デザインの視点と地域性は、事業成長にどう寄与するか?
富山からスタートアップの未来を探る「T-Startup Day」レポート
富山県が主催するスタートアップエコシステム形成プロジェクト「T-Startup」。昨年度に引き続き、富山県から生まれたさまざまな領域のスタートアップ6社に対して半年間の伴走支援を実施しました。支援期間中は、ロフトワークのディレクターがスタートアップにおけるCDO(Chief Design Officer)としての役割を担い、デザインのアプローチを取り入れて事業の成長を目指しました。
2024年2月19日には、2023年度の活動の総括となるイベントとして、富山市民プラザにて「T-Startup Day」を開催。T-Startup参加企業による半年間の成果報告と今後の展望のプレゼンテーションに加え、豪華ゲストを招いた2つのトークセッションの3部構成で行われました。
本記事ではT-Startup Dayの当日の様子とともに、スタートアップの事業成長や地域におけるスタートアップエコシステムの形成の実現のために“デザイン”がどのように寄与できるのかをお伝えします。
執筆:德田琴絵
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
撮影:川原田 昌徳・川口 和真(株式会社ロフトワーク)
T-Startupとは?
T-Startupは、富山県内の成長企業の発掘・支援に向けたスタートアップエコシステム形成プロジェクトです。富山県は、2022年2月に富山県成長戦略を策定し、「幸せ人口1000万」のビジョンのもと、「真の幸せ」(ウェルビーイング)中心の成長戦略を掲げました。成長戦略を担う6つ柱の一翼として「スタートアップ支援戦略」は位置付けられ、成長ポテンシャルの高い県内企業「T-Startup企業」に対する集中的なハンズオン支援や、起業家や成長企業をサポートする支援者を含めたコミュニティの形成など、スタートアップエコシステムを構築する多様な視点から活動に取り組んでいます。
スタートアップの成長に「デザイン」はどのように寄与するのか?
変化の目まぐるしい現代社会で、課題を解決するイノベーションを実現するためには、“デザイン”の視点が欠かせない。それは、スタートアップも同様です。イベントの第一部は、スタートアップの事業成長とデザインの関係性、そしてデザインを軸に新たな価値創造とその伝達について共有するインプットセッションからスタート。登壇者は、それぞれにデザインとの関わりを持ちながら事業に取り組む4名です。
登壇者
小池 藍
THE CREATIVE FUND
代表パートナー
古結 隆介
エムスリー株式会社
Chief Design Officer
諏訪 光洋
株式会社ロフトワーク
代表取締役社長
花城 泰夢
BCG X
Partner& Director, Experience Design
最初のテーマは、経営とデザインの関係性について。ロフトワークの諏訪光洋は、「今やビジネスにおいても“デザイン”という思考を避けて通れない時代であり、情報の複雑化が進む中で価値を伝えるうえで、その必要性は強くなっています」と語りました。
続いて、エムスリー株式会社でデザイン組織戦略に取り組む古結隆介さんは、ブランディングとの関わりに言及。「永続的に成長を加速させるためには、ファンづくりのデザインが欠かせません。ユーザーだけでなく、サービスを提供する側をファンにするためのコミュニケーションも大切です。これが長期的なブランド構築につながります」と強調しました。
次に、BCG Xの花城泰夢さんは、前職のスタートアップでのUI/UXデザインの活用事例を引き合いに「装飾の役割だけではなく、伝える上でもデザインは重要」と語ります。「私たちは、設計において世界中の人が理解できるようなノンバーバルなデザインを採用し、使いやすさも重視した結果、約180ヵ国が利用するサービスを実現できました。その中で感じたことは、ユーザーの視点を徹底することで、デザインの効果が最も引き出されるということです。」
