる女性を世に出すということをミッションに掲げて、さまざまなことを行っています。本講座は産学共創の取り組みのひとつで、20社ほどの企業、そしてジェンダー論を研究している学生たちと男女共同参画について議論する場をつくろうということで始まりました。

ロフトワーク 岩倉(左)と、TIEWA 合田さん(右)

岩倉 男女共同参画については、男女雇用機会均等法が施行された頃から50年近く続いている問題ですよね。もう課題は出尽くしていると言われる中で、どうやったらもっと視野を広げられるのか。そこで今回、講座のワークショップの設計と運営を担当させていただくにあたり、ワークショップのテーマに「ダイバーシティ」を据えました。

女性活躍の問題は、女性は当事者であるがゆえに俯瞰的に捉えづらい。でも、ダイバーシティという視点に立てば、マジョリティの立場からも問題を捉え直せるのではないか。そこで、この領域で活躍されているTIEWAの合田さんとともに企画を練っていきました。

TIEWA 合田さん(以下、合田) 私たちが生きている社会には根深い構造があるということを、一つの問題だけではなく複数の視点から繰り返し伝え続けたのが、今回のワークショップの試みでしたね。

岩倉 ワークショップは全部で6回でしたが、私個人としては、対面の授業で行った第一回目がとても意義深かったと感じています。発達障害を抱えるぴーちゃんさんと、韓国・アメリカ・日本という3つのバックグラウンドを持つ髙恒奈さんから、自身の体験談を語ってもらいました。

マイノリティ当事者の体験談によるインプットトーク

ブリヂストン 角田さん(以下、角田) お二人の口から直接体験談を聞かせてもらえて、「マイノリティの人たちは、こんなふうに感じているんだ」という共通理解ができました。

エスビー食品 後藤さん(以下、後藤) 私も、第一回目のワークショップがすごく印象に残っています。人はついラベリングしてしまうという話があって、自分も他人を決めつけないようにしようと思ってきたものの、「本当にできているのか」と考え直しました。今は、人とコミュニケーションをするときに、「私はこの人の100%を知らないんだ」ということを思い出すようにしています。

小林 参加した方の中には、その後のグループワークで自身の体験談を織り交ぜて感想を話す人もいて、立場を越えてその人の「人間」が表出したな、という感じがしましたね。

岩倉 学生も、企業に所属する人も、一個人として知らなかったことをお互いに学んでいくんだという姿勢を確認できましたよね。互いに異なる立場・異なるものの見方をする人たち同士がフラットに対話するための「場」を作ることも、今回のワークショップの重要なテーマでした。

無意識の攻撃性を発していないか

小林 大学や企業は、どうしても同質的な側面があるんですよ。割と一定の社会階層や所属から来ていることが多い。本当は、もっと多様な人々とダイバーシティについて議論する必要があると思っています。例えばジェンダーの問題だけで括ろうとすると、宗教や人種など、他のグループの問題を見落としてしまうという問題が出てくるんです。

合田 自分が女性だったとして、「女性の貧困」や「セクシュアルマイノリティ」といった問題を捉えるときに、「自分はここではマイノリティだけれど、一方でマジョリティになる部分もある」ということを認識するのは、すごく大切なことだと思います。

小林 インターセクショナリティといって、人種や性別、性的指向、国籍や障がいなど複数の要因が交差することによって、マイノリティでもさらに周縁化されてしまう人々がいる。海外では、個々の問題について捉えながら支援していこうという流れが生まれていますね。

お茶の水女子大学 小林先生

合田 自分たちが生きるなかで、無意識の偏見でマイクロアグレッション*していないか。つまり、自分から他者に向けて小さな攻撃性を発していないか。悪気のあるコミュニケーションじゃないけれど、ないものにされている人がいる。今回のワークショップは、そういうところまで読み取ってくれたらいいなと思いながら組み立てていきました。

