公益社団法人京都市観光協会 PROJECT

京都観光のマナー普及・啓発を促進
日本の“あたり前”を伝えるコミュニケーションをデザイン

Outline

オーバーツーリズムを軽やかに乗り切る
瞬時に意思疎通できるコミュニケーションツール

公益社団法人京都市観光協会(DMO KYOTO)(以下、京都市観光協会)は、京都市域の観光振興を目的とした団体です。主に行政や関連事業者に向けて、京都観光のプロモーションをはじめ、マネジメントやビジネス支援、情報収集・発信などを行い、国際文化観光都市「京都」の持続的な成長を目指し、観光振興を推進しています。

年間約5,000万人超えの観光客が訪れる京都市。コロナ禍以降、観光需要喚起策の「全国旅行支援」やインバウンドの影響により京都へ訪れる人数は年々増加。賑わいを見せる一方、時期や一部の場所によっては混雑や外国人観光客のマナー違反などが問題とされています。事業者の中には「観光客にどのように声をかけていいのかわからない」という方も多く、誤った声のかけ方でトラブルに発展するケースもありました。
国が違うと価値観やマナーの違いは生まれるもの。観光客にとっては当たり前だと思っていた文化や行動でも、滞在する地域ではふさわしくない場合も多くあります。京都市観光協会は、マナーは生まれ育った地域によって根付く“文化”であるからこそ、悪気があって行っているわけではないということを事業者や市民も理解する必要があると感じていました。一方的なルールの押し付けにならず、あくまで日本式のマナーを伝え、迎える側のモラルも高める姿勢が大切であると考えたのです。

そんな想いを胸に行った取り組みの一つが「コミュニケーションフレーズ集」の制作です。
方向性を模索する中で、観光地やそこのある店舗を訪れてのリサーチを通じて分かったことは、エリアによって海外観光客とのコミュニケーションの慣れ度合いに大きな格差があること。そして、業態や接客スタイルによっては、翻訳アプリ等のツールを使いこなす時間を確保できないということです。そこで制作では、即時性を重視し、対応に不慣れな事業者の方々でもすぐに使えるよう、あえてシンプルな仕様を採用。また、使い方動画や事業者向けの説明会を実施し、現場でいますぐ活用できるよう設計しています。
事業者の方々からは「文章が短いから言いやすい」「英語ができない私にとってはお守りになる」「地元の言葉を海外の方に伝えることができる」などの声も上がっており、海外観光客とのコミュニケーションの改善に寄与しうるツールとなっています。

動画:観光事業者向けマナー啓発フレーズ集 使用例

Approach

「リアルな現場の声」を反映するためのプロセス設計

コミュニケーションフレーズ集を具現化するために、プロジェクトチーム内ではまず課題に対して現状の把握、目的や目標、フレーズ集のあり方について要件定義を実施。外国人観光客とのコミュニケーション自体を考える大きなきっかけにもなるため、そもそもマナーとは何か、ポジティブに受け取ってもらえるためにはどうしたらいいのかなど、事業者が外国人観光客と今後どのように関わっていけばいいのかといった大きな視点から思案しました。

その後、観光地を訪れ、事業者の声を聞くフィールドリサーチを実施。嵐山や錦市場などの観光エリア、公共空間、飲食店、小売店などへ赴き、マナー啓発の現状をリサーチしました。本プロジェクトでは参加型のデザインプロセスを採用し、当事者である観光事業者を巻き込む形で進行しています。加えて、京都市ビジターズホストや異文化コミュニケーションの専門家とも連携し、現場での実践的な知見を取り入れながら推進。リサーチをもとに具体的なアイデアに落とし込んでいます。

3〜4ヶ月の短いスケジュールの中でプロジェクトを目的達成と課題解決をするために、プロジェクトチームがチーム内で特に意識していたことが「ユーザである事業者の声を反映し、現場で本当に使われるツールにすること」です。コミュニケーションに齟齬が生まれるのはあくまで“文化の違い”が発端と考え、異なる文化や習慣、言語感覚を持つ外国人観光客へ理解してもらえるような、最適な言葉選びや伝え方はどのようにしたらいいのか。また、事業者に対しての心理的、業務的な負担を減らせるツールになるのかを深く考えるべく、リサーチやヒアリングを繰り返しました。

錦市場でのリサーチの様子

多くのフィードバックをいただく中で、現場と制作側では求めていることの違いが見えてきました。たとえば、デザイナーの視点から検討した際、最初はフレーズ集に対して「おみくじのようにしたらワクワクするのでは」「読み物として持ち帰れる冊子はどうか」などのアイデアを提案しましたが、現場からは「レジ横ですぐに指差しできるものがいい」という声が多く、「混雑したエリアでは翻訳アプリを使う手間や時間さえもない」「瞬時に意思疎通できるツールが求められている」など、現場と制作で求めているものに差があることに気づきました。

現場の生の声を聴きながら試作品を制作し、事業者の方々に使っていただきフィードバックを得ながらフレーズ集を仕上げることで、現場ですぐに役立つツールに仕上がっています。