THE CREATIVE FUNDの小池藍さんは「スタートアップは社会に役立つ良いことをしていても、外からは何をしていのるかが伝わりにくい場合があります。独自性を伝え、競合との差別化を図るためにも、デザインの役割が大きく影響するのではないかと思います。そして外部への露出の面だけでなく、内部でのメッセージの一貫性と蓄積が長期的な成長に繋がっていきます。組織のなかで“共通言語”をつくり、みんなで伝え続けていくことは大切です」と、数々のスタートアップのPRやクリエイティブに特化した支援を行った経験をもとに、コメントを寄せました。
これに続いて諏訪も「とにかく現状で十分伝わっていると過信しないことです。高い技術・能力のある人に支援を求め、外のクリエイティブコミュニティと連携することも選択肢のひとつでしょう。一方で、メルマガなど自分たちでブランドメッセージを丁寧に伝え続ける、その継続性も重要です」と外部と内部の“伝えるデザイン”について、ロフトワークの実践を共有しました。
最後に議論になったのは、「デザインをどう評価するのか」について。
古結さんは「デザインがあるからこそ事業が成り立つという前提のもと、定量評価だけではなく、ユーザー体験においてより良いコミュニケーションが実施できているか、定性評価も併せて見ていくことが必要では」と言及。諏訪は「さらに言えば、デザイン単体の評価だけではなく、言葉や活動を生み出し続ける“仕組み”を作れているか、ということに焦点を当てることも重要ではないか」と示しました。
デザインがスタートアップの成長に与える影響、そして、デザインを組織に取り入れ、価値を発信するための地道な活動の重要性について、深く議論が展開されました。デザインは、見た目を美しく整えるだけではなく、伝える力を持ち、ユーザーとの繋がりをより強固にする役割もあります。そして、効果的なデザインと持続的に価値発信を行う仕組みづくりがスタートアップの成長に不可欠であり、重要な戦略的要素であることが明らかになりました。
デザインの力による“実り”とは? T-Startup参加企業による成果報告
第二部は、T-Startupが提供するハンズオン支援プログラム「T-Startup Leaders Program 2023」に参加した企業によるプレゼンテーションを実施しました。プログラム内で行ったことの成果やこれからの展望など、富山から見据える成長の姿を共有しました。
プレゼン企業
以上のように、選定企業6社においてもデザイン戦略を取り入れたことによる事業成長が見える成果発表となりました。同時に、各社のハンズオン支援プログラムへの満足度も伺えるプレゼンとなりました。
「ローカル拠点だからこそ」のスタートアップの強みと可能性とは
社会・地域課題の解決や地域経済活性化の起爆剤として注目が集まる「ローカルスタートアップ」。現在の日本経済を牽引する大企業の中には、地方発の企業も少なくありません。第三部のトークセッションでは、ローカルスタートアップの事業成長の姿、国が推進する地域とスタートアップの共創、社会的インパクトを生み出すスタートアップの姿など、「ローカル」を起点に新たな価値創造をするためのヒントを探りました。登壇者は、ローカルを拠点とする実践者と、チャレンジの支援に取り組む4名です。
登壇者
加藤 有也
一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)
事業部長/日本インパクト投資2号有限責任事業組合(通称:はたらくFUND), ディレクター
西尾 周一郎
株式会社オーディオストック
代表取締役社長
藤野 英人
レオス・キャピタルワークス株式会社
代表取締役会長兼社長 CEO&CIO
南 知果
経済産業省
スタートアップ創出推進室総括企画調整官
はじめに、一般財団法人社会変革推進財団の加藤有也さんが「スタートアップが地域経済にもたらすインパクトには二つの側面があります。一つは課題解決による不幸の減少、もう一つは経済活動を通じた幸福の増加です」と地域とスタートアップ企業の関わりについて提言。また、あえてIPOや目下の成長を目指さずに、大企業と組みながら、地域の人々とのネットワークを構築することを重視し、長期的に価値を生み出す事業のあり方にも触れました。