角田 今回の講座では、さまざまなマイノリティの方の具体的なエピソードを通じてマイノリティ性とは何かを多角的に捉えられました。そのおかげで、グループディスカッションの中で「自分がマジョリティ側になったときにどうするか」「どんな思いやりが必要か」という話題で盛り上がれたのだと思います。

* マイクロアグレッション:意図的か否かにかかわらず、日常のなかの言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや否定な態度、相手を傷つけること。1970年代に精神科医でのチェスター・ピアス氏によって提唱された。

講座では、合田さんが編集長をつとめる漫画メディア「パレットーク」のコンテンツを使用。第三者からはなかなか理解することが難しいLGBTQ+を取り巻く差別の状況を理解するのに役立ちました。

セーフティゾーンの必要性

岩倉 ワークショップを行う際、毎回しつこいくらいに「ここはセーフティゾーンです」という声かけをしてきました。自分がなにか発言しても、誰かに咎められたり傷つけられたりしない環境をつくらないと、主体的に話せなくなるんですよね。

後藤 「この場は自由に発言していい」と言ってもらえたことは、私のなかで大きな体験でした。本当に遠慮なく思ったことを話してしまって、少し言いすぎてしまったかもしれないくらい。

角田 何を言っても否定されないという安心感がありましたね。会社を通して参加しているものの、個人としての考えも発言しやすかったです。

ブリヂストン 角田さん

小林 違いを認め合うことは大切なことですが、ダイバーシティをどこまで許容し、包摂できるかという問題もありますよね。ときに、批判的な人たちの意見に耳を傾ける必要もあります。今回の講座の中ではそれほど激しいコンフリクトはありませんでしたが、例えば、会社のなかで議論しているときに対立が生まれることはありませんか。

合田 同じ会社やチームの中での対立は、向かいたい方向が違うから起きるものだと思うんです。同じゴールを見ている上で意見が食い違うのは、真っ当なことだと思っていて。

だから、弊社では全部がセーフティゾーンであるということをモットーとしています。その上で、どれだけ自由に議論できるか。男性が言ったから正しそうとか、若手の発言だから違うんじゃないかと決めつけません。セーフティゾーンのなかで自由に発言できることは、ダイバーシティの醍醐味だと思っています。

後藤 会議で淡々と報告が進み、意見を求めてもシーンと静かになってしまうと寂しいですよね。今回のワークショップに参加してから、会議や打ち合わせなどでは、出来る限り全員が発言しやすい雰囲気づくりをするように心がけています。例えば、議題に入る前に「チェックイン」という何気ない日常会話ができる時間を設けたり、話しづらそうな人に「好きなことを言っていいよ」と声をかけたり。

角田 ロフトワークの方が、毎回セーフティゾーンについてアナウンスしてくださったように、いい場づくりをするためには最初の雰囲気づくりがとても大切ですよね。

小林 今回のワークショップをロフトワークさんにお願いした背景には、「ファシリテーションのプロ」ということもあったんです。実際、講座を見ていてファシリテーションの大切さを実感できました。

岩倉 そうダイレクトに言われてしまうと、背筋が伸びる思いですね(笑)。

小林 僕はグローバルリーダーシップを専門に研究しているのですが、リーダーシップというとどうしても強さというか、人々を引っ張っていく力が求められます。でも、ダイバーシティを重視した組織で議論を高めるときには、ファシリテーションによって下から持ち上げる形で議論をつくっていったほうが、生産的なのかもしれません。最近では、リーダーシップよりもファシリテーションの方がおもしろいんじゃないかとすら感じています。

合田 誰も取り残さないためのファシリテーション、めちゃくちゃ大事です。インクルーシブな場をリードする役割は、仕事で議論をする上でも、日常生活のなかでも大切になってくると思っています。

ダイバーシティの目的はイノベーション

岩倉 合田さんと話をしていて、私が個人的に一番印象的だったのが、「ダイバーシティの目的の一つはビジネス成果だ」ということでした。講座でも一番初めに、「せっかくコストをかけて採用した人が、マイノリティであるが故に周囲に偏見の目で見られたり、生きづらさを感じたりして辞めちゃったら、もったいないじゃないですか」と言ってましたよね。

