「女性発の新事業」を阻む4つの壁とは?
誰もが輝くための場づくりとルールメイキング
2021年3月、ロフトワークはイベント『広がるフェムテック市場。女性のココロとカラダの悩みを解決するサービスをデザインしよう。』を開催。急成長するフェムテック市場の話題を起点に、企業が女性のニーズに寄り添う新しい事業やサービスを生み出す必要性と、女性視点が活きる組織づくりに向けたヒントを探りました。
ゲストにお迎えしたのは、日本におけるフェムテックビジネスのパイオニアfermata株式会社 CCO中村寛子さん、女性による起業を支援するインキュベーション事業『Your』を行う株式会社uni’que CEOの若宮和男さん。企画・モデレーションを務めたのは、ロフトワーク マーケティング リーダー 岩沢エリ。本記事では、イベントの内容を前後編にわたってお届けします。
イベントの前半で、フェムテック市場の概況と日本における状況について言葉を交わした三者。後半は、女性が主体となり企業の内部から新事業・新サービスを立ち上げる際に、現行の制度や旧来の価値観がいかに「壁」となるのかを議論しました。女性活躍をテーマにしたさまざまなプロジェクトをプロデュースしてきた、ロフトワークの新澤梨緒も参加し、実例を交えながら視点を深めました。
登場する人
fermata株式会社 CCO
中村 寛子さん
株式会社uni’que CEO
若宮 和男さん
株式会社ロフトワーク
プロデューサー
新澤 梨緒
株式会社ロフトワーク
マーケティングDiv.
岩沢 エリ
執筆:中嶋 稀実
写真:ただ(ゆかい)
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
立場の違いを超えて、フラットに理解しあえる場をデザインする
後半は、ロフトワークのプロデューサー・新澤によるインプットトークからスタート。女性特有の困りごとが起点となるフェムテック領域で事業を始める場合、いかにして社内の理解を醸成するのか、また、どうやって事業のタネをさがすのかが課題となります。新澤は、これらのヒントとなる事例を紹介しました。
「マイノリティの立場」を追体験し、自分ごと化する
SDGsに関連する新規事業の相談を受けることが多い新澤は、さまざまな企業と関わるなかで「女性が主体となって事業を生み出していこうとするとき、組織内の理解を得ることが難しい」という声を聞くことが多いと言います。
組織の中でジェンダーや立場が異なる「少数派」が提案するアイデアに対して、理解や賛同を得ることは容易ではありません。その壁を乗り越える方法の一つとして、多数派の人々がマイノリティが感じているハードルを体験できる機会を作ることで「自分ごと」として捉えてもらい、「わかりあえなさのギャップ」を埋めていくことができると話す新澤。
その事例として、ロクシタンジャポン株式会社が「気づかないうちに生まれているジェンダーギャップ」を解消するためにロフトワークで実施した、社内向けのデザイン思考ワークショップのプレセッションを紹介しました。
ユーザーに対してはもちろん、社員同士でも共感力を高めていくことが組織文化を醸成していく上で最も重要だと考えたロクシタンジャポン株式会社。ワークショップの前に実施したプレセッションでは、目隠しや耳栓をした状態でコミュニケーションをとる『未来言語』というワークに挑戦。日常とは異なる「不自由な状況」を追体験することで、お互いに対していかに共感力が不足しているかを実感できる時間になりました。
場の設計によって「話しにくさ」を解消する
