サステナビリティの難しさを、クリエイティブな見かたで解きほぐす
三井住友フィナンシャルグループ「ちきゅうのみちくさ展」
サステナブルな社会の実現を目指す人々に、小休止の機会をつくる
株式会社三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)が運営する、環境・社会課題解決をテーマに活動するコミュニティ「GREEN×GLOBE Partners(GGP)」。GGPは発足以降、「幅広い企業・団体に向けて環境・社会課題に関する意識醸成を図ること。そして、志を共にする仲間が集い、学び合うことで課題解決に向けた新たなアクションが、このコミュニティ内から創発すること」を目指してコミュニティを運営しています。
2023年7月、設立3周年を迎えたGGPは、記念イベントとして展覧会「GREEN×GLOBE Partners 3周年記念 ちきゅうのみちくさ展 寄り道して考えるサステナビリティ(以下、ちきゅうのみちくさ展)」を開催。現代アート作品をはじめとしたクリエイティブな表現を展示し、訪れた人にサステナビリティに対する「前向きな小休止」とも言える英気を養う機会をつくり、その「見かた」を変えるきっかけを提供しました。
GREEN×GLOBE Partners 3周年記念 ちきゅうのみちくさ展 寄り道して考えるサステナビリティ
“みちくさをしたことはありますか?
いつもと違う道を通ったり、わざと遠回りしたり、少し立ち止まったり。目的地に向かう途中でのみちくさは知らない景色を見せてくれたり、思いもよらぬ発見を与えてくれたりしたはずです。本企画は、サステナビリティについてみちくさしながら考える展覧会です。”
ちきゅうのみちくさ展 ステートメントより
ちきゅうのみちくさ展は、持続可能な社会の実現に向けて、日々指針や目標と向き合っているさまざまなプレーヤーに向けて、社会課題や環境課題をいつもとは少し違う角度から捉え直すきっかけを提供する展覧会です。目の前の課題を見つめながらも、少しだけ肩の力を抜いて新しい視点を得られるように。3年目を迎えたGGPがアーティストやクリエイターとの共創を通して、多様なアプローチからサステナビリティを実感させる作品を展示しました。
なぜ、GGPは「サステナビリティ」をテーマに、現代アートを中心とした企画展を行ったのか。この記事では、ちきゅうのみちくさ展に関わったさまざまな人々のことばからプロジェクトを振り返りながら、サステナビリティの実現に求められる人間的な感性と、企業や地域に必要な共創のありかたを考えます。
執筆:岩崎 諒子/Loftwork.com編集部
編集:後閑 裕太朗/Loftwork.com編集部
展示写真:大竹 央祐
GREEN×GLOBE Partners のあゆみ
GGPが活動をスタートしたのは、2020年。コロナ禍によって社会が大きく混乱していた最中でした。当時の日本では、企業が主体的にサステナビリティを実践するという意識があまり浸透しているとは言えない状況でしたが、GGPは「環境・社会課題解決の『意識』と『機会』を流通させる」というミッションのもと、3年間で60回以上のイベントを開催してきました。
2022年からはイベントで学びの機会を共有するだけでなく、課題を持つ自治体と企業をマッチングさせるなど、より具体的なプロジェクトを生み出すための取り組みをおこなっています。
現在、1,695(2023年10月12日現在)の企業・団体がコミュニティに参加しているGGP。活動のフィールドが広がり、コミュニティが活性化していく中で、3周年の節目となる催しとして企画されたのが、ちきゅうのみちくさ展でした。
3周年の節目に、サステナビリティの「見かた」を変える機会を
これまで、GGPのビジョンづくりからコミュニティの企画・運営に伴走してきたロフトワークのイノベーションメーカー 棚橋弘季(たなはし ひろき)は、3周年企画の発足当時をこのように振り返ります。
「もともと、3周年記念の催しは、普段とは違う見かたでサステナビリティについて考えられるような機会にしたいねと、GGPを運営するプロジェクトチームのメンバーと話していました。
その方針のもと、企画アイデアを検討するワークショップを行ったところ、『どうしてサステナビリティって広がりにくいんだろう?』『広がるためには、どんな課題があるんだろう?』などの声が挙がったんです。
企業の中でサステナビリティに向き合い続ける仕事は、頑張っていてもなかなか数値目標を達成できないというジレンマがあるのではないか。社会的価値と経済的価値とを一致させることはどうしても難しく、そのような取り組みそのものが持続可能とは言いにくい状況ではないか、と」
