EVENT Report

多様な当事者と「ともにつくる」実践とは?
コミュニケーション支援アプリ開発をきっかけにした対話の場。

2024年2月27日、ろう者のコミュニケーション課題の解決を目指す研究プロジェクトの報告と、インクルーシブな社会を目指す実践的な共創アプローチを探る座談会の第1回として、トーク「ろう者と聴者がつむぎだす診療現場へ」が、FabCafe Nagoyaで開催されました。本レポートは、このイベントで語られた視点について伝え、次なる可能性について考えるための記録です。

「多様な人が参加できる場」それ自体を試みる。イベントにおけるアクセシビリティへの態度

平日の夜にも関わらずろう者、聴者含めて、職業、専門性もさまざまなバックグラウンドを持つ方たちが集まり、会場は満席。開始前から和気藹々としていました。

イベント冒頭、司会進行を務めたロフトワーク / FabCafe Kyoto の木下さんが、その日の流れと大切にしたいことについて宣言しました。「今日は全体で2時間あるイベントのうち、プレゼンターが話す時間は30分だけです。異なる背景をもつ人たちが、対話しながらともにつくる、ということを大切にしたいと思います。」

この日は、手話通訳による情報保障に加え、リアルタイム音声認識アプリ「YYProbe」を用いた文字支援用のスクリーンも設置されていました。「このイベントも、アクセシビリティが十分ではなくて、思い通りにならないことも出てくるかもしれません。しかし、今ここでその課題自体を共有し、うまくいく方法を模索する機会があると思って、共に考え、場をつくっていけると嬉しい」と話します。

「YYProbe」を用いた文字支援用のスクリーンを設置
FabCafe Kyoto ブランドマネージャー 木下浩佑

イベント概要

トーク「ろう者と聴者がつむぎだす診療現場へ」
– インクルーシブな情報インフラの可能性を探る座談会 vol.1

▼イベントページ
https://fabcafe.com/jp/events/nagoya/240227_inclusive-roundtable

執筆:Shiori Shinoda

言語学者と哲学者がアプローチする、ろう者の課題解決プロジェクト

本編は、言語学者である芝垣 亮介さん(椙山女学園大学 外国語学部)と、哲学者である奥田 太郎さん(南山大学 社会倫理研究所)の共同研究についてのプレゼンテーションから始まりました。おふたりは現在、病院での問診時における ろう者のコミュニケーション課題解決を目指す研究プロジェクト「Think about SEE(Separation between Ears and Eyes)=耳目の隔たりを考える企て」を立ち上げ、ユニットとして活動されています。

プレゼンテーションに先立ち、芝垣さんから、参加者に呼びかけがありました。「今日は、研究者、デザイナー、企業の様々な技術を持った人が集まっています。今日集まったみんなで、インクルーシブな社会を目指す実践的な共創アプローチを探っていきたい。今日でこの場が終わりではなくて、今後、この場に集まった人たちで、何か新しいことを立ち上げるチームができるとか、そういうことを目指していきたいんです。」

芝垣 亮介さん(椙山女学園大学 教授)

15分という短い時間の中、「ろう者、手話という言語の定義」の解説から始まり、2024年1月に発表された論文「動画内状況理解における音の役割に関する一考察-ろう者と聴者の比較を軸に-」の紹介へ。聴者とろう者、耳、目、それぞれを中心とした情報の受け取り方の特徴と違いについて示す研究の話から、いよいよメインテーマ、現在開発中の「ろう者の診療現場における課題を解決する」コミュニケーションツールの紹介に移ります。

現在、1000人に1人はろう者(ろう者、難聴者)がいるとされている中、厚生労働省のデータとして、日本の病院で手話通訳を正式に配置していると発表している病院は、なんと全国に2件のみ*。医療従事者や受付スタッフは聴者であるという状況を踏まえて、ろう者の患者さんとコミュニケーションを取る際に、さまざまな課題が生じているという現状があります。(*2024年2月時点)

「ちょっとお腹痛いな、っていう時にわざわざ自分で手話通訳を頼んだり、電話リレーサービスを頼まないと病院を予約すらできないのは大変すぎる。ろう者が自分のペースで医療従事者とコミュニケーションを取るツールが必要だと考えました。ろう者が気軽に病院に行けるように、ハードルを下げることが、このアプリ開発の大きな目的です」