次に紹介したアプローチは、フェムテックなどの新領域において「事業のタネをどう探し出すのか」。良い「事業のタネ」を見つけるためには、自社の事業領域だけを深堀りしていくのではなく、外部の人々を巻き込みながら視点を切り替えたり、広げたりといった所作が必要です。
外部の視点を取り入れる手法として、ロフトワークではこれまでにもデザインリサーチや、イベント、ワークショップなどを設計、実施してきました。なかでも「これまで接することのなかった人の声を拾いあげるためのアプローチ」として紹介したのが、お茶の水女子大学が主宰した全6回の女性活躍推進連携講座です。
「企業において女性活躍を推進すること」をテーマに、さまざまな企業の人事担当者が企業の課題を共有し、お茶の水女子大学でジェンダー学を学ぶ学生たちのフレッシュな視点を交えながら、フラットに意見を出し合うことを目指した本講座。課題となったのは、「これから採用する側」である人事担当者と「これから就職活動を行う学生」という二者のパワーバランスをフラットにしなければならないこと、そして互いに共通言語を持たないことでした。
そこで、プロジェクトチームは講義を設計するにあたり、「企業」と「学生」の両者が対等な立場で、かつ活発に議論するための様々な工夫を行いました。例えば、オンライン開催回に設定した「セーフティーゾーン」もそのひとつ。「この時間帯は、形になっていない意見でも、どんな意見であっても話してよい」という時間を設けることで、参加者の心理的安全性を確保しました。
翻って、フェムテックで取り扱われるような性やジェンダーにまつわる事柄を「話題に出すこと」自体に抵抗感を持つ人は少なくありません。安心して対話ができる場をつくることは、事業を進めていくときに欠かせない要素になるだろうと新澤は話しました。
日本企業のフェムテック参入を阻む4つの壁と、乗り越え方
新澤のインプットトークに続いて、fermata CCO中村寛子さん、uni’que CEO 若宮和男さんを交えたクロストーク。企業の中で女性が主体となって新たな事業を生み出していくときに想定されるさまざまな「壁」−−「参加の壁」「課題顕在化の壁」「承認の壁」「評価の壁」−−とその乗り越え方について、自身の経験や視点を踏まえながら議論を重ねていきました。
ニーズを理解できなくてもGO?「承認の壁」を超えるルールメイキング
岩沢: 新澤より、女性から生まれる新規事業が育ちにくい環境に対して、ヒントとなりそうな事例をいくつか紹介させていただきました。若宮さんから見て、女性による新規事業の立ち上げの難しさを感じることはありますか。
若宮さん(以下、敬称略): 僕らが取り組んでいる女性向けのインキュベーション事業『Your』では、事業アイデアを持っている方に我々が伴走しつつ事業を立ち上げ、軌道に乗ってきたところで独立してもらうという仕組みをつくっています。アプリでネイルをオーダーメイドできるYourNailはすでに分社化、将来の独立を目指してウェルビーイング、フェムテックに関する事業など、年間4、5本の早いペースで新しい事業が立ち上がっています。
岩沢: 起業したい女性のサポートをしているんですね。
若宮: Yourは資金提供やアドバイスだけでなく、一緒に事業を立ち上げるのがポイントですね。こうした自社での事業立ち上げの一方、企業内の新規事業立ち上げのアドバイザーすることも多くあります。起業と企業内新規事業って実はまったく違うもので起業はメンバーも資金も自分で決めていけるので、「想い」があれば始められますが、企業内新規事業はそういうわけにもいきません。企業のなかで新しくフェムテックのような事業を立ち上げようとしたときに、さまざまな難しさが想定されます。
岩沢: 企業内で新規事業を始める難しさには、例えばどんなものがありますか?
