総合地球環境学研究所 PROJECT

研究者とクリエイターが共創し、目に見えない存在を知覚する
「Sense of the Unseen Vol.1 怪談と窒素」インタビュー

2024年9月10日から9月14日までの5日間、「怪談」と「窒素」を題材 とした展示「Sense of the Unseen Vol.1 怪談と窒素」が、FabCafe Kyotoにて開催されました。怪談師、サウンドアーティスト、そして水と蒸留をコンセプトとするカクテルスタンドという、異色の組み合わせによる作品群が並んだこの展示は、研究者とアーティストとのコラボレーションにより、目には見えない存在を知覚するきっかけをつくる「Sense of the Unseen」プロジェクトの第一弾として展開したものです。

地球温暖化や大気・水質汚染の原因にもなる「窒素問題」をテーマに、3組のクリエイターが作品制作に取り組んだ本プロジェクトは、地球環境問題の解決に向けて文理融合・超学際的な研究に取り組む「総合地球環境学研究所」(以下、地球研)とロフトワークの共創によって実現しました。展示を終えた現在も、AWRDプラットフォームを活用し、様々なクリエイターが参加することができるオープンアーカイブスプロジェクトとして継続しています(『Sense of the Unseen vol.1 怪談と窒素』オープンアーカイブス)。

今回、地球研・教授の林健太郎さんとゲストアーティストとして参加した佐野風史さんをお招きし、ロフトワークプロデューサーの山田富久美とともに、作品制作のプロセスを振り返る座談会を実施。「怪談と窒素」展の開催にいたるまでの過程を辿りながら、参加クリエイターとともに「窒素問題」について議論し続ける、オープンな場としてのプロジェクトの展望を語り合いました。

プロジェクトの概要を紹介する記事はこちら

画像:展示「怪談と窒素」の会場を捉えた写真。モニターに展示のメインビジュアルが表示され、各展示物が会場内に展示されている全体像が撮られている。

企画展示「Sense of the Unseen Vol.1 怪談と窒素」ができるまでのプロセスや、プロジェクト実践のポイントをまとめた記事も公開中です。

記事を見る

目に見えない存在からのしっぺ返し…「怪談」と「窒素」の共通性

ー林先生が研究されている窒素問題の概要についてお話いただけますか?

健太郎さん(以下、林) ほとんどの方が意識していないことですが、実は地球上の空気の8割は窒素でできており、我々が生きていくために必要なタンパク質やDNAをつくるためには窒素が不可欠です。人口増加にともない、我々はより多くの食料を生産するために窒素からアンモニアをつくる技術を発明し、化学肥料を生み出しました。そうして食生活が豊かになった一方で、悪影響を及ぼす窒素が環境に漏れ出すようになり、地球温暖化や大気汚染、水質汚染といったさまざまな環境問題が生じています。窒素利用が窒素汚染を引き起こすというトレードオフが「窒素問題」なのです。

写真:人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 教授の林健太郎さんのインタビュー中の様子
林健太郎 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 教授

我々には窒素が必要で、タンパク質の形で窒素を食べたり飲んだりしていますし、ナイロンやウレタン、青色LEDなどにも窒素が使われています。身の回りにありあふれているにもかかわらず、ほとんどの方が意識することもない窒素という存在について、どうすれば多くの方に知っていただけるだろうかと、長らく研究を続ける中で考えてきました。

ーそういった課題意識を受けて、昨年の冬にロフトワークと地球研は「窒素問題のアウトリーチ施策検討」を共同で実施しました。そのプロジェクトを振り返ってみて、いかがですか?

「窒素問題のアウトリーチ施策検討」は、システム思考のフレームワークを用いて実施したワークショップ形式のプロジェクトでした。ワークショップには、地球研の研究員と広報室のスタッフや、ロフトワークから10名ほどの方々が参加しましたが、徐々にみなさんが自分事として窒素問題を捉えていく過程がとても印象的で、自身の言葉で窒素問題を語るみなさんの姿が見られたことに感激しました。

ーその後、今回の「怪談と窒素」の展示にはどのように発展していったのでしょうか?