活用方法を事業者に伝え、現場活用を促進

使い方を事業者の皆さんに伝えていくため、フレーズ集の周知を目的としたイベントを実施しました。イベントでは、制作プロセスや、本フレーズ集の活用方法を紹介。また、京都市認定通訳ガイドによる異文化コミュニケーションによる作法についての講演も行っています。

さらに、会場に来られなかった事業者の方々にも本フレーズ集を伝えていくため、活用方法をまとめた動画を制作。イベントの記録に加え、撮影には事業者にも協力いただき、リアルな接客現場を映しています。動画を通して観光事業者や会員企業が自由に本フレーズ集を活用できるようになり、外国人観光客とのコミュニケーションのあり方を長期的に考えられることを目指しています。

事業者向け説明会『京都インバウンドカフェ 番外編「外国人観光客とのコミュニケーションのヒント」』の様子

Outputs

店舗や地域のルールを伝えるコミュニケーションフレーズ集

事業者が外国人観光客に対して、現場ですぐに使える24フレーズを収録。事業者の方々が、シーンに合わせて使えるよう設計。お店の雰囲気や個人に合った使い方で、外国人観光客とスムーズなコミュニケーションが取れる仕組みです。

【フレーズ集の使い方いろいろ】
・切り取って暗記カードに
・レジや商品棚の見やすい場所に
・シートのまま指差しで伝える
・お客さん向けに掲示する

たとえば「順番にご案内します(Please wait your turn.)」や「店内で購入したものを外で食べないでください(Please finish your food / drinks inside.)」「ゴミを持ち帰りましょう(Please take your trash with you.)」など、文化や認識の違いから齟齬がおきやすい状況を回避するための言葉を記載。
また、 「Thank you.」という言葉以外で感謝を伝える外国人観光客に伝えられるフレーズを知りたいという事業者からの要望を受け、ポジティブなフレーズを6個含めています。フレーズを活用することで、双方が快適な時間を過ごせる手助けをしてくれます。

コミュニケーションフレーズ集

Credit

プロジェクト基本情報

クライアント:京都市観光協会
プロジェクト期間:2024年9月〜2025年2月

体制

  • ロフトワーク体制
    • プロジェクトマネジメント:許 孟慈
    • クリエイティブディレクション:村田 菜生
    • プロデュース:山田 富久美
  • 制作パートナー
    • フレーズ集デザイン:合同会社バンクトゥ
    • 映像制作:SWELL株式会社
  • 翻訳監修
    • 櫻井 真三代(京都市認定通訳ガイド、全国通訳案内士)
  • リサーチパートナー
    • ビンガム 綾子(株式会社movインバウンド支援事業部コンサルタント)

執筆:田中 青紗
編集:野村 英之
企画・編集:横山 暁子(loftwork.com編集部)

Member

許 孟慈

ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

村田 菜生

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

山田 富久美

株式会社ロフトワーク
プロデューサー

Profile

メンバーズボイス

“「インバウンドカフェ」としてFabCafe Kyotoで開催したところ、京都新聞に取り上げられたことをきっかけに、ツールのダウンロードが毎週数件ずつ続いています。また協会の窓口にも事業者の方が資料を求めて訪れるなど、現場での活用が着実に広がっていることを実感しています。
プロジェクトを通じて、観光事業者のリアルな声に耳を傾けながら、足元から課題を見つめ直すプロセスはとても意義深く、観光都市・京都のこれからを考えるうえでも重要な視点を得られました。今後も他地域への展開を視野に入れつつ、京都のブランド価値向上にもつなげていければと考えています。”

公益社団法人京都市観光協会 企画推進課 DMO企画・マーケティング統括官
堀江 卓矢

“京都に住み始めて、1年が経ちました。 東京での8年を経て移住したこの地では、日々の風景や言葉遣いの中に、目には見えない「文脈の違い」が確かに存在しており、戸惑うこともあれば、新たな発見もありました。そうした日々の気づきとも重なるように、今回のマナー啓発プロジェクトでは、異なる文化的背景を持つ人々とどう向き合い、どう伝えるかという問いに、改めて真剣に向き合う機会となりました。
本プロジェクトの設計と実施にあたって、特に重視したのは2つのポイントです。 1つ目は「現場のリアルな声を反映すること」。 2つ目は「文化や文脈の違いを前提に、相互に気持ちよく伝え合える関係性をつくること」です。 限られた期間のなかで、複数回のリサーチ、現地ヒアリング、プロトタイプのテスト、アンケート配布などを重ねながら、「観光事業者が本当に現場で使えるツールとは何か?」を問い続けました。どの工程においても、現場の声を起点に、丁寧に設計する姿勢を貫きました。
観光客も事業者も、一つの型にはおさまらず、それぞれ異なる文化的背景や文脈を持っています。 だからこそ、今回のフレーズ集では、ネイティブ向けの自然な英語表現よりも、非英語圏の観光客や、日本語に不慣れな事業者にも伝わりやすい表現を意識しました。
本フレーズ集が、観光客と地域、そして事業者をつなぐ小さなきっかけとなり、京都という街の魅力をより深く伝える一助となれば幸いです。”

ロフトワーク クリエイティブディレクター 許 孟慈

Keywords

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