また、このアプリが広まることを通じて、手話通訳の必要性がより社会に認識され、手話通訳自体の普及につながっていくことも目的だと言います。

「この研究を通じて、ろう者が病院で抱えるコミュニケーションの課題は、同じように聴者も抱えている問題であることに気づいた」と奥田さん。ろう者だけではなく、さまざまな人が使える形を目指しているそうです。

奥田 太郎さん(南山大学社会倫理研究所 教授)

当日は、プレゼンテーション内でのアプリのイメージ解説に加え、モックアップ(試作品)を参加者が自分のデバイスで体験できるように、QRコードが配られていました。イベントの後半で、あらためて、このアプリについて参加者も交えた対話・議論が実施されました。

アプリの機能例

  • 指差し会話機能 : 画面上にある言葉を通じてコミュニケーションできるように、ろう者が医者に聞きたいであろう質問の一覧、問診でよく使う会話のフレーズをアプリ内に収録。筆談ではなく、指差しで医療従事者や受付スタッフと会話ができる。(病名を教えてください、原因はなんですか?など)
  • 問診票 : 日本語を第一言語としておらず、読み書きが苦手なろう者が病院に行ってから問診票記入に苦戦せずに済むように事前記入できるシステム。外国籍の方や病院で問診票の記入が困難な方も利用できる。
  • 文字支援 : リアルタイム音声認識アプリ「 YYProbe」との連携により、医療従事者の話した内容を文字に変換。ろう者に伝えることができる。

  • 会話ログ機能 : コミュニケーションの内容はログとしてアプリに残るため、ろう者は帰宅後に診察時のやりとりを振り返り、後から、気になることを調べることもできる。
  • 病名についての説明手話 : 聴者で医療現場の通訳経験が豊富な手話通訳者による手話解説。
開発中のアプリ試作品の表示画面(一部)

多様な人たちが主体的につくる共同体、ものづくりの生態系を目指して

続いてゲストスピーカーとして、新たな視点を追加してくださったのは、デザインアクティビストの島影 圭佑さんです。脳梗塞の後遺症で失読症になった家族をサポートするために開発した『OTON GLASS』や展覧会『“現実”の自給自足展』の活動をきっかけに、さまざまな「当事者でありつくり手である人たち」と出会い、共にインクルーシブデザインに関する実験や共同プロジェクトを立ち上げて来られました。

島影 圭佑さん(デザインアクティビスト)

“つくるという行為自体の民主化”、“つくる場をひらくこと”が主戦場であるという島影さん。誰もがものづくりにアプローチすることを可能にする、3Dプリンターやレーザーカッターなどデジタルファブリケーションも用い、当事者を含む多様なエンジニア、クリエイターと共に超個人的に、超主体的に、福祉の課題、情報格差に対しての課題解決を目的とした開発の場、コミュニティを運営することにも力を入れています。

島影さんのお話は、この日、このイベント自体が目指している、「多様な人が混ざり合い、共に考え、対話しながら新しい製品・サービスを生み出していくオープンな場づくり」とも響き合います。

島影さんスライドより

情報技術者、デザイナー、研究者、医療従事者。
多様な人が共に意見し、対話する座談会

いよいよ、座談会の時間。芝垣さん、奥田さんが開発中のアプリケーションを入口に、参加者みんなが意見を出し合い、対話をしていく時間です。

あらためて、司会の木下さんから、座談会の場で目指すことについて共有がありました。

「医療現場という特殊なコミュニケーションが必要な場。共有しづらい病状や難解な専門用語をいかに伝えるのかという課題に対して、今日、集まってくださっている参加者の皆さんもさまざまな経験や知見をお持ちだと思います。 解決策は、正しさを競うものではなく、どのように認識するかが大切。ぜひさまざまな視点を出し合っていきたいです。」

情報技術者、デザイナー、研究者、メーカー、医療従事者など、さまざまな専門家が集っていたこの日。情報技術の力、コミュニケーションのあり方、仕組みのデザインなどのさまざまなアプローチで、参加者それぞれの異なる経験や知恵を出し合える条件が揃っていました。

まず、アプリ内の機能の一つとして用意されている「手話による病名解説」を議論のきっかけに。「高血圧」という手話を聴者の手話通訳者が通訳した動画とAIアバターが通訳した動画を見比べてみて、伝わり方や印象について、会場のろう者に意見をもらうことから議論がスタートしました。

「手話動画の手話は、例え医療通訳に通じている人であったとしても、聴者よりろう者がやった方が誤解が少なく伝わる」「病院の受付で自分の番を呼ばれていてもわからない時があるので、呼び出しの機能も欲しい」「盲ろうの人が使えるツールも考えた方がいい」「介助者が一緒に使えるアプリがいい」などさまざまな意見が出ます。

「正解ではなく、最適」。必要な情報や伝え方をいかに探る?

