今、日本企業が取り組むべき、DX戦略とは?
DXの本質と実現へのアプローチ
景色を変えるDXーDXX Insight Vol.1 開催レポート [前編]
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を耳にする機会が増えています。多くの企業でDX推進が加速する一方で、これからIT化に着手する企業もあるなど、日本のDXへの取り組みは遅れているとする声もあります。実際、どこからどう進めるべきかわからず、旧来のフローから抜け出せずにいるケースも少なくありません。
株式会社ロフトワークとJNSホールディングス株式会社は、企業のDX推進支援を目的としたコンソーシアム「DXX(ディーエックス)」の発足を機に、”ユーザー体験(UX)とDX戦略”をテーマとして、様々な企業・自治体・人とオープンな議論を行うイベントシリーズ「DXX Insight」を立ち上げました。その第一回オンラインイベント(2021年1月21日開催)の様子を前編後編の2部構成でお届けします。
グローバルに遅れを取る日本企業のDX
「DXの本質とは?」と題した基調講演には、株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役 八子知礼氏が登壇。はじめにDXが一気に加速している現状に言及した八子氏は、「2019年を境に、DX関連のキーワードやマーケットが注目を集めています。IoTやAI、ドローンなど個別に取り組んできた技術が、企業全体を変えていく取り組みとして認識され始めたことが要因の一つでしょう。昨年から続くコロナ禍の影響も手伝って、DXが10年分ぐらいの進んだのではないかとも言われています」と説明。たかだか数か月で10年分の伸び率を記録したというEコマースへの急激なシフトを見ても、コロナ禍がデジタル化、オンライン化に与えた影響の大きさが伺えます。
しかし一方で世界に目を向けてみると、今まさにDXの話題が注目を集めている日本に対し、2017年時点ですでにDX推進中だった企業は40%近くに上ります。こうした実態をどうリカバリーしていくかは日本の大きな課題だと指摘します。
ところで、改めてDXの本質とは何なのでしょうか? 総務省は『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドラインVer1.0』の中で、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。
もう少し掘り下げてみると、広義においては、「IoTやAI、ビッグデータ、さらにはクラウドやドローン、AR、VR、3Dプリンターなどのデジタル技術全体をバリューチェーン全体やライフサイクル全体に適用し、ビジネスや人々の暮らしそのものをこれまでとまったく違うモデルに変革すること」。もう少し端的に表現するとすれば、「VUCA(ブーカ)※1とも呼ばれる不確実で変化に富んだ時代において、デジタルの要素を加えることで、変化に柔軟かつ競争力のある事業モデルへと舵を切ること」だと八子氏。
※1 VUCA:Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字を並べた造語
「したがって、DXは実はデジタルであることが重要なのではなく、デジタルを手段に用いてどのような姿になるのかを明確に定義し、そこに向かって歩んでいくことが最も重要なポイントです。つまり、デジタルツイン(現実世界にある情報をIoTなどによりデータとしてキャプチャし、仮想空間で現実世界を再現する技術)を適用したときの姿を、自分の会社、自分の業務、自分の生活レベルで考えていくことなのです。」
ところが、INDUSTRIAL-Xの2020年の調査によると、コスト削減やリスク回避、品質・操業改善、リードタイム短縮など、デジタル化とはあまり関係なく日本企業が従来から取り組んできた業務改善が目的になっていることが多く、残念ながらDXの本来の目的であるはずのビジネスモデル改善、売上向上、新規事業拡大などへの意識が極めて低い現状が見られます。つまり、DXの本質があまり理解されていません。
これは由々しき事態だとして八子氏は、「DXの本質は、まったく新しいバリューチェーン、まったく新しいビジネスモデルを生み出すことであり、どれ一つを取っても、これまでと同じであることが許容されません。これは、相当な覚悟を持ってDXに取り組まなければならないということを意味します」と強調。
最後に、「DXにおいては“変化する”ことが大前提であり、”変化した先にある姿”をきちんと定義し、そこに向かって日々邁進していくことが重要です。さまざまな悩みを抱えながらも、DXの本質を見据えて取り組んでほしいですね」と締めくくりました。
絵に描いた餅で終わらせないDXのはじめかた
続いてロフトワーク執行役員の棚橋弘季が、DXへの取り組みを効果的に始動させるための要件について、ロフトワーク内に新設された「ID unit」の実践例を交えながら解説していきました。
ID unitは、新規事業の立ち上げを中心に、企業におけるビジネストランスフォーメーションにパートナーとして伴走。デザイン思考のアプローチやバックキャスティング、ロジックモデルなどのメソッドを用いて、変化後のビジョンの検討、新しい顧客体験価値のデザイン、変化のためのチームづくり、変化後の業務運営支援などを行っています。
棚橋は、「DXのはじめかた」のポイントを、次に挙げる「Why(なんのために)」「What(何を目指して)」「How(どう進めるか)」の3つにまとめました。
1)Why
昨今の傾向として、企業は新しいビジネスによってどのような顧客価値を創り出すかに加え、気候変動や自然へのリスク、人権やダイバーシティ、プライバシー、AI倫理など、環境や社会におけるインパクトを視野に入れて行動する必要性が高まっています。こうした点を踏まえ、トランスフォーメーションの目的をどこに置くのかを定義します。
これまではカスタマージャーニーマップのようなUXデザインの手法を用いていましたが、最近はこれに加え、ロジックモデルのような社会的イノベーションの手法を取り入れるようになっています。
<ロジックモデルの例>
実現したい社会を定義し、そこに至る中間点で社会的影響を作るためのサービスはどうあるべきか、そのサービスを創るためにはどのような作業が必要かを見極めていきます。
2)What
「Why」だけを定めても絵にかいた餅で終わってしまうため、最終的なアウトカムを定義します。
<ニット編み機を提供する島精機様の事例>
DXの可能性を探ると共に、2030年に向けた開発ロードマップを作成したプロジェクト。デスクトップリサーチや有識者へのインタビューをもとに30年後の社会像を定義。次に定義した社会像を実現するために必要なソリューションを定め、具体的なロードマップに落とし込んでいきました。
関連リンク
Project:株式会社島精機製作所
持続可能性の観点からみた2030年のアパレル業界10年後のヴィジョンを元に開発ロードマップを作成
社会全体がサステナブルなしくみへのシフトを進めようとするなか、島精機は今後10年どんな社会の実現を目指すのか、そのためにはどんな開発目標をもてばよいかを明らかに。
3)How
目指すべき方向性を実現してく上では、変化のためのチーム、変化のためのプロセス、変化のためのファシリテーションが必要です。しかし、特にDX推進においては社内にデジタル化に向けたリソースがなく、外部との連携が必要なケースも少なくありません。そこで、明確な戦略に基づいて必要なチームや業務プロセスをデザインします。外部のリソースを適切に使いながら組織の枠を越えたチームを組成するのがポイントです。
前編では、DXの本質について理解を深めるとともに、DXの推進においては、何のために、どのような姿を目指すのか、その実現に向けてどんなアプローチが必要なのかを明確に定義することの重要性を確認しました。続く後編では「考え方」から一歩踏み込んで、新しい未来を創るための様々な取り組みに着目しながら、DXの実践のあり方に迫ります。
レポート後篇
今、日本企業が取り組むべき、DX戦略とは? デジタル・フィジカル・ヒューマンを意識したDX実践の選択肢
コミュニティを活用したDXのはじめ方、DX先進国中国深センの実践事例、組織におけるDX推進プロセス