合田 そうなんです。「マイノリティの人がいるから、受け入れる仕組みや制度が必要」ということだけではなく、強い組織をつくり、成果を出していくために社員一人ひとりのエンゲージメントを高める必要がある。そのためのダイバーシティだと思うんです。会社が一人ひとりの尊厳を守ること、人権を守れる居場所であるというのは、その人が「辞めないでいてくれること」にもつながります。決して「福祉的な目的」だけじゃないと、もっと伝えていきたいです。

角田 確かに。ダイバーシティを促進する部署がある意義にも関わってくるところですね。

岩倉 ダイバーシティって、エモーショナルな視点で語られることが多いですよね。もちろんそれも大切なんですけど、なぜ企業がダイバーシティ&インクルージョンを推進するべきなのか、その必要性をロジカルに語れなければ、ビジネスの世界ではなかなか続いていきませんよね。

合田 イノベーションを生み出すには、社員一人ひとりが主体的に自分の考えを伝え合いながら、力を発揮していく必要があります。そのためには、会社が社員全員にとってセーフスペースでなければならない。ここで、会社がダイバーシティに対応できるかどうかが肝になるんです。

今、日本では多くの企業がイノベーションを実現できていないという現状がありますが、ダイバーシティを実現することはイノベーション、すなわち成果に繋がります。これを、企業がどれだけ意識できるかが重要だと思います。

対話し、学び、考えつづけること

小林 講座を終えて参加していた学生にアンケートをとったところ、企業の男性の意見も聞きたかったという意見がありました。確かに、講座の参加者は女性が圧倒的に多かったですよね。

岩倉 ワークショップのなかで、「女性だけで話していても解決につながらない」という話になることも度々ありました。

小林 ダイバーシティ推進部のような部署では、女性の担当者が多い印象ですが。

角田 そうですね。女性がやるべき、という思い込みが根強いのだと感じます。「女性の問題は、女性が解決してね」のような、他人事みたいな雰囲気があるのは課題ですね。

後藤 企業も変化しつつありますが、「営業は男性」「サポートは女性」など、役割に対する思い込みのようなものも感じます。ワークショップのなかでは「幼い頃から植え付けられてきたジェンダーロールへの思い込みがある」という話題も出ていました。

エスビー食品 後藤さん

岩倉 無意識にラベリングしてしまったり、カテゴライズしてしまうという「思考の癖」がダイバーシティへの理解を妨げているという視点は、講座のなかでも繰り返し伝えてきましたね。

角田 都心で働いていても「まだまだ」と感じていますが、地方ではさらにジェンダーやダイバーシティに対する考え方が浸透していないと聞くことも。もっと変えていかないと、国が目標にしているレベルには到底届かないだろうと思います。

合田 「女性活躍やダイバーシティを推進したいけど」と言いながらもリーダーは全員男性、という企業はまだまだ多いです。「女性側から(リーダーが)上がってこないんだよ」とも言われますが、これは社会構造の問題。女性が家事や育児を担う役割と強く結びつきすぎているし、男性は男性同士で同じようなスピード感で仕事を進めたい。でも、5年、10年先を見据えた場合、そのままでは難しいんです。

岩倉 そもそも、常識とされていることから入れ替えていく必要がありますね。

合田 そうですね。ダイバーシティの考え方を理解するには「これをやればOK」という解答はないので、考え続けることが大切。今回の講座を通じて、参加した学生や企業の皆さんにそのことを実感できる機会を提供できたんじゃないかと思います。私自身も、とても勉強になりました。

座談会は、お茶の水女子大学の国際交流留学生プラザにて行いました。同施設に展示されている、日比野克彦さんのアート作品の前で。
作品の中の白いタイルに思い思いのメッセージを書きました。
岩倉はやはり、“KEEP THE SAFETY ZONE.”

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