ゆずりは PROJECT

孤軍奮闘から脱して、福祉に新しい風よ吹け
得意を持ち寄りデザインしていく新しいシェルター

2011年からさまざまな生きづらさを抱えた方々のサポートをしてきた「ゆずりは」が開設予定の「街に半分開いた閉じ込めないシェルター」。ロフトワークは、そのコンセプトづくりから実際の物件選定まで、3ヶ月の短期集中で並走しました。拠点の名前は「ながれる」に決定、東京・門前仲町の4階建てのビルの工事はこれからスタートするところです。プロジェクトが本格始動する直前のタイミングで、ここまで関わってきたロフトワーク クリエイティブディレクターの服部 木綿子と、ゆずりは代表の高橋 亜美さん、建築家の安部 良さんの3人が座談会。ゆずりはの高橋さんにとって、真新しい体験となった福祉×クリエイティブカンパニー・ロフトワークの協働を振り返り、これからの夢を語り合いました。

撮影:市橋 正太郎
執筆:小野 民
企画・編集 服部 木綿子(ロフトワーク)

話した人

左から、
ロフトワーククリエイティブディレクター 服部 木綿子
ゆずりは代表 高橋 亜美
Architects Atelier Ryo Abe 安部 良

目覚めたときに「生きたい」と思える居場所をつくる

ロフトワーク 服部木綿子(以下、服部)今日は、今まさにスタート地点にあるプロジェクト、「街に半分開いた閉じ込めないシェルター『ながれる』」について、事業を進めていく「ゆずりは」の高橋 亜美さんと、建物の設計を担う安部 良さん、ここまで伴走してきた私の3人で話したいと思います。

前提として「ながれる」の構想は、どんなところから始まったのですか。

ゆずりは 高橋亜美さん(以下、高橋) 2011年から、児童養護施設や里親家庭などで生活していた人、虐待や支配などの理由から親や家庭を頼ることができない人のサポートを精一杯してきました。でも、相談先であるゆずりはだけが頑張ってもダメ。結局みんなが生きていくのは、閉じたコミュニティのなかではなく「社会」なんです。私たちだけで守っていく、囲っていくことから自由になって、周囲をもっと信じて委ねる、社会にお返しするようなことができないのだろうかと思うに至り、いわゆるシェルターのような宿泊機能を持ちつつも、街の人などが出入りするコミュニティスペースのような機能も併設した施設をつくることにしました

相談者にとっても、いろんな人に関わってもらって生まれる関係や安心が、もっと必要だと思うんです。日本における既存のシェルターって、助けを求める人にはいろいろなグラデーションがあるのに、選択肢が少ないんです。苦しい状況にある人たちが行く場所だから、我慢するのが当たり前というのは嫌。「ここだったら安心できる」、「この暮らし方ならいいな」というように自分にフィットするものを選べる選択肢があまりにもなさすぎるんです。たとえば「何食べる?」って話なら、カフェか定食屋か……っていろんな雰囲気の選択肢がいっぱいあるのにね。

今回作成したコンセプトブックの一部。「ながれる」が何を大切にしてどんな場所を作りたいかをまとめています。ゆずりはさんのチーム内はもちろん、これからの仲間集め、寄付集めの際にご活用いただく予定です。下記Outputからダウンロード可能です。(イラスト:塩川いづみ)

服部 たしかにそうですね。シェルターは必要だけれど、安全を守るために居心地の良さを奪われるのは嫌だとか、半開きの場所が居場所になる可能性を、「ながれる」は社会に提案する場所になり得る。実際に運用が始まっていくと、他にも親和性のある場所が増えていく未来を描ける。お話をいただいたときに、ワクワクする新しいチャレンジだと感じました。

亜美さんの話で印象的だったことがあるんです。相談に乗っていたティーンの子たちが「一番死にたくなるのは朝起きたとき」と言ったことが忘れられない、と。今度つくるシェルターは、朝起きて気持ちいいって場所にしたいと話してくれましたよね。