山田富久美(以下、山田) システム思考のワークショップを通して、窒素問題の解決には社会の仕組み自体を変革するためのアプローチが必要であり、さまざまなプレイヤーと共に取り組んでいかないといけないことがわかりました。ロフトワークと地球研の2者だけではなかなか太刀打ちできないほどの問題なので、まずは多くの方々にこの問題に触れていただく機会をつくっていこうと考えたんです。

写真:
写真:株式会社ロフトワーク プロデューサー 山田富久美 のインタビュー中の様子

とはいえ、「窒素とは?」「窒素問題とは?」というロジカルな説明だけでは、一般の方々の行動を変えられるほどの強いメッセージを届けることができません。複雑なこの問題をより多くの方々に伝えるためには、クリエイターたちとパートナーシップを結び、彼らの力を借りることで、感性からのアプローチで大きなインパクトを生み出せる方法を探ることができるのではないかと考えたんです。

ーその後、「怪談と窒素」をテーマに掲げたのはどのような背景があったのでしょうか?

山田 窒素の存在自体は目に見えない無害なものだったのに、豊かさを求めた人間が窒素からアンモニアをつくり過ぎてしまったばかりに、さまざまな問題が引き起こされています。その事実を知った時のゾワッとする感覚が、怪談と重なる部分が多いんじゃないかなと考え、展示のテーマとして林先生に提案させていただきました。

窒素は我々が生きていく上で必要不可欠な存在ですが、使い方を誤ると環境に悪影響を及ぼし、人間自身も痛い目に遭ってしまいます。蔑ろにしてしまった存在からしっぺ返しをくらうという、怪談でしばしばみられるモチーフは、窒素問題にとても近いと思い、ぜひこのテーマでやりましょうとお答えしました。

人間の呼吸と窒素の関係性に着目した「Inhaled and Exhaled - 吸気と呼気 」

ー今回の展示では、ゲストクリエイターとして怪談師の深津さくらさん(おばけ座)、サウンドアーティストの佐野風史さん、カクテルスタンド「フレく」さんの3組が参加されています。どのような経緯で決まったのでしょうか?

山田 目に見えない窒素を表現していただく上で、あえて視覚を使わずに、五感で表現した作品制作をお願いできる方々としてこの3組に依頼しました。今回お越しいただいた佐野さんに関しては、サウンドアーティストとして音とデジタルデバイスを使用した作品を制作されており、聴覚の切り口から窒素問題を表現していただけるのではないかという期待からお声がけさせていただいた経緯があります。とはいえ、まずは窒素というテーマに興味を持ってもらわないと引き受けていただけないと思ったので、窒素という不思議な存在について丁寧に説明させていただいた上で、作品制作を依頼しました。

ー佐野さんは、最初に「怪談と窒素」のテーマを聞いた際に、どのような印象を持ちましたか?

佐野風史さん(以下、佐野) ご連絡をいただいた時は「窒素…?怪談…?」と疑問だらけだったのが正直なところですが(笑)、窒素と怪談とのつながりについて説明いただき、率直におもしろそうだと感じました。僕はこれまで、「目には見えないものをどのように音で感じることができるか」ということが作品制作の軸にあったので、目には見えないけれど身の回りに存在する窒素というテーマに近しいものを感じたんです。難しいテーマだとは思いましたが、深掘りしてみると興味深い発見ができるかもしれないと感じ、ぜひ参加させてくださいとお答えしました。

写真:サウンドアーティスト 佐野風史さんのインタビュー中の様子
佐野風史 2000年、京都府生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業(x-Music Lab 所属)。サウンドアートや耳/耳介の機能を背景として、音を中心としたインスタレーションやデバイスの制作を行う。想像と現実を「聴くこと」によってつなぎ、未知なる聴取のフィールドを探索することをテーマにしている。

ー今回佐野さんが制作された作品「Inhaled and Exhaled - 吸気と呼気 –」についてお聞かせください。

佐野 人間と窒素の関わりの中でも、特に呼吸に着目して制作したのがこの作品です。体験者には、呼吸のリズムや息の深さを計測するデバイスを身につけてもらい、デバイスによって変換された呼吸の音を、骨伝導によって聞くことができます。