若宮: 企業の新規事業チームはそもそもなぜか女性が1割くらいと少ないのですが、その上決裁者や投資決定者には男性ばかりなので、フェムテック領域の新規事業におけるニーズを理解できずに、決裁が通らなかったりするんです。
新澤: ある企業でゼロから新規事業を生み出していくプロジェクトに関わりましたが、参加したメンバー20人のうち女性はたった1人、ということがありました。女性目線でアイデアを提案してもそのユーザーインサイトが理解されず、「承認の壁」を越えられないというのを目の当たりにしました。
中村さん(以下、敬称略): 事業を始めようとすると「ターゲットってどこなの?」と聞かれますよね。フェムテック領域のサービスやプロダクトは、ニーズを把握しづらい中で製品やサービスを開発するので、個人の課題を起点とすることが多いんです。まずは目の前の1人でも2人でも生活が変わったら大成功、という考え方なんですよね。大きな企業になればなるほど最初からマスを求めがちですが、フェムテックに参入するときには考え方を切り替える必要があると思います。
若宮: 『Your』を通じて出てくる事業アイデアも、男性の僕からはいくら掘っても出てこないようなものばかりです。でも、VUCAと言われるこれからの時代には自分が経験していないこと、自分が理解できない事業に対していかにGOを出すかが大事になってくると思うんです。だから、「Your」では承認の壁ができないよう、僕がアイデアをリジェクトできない仕組みをつくっています。
岩沢: 仕組みを変えることで、「承認の壁」をクリアしているんですね。
新澤: 課題の顕在化しにくいことに加えて、アイデアを承認する壁がある。それ以前に女性が事業に参加できる環境、そしてその先にある評価をするフェーズにも、大きな壁がありそうです。
必要なのは、価値観ごと刷新すること
若宮: 「参加の壁」で言うと、たとえばある企業の新規事業の審査員をした時、複数いる審査員のなかで、女性は1人だけしかいませんでした。応募してくる人もほとんどが男性。ちょっと違和感があって、僕は審査員を降りるので女性の比率を上げたほうがいいんじゃないかというお話をしたんですが、審査員の人選も社内へのメッセージになってしまうんですよね。
新澤: 女性が新規事業に参加していく風土をつくっていくことを前提とした際には、たとえば会社のアクセラレーションプログラムひとつとってもそのあり方を変えていく必要があると思います。女性の参加を前提とした会社のアクセラレーションプログラムだとどのような形になるか、シュミレーションしてみました。
岩沢: 審査員も、参加できる時間帯も、評価基準も変えていくとなると、ほぼ今までのプログラム設計では成り立たないということに気づきました。事業のゴールを設定する際に、なにを良しとするか、その基準も変えないといけない。すべてを見直さないといけませんね。
若宮: 事業アイデアの評価軸は、今までは「スケールするかどうか」だったんですが、評価にいくつも軸があると、選ばれるもの、集まってくるアイデアが変わってくると思います。
実際に社内アクセラレーションを主催する企業やマネジメント側にある課題として、新規事業の立ち上げによってなにを得たいのかが明確化できていないことが多いんです。既存事業の評価基準に合わせようとしてしまったり、時間軸を忘れがちになることもありますね。
岩沢: 時間軸というと?
若宮: プログラムを始めて半年くらいで「いくら儲けたの?」って聞いてくる人がいるんですよ。市場をゼロから立ち上げるタイプの新規事業は赤ちゃんみたいなものなので、赤ちゃんにどれだけお金と人をつぎ込んでも、一年で2千万円プレイヤーにはならない。逆にすぐに大きな売上が必要なら二十歳くらいの市場に参入したほうがよい。ミッションに応じて事業のタイプを見分け、平行して走らせる仕組みが必要ですよね。
新澤: すでに成長しているコア事業と同じ軸で捉えることはできませんよね。
若宮: 新規事業を独立したサンドボックスにするのもめちゃくちゃ大事で。企業では育っているコア事業のほうが声が大きくて、その基準で見られてしまいがちなんですよね。それって、年とった人が「ワシらの頃は」って話してるのと同じで。時代は変わるので、既存の価値観といかに縁を切るかを丁寧に設計しないと、ズタボロになる事例をたくさん見てきましたから。
岩沢: そこのコミュニケーションって難しいですね。バサッと切り捨てるには現実的には受け入れきれないところもあるだろうし。
若宮: 今の評価軸って過去を見てるんです。ニーズを証明しようとする時点で、過去のデータからなので。過去の軸ではもう測れないことを理解しないといけない、その認識を握らないといけないと思うんです。
ルールもロールモデルも、自分たちでつくれる