決定した物件なら、朝の光がよく入ってきそうですよね。朝の光を浴びて、生きる気力をもらえるような部屋ができたらいいなと思っています。

かたちにならない情熱を
“クリエイティブカンパニー”と一緒にカタチに

アフターケア相談所「ゆずりは」代表 高橋 亜美

服部 なぜ、ロフトワークと一緒にプロジェクトを進めようと決めてくれたのか。あらためて教えてくれますか。

高橋 想いとしては、このプロジェクトを既存の福祉の概念や枠の中に収めたくなかったんです。これまで、守って囲って相談者の人に対応してきたけれど、そういうあり方から自由になりたくて踏み出していますから。

だからこそ、福祉じゃない視点や繋がりを持っている誰かに手伝ってもらいたい。まずは仲間がほしいと思っていました。実際問題としても、「やりたい」までは描いたり言えたりするけれど、具体的にどうしていくか「次の一手」が自分では打てませんでした。

そこで福祉の領域でも座組みを考える仕事などをしてきた仲間にまずは相談しました。すると「実績があるところと一緒にやった方がいい」と、いくつかの会社を紹介してくれたんです。

そのなかでロフトワークのこれまでの仕事について知り、企業から、学校・公的な機関まで本当にたくさんのプロジェクトやイベントを手がけていて、そのひとつひとつが全部楽しそうで開かれてる雰囲気なのが印象的でした。Webサイトを見ていて単純にワクワクしたのもあって、「一緒にやりたい!」と。

服部 それは嬉しいです。振り返ると、ロフトワークの強みも出せた仕事だったかもしれません。ニッチなものって、そのまま伝えると届かないこともあります。私たちの仕事は、そういったものを、どんなかたちで届けようか考えて、伝えることなんです。

高橋 最初の打ち合わせのときに、ニッチな福祉の話も、すごく気持ちを寄せて大切に聞いてくれたのを覚えています。「ロフトワークでできることを一緒に考えたい」と言ってもらえて、すごく嬉しかった。この仕事をしていると、ガンガン開拓して協力してもらうか、先方から寄付をいただくか、わりと両極端なところがあって。今回「一緒に」というのが新鮮でした。

服部 各案件には、適任と判断されたディレクターが担当になるのですが、今回は私と許孟慈の2人がディレクターとして、私がプロジェクトマネジメントも担いながら進めました。

ロフトワークの一つの特徴として、社内には建築家、エンジニア、デザイナーといった「つくる人」はいないんですよね。クライアントの方々にとって、最適なチーム編成を考えて外からメンバーを集めてくる。 だからこそ新しい仲間がほしい、今まで出会ったことない人たちと一緒にやりたいという気持ちに応えられます。

高橋 ロフトワークに声をかけた時点では、施設に求める機能も漠然としていました。宿泊、事務所、コミュニティスペースの3つには定まっていたけれど、特にコミュニティスペース部分に対する解像度がだいぶ低い状態でしたね。

服部 ロフトワークが請け負ったのは、3ヶ月という期間内にプロジェクトの概要をまとめて指針も示せるようなコンセプトブックを制作することと、具体的に物件を選定すること。物件については3ヶ月の間にできるか不安でしたが、東京R不動産の室田啓介さんのご紹介で、「ここでやりたい!」と思える物件に一発で巡り合うことができました。

ゆずりはの事業は営利目的ではなくて、運営費は基本的に寄付や補助金に依っています。そんななかで、プロジェクトの決して安くはない金額をロフトワークにかけてもらっていることは重く受け止めていました。このプロジェクトに共感しているからこそ、プロジェクト期間以降もゆずりはさんの力になるものをお渡ししたい、とすごく意識しました。

コンセプトブックを、今後大いに役立つように制作するのは大前提。もう一つ大事にしたことは、ゆずりはさんと人をリアルで繋いでいくことです。これからオープンする施設には、福祉の業界だけではない多様なバックグランドを持つ、共感してくれる仲間の存在が必要だと思ったからです。

