多様性が交差する渋谷から、イノベーションを推進する
共創施設「SHIBUYA QWS」の軌跡と展望
渋谷駅直結・直上の大規模複合施設「渋谷スクランブルスクエア」の15階にある会員制の共創施設「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ、以下QWS)」がオープンして、3年が経ちました。
コンセプトに「問い」を掲げるQWSに訪れるのは、企業の新規事業担当者から社会起業家、NPO、自治体、学生、クリエイター、ベンチャーキャピタル、大学研究者など。年齢も10代から90代までと幅広く、世代・領域を問わず多様な人々がまざり合いながら、価値創造に向けて対話とコラボレーションを繰り広げています。これまで223のプロジェクト(2023年1月末時点)が活動しており、これらの中から社会実装に向けた動きも活発化しています。
渋谷スクランブルスクエア株式会社(以下、スクランブルスクエア)とロフトワークは2016年から共同プロジェクトチームを組み、事業立案から空間設計、プログラム設計、ブランディングなどを含むQWS事業の立ち上げ・プロデュースから開業後の施設運営まで、共に取り組んできました。
価値創造の種が次々と生まれる「場」は、いかにしてできたのか。また、そのような場をゼロからつくり育てるために、リーダーがやるべき仕事とは? プロジェクトメンバーとともに、QWS立ち上げから運営までの6年間を振り返りました。
執筆:中嶋 希実
企画・編集:岩崎 諒子(Loftwork.com編集部)
写真:川島 彩水
SHIBUYA QWSについて
2019年11月に、渋谷駅直結・直上の大規模複合施設「渋谷スクランブルスクエア」の15階に開業した会員制の共創施設『SHIUBYA QWS(渋谷キューズ)(以下、QWS)』。ビジネスからサイエンス、芸術、カルチャー、社会課題などの多様な分野のプロジェクトチームが集まり「0→1」の社会価値を生み出す新拠点として、注目を集めています。
話した人
野村 幸雄 / 渋谷スクランブルスクエア株式会社 SHIBUYA QWS エグゼクティブディレクター
QWS事業立ち上げにおいて、プロジェクトのリーダーを担当。開業後はQWSの施設・コミュニティ運営を統括し、多様な人々の「問い」が交わり、新しい価値が生まれるための仕組みとサービスづくりに尽力している。
松井 創 / 株式会社ロフトワーク LAYOUT Unit. CLO
QWS立ち上げプロジェクトの総合プロデュースを担当。共創施設からオフィス、商業施設まで、人々が対話・交流しながら創造性を高めることができる「場」をプロデュースする。
加藤 翼 / 株式会社ロフトワーク LAYOUT Unit. ディレクター
QWS立ち上げプロジェクトでは、コミュニティ設計に参画。現在、QWSのコミュニティマネージャーとして運営に携わっている。個人の事業として「BUFF コミュニティマネージャーの学校」を主宰。
岩崎 諒子/ 株式会社ロフトワーク マーケティング
本記事の聞き手。2018年まで、クリエイターコミュニティサイトの企画・運営を担当。さまざまなクリエイターとの共創プロジェクトを担当した。現在、ロフトワークのコーポレートサイトでコンテンツの企画・編集を担当。
「産学連携」というミッションが、業務から自分ごとに
ロフトワーク 岩崎(以下、岩崎) まずは、QWSが生まれた背景からお聞かせいただけますか?
