SPCS(株式会社ロフトワーク) PROJECT

ネイチャーポジティブ実現に向けた視点と焦点を探るトーク
SPCS「シリーズ|生物多様性と経済」

Outline

自然資本と生物多様性に対する、世界レベルでの危機意識の高まり

TNFD イメージビデオより

環境問題において、脱炭素を進めて温室効果ガスの排出を削減することで、温暖化を防止しようという動きは加速しているものの、生物多様性の課題についてはプラネタリーバウンダリー(*1)でも指摘されているように、最も深刻な問題のひとつと言われています。

1970年代から30年間で全生物の68%が絶滅、今も1日100種類以上の生物が絶滅しつづけているにも関わらず、数値目標が設定しづらく、経済活動に結びつきにくい現状があります。

一方で、国際社会においては自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)(*2)の設立や提言、30by30(*3)などの目標達成に向けたより実践的な動きが、また経済界では自然資本という考え方の広がりや、インパクト投資市場の拡大などが進みつつあります。

*1:プラネタリーバウンダリー……ストックホルム・レジリエンス・センターの環境学者ヨハン・ロックストロームらによって2009年に提唱された人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念。この中で、生物多様性については既に限界値を超えていると指摘された。
*2:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)……自然に関する企業のリスク管理と開示の枠組みを構築するために設立され、各国の大手事業会社や金融機関を中心とした企業・機関・団体等が参加する国際組織
*3:30by30……2030年までに国土の30%以上を 自然環境エリアとして保全するという、2021年G7サミットで約束された目標。日本では環境省を中心に具体施策が進められている。

多種共生と経済活動をいかに繋げられるかを探る、トークシリーズ

ロフトワーク京都ブランチが運営するコミュニティ「SPCS(スピーシーズ)」は、自然を一方的にコントロールしようとしないデザインのアプローチにこそ、クリエイティブな余白が広がっており、多種共生の社会につながると信じて活動しています。また、前述のような国際社会の流れを踏まえ、生物多様性を担保する経済活動が評価されていくという流れが世界的に広がっていくと予想しています。

そこで、「シリーズ|生物多様性と経済」では、多種共生のデザインがどのように経済活動と結びついていくのか、また、どのように評価しうるのかを問いに掲げ、全4回にわたって有識者や実践者との対話を通して今後の可能性を探りました。

Theme

「シリーズ|生物多様性と経済」全4回のテーマとサマリー

本シリーズでは、毎回、ゲストから次のテーマや次のゲストに向けて問いのバトンを渡しながら、登壇者と参加者がともに議論をつなげていきました。社会の構造的な変化から資本主義のあり方を問い直す視点から、サステナビリティやネイチャーポジティブの取り組みと経済的な指標をつなぐ挑戦まで、最新の実践事例も踏まえながら、多角的な視点から生物多様性と経済活動の共存・共生に向けた対話と意見交換が行われました。

現在、第1回〜第3回までのアーカイブ動画を無料で公開しています。ご覧になりたい方は、以下のフォームより試聴をお申し込みください。

Vol.1 多種共存の資本主義社会を予測する

  • 開催日:2023年7月4日
  • ゲスト:広井良典/京都大学, 人と社会の未来研究院 教授

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初回のゲストは、京都大学「人と社会の未来研究院」教授の広井良典さん。環境省が主催する「次期生物多様性国家戦略研究会」の委員でもあり、生態系との関わりを探究すべく自ら10年にわたって「鎮守の森コミュニティ・プロジェクト」を実践してきました。また、広井さんは公共政策と科学哲学を専攻する中で、20年以上、一貫して「定常型社会=持続可能な福祉社会」を提唱し続けています。

議論のポイント:

  • 経済成長や生産性、効率化といった従来の経済指標と、ウェルビーイングや持続可能性といった新たな価値観のパラドックスを指摘。一方で、新たな価値観として生まれてきた「地球倫理」が新しい文化と経済を生み出しつつある
  • 社会全体として資本主義の形が物質的生産の量的拡大から精神的・文化的発展へ移行していく
  • 社会や経済の軸は「情報」から「生命」に変わり、中央集権型から地方分散型に移行する
  • 日本独自の自然観や生態系デザインを見直すことや、「文化」そのものを創造していくことが、今後の経済を作っていく上で重要

Vol.2への問いかけ:

生物多様性あるいは生態系の保全と、短期的な利潤拡大が求められる企業行動との間にはどうしてもギャップが生じると思うが、今後そうした点はどう展開していくと考えられるか?