サステナビリティと向き合う仕事に難しさを感じている人々に向けて、肩の力を抜いて自分自身とサステナビリティとの距離を見つめ直す場を提供する。そうすることで、改めて自分たちの活動をポジティブに捉え直すきっかけになるのではないか。 この視点を掘り下げた結果、行き着いたのが「みちくさ」というキーワードでした。
また、企画展全体のディレクションを手がけたクリエイティブディレクター 東郷りん(とうごう りん)は、このキーワードと、企画展に現代アートを取り入れた意図について、このように説明します。
「展示企画の大枠のテーマはサステナビリティですが、一方で、例えばビジネスの世界で見られるように、SDGsの定義や定量目標に従って社会の潮流だからという理由で走り続けることだけが本当に望ましいやり方なのか、個人としての納得感は置いてけぼりになっていないか、という疑問がありました。 一度立ち止まって、サステナビリティそのものを問い直してみたい。そのきっかけを提示するために、現代アートを取り入れた企画展にしようと考えました。
今回のプロジェクトでは現代アート作品をバウンダリーオブジェクト*として位置付けました。何か複雑なものを理解したり、常識を捉え直したいときに機能するもののようなイメージです。それに、三井住友銀行 ライジングスクエア内のアースガーデンというパブリックな場所で展示をするからには、ビジネス層だけでなく生活者の方が見ても面白い内容にしたいと思いました」
*バウンダリーオブジェクト……多様な組織やステークホルダーが、それぞれの認識や立場の境界線(バウンダリー)を超え、共通理解や活動を生み出すための手段
多彩なクリエイター・専門家たちとの協働
企画展の準備期間はおよそ3ヶ月間。決して長い期間とは言えない中、サステナビリティを問い直し、その見かたを変えるような展示体験を実現するために、建築家や施工会社、キュレーター、アートディレクター、アーティスト、弁護士といった、それぞれ異なる専門領域を持つ人々が共創しました。
展覧会のビジュアルを手がけた、岩手県盛岡市を拠点に活動する homesickdesign アートディレクターの黒丸健一(くろまる けんいち)さんもそのうちのひとりです。
東郷「黒丸さんのグラフィックはダイナミックで力強いけれど、その中にどこか肩の力が抜けている感じがある。それに、土着的でアノニマスな視覚表現が、この企画展のイメージを表現するのにぴったりなんじゃないかと思ったんです」
ビジュアルの方向性を決めるための打ち合わせは、東郷が岩手県盛岡市にあるhomesickdesignのオフィスを訪問し、黒丸さんと顔を合わせながら行いました。その対話の中で、「前向きな小休止」や「おおらかさと力強さを両立できるようなクリエイティブ」といった、企画展が伝えたいイメージの輪郭が見えてきたといいます。
建築家である tamari architects と、飛騨市を拠点に森や地域の資源を循環させるデザインを実践する、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称、ヒダクマ)は、展示空間と什器の設計・施工を手がけました。
什器の素材として使われたのは、ものづくり産業のサプライチェーンから溢れ、通常は燃料などとして利用される耳つきの端材や、そもそもものづくりには活用されない小径木。これらをうまく活用し、森を起点とした素材の流れ、林内の木漏れ日、草むらや生き物の気配といった森の風景を再現した展示空間をつくりました。
偶然性を切り取る写真から「棍棒(こんぼう)」まで、観る人に解釈をゆだねる作品
企画展で展示されたのは、写真作品から編み機をハックしたテキスタイル作品、社会に問題を提起するスペキュラティブデザイン作品まで、幅広い表現の作品たちでした。
ホンマエリさんとナブチさんのアートユニット キュンチョメによる作品《曖昧なランドマーク》は、フィリピンの田舎で配達員へ住所を説明する際に電話で説明したランドマークを、写真とことばによって記録した連作です。
たとえば、「向かいの家は、台風で屋根が飛んだままになっている」「家の隣はバナナ畑、今焚き火をしている」など。そのときどき偶然におこっている光景をランドマークとして配達員に伝えることで、なんとなく伝わって、なんとなく荷物が届く。その曖昧なやりとりは、「住所」によって正確な位置関係を伝えることが当たり前の社会で生活している、私たちの固定観念を揺り動かします。
展示のキャプションには、以下のような解説が。
偶然に身を任せてみる
