
未来志向の組織は、“異質な出会い”から生まれる
SFプロトタイピングで育む、新たな組織文化
未来の予測が難しい時代において、自社の事業や組織のあり方に「このままでよいのか」と危機感を抱く人は少なくありません。ただ、単に新たな手法を取り入れるだけで、組織や事業が劇的に変わるわけではないのもまた事実。大切なのは、変化に対応していけるだけの柔軟かつ創造的な思考を育み、自らの意思で未来を描いていくこと。そんな組織の文化は、どうすれば形成できるのでしょうか。
独立系システムインテグレーター(SIer)である株式会社ハイマックス、そのビジネス企画開発事業部では、クライアントに対する伴走の幅を広げていくため、これまでの受託業務にとどまらない、新たなビジネス創出を模索しています。その試行錯誤のなかで挑戦したのが、SFプロトタイピングを活かした研修プログラムでした。
専門家やアーティストとともに「アート思考」や「社会的インパクト」、「SFプロトタイピング」という3つの視点を取り入れながら、ありたい姿を想像し、ビジネスと社会をつなぐ3日間のワークショップを実施。自分たちの力で事業を生み出す文化の醸成を目指しました。
組織変革に向けたこの挑戦は、どのような背景から生まれたのか。そして、プログラムを通じて生まれた出会いや気づきが、どのように組織の変化へと繋がっていったのか。プロジェクトを共に推進した、同事業部 事業部長の波多野 耕平さんと共に、未来をつくるためのヒントを探ります。
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話した人

株式会社ハイマックス ビジネス企画開発事業部 事業部長 波多野 耕平
株式会社ロフトワーク MVMNT Unit プロデューサー 丸山 翔哉
株式会社ロフトワーク MVMNT Unit ディレクター 天野 凛
「ありたい未来」から事業が生まれる組織を目指して
——まずは、ハイマックスさんが今回のプロジェクトに取り組むことになった経緯をお聞かせいただけますか。
株式会社ハイマックス 波多野 耕平さん(以下、波多野) ハイマックスは横浜に本社がある、独立系のシステムインテグレーター(SIer)です。1976年に創業してからずっとシステム開発を中心に、お客さまのご要件を聞いて課題を見つけ、企画や設計から、つくったシステムの運用、保守やメンテナンスまでを担っています。私自身は事業部門、R&D部門を経て、今のビジネス企画開発部門を立ち上げました。

波多野 我々の開発プロセスではこれまで、最初に要件をきっちり固めてから構築、テストやリリースを迎えるというウォーターフォール型が主流でした。それに対して、最小単位でシステムアプリケーションをつくってみて、柔軟に変化させながら開発していくアジャイル型のプロセスが求められる流れがありました。そこに対応していく必要性を感じ、事業部を立ち上げたんです。
アジャイルでシステムを開発する機会が増えることで、企画やデザイン段階から伴走しようという機運も高まってきまして。ただ、従来の考え方では、有効な提案をすることにハードルも感じていました。
——詳しく教えていただけますか。
波多野 これまでは「システムをつくる」こと自体を目的としがちでした。ただ、その先にはお客さまのビジネスがあり、社会に影響を及ぼしている。つくったシステムのその先を想像したり、そもそもなぜ必要なのかを考えたりする能力が必要になると感じていたんです。
その状況を変えるためには、自分たちでも新しいビジネスを生み出していくべきではないかと考えました。しかし、実際に企画を立ててみましたが、やはりビジネスに結びつきにくく、単発で終わってしまって連続性がない、という課題に直面したんです。自分たちとビジネス、社会との接点を想像するということがうまく進められなかった、とも言えます。
自分自身が部門を立ち上げたこともあり、社内の助言も得ながらいろいろと学んでいくなかで、ビジネスをつくるうえで大切なことは、個人の強い想いから生まれてくると思うようになりました。プロダクトアウトやマーケットインの視点からの「こうあるべき」ではなくて、「ありたい」未来を描いて、逆算的に今必要なビジネスを考える。そういう文化を醸成していくことができないだろうかと考えていたとき、ロフトワークが主催するSFプロトタイピングを体験するイベントに参加したんです。すぐにビジネスにつながることではないかもしれないけれど、とても面白いと思いました。

