持続可能性の観点からみた2030年のアパレル業界
10年後のヴィジョンを元に開発ロードマップを作成
Outline
持続可能性が問われるなか、島精機は今後10年、どんな社会の実現を目指すのか?
SDGsを1つのきっかけに、現在、社会のさまざまな領域でサステナビリティの観点から既存の仕組みの見直し作業が進められています。
アパレル業界でも、環境負荷の削減や労働環境の改善という課題の解決に取り組むべく、従来の大量生産/大量消費型のモデルからの脱却が試みられており、2018年12月には、アディダスやバーバリー、H&Mなど40社以上のファッション産業の大手企業が共同で温室効果ガスの削減を目標とした憲章を発表するなど、サステナビリティは変革を進める上での重要なテーマとなっています。
ニット編機の世界的なトップメーカーである島精機製作所が今後10年の研究開発の方向性を検討するプロジェクトを共同で進めていく上でもやはり、持続可能性という観点から今後の社会、今後のアパレル産業を考えることは重要なことでした。社会全体がサステナブルなしくみへのシフトを進めようとするなか、島精機は今後10年どんな社会の実現を目指すのか、そのためにはどんな開発目標をもてばよいか。今回のプロジェクトで検討したのは、そのことでした。
プロジェクト名に、ノーベル化学賞受賞のドイツ人大気化学者パウル・クルッツェンが提唱した「人類の時代」を意味する新たな地質年代区分”アントロポセン”を採用したのも、持続可能性という観点を強く意識するためでした。人類が地球環境における生態系や気候に多大な影響を及ぼすようになった時代を表すアントロポセンという言葉で、プロジェクトの性格を定義づけることから、島精機の研究開発の10年ヴィジョンと開発ロードマップを考えるプロジェクトはスタートしたのです。
プロジェクト概要
- プロジェクト名
プロジェクト・アントロポセン - 支援内容
2030年に向けた研究開発ヴィジョンの検討
ヴィジョン実現のための開発ロードマップ作成
ヴィジョンを伝えるための動画制作 - プロジェクト期間
2019年4月〜2019年8月 - プロジェクト体制
クライアント:株式会社島精機製作所
プロデューサー:柏木鉄也
プロジェクトマネージャー:棚橋弘季
プロジェクトメンバー:林剛弘、武田真梨子
動画・イラスト制作:野中聡紀
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Process
今後10年間の研究開発ヴィジョンと具体的な開発ロードマップを検討するプロジェクトは、以下のような一連のプロセスで実施しました。
1. ヴィジョンづくり
2030年の社会、アパレルを取り巻く状況をバックキャスティングの方法で検討を行うため、未来の兆しと考えられるトレンド情報をデスクトップリサーチ&有識者インタビューで収集。
以下の観点で、今後10年を考えるために必要な情報の収集を行いました。
- マクロ環境(高齢化・人口減少、経済成長/衰退、労働環境、政治)
- 環境問題(気候変動、ゴミ廃棄、エネルギー、水問題)
- 文化(伝統技術、暮らし方、宗教、ジェンダー、ナショナリズム)
- 消費者の動向(EC、個人間取引、D2C、パーソナライズ)
- デザイン(3D、VR、ウェアラブル)
- 生産(パーソナライズ、サーキュレーション)
- 素材(バイオ素材、新素材)
情報収集作業は、島精機とロフトワーク双方のプロジェクトメンバー全員が共同で手分けをしながら進めました。組織の枠組みを超えていっしょにプロジェクトを進めるチームとしての一体感の醸成を図ることが目的でしたが、はじめに同じ苦労を共有できたことで、良いチームビルディングのきっかけとなり、組織の垣根を超えた1つのチームとしてプロジェクトを進める上では大事なポイントだったと思います。
そうした事前作業を通じて集まった200弱の”未来の兆し”データをもとに、アフィニティマッピングの手法で統合を行う3日間のヴィジョン検討ワークを和歌山・島精機本社で実施。
”未来の兆し”のデータをグルーピングしたり、情報を要約しながら「つまり、何が起こり、どう変わるのか」を議論していきながら、持続可能性という観点からさまざまな社会のしくみが見直されていくなかでアパレル業界はどう変わっていくか、どう変わる必要があるかを徐々に明らかに。ここでも島精機とロフトワークのメンバーがいっしょになって決して簡単ではない「未来の社会の姿を明らかにする」ための統合作業を進めるなかで、いっしょに「アパレルの未来をつくる」という一体感が生まれました。