SHIBUYA QWS 野村さん(以下、野村) QWSがある渋谷スクランブルスクエアは、2000年の頭くらいから東急、JR東日本さん、東京メトロさんで計画、再開発を進めてきたプロジェクトです。2013年に東京都に申請した提案書のなかに、地域貢献施設を導入し産学連携すること、そして「渋谷のクリエイティブコンテンツ産業を支援する施設」であることが記載されていて。私自身は2014年からプロジェクトを任されたのですが、それ以前まで私は財務の仕事をしていました。そんな施設をつくるための方法もわからないし、なぜつくるのかもわからない。まったくの素人でした。
岩崎 近しい経験があったわけではなかったのですね。
野村 そうなんです。月並みですが、まずは情報収集から始めました。参考事例を見学に行ったり、スタートアップやイノベーションに関連するイベントにも参加して、今、その界隈でどんな議論がかわされているのかをキャッチアップしたり。そうして、国内外の事例を知るほど感じたのは、日本の状況への危機感です。スタートアップへの支援も薄ければ、大企業から起きるイノベーションも停滞している。自分の子どもたちが大人になる20年、30年後に、彼らが好奇心を持って暮らしていける国であり続けられるのかと疑問を持ちました。
岩崎 業務のミッションとして知見を増やしていく中で、個人の視点や考え方にも変化があったんですね。
野村 私がプロジェクトを担当した時点では、あまり細かいことは決まっていなかったんです。何から何まで自分で考えなければいけない大変さはありましたが、一方で、自分たちで想像しながらつくっていける余白があった。今となってはそれが良かったんだと思います。
片っ端から人と会って、やりたいことをぶつけてみる
野村 それから2年ほど時間をかけて、200〜300人くらいの起業家やその支援者、アーティストや大学の研究者などの様々な分野で活躍されている方たちに会いに行って、「こういうクリエイティブ産業支援と産学連携のための場所をつくろうと思うんですが、どうですか」と聞いて回りました。その中で出会ったのがロフトワークのみなさんです。計画を説明しに行ったら、諏訪さんと千晶さん、松井さんから、けちょんけちょんに言われちゃって。
ロフトワーク 松井(以下、松井) 今だから言えますが、野村さんの「クリエイターが集まる場所にしたい」という言葉を聞きながら、内心、「新築ピカピカの高層ビルにクリエイターが集まるなんて、無理じゃないかな」と思っていました。その後、野村さんがアカデミックな人から地方自治体の方まで、本当に幅広い人に会いに行く姿を見て。クリエイターという言葉をとても広く捉えているんだと、ようやく理解できました。
野村 面白いねと言ってくれる方もいれば、ぜんぜんだめだって厳しい意見をくれる方もいて。今、会員になってくれている方たちのなかには、そうやって出会った相手も少なくないんですよ。
岩崎 自分たちがつくったプランを異業種の相手や有識者にぶつけていくのは、勇気がいるお仕事ですよね。
野村 「こんな場所、意味ない」なんて言われて、打ちのめされるようなことも何度もありました。でも、やってみないとわからないじゃないですか。やってみて、駄目だったときに修正すればいいと思いながらここまで進んできたんです。
岩崎 人と会う活動と並行して、設計から運営まで取り組むプロジェクトチームをロフトワークと共同で立ち上げました。パートナーを選ぶ決め手は、なんだったのでしょうか?
野村 忖度なく発言してくださるところが信頼できました。絶対に「事業主がそう言っているならいいか」とはならないし、実際、意見が違って何度も衝突しましたよ。でも、それは新しいものをつくっていく過程で必要なことですよね。対話がちゃんとできるのは、ロフトワークさんだと思ったんです。
未来の価値と既存事業をつなぐ
岩崎 ロフトワークがプロジェクトに参画してから開業まで、3年以上の時間がありました。プロジェクト設計はどのように進んでいったのですか。
松井 長く議論していたことのひとつが「コミュニティ」という言葉をこの施設でどう扱っていくかということでした。これから作ろうとしている場が、コミュニティという、ある種の輪郭を持った概念には収まりきらないような気がしたんです。渋谷という場所の周辺にある多様なコミュニティが複数集まるような場所をイメージしており、そこにしっくりくる表現をずっと探していました。
野村 最終的に「スクランブル・ソサエティ」というキーワードにたどり着きましたね。松井さんがルナー・ソサエティという、18世紀頃のイギリスにあった研究者や人文学者、芸術家たちによる社交団体の事例を紹介してくださって、まさしくそれだと思ったんです。
松井 ソサエティ(Society)という言葉は、いわゆる「社会」という意味のほかに、人と人との「出会い、交流」という意味があります。新しい出会いと交流の中から、新しくなにかが生まれる場所でありたい。一方で、それを実現するには誰に向けて、どんなコンセプトと空間を設計するべきなのか。スペースと期日が決まっているなかで、どれだけ考え尽くせるか、質を高めていけるかという点では侃侃諤諤した時間もありました。これはいける、と確信を持てたのは、「すべての人をクリエイターと呼べるんじゃないか」という結論が出たときです。
ロフトワーク 加藤(以下、加藤) 「ペルソナ=アンノウン」という話も出ていましたね。普通は、新しい事業やサービスをつくる時には具体的なペルソナを立てたり対象となる人の母数を試算したりするけれど、このプロジェクトはずっとふわふわしたまま進んでいく印象があって。コロナ前で、WeWorkさんが日本に入ってきたりとオフィスを取り巻く環境にも新しい変化があった時期だったので、時代性を吸収しながら、プロジェクトがいい意味で発酵していったと思います。
岩崎 野村さんは経営陣やステークホルダーの方々に対して、そのふわふわした企画をビジネスとして通していかなければならない立場にいらっしゃったんですよね?