ロフトワーク MVMNT Unit プロデューサー 丸山 翔哉(以下、丸山) 僕たちが所属するMVMNT Unit(ムーブメント・ユニット)では、領域横断型でSFプロトタイピングを行い、革新的な未来について考えるコミュニティイベントを定期的に開催しています。SFプロトタイピングは、自由に、かつ主観的な目線で未来を考えることができる手法です。だからこそ、出てくるアイデアがすごく自分とつながっていきますし、さらに柔軟に、楽しくアイデアを出していくことができる。その空気感は、ハイマックスさんの目指す組織づくりと相性がいいんじゃないかと思いました。

手触り感のある課題からビジネスを考える
——実際に開催したプログラムでは、SFプロトタイピングというテーマは一貫して持ちつつも、毎回ゲストを招いてアート思考や社会的インパクトを学ぶ設計になっていましたよね。そこにはどんなねらいがありましたか?
丸山 今回の研修プログラムの前に、社内で興味を持った方に集まっていただいて、SFプロトタイピングのキックオフイベントを開催しました。そこで出てくるアイデアはすごく面白いけれど、どうしても飛躍しすぎている側面があって。SFプロトタイピングとしては適切ですが、このプロジェクトでは、「未来志向からビジネスをつくる」という体験をしてもらいたい。そのために、今回のプログラムでは、ゲストの力を借りながら「アート思考」や「社会課題へのアプローチ」といった複数の視点を取り入れていくことにしました。

ロフトワーク MVMNT Unit ディレクター 天野 凛(以下、天野) 特にDAY2では、一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)の加藤有也さんをゲストに迎え、DAY1で自由に発想したアイデアを、「社会課題を解決するビジネス」へと昇華させるというテーマを設定しました。社会課題とつなげて考えていきたいというのは、波多野さんが話してくれたことでしたね。
波多野 新しくビジネスをつくっていくとき、社会課題の解決というのは世の中でひとつのキーワードになっていますよね。これは、私たちにおいても外せない視点だと思っています。一方で、複雑な課題にいきなり向き合うのはハードルが高すぎる。そこで、自分たちの暮らしや街に接続した身近な課題から、手触り感のあるビジネスを考えることを重視したいと思いご相談しました。


丸山 SFプロトタイピング本来の目的に立つと、社会的インパクトの視点は必ずしもマッチするわけではないんです。でも今回チャレンジしたのは、あるかもしれない未来を実現しようとしたときに、身近な課題をテーマにして、どんな社会的インパクトを目指すのか、どうしたら実現できるのかを考え、また未来を想像すること。そうやって行ったり来たりすることで、未来志向のビジネスの輪郭を掴んでもらうことにありました。
波多野 そうですね。普段の仕事のなかで、社会をイメージしながら自分のありたい姿を描くようなことは少ないので、かなり新鮮で刺激になりました。実際にワークとして進めるうえでは、非常に難しい作業ではあったのですが、加藤さんにお話いただいた内容はとてもいい時間だったし、社員も興味を持つことができたと思います。
天野 加藤さんのレクチャーのなかで、成功するビジネスは個人の熱量がすごく強いというお話がありましたよね。あの話はまさに、波多野さんの「『ありたい』未来からビジネスを考えられる文化を醸成したい」という考えともつながっていると思っていて。自分ごと起点のビジネスが周りを動かして社会を変えていくことができるというインプットができた時間だったと感じています。

波多野 すぐに「自分はこの社会課題を解決するんだ」と動き出せるメンバーが出てくるほど簡単なものではないと思ってはいます。けれど徐々に、うちの会社の事業や活動が、社会とつながっている、社会課題を解決しうる、と実感できるような兆しが生まれたのではないでしょうか。
未来を魅力的に伝える、ナラティブな言葉
——アート思考や社会課題の解決について考えるというプロセスを体験したあと、最終日にはどのようなことを行ったのでしょうか。
丸山 DAY3では、改めてSF的思考から未来を想像したのですが、なかでも「ナラティブ」が大きなテーマでした。これまで考えてきたアイデアの仮想のプレスリリースを作成し、実装後の社会を4コマ漫画で描くことで「社会に対してアイデアの価値をどう伝えるか」を考えたんです。そのプロセスには、プロとしてSF小説を書いている作家の人間六度さんにご一緒いただいています。