大量生産/大量消費型のシステムの見直し、サーキュラー・エコノミーへのシフト、新しい素材などを用いた新しい用途の衣料などの可能性を検討を通じて、2030年のアパレル市場における大きく6つの変化の傾向を抽出。その上で、島精機として実現を目指すのはどんな社会であるかを明らかにすることができました。
2. ソリューション検討
ヴィジョン検討ワークを通じて、明らかになった未来の社会を実現するためには、具体的にどんなサービス、仕組みが必要になるか。それを明らかにするためのソリューション検討もまた、同じようにワークショップ形式で、会場を東京・渋谷のロフトワークに移し、実施。
このソリューション検討ワークでは、より広い視点で発想を行うべく、島精機とロフトワークのメンバーだけでなく、実現したいヴィジョンにあわせて選んだ、スペキュラティヴ・ファッションデザイナー、ハンドニットクリエイター、VRファッションデザイナー、サステナブル・ファッションデザイン研究者などの肩書をもった外部クリエイター・有識者6名をゲスト参加者に迎えて実施しています。すでに未来に向けての実践をはじめている人たちの意見も取り入れることで、具体的で、ワクワクするポイントをもった発想が得られました。
そして、再びプロジェクトメンバーのみに限定して行った2日目には、前日に外部ゲストを交えて発散したソリューション案をさらに、島精機のビジネスという観点から絞り込みやブラッシュアップを行う作業・議論を実施。
脱大量生産型のモデルに向けたデザインプロセスや生産プロセスの革新を目指すソリューション、スマートテキスタイルなどの新しい素材を用いたこれまでの衣料がもたなかった新機能を備えた衣料の開発などを含む、2030年に向けて開発を進めるソリューションの方向性を明らかにすることができました。
3. ロードマップ作成
開発対象のソリューションの検討をさらに続けて明確化したのち、それらを今後10年のスパンで、どのように開発を進め、リリースに向けて動くかの開発ロードマップを検討。場所は再び和歌山・島精機本社での実施です。
最終的に、3つのソリューション・カテゴリーごとに、2年、4年、8年という単位でマイルストーンをつくり、どんな開発項目があるか、どのタイミングでどんな成果を出す予定で進めるかを検討し、ロードマップの形でまとめています。
4. 動画制作
また、ロードマップの検討を進めるのと並行して、今回のプロジェクトで検討したヴィジョンやソリューションを、プロジェクトメンバー以外の島精機社内の方々(社長をはじめとするマネジメント層やその他関係開発部門の方々など)に、わかりやすく伝えるためのツールとして、動画制作も行っています。
最終的には、この動画も含めて、プロジェクトで検討したヴィジョン・ソリューション・開発ロードマップを、社長や開発本部長などをはじめとした方々向けにプレゼンテーションをさせていただき、今後に向けての提案も行い、プロジェクトは完了となりました。
Member
メンバーズボイス
“島精機で新たに立ち上がった未来志向の取り組みが、果たして今後のアパレル業界に革新をもたらすことができるのか、またどういった裏付けのもとで行動したらいいのか、など、メンバー全員が迷走し、試行錯誤していました。そんな時、ロフトワークのメンバーと出会いました。島精機、ロフトワークのレギュラーメンバーだけでなく、外部のみなさまとも、議論し、考えの発散、収束を繰り返し、井の中の蛙、目からうろこの経験もあり、課題、方向性を明確にできました。
われわれは今回のプロジェクトでの経験を活かし研究の本位である興味関心のあることに取り組み、業界に貢献できる「モノ・コト」を発信し続けます。”
株式会社島精機製作所 要素技術研究グループ リーダー 次長 南方 勝次
“アパレル市場の変化の兆しを捉え、未来逆算思考の視点でビジョンやソリューションを考え抜く機会となりました。地球環境の話も含めて会社のあり方、開発の方向性などに対して深く向き合う時間を有したことで、色々なことをさらに“自分ごと”として意識できるようになったとあらためて感じています。