新澤: ある企業に勤めている友人から、新規事業に取り組もうとしたものの、会社の環境や組織が変わるのを待っていられなくて、外部から自分のアイデアに出資してくれる人を集めることで社内を説得したという話を聞いたことがあります。
若宮: 働き方も変わってきましたよね。ひとつの組織だけにいる必要はないし、社外のパートナーと事業を立ち上げるケースも増えてきた。複業や起業する人が関わることで、必ず社内にもいい影響が返ってきます。そうすることで、会社の価値観も変えていけると思います。
岩沢: 副業や他社との起業を認めることは、アイデアの出口を複数にするということ。これによって、硬直化していた「自社の物差し」を更新できるかもしれませんね。
新澤: 「働き方を変える」という点についてですが、いきなり「女性活躍!」と言われても、女性社員の立場からすると、活躍のためのサポートや周囲の理解なども含めて、環境整備が追いついていないと、戸惑ってしまうと思うんです。
中村: 「女性のキャリアアップ形成に取り組んでいる」という企業は増えたけれど、女性のライフステージに合わせたウェルネス面でのキャリアサポートまでフォローしているところは、ほとんどないんですよね。
若宮: Yourから「Yorisol」というサービスを立ち上げた高本さん曰く、例えば「更年期」って、人生100年時代には、折り返し地点で一番の働き盛りに重なっちゃう。だから本気で女性の活躍を考えるとヘルスケアサポートも必要で更年期の課題の解決が社会の生産性を上げることにつながる。短期的な効率性だけでなくSDGs的な評価軸を取り入れて、価値の測り方を変えていかないといけないと思います。
新澤: いまある「女性活躍」のイメージが一元的になってしまっていることも課題なのではないかと感じています。より多様なロールモデルを描けると、自分の選択に恐れずにいられることができたり、チャレンジができる環境をつくれると思うのですが。
中村: ロールモデルを一人に絞る必要はないと思うんです。「カスタムロールモデル」という考え方があってもいいのかなって。自分がなりたい人、目指したい道を組み合わせながら、自分なりのありかたをつくって行く。
若宮: 「女性活躍」って男性と同じ働き方をしましょうってことではなく、色んな働き方ができるようにサポートすること。でもこれまでは「組織に人が合わせる」のが当たり前だったので、不満や働く人側の多様なニーズが顕在化してこなかった。それがやっと見え始めたと思うんです。
中村: 私たちが企業で働いている方々に、どういうところに違和感やモヤモヤがあるのかを尋ねると、「わからない」と言われることが多くあります。自分たちの環境に慣れすぎてしまって、気づかないうちに違和感を押し殺してしまっているかもしれません。そこからほぐしていかないといけませんね。
若宮: 大もとのところで言えば企業でも過去の踏襲じゃなく仕事や仕組みは自分たちでつくれるっていう価値観を持つことが大事だと思うんです。これから先10年は仕事の種類も増えるし、組織のありかたも変わってくる。今ある組織のゲームルールに合わせるだけではなく、最適なあり方を自分でつくれる、変えることができるんですよね。
岩沢: 背景に展示している作品は、“Don’t Pay for me.”(私の分払わないでよ)という問いから生まれたものです。男性と女性がカフェに行って支払いをするタイミングで両者の間に「どちらがお金を払うのか?」という戸惑いが生まれてしまうという、先入観やステレオタイプに焦点を当てたリソグラフ作品です。
今日のお話を通じて、今までの固定観念の中で「払う」とか「払いたくない」と逡巡するのではなく、自分がどうしたいのか・どう生きたいのかというロールモデルを、自分たち自身でつくっていく覚悟が必要なのかなと思いました。
新澤: (ひとつのポスターを指しながら)これは、“Don’t Pay for me.”の問いかけに続く言葉としての、“It’s on me.”(今度は私の番)を主題とした作品です。これを見ていると、自分の意思がどこにあるのか、意思を実行に移していくことが大切なんだなと感じますね。
若宮: そしてジェンダーの話をする時に大事なのは対立や分断をつくらないということだとも思います。新しいことにチャレンジしていく人たちがめちゃくちゃ楽しそうにして、参加したいと感じる空気感があるといいですよね。新しい文化を生んでいく楽しさに気づく人が増えるといいと思います。
中村: 企業のなかにも、フェムテックに参入したいと考えている人がいたら、ぜひ挑戦してほしいです。見たい未来は同じだと思うので、少しずつ、一緒に壁を切り崩していきたいですね。みなさんとご一緒できること、楽しみにしています。