株式会社富士通ゼネラル PROJECT

防災の新しい当たり前をつくる
トランジションデザインを取り入れた事業機会の探索

Outline

"共に未来を生きる”という企業理念のもと、快適・安心・安全な社会実現を目指し、空調機・情報通信システム・電子デバイス事業を展開する、株式会社富士通ゼネラル。

幅広い事業のなかでも創業期から続く歴史ある事業が、通信機器・通信システム事業です。情報通信システム事業部門では、災害時に自治体が情報伝達と情報収集を迅速に行うための通信ネットワークシステム「市町村防災行政無線システム」を行政向けに提供。住民に対して一斉に情報を放送したり、防災職員間の情報伝達手段を提供し、防災を通じて、安心・安全な暮らしを支えています。

情報通信システム事業部門は、新たな挑戦として、防災領域の社会課題の解決を目指す事業機会の探索のプロジェクトをスタートしました。ロフトワークの支援のもと「トランジションデザイン」の考え方を使い、事業を通じてありたい未来やインパクトを描きました。

プロジェクト概要

  • クライアント:株式会社富士通ゼネラル
  • プロジェクト期間:2023年7月〜2024年1月
  • 体制
    • プロジェクトマネジメント:谷 嘉偉(ロフトワーク)
    • クリエイティブディレクション:佐野 まり沙(ロフトワーク)
    • プロデュース:中圓尾 岳大(ロフトワーク)
  • リサーチ協力
    • 藤本真一 様(NPO法人「阪神淡路大震災『1.17希望の灯り』」代表理事)
    • 首藤義敬 様(株式会社Happy代表/多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」代表)
    • 石堂弘明 様(神戸市 危機管理室 総務担当)
    • 行司高博 様(人と防災未来センター 研究部長)
  • ワークショップパートナー
    • 吉備 友理恵(株式会社日建設計 イノベーションデザインセンター, プロジェクトデザイナー)

執筆:谷嘉偉(ロフトワーク)
編集:鈴木真理子(ロフトワーク)

Challenge

トランジションデザインの手法をベースに、社会のシステムチェンジを伴う事業機会を探索する

防災の領域では、官公庁から地方自治体、企業、学校、地域コミュニティや個人といった、社会全体がステークホルダーとして関わり、災害に備えて大きな資金や資源をかけて、技術開発や教育、備蓄整備などが進められています。しかし、いざ災害が発生すると、大変な困難に直面することを免れません。多くのステークホルダーと複雑な課題がそれぞれ絡み合う、防災の課題を解決する事業をつくるには、どこから始めればよいでしょうか。

本プロジェクトでは、個別の課題に対して解を出すのではなく、絡み合う様々な課題を俯瞰的に捉え、社会を新しい方向に導くシステムチェンジを目指し、持続可能な社会への移行を促進するデザインアプローチ「トランジションデザイン」の考え方を用いて、事業探索を進めました。

富士通ゼネラルのメンバーは、社内公募で選ばれた3名と、イノベーションを創出するための社内グループ「Being Innovative Group」のリーダーを加えた、合計4名。ロフトワークからは、様々なデザインアプローチの実践を行うディレクターが伴走しました。

「トランジションデザイン」とは?

トランジションデザインは、今の社会の「あたりまえ」を変え、社会全体に影響を及ぼすシステムレベルの変革を促そうとする、学際的なデザインアプローチです。 2015年、カーネギーメロン大学デザイン学部により提唱されました。様々な要因が絡み合う現代の複雑な問題を分析し、解決に向けて最も効果を及ぼす”チョークポイント”を探索。ボトムアップでビジョンを描き、多様なステークホルダーとの共創を通じて、実現に至るまでの道筋を設計します。

経産省も支援 新デザイン理論「トランジションデザイン」とは?(日経クロストレンド記事)

Approach

課題の可視化から、変革の道筋を描くまでの4つのステップ

プロジェクトは、新規事業創出における成長性と公益性の両立を目指し、トランジションデザインのアプローチを取り入れロフトワークが2023年に開発した事業創出ツールキット(Transition Leaders Starter Kit(トランジション・リーダーズ・スターターキット))をもとに行いました。

01 解くべき問題を定める:防災に関する複雑な課題をどのように可視化するか

最初のステップとして、防災に関する課題をできるだけ全面的に捉えるために、課題の「システム」を可視化しました。システムとは、何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互につながっている一連の構成要素のことです。なにか問題があるとき、その問題は単独で存在しているのではなく、様々な個々の事象がつながり作用しあうことによって生じています。