参加者の中には、医療従事者の方も。「病状を言葉で伝えると主観が入り、曖昧になってしまう側面がある。例えば、数字やピクトグラムといった表現方法は解決策になりうるのか?」という視点を追加してくださりました。また、その他に「そもそも医療現場に置ける情報伝達は、医療の専門家にとっても非常に難しい課題と認識されており、丁寧に扱う必要がある」「プロトタイプ制作に際しては、どんなシーンで誰のために使われるのかをさらに絞っていくことも大切」「身近で具体的なニーズを拾っていかないと誰のためのものでもなくなってしまう」など重要な論点が提示されました。

ゲストの島影さんは「医療のコミュニケーションはそれ自体がとても特殊。診療時、目の前のコミュニケーションを言語化する必要性ももちろんあるが、医療の独自の問題、ケアのロジックにも触れる必要があるし、場をひらいて、半構造化してゆく必要がありますね」とコメントしました。

交わらなかったプレイヤー同士が混ざる。インクルーシブな開発の可能性をひらくために

「聞く人によって意見が違うので、全てのニーズを満たすことは難しい。でも、医療現場におけるコミュニケーションが良くなることをブレずに目指したい」と柴垣さんは語ります。イベント終了後も議論は止まず。会場のクローズまで、交流と対話は続きました。

実際に物に触れながら、対話をしていく場がもたれたことについて、開発者のみならず、さまざまなバックグラウンドを持つ参加者からも、意義があったという声をいただきました。

参加者の声

・自分の体験や意見を直接開発者に話せること、さまざまな人と繋がり議論できる場があってよかった(ろうの参加者)

・議論を開き、サービス開発ができる場があるということがとても良いと感じた(企業)

・別の分野の研究者や開発者と意見を言い合う場というのはなかなかない。自分の研究のインスピレーションを持ち帰れた(研究者)

主催者として「普段交わりづらい人たちが混ざる場であること」も意識した、今回のイベント。企業人、研究者、クリエーターである個人がプレイヤーとして集合し、混ざり合い、主体的にものづくりをするような、有機的で自発的なコミュニティの可能性が改めて提示された一夜でした。

「Fabが本来備えている場をひらく力を用いて、これまでクローズドでやりとりされがちだったことをいかに、民主化していくか?」そんな実験はこの日始まったばかり。継続的な活動を予定しています。

次回開催のご案内

インクルーシブな情報インフラの可能性を探る座談会 vol.2は、会場を京都へ移して開催いたします。
芝垣さん、奥田さんがその後さらに進めてきた調査をもとに報告や論点の提起を行うとともに、ゲストには、東京2025デフリンピック応援アンバサダーに就任したことでも話題のデジタルヒューマン「KIKI」と手話CGサービスを手掛ける、株式会社NHKエンタープライズの難波 徹さんをパートナーにお迎えします。

トーク「ろう者と聴者がつむぎだす診療現場へ」
– インクルーシブな情報インフラの可能性を探る座談会 vol.2

■ 開催日時:2024年6月27日(木) 18:30〜21:00
■ 会場:FabCafe Kyoto
■ 参加無料(要予約)

[Speaker]
・芝垣 亮介さん(椙山女学園大学 外国語学部)
・奥田 太郎さん(南山大学 社会倫理研究所)
・難波 徹さん(株式会社NHKエンタープライズ プロデューサー)

▼ 詳細・申込はこちらから。
https://fabcafe.com/jp/events/nagoya/240627_inclusive-roundtable-02

イベント終了時。みんなで手話の拍手

イベント登壇者

芝垣 亮介

椙山女学園大学芝垣 亮介(教授)