——「価値を伝える」ことを重視した背景には、どんな意図がありましたか。
丸山 未来を語るとき、その個人の熱量を伝えられるかがとても重要です。熱が伝わることで、周りが巻き込まれて小さなアクションが生まれ、それが大きな動きにつながっていきます。だからこそ、プレゼンテーション能力だけでなく、未来のシナリオを自分の言葉で、魅力的に伝えていくことが必要になる。そういう力ってなかなか日常の生活や業務では身につかない部分なので、物語をつくるプロの話を聞くことが、インスピレーションやモチベーションにつながっていくのではないかと考え企画しました。
波多野 普段の仕事だと、どういうシステムをつくればいいのか提案書を書いて、論理的に説明していくんですね。ただ、お客さまにはその先に描いているビジョンがある。自分たちはシステム開発という分野で伴走していきますが、今後はお客さまと一緒に未来を想像して、ありたい姿を描きながら提案を進めていきたい。副次的な効果ではありますが、すでにやっている事業のなかでもいい効果が期待できるのではないでしょうか。

外部人材との共創が、組織が変わるスイッチになる
——3日間を通して、アーティストやインパクトオフィサー、SF作家というプロフェッショナルな方々に参加いただきました。そのねらいも、もう少し聞かせてもらえますか。
丸山 新しい思考を取り入れようとするとき、その第一線で活躍されている方の経験に基づいた言葉を直接聞いて、同じ時間を共有するというところから、インスピレーションやモチベーションが生まれるのではないかと思っています。今回は話を聞くだけでなく、一緒にワークに参加してもらうことも大切にしました。


天野 クリエイターの方々とつながりがあるのは、ロフトワークの強みでもあり、MVMNT Unitとしても、企業とクリエイターの協働で新しいムーブメントを起こすことを目指し、いろいろな実験を重ねているという背景があります。クリエイターと話していると、一般的なところとは違う見方を持っていて。彼らの視点が、思いもよらない新たな気づきをもたらしてくれるんです。ハイマックスの社員のみなさんにとっても、よい出会いになったのではないでしょうか。
波多野 僕らの会社の真っ白な会議室に、ロン毛でキャップをかぶって、派手な服装の人たちがやってきた。普段とは違う雰囲気や空間があったことで、社員のなかに強烈な違和感と刺激を受けた人もいたようです。自分が知らない世界があることに気づくきっかけや、社内に閉じることなく、さまざまな人とコミュニケーションをとることから問いを持つ機会を得られました。これは非常に大きかったと思います。

丸山 僕自身、アーティストとしても活動しているんですが、作品制作のなかで自分の世界観や手法、テーマに囚われてしまうこともあるんですよね。だから、ビジネスをしている方々と出会うことで、アーティスト側にも「外部の視点」からのフィードバックがあって、学びや気づきを得ることができます。お互いに違う思考をしているからこそ、一緒に共創しているような空間ができたんじゃないかと思っています。
波多野 ゲストの方々と話すことは、自分たちの会社を外の視点から見つめ直す機会にもなりました。ワークショップの感想のなかに、「今やっていることを、ビジネスの視点で一歩下がって考え直してみたい」という若手社員の声もあったりして。
その後社内でも、決まった要件やべき論からつくるだけでなく「自分はこうありたい」という考え方が少しずつ出てきていると実感しています。すぐに新しい変化が起きるわけではないけれど、こういう活動を続けていく必要性は社内で認識してもらえたのではないでしょうか。
次のステップとしては、関わりたい社員が集まるコミュニティをつくりながら、具体的にビジネスを創出していくための活動を始めたいと考えているところです。会社のなかで“特区”にならず、部門を越えた取り組みを目指しながら、外の人たちとの交流も続けていきたい。そこをどうデザインしていくのかが大事になるだろうと思っています。
——3日間の出会いから、変化の芽が出てきているんですね。今後が楽しみです。今日はありがとうございました。

執筆:中嶋 希実
聞き手・編集:後閑 裕太朗
撮影:村上 大輔