プロジェクトでは、課題全体の構造を捉えるために、ワークを通じて「ループ図」(*要素間の因果関係を矢印で結んだもの)を描きました。まず、「防災」に関わるステークホルダーを洗い出したうえで、災害発生前・発生中・発生後に社会が抱える課題を抽出。抽出した課題間での因果関係に着目し、課題が課題を生み出したり、加速させたりするようなループを探り当てます。

メンバー全員で、ステークホルダーマップをベースに抽出した課題を一箇所に集め、課題の抽象度や他の課題との関連性を確認しつつ矢印を繋いでいく作業を繰り返すことで、防災の「プロブレムマップ」を完成しました。

「防災教育が浸透しない」という抽象度の高い課題に存在する、具体的な課題を簡易的にまとめたループ図。例えば、市民の中には「〇〇しないと災害時に命が危ない」というような恐怖感をあおる防災教育に対して苦手意識をもったり、災害の中でも生き残れるだろうと考える人も多い。すると、防災に対する興味関心が薄くなり、防災研修会や防災訓練への参加率が低下する。参加率の低下によって避難や救助のスキルも低下するうえ、防災の意識も一層薄くなっていく。

次に、完成したプロブレムマップを、チーム全員で俯瞰し、事業を通じて解くべき問題を改めて議論しました。重要なのは「近くに知り合いがいないと人が助けを受けにくい」、「自助ができない人が取り残されてしまう」、「遠くにいる家族の安否がわからない」など、個別の課題に囚われずに、システム全体の動きの改善につながるようポイントを特定していくこと。「いざという時に人々を連携させるためにどうすればいいか」という課題を重点的に扱うことが決定しました。

02 問題の過去を遡る:防災の歴史から何が見えるか

続くステップでは、上記で特定された「いざという時に人々を連携させるためにどうすればいいか」という課題について、過去を遡り、防災の歴史を調査することでヒントを探りました。

近代以前の日本社会では人々はどのように災害を認識し、対処してきたのかに着目。「歴史構造分析(Multi-level perspective)」* という手法を使い、リサーチしました。

社会は、急速な近代化とともに、数千年の歴史のなかで培ってきた慣習や文化、価値観を捨ててしまいました。その一部は社会の進歩のための刷新と言えますが、一部は単に市場経済に適応するために妥協した部分もあります。新しい社会システムを考える上で、その妥協の部分を見定め、本当は捨ててはいけないところはどこか、どんな知恵があるかを考えました。

無限に遡ることができる歴史を探索するときは、何を軸にするかを上手く設定することが大切です。本プロジェクトのワークの中では、非常時における人々の連携というテーマから歴史上の「助け合い」「コミュニティ」「情報」という三つの軸を選定しリサーチを行いました。

リサーチを経て、現代社会の防災の課題を乗り越えるためのヒントがいくつか浮かび上がりました。

*歴史構造分析(Multi-level perspective) …社会の大規模な移行を理解・分析するための手法・視点。社会技術システムを三つの階層(ランドスケープ、レジーム、ニッチ)の相互作用として捉え、複雑な社会課題が発生する大きな時空間的な文脈を可視化する

03 理想的な未来を描く:これからどんな未来を目指すべきか

歴史を振り返った後は、課題を乗り越えた理想的な未来を描き、事業が目指すべき未来像をチーム内で具体化しました。

SF(サイエンス・フィクション)のアイデアや世界観を活用して思考を飛躍させ、ストーリーやビジュアルの形で今までの常識や既存の価値観に囚われない新しい社会の姿を表現。2050年に日本で大災害が発生した際に、社会インフラや情報通信技術、人々の対応などについて、異なる角度から3つのSFストーリーを作りました。

3つのストーリーにおける技術との向き合い方や置かれている状況がそれぞれ違っていても、他者への思いやりや感謝に基づく助け合いという要素が共通していました。人と人の緩やか、かつ有機的なつながりを通じて、社会の中でレジリエンスの高い防災のプラットフォームが構築され、人々に安心感をもたらす、というのがこれから目指したい世界として可視化されました。

04 変化を起こす:変革の道筋をどのように描けるか

4つ目のステップとして、より実現性・市場性の高い事業活動を導き出すために、オフィスから出て、フィールドリサーチを行いました。

現場に身を置き、観察や対話を通して、人々が持っているニーズやペインポイントを理解し、新たな事業機会の発見を目指しました。阪神淡路大震災を経験した兵庫県神戸市に足を運び、震災当時のことや、今後発生が予想される南海トラフ地震に対する行政の予防措置や教育推進の状況、地元市民の防災意識などをリサーチしました。