約束の時間を決めないで待ち合わせ場所に向かったり、地図を見ないで目的地へと歩いてみたり。ひょんな出会いや天気、気分など「偶然に身を任せてみる」のも、日々なにげなくやっているみちくさ。
制度や規範などの枠組みは、ときに活動やコミュニケーションを機械的にし、枠からはみ出ないようにすることが主目的になってしまうことがあります。しかし、偶然に身を任せてみることで、その時々で必要な対応や通るべき道筋が見えてくるのかもしれません。
生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り出すスペキュラティブデザインのアプローチで活動を行う、現代美術家の長谷川愛(はせがわ あい)さんの作品もありました。展示されたのは、資生堂とのコラボレーションによって生まれた《HUMAN X SHARK》という作品でした。
女性のパワーを解き放つ香水とサメを魅惑する香水、それぞれを実験的に開発した本作品は、人間の女性がテクノロジーの力を生かしながらメスの鮫に変身することを通して、女性を取り巻く固定観念に疑問を投げかけています。
「ちきゅうのみちくさ展」に展示されていたのは、現代アート作品だけではありません。作品のなかでひときわ異彩を放っていたのが、「棍棒(こんぼう)」の展示です。作品を出展したのは、全日本棍棒協会を主宰する東樫(あずま かし)さん。
東さんは、2015年に奈良県宇陀市に移り住み、里山を回復するための200年の取り組みを構想、実践しています。その中で、東さんは「棍棒飛ばし」という、木でできた棍棒を飛ばし、その飛距離を競い合うチーム競技を開発。管理の行き届いていない人工林や里山を回復しながら地域の人々がつながりあえる新しいスポーツとして、独自のユーモアを交えながらその普及活動に取り組んでいます。
スペキュラティブな作品から、棍棒まで。企画展の展示構成を検討するにあたって、キュレーションを手がけたstudio TRUEとロフトワークのプロジェクトチームは、互いに「サステナビリティを感じさせるアートワーク」のアイデアを出し合いながら、どうすればサステナビリティの見かたを変えるような展示体験をつくれるのかを話し合いました。
studio TRUEの寺内玲(てらうち れい)さん・松岡大雅(まつおか たいが)さんは、キュレーションを通して目指したことを、以下のように振り返ります。
私たちstudioTRUEは、循環をキーワードにデザインの仕事をしています。まさに『ちきゅうのみちくさ展』が考えたサステナビリティについて、悩みながら日々取り組む当事者でもあります。だからこそ、個人の生活や企業の事業で、環境という大きなテーマに向き合うことの困難さにも共感します。
本展覧会では、難題に正面から向き合うのではなく、私たちと「地球」の繋がりを複数の視点で見つめられる場をつくりたいと考えました。美しく感動するアート作品や行動変容を扇動するアート作品でもない、鑑賞者に受け取り方を委ねるような作品のキュレーションを心掛けました。そして、各々の感じ方を、各々の方法で持ち帰ってほしいと考えました。結果として、アートの文脈では括られてこなかった作品たちを、フラットな視点で取り上げることができたと思います。
会期中はギャラリーツアーを開催し、来場者との交流もできました。絵画や彫刻など一般的に考えられているアートとは異なる作品たちに驚かれる方も多かったように思います。ですが、作家の想いなども含め、作品から様々なことを汲み取り、考えを巡らせているのが印象的でした。
私たちは「地球」が様々な課題を抱えている時代を生きています。こうした課題に持続的に向き合い続けるために、たまには寄り道をして、多様な視点を持ってみませんか? サステナビリティは遥か遠くにあるようで、実は私たちの足元から考えることができるのです。
フラットで寛容な空気が、共創関係を後押しする
今回の展覧会で、97名もの関係者とのコミュニケーションと数百に及ぶ制作物の進行をマネジメントしながらチームの共創をサポートしたのが、クリエイティブディレクター 奥田蓉子(おくだ ようこ)です。奥田は、本企画のプロジェクトマネージャー(PM)としてのやりがいについて、以下のように語ります。
「時間がない中でしたが、みなさん本当にプロフェッショナルとして力を発揮してくださいました。さまざまな職能を持つ人たちの仕事を尊重し、活かしながらプロジェクトを進行することに、PMとしての喜びも感じました。また、みんなで展示物や空間をつくる仕事は、まるで文化祭の準備のような活気があって純粋に楽しかったですね。
