独立行政法人都市再生機構(UR都市機構) PROJECT

サステナブルなまちづくりに向けた動機のデザイン
タイの実践事例に学ぶ

大阪城公園の豊かな緑と、第2寝屋川の水辺空間を有するエリアでありながら、JR環状線や地下鉄中央線、長堀鶴見緑地線の各駅に近く、主要幹線道路の中央大通に面するなど交通利便性も高い、大阪を代表する高いポテンシャルのある街・大阪城東部地区。

大阪公立大学森之宮キャンパス開設や新駅開業をひかえ、2028年春のまちびらきを目処に地域や大学と共に進めようとする、まちづくりの検討が進んでいます。まちづくりの実現に向けて、同じ地区にあるUR旧支社建物にて、都市と自然の関わり方やその方法について海外の事例や視点をゲストに学び、意見交換をする場が開かれました。(昨年12月に開催したフィールドワークにつづく2回目のセッションです)

今回のゲストは、FabCafe Bangkokの共同創業者であり、代表のカラヤ・コヴィドビシットさん。彼女がタイを舞台に行っている事例は、都市部で市民が主体者として関わるための仕掛けが多数なされています。大阪城東部地区における再開発において、どのように都市環境と住民たちとの関わりをデザインすればいいのか、考えていきます。

取材・文:小倉ちあき
撮影:松本 陵
編集:浦野奈美(SPCS)

世界からの外部視点で、「大阪城東部地区」を再評価したい

伽藍堂になったUR旧支社建物は、まちづくりの実現に向けて、住民や多様な関係者が対話・協働できる場所として開かれていく予定です。歴史的にも大規模な開発が行われてきた大阪城東部地区をこれからどうしていきたいか。今ここに住む人々の生活はもちろん、土地の歴史や特徴をふまえたうえで、自然と人との関わりを考え実践していこうとしています。自然と人との関わりという視点を持ってエリアを見渡すと、梅田やなんばなどの都市部にはできない、このエリアにしかない「イノベーション」が生まれる要素に溢れています。

そこで問われるのが、豊かさとは何か…?シビックプライドとは何か…?という問いです。外の世界と比較したときに、住民自身が自分たちの暮らしをリスペクトできるかどうかが良い街の条件ではないでしょうか。さらに生活者にとっても、世界の視点でとらえた多様な豊かさが未来のまちづくりに活かされるかどうかは、今後大きなテーマとなっていきそうです。例えば、水辺の生態系や暮らしを防災の視点からしなやかに守ることはできないか?などは、都市の文化を持続していくために必要な要素だといえます。

このUR旧支社建物が、街全体で街の課題に取り込んでいくための場所になっていくことを期待して、そのきっかけとすべく、タイでさまざまな社会課題や環境課題にクリエイティブに向き合い続けるカラヤ・コヴィドヴィシットさんをゲストに迎え、彼女の取り組みと、活動のベースにある考え方を聞く機会を設けました。

彼女の取り組みは、いずれもインセンティブの設計やアクションにするための専門家との共創、そしてカルチャーとの接続を確実に踏まえて、インパクトを生み出そうとしています。今回のセッションにおいても、多彩なステークホルダーが関わるまちづくりのプロジェクトに、欠かせない視点を確認できる機会となりました。

未来を担うデジタルネイティブを主役にする

カラヤ・コヴィドヴィシットさんは、2004年からThammasat大学建築計画学部の講師を務めながら、2014年にはFabCafe Bangkokを立ち上げ、活動しています。さまざまなステークホルダーで構成された学際的なチームを組成し、新しいソリューションを見つけることを得意としています。特に、ものづくりとテクノロジーを効果的に取り入れることで、環境課題と社会課題にクリエイティブにアプローチする活動を多方面に展開しています。

彼女は「地球は温暖化ではなく沸騰化している」と、冒頭に述べたうえで、気候変動の時期が迫っていることは地球市民皆の問題であることを説明。彼女が活動のベースにしているタイと、私たちの国・日本との違いについて言及しました。

日本ほどインフラが整っておらず、行政サービスが手厚くないタイでは、国が国民のために提供するようなサービスや社会課題解決を、タイの国民は自分たちの手でやらなければなりません。タイの社会問題には、工業の発展と交通渋滞による大気汚染、そして貧困があります。解決のためには、企業同士の連携を加速させることと、自然とテクノロジーを結びつけることが重要だとカラヤさんは話します。

タイでは、若い世代の市民中心の運動が、デザイン科学やテクノロジーを活用し、インフラを強化しているとのこと(例:サタラナ)。しかし、貧困が依然として大きな問題となっている現在、重要なポイントとして、生態系のバランスを支えるだけでなく、経済的な機会も提供する持続可能なビジネスモデルの開発があると話しました。