フィールドリサーチの様子

また、ありたい未来を実現するために必要な事業活動をロジックモデル*を使って可視化。目指したい社会へのポジティブな変化(インパクト*)と、想定される事業活動、そのために必要な資金や人的リソースなどを整理し、事業展開のステップを明確化しました。

*ロジックモデル:目指すべき未来像から因果関係を整理・逆算することで、未来に起こしたいインパクトの実現に必要なステップやマイルストーンを特定するフレームワーク
*インパクト:事業の先にある未来像、個人への影響を超えた社会や制度などの変化や長期的で広範に及ぶ変化

さらに、4つのステップを経て、プロジェクトチームは、これからの事業が目指すインパクトを「場所に囚われず人と人の有機的な繋がりをつくることを通じて、災害中でも安心を感じられること」として策定しました。

Output

パーパスモデルを用いて社会的価値を共創するワークショップ

第一フェーズの最後には、プロジェクト成果の一部を社会の公共財としてわたすため、またこれから続くフェーズにおいて、様々なステークホルダーを事業に巻き込むために、社外への共有イベントと共創ワークショップをSHIBUYA QWSにて開催しました。

ワークショップでは、多様なステークホルダーが一緒に未来を設計する“共創プロジェクトの設計図”である「パーパスモデル」の考案者、吉備友理恵さんをゲストに迎え、パーパスモデルを使って、新しい防災システムで、どのような社会的価値が生み出るかを考察。企業から行政、研究者から一般市民まで、様々なステークホルダーが自らの視点や課題意識を元に、プロジェクトチームが描いたありたい未来の姿について議論し、気になるところや貢献できるところを一緒に整理しました。

ステークホルダーとの対話や意思疎通を促進できる、シンセシスマップ

第一フェーズのリサーチの内容を、誰にでもわかりやすく共有できるシンセシスマップを制作しました。社会システムに変化を起こすために必要な視点を多角的に提示し、現在、未来のステークホルダーとの対話や意思疎通を促進します。

Next

第一フェーズを終えたプロジェクトチームは、まもなく第二フェーズを始めます。第二フェーズでは、ありたい未来、インパクトを実現するために、短期的成果を実現するための事業アイデアを作り、検証を通じて事業アイデアの種を作って行き、事業化へと繋げていきます。

Message

入社以来、10年以上回路設計を主としたハードウェア設計業務に従事してきました。しかし、社内で事業の機会探索のプロジェクトに立候補し、新たなチャレンジを求めました。ロフトワークの伴走支援の下、防災に関することをこれまでにない形で多角的に洞察することができ、他のプロフェッショナルの方々の話を聞く中で自分の考えを持つことができるようになりました。今回のプロジェクトで学んだことを今後の活動にどのように活かしていくかを、一緒に活動してきたメンバーと共に考え、活用していきたいと思います。 

 

株式会社富士通ゼネラル 中川原 圭太郎 様

これまでシステムエンジニアの仕事しかしてこなかった自分としては、かなり新鮮な機会をいただきました。「防災」という領域についてこれまで深く考えたことはなく何も知らない状態でスタートしましたが、防災における課題の因果関係や歴史の調査を進めていくことで理解を深めることができました。今回の経験を通して社会を俯瞰する力が養われたように感じます。今後も社会の変容を捉えつつ、より良い未来を目指して精進してまいります。

株式会社富士通ゼネラル 渡邊 敦 様

 

官公庁を顧客として事業展開を行ってきた当社は、幅広い防災領域の一角を担ってはおりますが社会課題がどこにあり、どのように影響を与えているかを把握する術がありませんでした。今回、トランジションデザインの手法を用いたアプローチで課題が可視化され、社会変遷を紐解く事で目指すべき未来の姿をイメージする事ができました。私たちが導き出したアウトプットは、専門家やステークホルダーとの対話をもって、日々鍛錬されていきます。防災の未来において新たな指標になるべく、これからも活動してまいります。

株式会社富士通ゼネラル 菊地 顕 様

 

Member

谷 嘉偉

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

佐野 まり沙

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

伊藤 望

株式会社ロフトワーク
VU unit リーダー

Profile

中圓尾 岳大

株式会社ロフトワーク
プロデューサー

Profile

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