そんな意図があり、4月後半にはワークショップを開催し、全国各地の場づくりのプロフェッショナル3人をゲストに招きました。その場で議論もたくさんできたし、亜美さんが確定を迷っていた物件について、決意の背中を押すような場面もあって、結果的に「物件を選定」というロフトワークの仕事のゴールとしてもよかったです。

高橋 今、ロフトワークさんとの仕事が終わるタイミングで思うのは、具体的な成果だけでなく出会いに恵まれたということ。もめさん(服部のニックネーム)、孟慈さん、良さん、この間のワークショップの時に話した方たち……今後にもきっとつながっていく、いろいろな出会いがありました。

検討中の物件をワークショップ参加者へ共有するロフトワークの許 孟慈

ゲストハウス運営の経験から、人が交わる機会がありつつも、近すぎない距離感の設計について意見を伝える塩満 直弘さん(萩ゲストハウスrucoオーナー/Backpaclers'Japan取締役CCO)

保育士の経験を生かしながら、神戸の下町で家族の暮らしを開きながら安心、安全な場所づくりを目指す小笠原 舞さん(合同会社こどもみらい探究社 共同代表)

「ながれる」でも「同じ釜の飯を食う」体験を大切にしたい。世界中を旅して見てきた食文化を通じて、人が繋がる場づくりを実践する奥 祐斉さん(株式会社bona代表取締役)が作ったビリヤニ。

コミュニティスペースで花屋をできないか?という亜美さんの想いを起点に、好きな花と花瓶を選び、会場の好きな場所に飾るアクティビティを実施した。(企画・協力:フラワーアーティストedalab.)

「半開きエリア」における街とのコミュニケーションのアイデアの一つとして、台湾の文化である自由にお茶を飲んでもらう「奉茶」も体験。(企画・協力:アーティスト村田美沙)

半開き、中間領域を建物の設計からつくる

服部 物件を決めたら次は必ず設計者が必要になる。コンセプトを一緒につくる段階から入ってもらって、その感覚を空間に落とし込んで具現化してもらいたかったので、早い段階で設計者の推薦を行いました。

今回ご一緒することになった安部良さんは、私がロフトワークに入社するだいぶ前に、施主としてゲストハウスを2軒つくったときにお世話になった建築家です。ゲストハウスでは、私たちの想いを、空間のプロとして落とし込んでくれた経験がありました。

良さんは、建物が完成して運営が始まってからも、その場を我が子のように愛し、使ってくれる。そういう関係性をこの企画でもつくれたらいいなと思いました。

高橋 初めてオンラインミーティングで良さんにお会いしたときに「こういう風に関わりたい」って話してくれた内容に感動して、すごい勢いでメモしちゃった(笑)。プロジェクトについて語る時に「安心」や「楽しい」って言葉をたくさん使っていましたよね。建築家からこういう言葉がバンバン出てくるのに驚いたし、私たちが大事にしたいことと想いが重なっていたんです。

Architects Atelier Ryo Abe 代表 安部 良

安部アトリエ 安部良さん(以下、安部) 福祉に関しては、福祉の「中間領域」をつくりたいとずっと考えてきました。それが、亜美さんのいう「半開き」と共通する気がして、なにかできるんじゃないか、と。

そんなテーマを持つようになったきっかけのひとつは、突然重度の障害者になった友達のまわりで起きていたことにあります。彼が暮らしていくにあたって、1日3交代みたいな感じで24時間介護をするボランティアチームが発足して、車椅子の彼は仕事もしながら一人暮らしをしていました。私もメンバーの1人で、土日にごはんをつくりに行っていたんだけど、その場にいる人みんな、介護する人とされる人の関係じゃなかった。