Vol.2 共生する循環経済の仕組み構築に向けて

  • 開催日:2023年7月27日
  • ゲスト:住友商事グローバルリサーチ株式会社, 代表取締役社長 / 住友商事株式会社,常務執行役員兼任

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第2回のゲストは、住友商事グローバルリサーチ株式会社 代表取締役社長の住田孝之さん。経済産業省や環境庁(当時)、内閣府を歴任しながら、IT、イノベーション、知的財産、無形資産、環境・エネルギー、税制・社会保障、企業開示、商務流通、保安、FTA交渉など幅広い分野での政策企画・立案に携わってきた方です。住田さんは、大阪万博のテーマである「命輝く未来社会のデザイン」の名付け親でもあり、長年、自然との共生と循環社会の再構築の必要性を訴え続けている方でもあります。また、東海エリアの知的財産のリサーチプロジェクトである東海サーキュラープロジェクトにおいては、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を進めるにあたり、経済活動と生態系の関連付けやそのための仕組みづくりに言及しています。

日本では2023年度から上場企業に対して、ESG情報などの非財務情報を開示することが義務付けられました。併せてGRIスタンダードの一般化や、2023年9月に控えているTNFDの開示指針策定など、企業の持続可能な仕組みづくりと具体的な活動実績が急がれています。一方で、ヨーロッパから輸入された「サーキュラーエコノミー」に対応するだけではなく、日本独自の営みを再評価し、再構築していくことが、持続可能な循環社会を国際社会に向けて発信できる価値になるのではないかと思い、住田さんをお呼びしました。

議論のポイント:

  • サーキュラーエコノミーを本当に実践するのであれば、経済の範囲を超えて考えなければいけない。エコノミーではなく、サーキュラーソサイエティと考えよう
  • 経済サイクルだけで把握するのではなく、ひとつひとつの活動が生態系のどこに掛かっているのか、把握しよう。そのためには、一社だけでは把握できないから、他社や自治体など、横の連携が必須。
  • サーキュラーエコノミーの実践は、いきなり大規模に行うのは難しい。まず地域において小規模で実践することから始めよう
  • そもそも人間が存在するだけで環境にマイナスな影響を与えているということをもっと解像度高く自覚しよう

Vol.3への問いかけ:

ESG投資は生物多様性の本質的ソリューションになるか?

Vol.3 自然資本投資と評価指標のこれから

  • 開催日:2023年10月19日
  • ゲスト:パティ・チュー /マナ・インパクト 共同設立者、島 健治/三井住友フィナンシャルグループ シニア・サステナビリティ・エキスパート

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第3回のゲストはシンガポールを拠点に世界各国のプロジェクトに関わるインパクト投資家のパティ・チューさんと、SMFG シニア・サステナビリティ・エキスパートの島健治さん。パティさんはインパクト投資/コンサルティングを行うマナ・インパクトの共同設立者であり、生物多様性をテーマに世界各国のプロジェクトに投資するシルバーストランド・キャピタルのインパクト投資部門責任者です。島さんは、プロジェクトファイナンスの環境社会リスク評価に長く携わり、現在はサステナビリティ関連の規制・動向の調査と分析を担当。ネイチャーポジティブに向けて金融機関として挑戦できる手法や考え方を各所で紹介しています。

生物多様性や自然資本に関わるプロジェクトに関わり、ポジティブな社会インパクトを目指そうというとき、我々はどのような指標を自ら提示していけばいいのでしょうか。国内外の投資家や金融機関の潮流を知ることで、活動を社会に届けていく指針やヒントを得るため、また、TNFD最終提言リリース直後だったこともあり、世界の取り組みや潮流を見極めつつ、そこに「対応する」だけではない価値創造のあり方を一緒に考えるべく、開催しました。

議論のポイント:

  • ESG投資もインパクト投資も、企業活動の環境への影響を測ろうという意味でどちらも良い影響をつくりうるが、それ以上に大事であり難しいのが、消費者の意識を変えること
  • TNFDへの対応もインパクト評価も、自社の活動に最も関連する地域や対象物を見定めるところから始めよう
  • 評価のコアにあるのは、自らの意図(intention)。なぜそれが自分にとって一番大事なのか、影響があるのか、それをどういう状態にしたいのかを説明できること。
  • 企業活動を評価するにおいて、環境コストを含むすべてのコストが洗い出されているべきであり、すべての投資がインパクト投資になっているのが理想

Vol.4への問いかけ:

どのような規模/リソース/透明性/正確性で生物多様性を測り得るのか?