写真:佐野さん制作の作品の展示風景。女性が骨伝導デバイスを装着している
「Inhaled and Exhaled - 吸気と呼気 -」展示中の様子 photo:Yasugi Kazuoki
写真:佐野さん制作の作品の展示風景。女性が自身の呼吸を計測するデバイスの前でたたずみ、自身の呼吸のリズムや深さを骨伝導デバイスから感知している
photo:Yasugi Kazuoki

林さんとお話しする中で、環境と窒素をやりとりする身近な行為として、「汗」や「呼吸」があるということを聞いたのが、この作品のアイデアの発端になっています。人間が呼吸する際、吸った時と吐いた時で含まれる窒素化合物の成分が変わることから着想し、計測した呼吸の値によって音を変化させ、呼吸による窒素の変化を感じることができる作品として仕上げています。

空気の8割を占める窒素は吸っても肺に入るだけで、わずかに血液中に溶けるものの、身体には何も作用しないんですよ。私としては、この作品のポイントは骨伝導イヤホンが使用されていることだと感じていて、耳を塞ぐことなく呼吸の音が骨を通じて伝わるため、同じ空間で展示されている怪談を同時に聞くことができます。

佐野 そうですね。体験者はイヤホンをつけながら展示空間を移動することができるので、同時に周りの作品を鑑賞したり、怪談を聞いたりしながら、自分の呼吸が変化していくのを感じることができると思います。これは、制作期間中に実施した合宿の際に、みんなで怪談を聴きながら、「怖くなると呼吸量も変わるのでは?」という意見をもらったことから発想したものでした。

また、同時に複数のデバイスを使用する際に、音が連動して鳴る仕組みを取り入れることで、空気中の窒素が周囲の体験者と共有されているような体験をつくっています。自分の呼吸の音を介して他の体験者とセッションしているような感覚が生まれ、展示空間内に独自の音の風景をつくることができたんじゃないかと思います。

写真:佐野さんの制作した作品の展示デバイスを写した写真。頭に装着する骨伝導デバイスと、呼吸を計測・感知する場所は白いベールに包まれている
photo:Yasugi Kazuoki
写真:「怪談と窒素」の展示風景全体を写した写真。薄暗い空間に、3つの作品が展示されている。
「怪談と窒素」展示会場の様子 photo:Yasugi Kazuoki

科学者とアーティストがインスピレーションを与え合う制作プロセス

ー展示までのプロセスを通して印象的だったことはありましたか?

佐野 もともとはひとつのテーマをもとに別々の作品をつくる前提だったと思うんですが、合宿で一晩ともに過ごすことで化学反応が起き、みんなの気持ちがひとつになっていった感覚がありました。初回の合宿時には講義の情報量がとても多くて、どんな作品にすればいいのかと悶々と悩んでいたんですが、林さんや他のクリエイターの方々との対話と通して、窒素のどんなところに注目すればいいのかが定まっていき、アイデアを洗練させていくことができたと思います。

写真:地球研の会議室で、クリエイターの佐野さんと、プロジェクトメンバー3名がモニターやパソコンを使いながら議論をしている
地球研での合宿の様子 photo:Loftwork Inc.

合宿の時間を通じて、クリエイター同士がインスピレーションを与え合い、徐々にコラボレーションが生まれていく過程がとても印象的でしたね。結果的に生まれた3作品は、それぞれ独立したものでありながらも、同じテーマとしてのつながりが生まれているのがおもしろいと思います。展示のレイアウトを決める際にも、それぞれの作品を引き立てながら、いかに関連性を持たせることができるか考えていきました。

山田 私は何度かスポットで参加していたんですが、みなさんの関係性が深まっていくのが目に見えて感じられました。クリエイター同士のコラボレーションが自然発生的に生まれたのは、合宿という形式ならではだったと思います。

ー林先生は長らく専門家として窒素の研究をされてきましたが、今回のようなアーティストとのコラボレーションを通して、研究分野における新たな一面を感じることができると思いますか?

それは大いにあると思います。我々研究者同士は専門用語だけで通じ合ってしまうため、ある意味で同人誌的な視点になってしまいがちで、一般の方に研究分野について伝えようと思うと、書き言葉ではどうしてもすごく長くなってしまいます。アーティストによる表現は、鑑賞者の感性にダイレクトに訴えかけることができますし、我々の研究分野に触れていただくきっかけをつくることができるのを、今回のプロジェクトを通じて感じました。

これはよく研究者同士で話していることなんですが、実はアーティストと科学者は同じ山に上ろうとしていて、辿るルートや登り方が違うだけなんじゃないかと思うんです。まだ解明されていないことに向き合うのが科学者であり、まだ世の中に存在しないことを表現するのがアーティストだと思うので、今回のような機会を通して、一緒に山頂を目指すことの意義を感じることができたのではないかと思っています。

ー佐野さんは今回の制作を振り返っていかがですか?