野村 最初は正面からQWSのコンセプトを説明していたんですが、会社の人たちには理解してもらえませんでした。「そんな施設をつくって誰が来るんだ?」と言われるものの、僕らもまだわからない。相当な予算とある程度の収益性が必要な施設ですから、承認する人たちが不安を感じるのは当たり前ですよね。
岩崎 そこから、どのように経営陣から決裁を取っていったんですか。
野村 自社が取り組んでいる事業と新しい事業の意義を接続しながら、事業計画を伝えるように工夫しました。現在、渋谷では再開発で多くのオフィスビルが建っていますが、そこに入居する企業がいなかったら意味がありませんよね? 私たちは、将来渋谷でオフィスを構えようとする起業家を育てるところから始めなければならないのではないか、と。
それに、僕ら東急やJR東日本さんも含めて、今は既存事業が明日にでもゲームチェンジを起こされてしまう可能性がある時代です。ホテル事業はすでにAirbnbや民泊という新しい業態が生まれているし、移動手段だって新しいものが出てくるかもしれない。だからこそ、自らが「新しいことが生まれる場所」を運営し、時代の先端的な変化をキャッチアップすることが必要になるはず。そこで出会った新しいサービスを提供している企業とアライアンスを組んだり、コラボレーションできれば、変化に対応できる可能性も高まります。
もちろん、プロジェクトチームにとっての本当のゴールは、もっと大きな社会的インパクトを生み出すことですが、自社事業の将来とのつながりを説明することで、ようやく経営陣にも理解してもらえました。
岩崎 新しい価値をつくろうとしているプロジェクトメンバーたちと、既存事業で実直にビジネスに取り組んでいる社内の人たちとの間に立って、両者をつなぐ翻訳者のような仕事をしてきたんですね。
野村 そうですね。もうひとつ大事だったのは、社内から応援してくれる人の存在でした。私がやろうとしていることを「今、やるべきことだから」と言って支えてくれる。そういう人が1人でも2人でも身内にいるというのは、とても心強かったですね。
目標は、「年間でムーブメントを3つ生み出す」
岩崎 共創施設をつくろうとするときに難しい要件の一つが、KPIをどこに置くのかということだと思います。何をもって、事業の成果を測るのか。QWSではどうしていますか?
野村 QWSの年間目標は「ムーブメントを3つ生み出す」です。一過性の流行り廃りでなく、社会に実装されて、サステナブルであるムーブメント。それは必ずしもビジネスだけではなく、アートでもいいし、カルチャーであってもいいと思っています。
岩崎 なかなか難しそうな目標ですね。QWSからムーブメントを生みだす上で、重要な要素はなんだと思いますか?
加藤 社会に投げかけたものに対して、ちゃんと反応を確認できる環境があることが大切で。以前経産省の方が来たときに、「霞が関にいるよりも、この街を見ていたほうが景気がわかる」と話していたんです。モノや情報、娯楽を求めて多様な人たちが行き交っている中、街の息づかいを感じながらプロトタイプしたものを実証実験できるのは、渋谷という場所にあるQWSならではの価値だと思います。
岩崎 丸の内や虎ノ門とは違い、生活者の活動と近いからこそ、見えるものがありそうですね。目指す成果を生み出していくために、運営ではどんな工夫をしていますか?