兵庫県西宮市出身。ロンドン大学で言語学を学ぶ。大学時代はアルバイトをしたくないがため、英国でタロット占い師として活動。専門は言語の意味と構造のインターフェイスに潜む現象の仕組みを分析すること。日本語、中国語、モンゴル語、タイ語などのアジアの言語を主戦場とする。2015年からはドーナツの穴の研究を開始し、奥田とともにドーナットロジー(ドーナツ学)を提案。ドーナツの穴制作委員会委員長を務める。手話はジェスチャーなどの延長ではなく列記とした自然言語であり言語学者として常に関心の対象であった。そこにご縁があり、手話を介したコミュニケーションの研究に着手することに。福祉・医療の分野としてではなく言語学的かつ倫理学的視座から貢献すべく、奥田と「奥芝コンビ」を再結成し研究に挑む。

奥田 太郎

南山大学社会倫理研究所奥田 太郎 (教授)

かのブルース・リーが逝去した頃に東京に生まれ、奈良・京都で育つ。京都大学で哲学・倫理学を学び、名古屋に職を得て移住。経済学者や政治学者と日々議論し合う研究所で社会と倫理の研究を続けている。専門は、18世紀英国の道徳哲学や現代倫理学、応用倫理学。哲学カフェなどの社会における哲学対話実践も行っている。ドーナツの穴に関する世界初の学際的研究書『失われたドーナツの穴を求めて』(さいはて社)を芝垣とともに編纂した後、縁あって手話の世界に触れる機会があり、手話話者と社会のつながりのあり方に倫理学的な関心を寄せるようになった。福祉や医療とは別の文脈で哲学者として何か寄与できることがあるならばと現在、芝垣とともに研究プロジェクト「Think about SEE」に取り組み中。

島影 圭佑

島影 圭佑 (デザインアクティビスト)

デザインアクティビスト。主なプロジェクトに、文字を読み上げるメガネ〈OTON GLASS〉、当事者兼つくり手による小さな生態系をつくるプロジェクト〈FabBiotope〉、多様な当事者兼つくり手の生きるための技法を社会にひらく展覧会「“現実”の自給自足展」がある。

イベント企画・運営

木下 浩佑

株式会社ロフトワーク木下 浩佑(FabCafe Kyoto ブランドマネージャー)

京都府立大学福祉社会学部福祉社会学科卒業後、カフェ「neutron」およびアートギャラリー「neutron tokyo」のマネージャー職、廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」の企画職を経て、2015年ロフトワーク入社。素材を起点にものづくり企業の共創とイノベーションを支援する「MTRL(マテリアル)」と、テクノロジーとクリエイションをキーワードにクリエイター・研究者・企業など多様な人々が集うコミュニティハブ「FabCafe Kyoto」に立ち上げから参画。ワークショップ運営やトークのモデレーション、展示企画のプロデュースなどを通じて「化学反応が起きる場づくり」「異分野の物事を接続させるコンテクスト設計」を実践中。社会福祉士。2023年、京都精華大学メディア表現学部 非常勤講師に就任。

Profile
村田 菜生

株式会社ロフトワーク村田 菜生(クリエイティブディレクター)

大阪府出身。京都女子大学で造形意匠を専攻。在学中に、広瀬浩二郎氏の著書『さわる文化への招待 触覚で見る手学問のすすめ』(世界思想社、2009)を読んだことをきっかけに、触覚をテーマとして卒業制作に取り組む。卒業後、ユニバーサルデザインのコンサルティング会社で約4年間デザイナーとして勤務。障害のある当事者の視点を活かしたバリアフリーマップやガイドブックの他、ロゴマーク、イラストなどの制作に携わりながら、「わかりやすいデザイン」とは何なのかを考える。2021年、ロフトワークのクリエイティブにとことん向き合う姿勢に惹かれ入社。自分自身も一緒に楽しむ姿勢を忘れず、障害の有無にこだわらない多様な視点を持って課題解決に取り組む。趣味は、キリングッズ集め。

Profile

記事執筆

篠田 栞

篠田 栞(編集者/パフォーマー)

京都大学文学部美学美術史学専攻卒業。広告代理店、デザインコンサルティングにて、新規事業、企業ブランディングに携わり、独立。フリーランスで編集ライター、ファシリテーション等を行う。THEATRE for ALL立ち上げ時、コミュニケーションチーム統括として、WEBサービスの設計やコミュニティデザインの領域からprecog事業に参画。アジアの伝統芸能の身体に興味を持ち国内外でパフォーマンスやレクチャーを行う他、東洋伝統医学を学び、薬膳の活動も行う。

Related Event