また、研究グループのメンバーで同じ時間を共有し、各々の考えやこだわりを伝えあい、ロフトワークのメンバーや有識者のみなさまの知恵をお借りしながらも自分たちで課題に挑み、自分たちで答えを出せたことも今後の活動における大きな価値となりました。
今回のプロジェクトで得た経験やテクニックと、今まで培ってきた考動力/考導力を組み合わせ、我々が描いた未来の実現に向けて取り組んでいきます。”
株式会社島精機製作所 要素技術研究グループ 係長 南 昌幸
“持続可能性という観点から新たなビジネスの方向性を検討するという意味では、結果的にモデルケースのような良いプロジェクトになりました。それは島精機さんの8人のメンバーがみな、自分たちと社会に未来を考える作業に積極的で、LWメンバーと組織の枠をこえた1つのチームとして、3ヶ月あまりの期間、検討を進めてこれたからだと思います。
世界的にも誰もが自分ごととして関われるSDGsのような指針が定められ、持続可能な社会の実現に向けて、既存のしくみや生活スタイルをさまざまな観点からリデザインしていかなくてはならない現在でしょう。そうした状況においてそれに取り組む意義は、ビジネスの観点からみた場合でも単なる社会貢献という意味だけではなく、新たなビジネスを生みだす起点となるという意味でも得るものが大きいということを実感できたプロジェクトでもありました。
持続可能性という新たな判断基準を最上位に置いたとき、どんな社会システムやサービスが必要かを考えることに没頭できる時間はとても有意義で、楽しく、島精機さんのメンバーのその時間を過ごせたことはとても貴重な体験でした。”
株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー 棚橋 弘季
“ビジョンの方向性を検討していく作業では、チームメンバーが共通意識をもって話を進めていく必要があり、互いの言葉の意図や認識をすり合わながらワークを進めていくことがポイントでした。
今回ロードマップ作成まで、島精機様とロフトワークがともに歩みを進めてこれたのは、メンバー間の意識のチューニングが随時できていたからだと感じています。専門的な知識や用語、組織における文化の違いなどのギャップがあるなかで、遠慮なく話ができる環境であったことは、本プロジェクトを円滑に進めるための要となっていました。
ワーク中お互いの感想や気づきを必ず共有するようにしていたことや、移動や休憩などのちょっとした時間で他愛のない会話をしていたことなど、メンバー間のコミュニケーションの積み重ねによって自然とこのような環境が築かれていったように感じています。プロジェクトを遂行する立場として、一緒に歩みを進めるメンバーとのつながりや居心地の良い環境づくりの大切さに、改めて気づくことのできたプロジェクトでした。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 武田 真梨子
“本プロジェクトを通じて印象的だったのは、ビジョン検討ワーク実施を境に島精機さんのチーム内でポストイットとペンを使ってチーム内で議論する新たな習慣が生まれたという報告を受けた時でした。
ポストイットにペンを使って自身の意見を可視化していく、ただそれだけと思われがちですが、今回のプロジェクトを通じて改めてこの習慣の重要性を我々も実感しました。特に様々な領域のメンバーがチームを形成する際に、まずはお互いが”違う”ということを実感するためにもこの習慣はとても重要です。実際にビジョン検討ワークを実施している際にも、アイデアの発散が得意なメンバーもいれば、まとめるのが得意なメンバーもいたりと、ポストイットを使って自身の考えを書き出してチーム内に共有していく中で、自分自身のチーム内での役割がより色濃く見えてくるようになりました。分野や所属しているチームが違えど、このような習慣がベースとなることでそれぞれのメンバーがこのプロジェクトで自分自身がどのような役割を果たすべきかが分かる状態が生まれたのだと改めて感じました。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 林 剛弘
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