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理論と実践で価値創造にチャレンジする
早稲田大学講義「イノベーション・プラクティス」

テキスト=竹中玲央奈
編集=原口さとみ

8月1日、ロフトワーク代表の林千晶が母校の早稲田大学で担当している講義、「イノベーション・プラクティス」の最終回が行われました。

「インターネット時代の価値創造をデザインするために」というサブタイトルを冠した、理系文系・学部生院生問わず受講ができるこの授業。ねらいは、「変革を生み出す力を養う」ことです。

「体験価値を中心に、新規事業を設計するプロセス」を、理論と実践を対にしながら学べるプログラムで、デザインリサーチのプロジェクトを多く手がけるロフトワークのディレクター、神野真実と加藤修平がTA(Teaching Assistant)を務め、全8回にわたって実施しました。

インターネットによって、ますます複雑性が増しているいま、客観的に社会を分析して戦略を組む実証主義的なマインドよりも、自らが環境の中に飛び込み働きかけることで新しい価値を生み出していく相対主義的マインドが重要だと林は言います。

ビジネスの現場から生まれてくる手法は、眼前に広がる課題や機会に対応できる柔軟性があり、機能的でもある。それをアカデミアの領域から問い直し、整理統合することで、自分たちの手にある“未来を生み出すフレームワーク”の強度を高めていきたい。(林千晶ブログより)

そう綴った2017年の開講から2年目を迎えた、今期の最終授業。受講生たちは各チームに分かれ、アプローチすべき課題を決め、その課題解決のためのアイデアを形にするべくディスカッションを重ねてきました。その過程では第三者へのインタビューやKJ法の実践、そして様々な領域で活躍するゲストの方々のフィードバックを経て、今回集大成として各グループがプレゼンテーションを行いました。

最終講義には、これまで授業に訪れた以下のゲストの方々も集結しました。(50音順)

  • 井上 智治さん(株式会社井上ビジネスコンサルタンツ)
  • 内田 友紀さん(株式会社リ・パブリック)
  • 菊池 紳さん(プラネット・テーブル株式会社)
  • 河野 安里沙さん(パナソニック株式会社)
  • 杉山 秀樹さん(パナソニック株式会社)
  • 森 隆一郎さん(nagisato)

形にしたら、ブラッシュアップ。 プロにもらう、次のアクションのためのフィードバック

学生の中には緊張感も漂う状況下でスタートした最終回。欠席してしまうチームもいるなか、「こういうことも起こるのが人生です!」という林の名言(?)で空気が和らいだところでプレゼンがスタート。

「ナイトカルチャーを変えたい!」

チーム「Night Club Hunters」が対象にしたのは、ナイトカルチャー。「チャラそう」「お酒が強そう」などネガティブな印象を持たれがちな“ナイトクラブ”のイメージを変えたいという課題意識があります。音楽好きが集まり上質な音楽とお酒を提供する“音箱” と呼ばれるクラブにおけるイベントを通じて多くの人にとってそのイメージが変わり、かつ音楽カルチャーに触れる機会が増えてほしい。そんな思いのもと、「水曜日のゆらめき」という企画を立案し、まさにこの最終講義の夜、知るひとぞ知る「Aoyama Tunnel」で開催しました。

「行ったことのない人を、最初にいわゆる“チャラ箱”に行かせてbadなイメージを味わってもらい、そこから『音箱って超良いじゃん』と思わせたらどうだろう? badを知らないままだと、いい音楽が流れているバーと何が違うの? となるのでそういう点もあればより良かった」とコメントしたのは、食をテーマにデザイン×テクノロジー×サイエンスで事業に取り組むプラネット・テーブル株式会社の菊池さん。

「クラブに行ったことがない学生にその良さを知ってもらう」ための行動をどうデザインするか。本来の「ナイトクラブの良さ」の訴求ポイントの、受け手目線でのフィードバックに、他の参加者からも意見が飛び交いました。

「やること・やらないこと」

ユニークな観点と解決案で場を盛り上げたチームは、「Time Save」。メンバーの「ゲームをするための時間を確保したい」という思いから出発し、「そのタスクはやるべきものか。やらなくてもよいものか」について判断を下してくれるサービス「モヤっと解決くん」を発表しました。