そこでFabCafe Bangkokは、国家的課題の解決を促進するために、テクノロジーに慣れ親しんだデジタルネイティブ世代と取り組んでいます。実社会の問題に彼らが参加することは、彼らの学習意欲を高めるだけでなく、解決プロセスに彼らが関わることで未来の世界を動かす力を生み出すのです。現代はもはや、私たちの世界ではなく、彼らの世界。テクノロジースキルに長けている彼らの柔軟な思考を中心に据えて、タイの都市問題についても彼らと共に考えることを、彼女は5年間の目標に据えていると話しました。

プロジェクトを進めるための3つのキーワード

カラヤさんがプロジェクトメイキングにおいて、大切にしている3つのセオリーがあります。それは、「インセンティブとモチベーションの両立」、「アイデアからアクションに進めること」、「スケールと保持のためのカルチャーであること」です。特にインセンティブは重要で、プロジェクトに参加するための意義や報酬をきちんと用意することで、ただ「楽しい」だけではプロジェクトは実行されないと話します。

環境と人、利益のトライアングルが成り立った点に、サスティナブルな状況が実現します。社会課題解決だけでもダメ、環境課題解決だけでもダメ、どんなに意義のある活動でも、きちんとプロフィットを生み出さなければ、持続可能なプロジェクトにはならないのです。

では、上記のキーワードについて、カラヤさんが手がけた3つの事例を通して紹介していきます。

1:インセンティブとモチベーションの両立

事例:危機に瀕するメコン川の生態系

メコン川流域で行われている、アメリカ大使館と共同で取り組んでいる女性の雇用機会を向上させるためのプロジェクトです。中国の青海省からカンボジア、ベトナムまで約4,200キロメートルにわたって流れる川です。その間には30以上のダムがありますが、ダムの下流で暮らす人々は環境の変化に苦しんでいます。その原因はダムの設計に問題があるからです。土砂が下流の流れを妨げてしまうため、魚や堆積物がダムの手前で堆積してしまうのです。

自然に配慮した設計になっている益田川のダムと比較すると一目瞭然。益田川のダムは水流に沿っているため、魚や堆積物がスムーズに流れるようになっています。

プロジェクトに関わる学生とこれらのダムの周辺について調査しました。そうすると以前は豊かだった川が干上がってしまい、生態系が死滅してしまっている箇所が多々見つかりました。干魃が原因で、魚やその他の生物が生息できず、漁師の仕事にも影響が出ています。このままだと彼らは近い将来、職を失うでしょう。他にも堆積物の変化は、海藻類やその他全ての植物の生態系にも影響を与えていました。大量の海藻が死んで堆積している場所がありました。

カラヤさんらは、メコン川でみられるこの藻類に、生態系を回復させる解決策を秘めている可能性を見出し、包装材、建築材料、食品など、海藻を生かす方法を見出そうと動き出します。海洋食物連鎖の中で栄養素を提供する生物として育てること、そしてこの海藻は人間も食べられるシートのような形状にして商品化することも検討が始まります。

ミシュランシェフを招聘して、さまざまな調理法の検討も実施。餃子やラビオリ、パスタに加工したり、タイ料理だけではない他国の加工料理も検討されました。

インセンティブとモチベーションのサイクルが成立することで、参加者は熱心に取り組むことができ、アイデアが実行に移される確率が高くなります。社会により良い変化を起こすためには、他者のためによりよく行動しようとする利他の精神も必要です。しかし、タイのように生活水準が高いとは言えない人々が多い社会では、利他の精神だけでこうした活動のモチベーションを維持することは困難です。お金が儲かるなどのインセンティブによって、生活者に対する明確なメリットを提供することが仕組みを維持する上で重要なことかもしれませんねとカラヤさんは話します。

この事例は、女性の雇用問題と環境課題を組み合わせている点も重要です。インセンティブは必ずしも漁師の雇用問題だけではなくて、環境悪化の中で増えている藻類が人にとっても有用であるという気づきから、このプロジェクトの主体者だった女性たちへのプロフィットへとつながっています。

2: アイデアをアクションに進めるための共創チームのデザイン

事例2:ホテイアオイを利用した、浄化技術

次のケースは、労働力不足と環境の変化に悩む農民を対象としたプロジェクト。工業化によってタイの大気や水路が汚染される一方で、貧困問題が立ちはだかります。川辺の住民がこうした課題に直面するのを助けるため、いくつかの学生グループがさまざまなプロトタイプを作成しました。