佐野 普段は旅や生活の中で印象に残ったことを作品制作につなげていくことが多いのですが、今回のプロジェクトでは、研究者の方から普段あたりまえのように触れているはずの窒素について知ることで、世界を見る「目」が更新され、それが作品制作につながっていったことがおもしろかったです。これまでは作品をつくる上で自分の身体がセンサーになっていましたが、知識によってそのセンサーそのものが更新されることが作品づくりのきっかけになる経験が新鮮で、今後こういった作品制作にも取り組んでいきたいと思います。

クリエイターによる多様な解釈が生まれていくプロジェクトの可能性

ー展示をご覧になった方々からはどのような反応がありましたか?

展示期間中はほぼ毎日会場にいるようにしていたのですが、さまざまな感想を聞くことができました。とてもおもしろがってくれる方がいれば、さっぱりわからないという方もいて(笑)、いろんな反応が生まれていたのがよかったですね。

「怪談と窒素」というテーマやクリエイターの作品に惹かれて会場に訪れた方の多くは、今回の展示ではじめて窒素問題について触れたと思うので、研究者の間だけに留まりがちな専門的なテーマをひろく問いかける手段として、こういった場をつくることの意義を感じました。ギャラリーではなくFabCafe KYOTOで実施できたことも、カフェを利用するつもりで訪れた方々が思いがけずに作品に触れるきっかけとなり、より多くの方に届けることにつながったと思います。

ー今回の展示を経て、今後の活動への期待をお聞かせください。

先日とある国際会議でウルグアイを訪れた際に、世界でトップクラスの研究仲間に今回の展示のことを話したところ、これはとても良い取り組みだと仰っていました。さらに、300名ほどが参加している窒素問題のメーリングリストでこの展示について報告した際にも、「このアイデアは本当にすごい!」「そうきたか!」といった返信をいただき、手応えを感じています。

「怪談と窒素」は、「見えないもの知覚すること」を意味する「Sense of the Unseen」シリーズの第一弾として位置付けられています。今後さまざまなアプローチの作品を展示するシリーズとして継続していける可能性があると思いますし、クリエイターごとの異なる解釈によってさまざまなアプローチの作品が制作されることで、また別の広がり方が生まれていくことに期待しています。

写真:国際会議の登壇の場で4名の男性研究者がパネルディスカッションを行なっている。左端に林さんが写っている。
ウルグアイでの国際会議の様子 Photo: Bill Bealey

山田 今回のプロジェクトは展示だけがゴールではなく、インプットからアウトプットまでのプロセス全体を通して、参加いただいたクリエイターによる多様な解釈が生まれ、作品として表現されたことが重要だったと思います。また、AWRDを利用することで参画の機会をひらき、窒素に関する理解を促す予期せぬ発見や、研究とは異なる分野とのコラボレーションが生まれることにも期待しています。興味が沸いたクリエイターさんには是非参加していただきたいですね。

写真:インタビューに参加した3名が立ち姿で楽しく談笑している写真

関連情報

【アイデア&作品募集】『Sense of the Unseen Vol.1 怪談と窒素』のオープンアーカイブス

『Sense of the Unseen Vol.1 怪談と窒素』では引き続き参加クリエイターを募集中。「みえないもの」や「窒素」をテーマにしたアイデアや作品をご応募いただき、オープンアーカイブスプロジェクトにぜひご参加ください。

  • 募集期間:2025年3月31日(月)まで
  • 応募資格:どなたでもご参加可能です。
  • 応募費用:無料
  • 応募方法:https://awrd.com/award/sense-of-the-unseen

    ※AWRDのユーザー登録が必要です(無料)

 

執筆:堀合俊博
撮影:岡安いつ美
編集:AWRD編集部

*本記事は、AWRDサイトからの転載記事です

Keywords