彼の人柄もあるんだろうけど、その場が楽しいから、いつも何人かのボランティアが、シフトに入ってなくてもそこにいたんです。彼はボランティアの学生のメンターになっていたし、自分でパーティを企画したりもしていて。「する・される」の関係性って簡単にひっくり返ると実感しました。

だけど、亜美さんも言っていたように、福祉の領域全般において選択肢が少ない。障害者や高齢者などが「施設か家か」と二者択一を前提とせざるを得なかったり、ユニークな人たちに対応する施設のバリエーションもありません。

だから、私は建築で中間領域をつくっていきたい。私が手がけてきたプロジェクトにも、そういう想いが根底に流れています。例えば、もめちゃんとつくった岡山県西粟倉村のゲストハウス「元湯」は、高齢者のために温泉施設を復活する名目から始まったけれど、次第に子どもが来れる場所、移住者の拠点にまでなっていった。

福祉は、見方によっては対象者を守るだけの場所じゃなくて、その周りにいる人たちみんなを元気にしたり、参加したい人がどんどん集まる場所にもなる。瀬戸内海の島につくった「島キッチン」もそういう場所でした。

服部 「ながれる」は、宿泊スペースや事務所を設けることは決定事項ですが、次のステップでは、コミュニティスペースのような「開いた部分」の顔になるような人との出会いも求めていきたい。それは先日のワークショップで確認したことでした。

適任者は探してもなかなか見つからないだろうから、 現場で事を起こしながら見つけていくのがよさそう。人間関係に風を通し続けられるか否かは、半開き・中間領域の場においては大事なポイントですね。

安部 うんうん、そう思います。亜美さんやゆずりはのメンバーと地域の人たちの関係性はしっかり育んでいければいいですよね。そして、シェルター利用者の人たちは入れ替わりながら元気になって出ていく。

10年経って、「この場所で一時期過ごして、元気をもらって社会に出ていった人たちがいっぱいいるんだよ」って街のコミュニティの人たちが言えたら、すごくいい。「この街の自慢だよ」って言ってもらえればいいですよね。

自分やスタッフがまず大好きな場所にしたい

高橋 街の人たちと仲良くなりたい気持ちは強くあります。「なんだかよくわからないけど、『ながれる』ができてよかったね」「なんだか嬉しいね」と感じられる場所でありたい。

シェルターとしての機能はありつつも、街の人たちが「ごはん食べに行こう」あるいは「この場所を借りて何かやりたい」とか、「〜したい」がたくさん発生する場所にしたいな。

運営する私たちも逆に「ちょっと相談に乗ってほしい」と言うことが許される場所をつくっていきたいですね。

何より、自分自身が大好きって思える場所にしたい。スタッフが泊まる場所も、最初はただ仕切れる場所があればいいくらいに考えていたけれど、良さんが考えてくれたのは素敵な場所で、私たちもずっといたいとイメージできることも重要なんだと気づかされました。

安部 事務所フロアには小さなキッチンもあってダイニングとしても使える。スタッフの寝る場所はキャビンになっていて、3階全体がシェアハウス的なイメージで設計しています。

服部 ロフトワークはコンセプトブックをつくるところまでで、あとは良さんターンですね。これからの意気込みはありますか。

安部 はい。たぶんいつまでも終わらないプロジェクトになるんじゃないかな。私の仕事は大体10年はかかる。そんなんばっかりなんですけど(笑)。のろのろやらせてもらって、いつまでも完成はしない。

でも、スタートはいつからでもいいんですよ。明日から営業開始でもいい。テーブルひとつ置いて囲んでごはんを食べ始めたり、亜美さんがそこにいるだけで、「ながれる」は始まります。

高橋 そうですね。これから、まだ世の中にあまりない場所をつくっていくのが楽しみです。福祉の領域だけでがんばるんじゃなくて、「クリエイティブカンパニーと一緒にやったらこんなのできちゃったよ」と伝えていきたい。

まだ完成していないけれど(笑)、こんな場所がどんどん増えていけばいいなとワクワクしています。

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