経済産業省でスタートアップ支援に取り組む南知果さんは、国のスタートアップ支援について触れながら「社会課題の解決と経済成長の両立を目指すインパクトスタートアップが、地域経済を引っ張っていく存在としていっそう期待されています」と、スタートアップを取り巻く環境の変化に言及しました。
多くの起業家との対話を重ねてきたレオス・キャピタルワークス株式会社の藤野英人さんは「大きな成長やインパクトを見据える場合、始めるのはどの地域でも構わないということをまず押さえるべきです。どこにいてもチャンスがあると思い、それを見出せる人が強いんです」とローカルを拠点としたスタートアップにアドバイスを送りました。
岡山と東京の二拠点で事業を展開する株式会社オーディオストックの西尾周一郎さんは「地元からの熱烈な応援と、採用やリードVCなどの都市圏での繋がりをバランス良く活用できています」と、二拠点ならではのメリットを共有しました。
これに合わせて藤野さんも「ローカルは、人間関係の近さやメディアへの露出しやすさも大きな強み。ローカルと都市圏のメリット・デメリットをフラットに活かしながら、地域の力を結集して挑戦する人の成長を支えることが大切です」と解説。ローカルを軸に初速をつけて全国展開した成功事例も併せて紹介しました。
最後に、スタートアップエコシステム形成を加速させるアクションとして、“えこひいき”というキーワードが挙がりました。
南さんが紹介した、経産省によるスタートアップ支援プログラム「J-Startup」では、国がえこひいきの対象を選び、ロールモデルを生み出すことを目指しているといいます。
これに対して加藤さんも、「個社の積極的な支援から始めることで、地域としての指針を示し、後の企業が追従する状況を作ることで、地域のエコシステム形成に繋がる」と共感しました。「企業の視点でも、エコシステムのなかのステークホルダーや制度をいかに使い倒すことができるかが、後に大きな差として見えてくるのではないか」と語ったのは西尾さん。
藤野さんは、支援する側のポイントも言及し「いいものを見つける“美点凝視”の力を身につけ、“出すぎた杭”を受け止めて応援できる体制をみんなでつくっていきましょう」と会場に投げかけました。
ローカルから全国、世界へ。その羽ばたきの土台となるエコシステムをどう作れるか。スタートアップの熱狂と、その継続を支援する体制を整えていくためのヒントを得られるセッションとなりました。
新たな交流と活動のタネを生み出す、会場のデザインとクリエイティブ
会場には150名を超える参加者が集まり、立ち見が出るほどの熱量。それぞれが発言者の言葉に熱心に耳を傾け、リスペクトを交わしました。新田八朗 富山県知事も会場に駆けつけ、「みなさんの協力のもと、念願が叶って富山でのエコシステムづくりをスタートできました。富山の地に根をおろしつつ県外や世界に向けて挑戦してほしい」と感謝と労いの言葉を贈りました。
ステージでのトークセッションの合間には、参加者とT-Startup企業、登壇者が入り混じるミートアップを実施しました。また、会場内にはT-Startup企業6社の展示ブースが設置され、展示品を手に取りながら活発に会話を交わす姿が多く見受けられました。展示ブースを含む当日のクリエイティブはT-StartupのデザインパートナーであるSTUDIO ROLEの羽田純さんが担当。「出過ぎた杭」がモチーフであるT-Startupのロゴをベースに、クリエイティブが展開されています。
これらのクリエイティブやデザインを駆使した対話の仕掛けは、参加者同士での積極的な交流を生み出すことにつながりました。
さまざまなデザインの視点、富山に根づく熱量、そして起業家の想い。それぞれが掛け合わさり、多くの実りが生まれた半年間の集大成となった一日。富山の地に根ざしたスタートアップ文化を育むための大きな一歩を踏み出すことができました。今後の富山のエコシステムの盛り上がりに、期待が高まります。
プロジェクトメンバー
岩村 絵理
株式会社ロフトワーク
プロデューサー