また、さまざまなプレーヤーとの関係をつくるうえでは、プロジェクトオーナーであるSMFGさんが常にオープンでフランクな空気をつくってくださっていたことも大きかったです。その柔軟な姿勢があってこそ、今回の企画展を実現できたと思います。」
7月5日から27日まで、3週間にわたって開催された「ちきゅうのみちくさ展」ですが、来場者からの反響はどうだったのでしょうか? 今回の企画展プロジェクトを統括した、三井住友フィナンシャルグループ サステナビリティ企画部 部長代理 山北絵美(やまきた えみ)さんは以下のように振り返りました。
今回の展示会では、GGPの活動を知ったうえで展示会を見るためにご来場いただいた方はもちろん、アーティストのファンの方、観光や商談の帰り道などで通りすがりにご来場いただいた方など、さまざまな方がいらっしゃいました。
数でいえば圧倒的に通りすがりにご来場いただいた方が多かったのですが、我々が当初予想していた以上に、みなさんに熱心に展示を見ていただきました。なかには、何度も展示会に足を運んでくださり、“ファン”になっていただいた方もいらっしゃいました。
また、中心部に設置した来場者の「気づき」を記載いただくスペースには、最終的に100件を超えるメッセージをいただきました。残されたメッセージでは、多くの方が『生活者として』この展示を楽しみ、生活をどのように持続可能にするか考えてくださっています。
これは、我々が目指していた『ちきゅうのみちくさ』というテーマに共感をいただいた結果だと感じています。もちろん、木に囲まれた空間の心地よさや、アート作品の持つ力も貢献していると思います。
サステナビリティとビジネスのあいだに、人間の感性を取り戻す
ちきゅうのみちくさ展が提案したことは、曖昧さや偶然、個人が抱く違和感、あるいはちょっとしたユーモアなど。一見すると、ビジネスにおける正しさや合理性の対岸にあるもののようにも見えます。しかし同時に、これらは多くの生活者が自然に備えている感性でもあります。
山北さんは、今回の展覧会に込めた想いについて、以下のように語っています。
私たちはサステナビリティについて考えるとき、なんらかの組織や事業の目線で考えがちです。しかしながら、サステナブルな社会の実現のためには、生活者の視点で考え・行動することが重要です。
今回の展示会は直接的に温室効果ガスを減らしたり、人権問題を解決する取組ではありませんので、一見すると回り道のように映りますが、一人ひとりが生活者としてサステナビリティに貢献していく意識をもっていただくきっかけになればいいなと思っています。
持続可能な社会は、定められた基準やルールのもとで行われる競争によってのみ実現できるものではありません。社会や生態系という大きなシステムをよりよいものにするには、長期的な展望のもとで未来のパートナーたちに参加の道をひらき、協働することが不可欠です。大きな課題の解決に向けて、たくさんの人々とともに、長い坂道を登りつづける必要があるのです。
正しさや合理性の外側にある感性に触れ、自身の内面でその意味を問いなおしてみることは、共創に欠かせない複眼的な視点や寛容さ、エンパシーを育むことにつながるはずです。そこからもう一度、私たちはサステナビリティ実現に向け、前向きな努力を続けられるのではないでしょうか。
「ちきゅうのみちくさ展」は、現代アートなどのクリエイティブな表現を通して来場者にこのような問いを投げかけるとともに、そのプロセスにおいても多様な人々とのフラットな関わりのなかで共創を実践しました。このことが、GGPという社会価値創出コミュニティの連帯を強め、さらに幅広い来場者の方々にコミュニティのメッセージに共感してもらうことにつながったといえるでしょう。
Staff Credit
- クライアント:株式会社三井住友フィナンシャルグループ
- プロデュース:棚橋 弘季、福田 悠起
- プロジェクトマネジメント:奥田 蓉子
- クリエイティブディレクション:山田 麗音、東郷 りん、谷 嘉偉、安永 葉月(以上、ロフトワーク)
- 会場構成・什器デザイン:寺田 英史(tamari architects)
- 什器デザイン・什器制作:門井 慈子(株式会社飛騨の森でクマは踊る)
- 什器製作・施工:株式会社 昭栄美術
- アートディレクション・グラフィックデザイン:黒丸 健一(homesickdesign)
- キュレーション・ライティング:寺内 玲、松岡 大雅(studio TRUE)
- 参加アーティスト:東 樫、岩崎 広大、Kanna Momose + Kohei Ito、キュンチョメ、長谷川 愛、宮田 明日鹿
- 撮影:大竹 央祐
*肩書きはプロジェクト実施当時のものです。