このプロジェクトはチャチュンサオで行われ、TKパークとムアン・チャチュンサオ市役所との共同プロジェクトです。外来種のホテイアオイは、長い間タイの水路で繁殖してきました。沿岸地域の一部では、海水が流入することで自然に生育が抑えられていましたが、近年、雑草は制御不能に成長し、河川を詰まらせ、船舶の運航の妨げになるなどの大きな問題となっていました。

ホテイアオイは特定の元素を吸収して水を浄化する能力で知られ、伝統的に家畜の飼料として収穫されてきました。現在でも、工業的に養殖された家畜の餌にされることが多いといいます。今回のプロジェクトに参加した学生たちは、ホテイアオイを処理するための2つの方法として、新しい除草用具を開発することと、家庭用の浄水システムの研究を行いました。

1つ目は、「遠隔制御の雑草収穫機」の開発です。これは2022年に完成しました。これは、1人で遠隔リモートで動かすことができる機械で、水生植物や浮遊物を管理するために設計されています。手作業で除去作業する必要がなく、効率よく除去することができます。

もうひとつのチームは、ホテイアオイの水質浄化能力を掘り下げ、簡単な家庭用浄水システムを作りました。ホテイアオイの丈夫で繊維状の根は、廃水から窒素やリンなどを吸収し、安全に飲めるようにする。このような低エネルギーの解決策は、実用的で地元の人々にも使えるものです。

3:アイデアのカルチャーをどう繋げるか

事例3:オープンソース化したスケートボード「Waste Surfer」、アニメ幽霊「THAI GHOST COMIC XR」

アクションをどう育てるかという点では、理論ばかり語っても人は動きません。解決したい問題をカルチャーやライフスタイルとつなげることで、継続しやすくすることが重要です。

Waste Surfer」というプロジェクトでは、コロナ禍で若者にとって身近なスケートボードが、400%まで高騰して買えなくなった状況を解決するため、身近な廃材を素材にしながらも、デザイン的にも優れ、かつ安全に使える加工法を開発し、作り方もオープンソースとして公開しました。さまざまなメーカーとタイアップして制作したスケートボードは完売したそうです。技術にアクセスできたり、エシカルであることだけでは不十分であり、実際に「かっこいい」ものができるということは大切なのです。

他にも、AIテクノロジーを使った幾つかの事例が挙げられます。「THAI GHOST COMIC XR」は、植物をスキャンするとスマホ上に植物幽霊(キャラクター)が登場するアプリケーションです。

植物キャラクターがアイコンとなり、友達とオンライン上で雑談ができるのです。これが人気を博し、ユネスコと協力して、絶滅危惧種保護動物バージョンのアプリも誕生しました。

若い世代はデザインや社会問題の解決のために、ツールやプロダクトを選んでいるわけではありません。自分たちの文化やライフスタイルにマッチしているものを感覚的に選びとっていると、カラヤさんは言います。

「新しいビジネスモデルを考える時には、それをどう維持するかから考えます。一度だけ使われるのではなく、より長い時間利用されたり、繰り返し利用してもらったりするサービスを設計するには、どうすれば若い世代を惹きつけ、価値共創に参加してもらえるかという視点が大切です。これからの世界を担う新しい世代は、どうすれば世界の本質を理解することができるのか、一緒に考えてみませんか」、こう問いかけて、カラヤさんは話を締めくくりました。

今回のセッションを通して

タイの実践事例に触れた後、参加者同士で今度は自分たちごととして考える「大阪城東部エリアのまちづくり」についてディスカッションしました。ディスカッションの中では、改めて彼女がまちづくりにおいて大切にしている3つのセオリー「インセンティブとモチベーションの両立」、「アイデアからアクションに進めること」、「スケールと保持のためのカルチャーであること」を振り返りながら、互いに意見を出し合う様子もありました。

カラヤさんが実践してきたプロジェクトはいずれも先鋭的に見えますが、彼女のセオリーは、社会状況や文化が異なるこの日本においても、重要なヒントを与えてくれているように思います。このエリアでテーマとなる課題はなにか?その活動をどうインセンティブに繋げられるか?さらにそれがどうカルチャーと結びつけられるか?今回のセッションに触発されて、ここ大阪城東部地域においても、多様な生態系を生かしたワクワクするようなプロジェクトがボトムアップから生まれていくことを期待しています。

SPCSについて

SPCS(スピーシーズ)は、プロトタイピングしながら、生態系のメカニズムを探究し、自然をコントロールしないデザインや、人間以外の種との創造的な共創関係を探究するコミュニティです。

自然科学、デザイン、アート、エンジニアリング、文化などが複合的に混ざり合った活動を領域横断で取り組むことで、技術や知識を開き、価値観や手法をアップデートすべく、活動しています。

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