加藤 QWSのコンセプトである「問い」を止めないことです。QWSはただのコワーキングスペースではなく、問いを通じて人と人が出会い、交流し、互いの問いを磨き合う場所です。だから、会員さんたち自身からどんな問いを引き出して、誰とつないであげるといいかを常に考えています。そのためにどうやって日常のコミュニケーションの質を高められるか、コミュニティーマネージャーとして、野村さんといつも話し合っています。
野村 施設運営の最前線にいるのはコミュニケーターやコミュニティーマネージャーで、彼らは日々、会員一人ひとりと対話しているんです。会員のみなさんに対してより適切なサポートや支援をするために、会員さんの困りごとや要望といった情報は運営メンバー全員で共有しています。また、コミュニティマネージャー職には、スクランブルスクエアとロフトワークさんの両社からスタッフが参加していますが、所属が違ってもお互いフラットで境目がないチームづくりを目指しています。
QWSではたらくメンバーの役割
コミュニケーター:受付や入退会の管理、設備の使用方法などのオペレーションを中心に担当。そのほか会員の困りごとや相談を中心に対応している。
コミュニティーマネージャー:施設の仕組みやあり方、個々のプロジェクトの進捗などを考えながら、運営全体をファシリテーションしていく役割を担う。
岩崎 お話を聞いていると、コミュニケーターの存在がムーブメント創出の鍵になりそうです。一緒に働くコミュニケーターのみなさんに、QWSの理念をどのように理解してもらい、業務に反映してもらっているのですか?
野村 クレドや研修などを通じてオンボーディングするのはもちろんですが、一番はコミュニケーターさん自身が考えて行動するのを促し、支援することです。原則として、運営に関してさまざまな課題が出てきた場合は、コミュニティマネージャーとコミュニケーターさんが一緒に考えながら改善に取り組んでいます。「どうすればいいですか?」と聞かれることもありますが、私の考えが正解とは限らないじゃないですか。それよりも、コミュニケーターさん自身が「どうしたらいいと考えているか」から話を始めたい。
岩崎 QWSのコンセプトは「問い」ですが、中の人たちにとっても「問うこと」が大切なんですね。運営も会員も、ここに関わる人たち全員が問い続けることを宿命付けられている。「答え」がないという点で、ある意味ハードなコンセプトです。
松井 結果として、余白のあるコンセプトになっているのかもしれませんね。それぞれに考えて解釈できる、自分なりのオリジナルな問いを見つけられる。それは、テーマをひとつに絞ったコミュニティでは実現できなかったことだと思います。
社会変革を促す、新しい「駅」として
岩崎 構想から6年、開業から3年を迎えて、これからQWSをどのような場所にしていきたいですか?
野村 渋谷という場所にある施設ですが、実は地方自治体の会員さんから「地方の問い」が持ち込まれることもあります。例えば、富山県さんは県内の産業創出やスタートアップ起業を支援するために、首都圏からの実証実験誘致や関係人口創出などを目的とした取り組みを行なっています。そういった地域の課題をさまざまな会員と接続して、共に解決していく。場所や立場にとらわれず、問いと、それを解決したい人たちが出会う仕組みをもっとつくっていきたいですね。
加藤 QWSに集まる人は、多様で属性に限りがない。このソサエティがうまく回れば、得られたナレッジを全国、世界にもシェアできると思うんです。連携する場所が増えていけば、解決できることも増えていく。コミュニティーマネージャーとして、この仕組みをどれだけ社会に実装できるのかに取り組んでいきたいです。
松井 開業したときはずいぶん広い施設だと思っていましたが、ありがたいことに多くの会員さんが利用してくれたことで、物理的な限界も見え始めているんですよね。QWSのインパクトをよりスケールさせるために、会員の皆さんが「箱」に対して所属意識を持つのではなく、メンバーシップや仲間であるという意識をどう醸成できるか。ネットワーク、ソサエティの規模を、この「箱」を超えた領域にどう広げていくかが、次のチャレンジだと考えています。
岩崎 文化も産業も、いろいろな場所から人が集まって交わるから変化が生まれ、それが社会変革に向けた起点となる。そのうねりをパワフルなものにできるかどうかがQWSのポテンシャルであり、本質的な価値なのかもしれませんね。
松井 それって、「新しい交通」と言えるのかもしれないね。とどまることもあれば、どこかへの出発点でもある。QWSが、人と問いが交わる「駅」のような存在だとすると、それを鉄道会社がつくっているのは面白いですよね。
野村 会員さんを囲うのでなく、「いかに社会に向けて放つか」を大切にしているのは、QWSの特色の一つです。コミュニティが常に新陳代謝している。まだまだ手探りな部分もありますが、運営側もアップデートを続けながら、いい方向に進んで行きたいですね。
岩崎 これからのQWSがどんな広がりを見せていくのか、本当に楽しみです。今日はありがとうございました。
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