専門家でなくても容易に測定できるにはどうしたらいいか?

生物多様性に関連するデータ収集は長期にわたり継続的な測定が必要だと思うが、管理者が変わっても容易に活動を引き継ぐ方法はあるか?

管理する保護区の自然が改善し、それが数値に現れることで管理者のインセンティブにつながるためにはどうしたらいいか?

Vol.4 生物多様性のデータ収集と価値化

  • 開催日:2023年12月12日
  • ゲスト:久保田 康裕/シンク・ネイチャー代表, 琉球大学 理学部教授

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第4回のゲストは琉球大学理学部教授で、株式会社シンク・ネイチャー代表取締役の久保田康裕さんでした。シンク・ネイチャーは、生物多様性のビッグデータ収集・解析のプロ集団として、積水ハウスの「5本の樹」プロジェクトやサントリー「天然水の森」事業の事業評価支援などを手がけており、生物多様性に関するインパクト開示のための支援や、ネイチャーポジティブのための事業評価支援などにいち早く取り組んでいます。

Vol.3では、企業活動の生物多様性や生態系への影響を適正に把握しレポート・評価することが、国際社会の流れの中でも一層重要になっていくだろうという方向性を共有した一方で、数値目標が立てにくいと言われる生物多様性へのインパクトをどのように測り、価値化していくべきか、久保田さんに伺いました。

議論のポイント:

  • 生物多様性の情報の収集・分析・価値化のためには、ミクロ生態学的な生データの読み取りや、マクロ生態学の視点、ビジネスにおいて価値となるためのデータ化、ビッグデータ解析の知識と技術が必要であり、横断的な協力体制が必要になる
  • データの収集について、たとえば、市民による収集方法だけでは、得られる情報が人の活動数に影響されてしまう可能性がある。様々な生物に関する基礎研究や記載研究において得られたデータが自治体や企業と接続することによって、データのバリューチェーンをエコシステム化していくことが有効なのではないか
  • 生物多様性ロスを生み出している要素を反転させること(保護区拡大、自然再生、供給の変革、消費の変革)によって、ネイチャーポジティブに向かっていくだろう
  • 生物多様性の状態は気候変動や周辺の土地環境などのマクロな影響と、事業活動のような直接的な活動の3つが重なって結果が見えてくるものなので、3つの視点を複合的に分析する力が必要

* Vol.4のみ、プレイリストには含まれません。後日、イベントレポート記事を作成予定ですので、詳細はそちらをご覧ください。

Member

浦野 奈美

株式会社ロフトワーク
マーケティング/ SPCS

Profile

サラ・ホー

サラ・ホー

loftwork
マーケティング/ SPCS

広井 良典

広井 良典

京都大学
人と社会の未来研究院 教授

住田 孝之

住田 孝之

住友商事グローバルリサーチ株式会社
代表取締役社長 / 住友商事株式会社,常務執行役員兼任

パティ・チュー(Patti Chu)

パティ・チュー(Patti Chu)

マナ・インパクト
マネージングパートナー

島 健治

島 健治

三井住友フィナンシャルグループ
サステナビリティ企画部 上席推進役 シニア・サステナビリティ・エキスパート 

久保田 康裕

久保田 康裕

株式会社シンク・ネイチャー
代表取締役

SPCSについて

「自然をコントロールしないデザイン」の探究によって、人と自然の創造的な共創関係を創造する

SPCS(スピーシーズ)は、生態系のメカニズムを探究し、自然をコントロールしないデザインや、人間以外の種との創造的な共創関係を探究するコミュニティです。

自然科学、デザイン、アート、エンジニアリング、文化などが複合的に混ざり合った活動を領域横断で取り組むことで、技術や知識を開き、価値観や手法をアップデートすべく活動中。

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