「やりたくないこと」を入力し、自身の手によって様々な観点からポイントを付けることで、最終的に評価点がプラスになればやるべき、マイナスになればやらなくて良い、と判断のアシストをしてくれるこのサービス。「やらなければいけないことを論理的かつ感情的に判断する」という部分がポイントだと発案者の水村さんは言います。

[発表資料より]

やりたいこと、ではなくやりたくないことにフォーカスしたユニークさに場は大盛り上がり。講評の中で菊池さんは、「自分ではなく、他の人がそのやりたくないことにポイントを付けるほうが面白みがあるし、広がるのでは」とコメントしました。

それに対して林は「例えば、(ゲストに来ている)井上さんのような頭のキレるビジネスマンがそのやりたくないことに対して『やるべき』と高いポイントを付けたら、それは判断に良い影響を及ぼしそう」と呼応。こういったサービスがコミュニティのような役割を持てば、個人の判断の価値が可視化され、新たな価値を生みそうです。

「自分ってそう簡単に表せない」

チーム「何者」は、就職活動時に遭遇する「自己分析」、「自身を客観的に見る」ことにフォーカスし、何気ない生活の一コマや普段の自分自身をビデオで見て「本物の客観視体験」を得るという案を発表。

アートやカルチャーで社会をクリエイティブにするnagisatoを主宰する森さんは、最近の潮流とこのチームのアイデアを照らし合わせてこう評します。「最近、年甲斐もなくTik Tokを良く見るのですが(笑)、そこに出ている小中学生の子たちがすごく輝いていて。ビデオの自撮りには今可能性がすごくあると思っています」

組織・社会のデザインをフィールドに活動する株式会社リ・パブリックの内田さんも「自分ごとから出発して社会ごとに転化させたのが良かった。自分を客観的に見る、自分を受け止めるというのは、きっと多くの人にとって“人生のテーマ”なので、アイデアの表現の仕方はもっとディスカッションして形にしてほしいし、自分たちだけではなく他の人も巻き込んでみてほしい」とエールを送りました。

他のチームは、「学生にIターンを促す民泊アプリ」と、「本当に自分のやりたいことを見つけるための場づくり」を提案しました。

アカデミアでこそ体験する、理論と実践の往復

「体験価値を中心に、新規事業を設計するプロセス」を学ぶためのカリキュラムは以下の通り。

  1. イントロダクション・フィールドワーク
  2. 探検する(1)発想法──課題の構造化・言語化など
  3. 探検する(2)仮説構築──ストーリーボード作成など
  4. 発想する(1)統合──KJ法に基づく構造化、POVステートメント作成など
  5. 発想する(2)サービスデザイン──プロジェクトデザインなど
  6. 実装する(1)プロトタイプ──アイデアの試作、フィードバック
  7. 実装する(2)ビジネスデザイン──第三者(ユーザー)からの発見の共有
  8. プレゼンテーション

インタビューのメモの取り方や構造化の仕方、「MVP(Minimum Viable Product)」の考え方など、ロフトワークにおいて実際にプロジェクトで意識していることを体系化し、レクチャー(理論)とワーク(実践)を行き来しながら講義は進められました。

チーム「何者」のメンバーで、就活を終えた高野さんは「周りと意見を合わせて最適なものを出すことの難しさはありました。残念ながら期限に間に合わないこともありましたが、8割出来でもぎりぎりまで詰めて“出し切る”ということの重要さを実感しました。でも、生煮えのまま見せることに抵抗があって。抽象的な議論が延々と続く中で具体に落とし込むのはとても大変でした」と振り返ります。

「Night Club Hunters」の西塚さんは、「ゼロからアイデアを形にしていくことや自分がやりたいことを周りの意見も入れながら順序立てて形にすることの難しさを感じました。でも、こういうことの大切さや楽しさを味わえたので良かったです」と語り、講義を終えた中でもまだ少しやり残したことがあるような悔しさをにじませていたのが印象的でした。

最終講義が終わったあとの受講生たちにインタビューすると、みんな疲れをにじませつつも少し興奮が残ったまま笑顔で答えてくれました。来年の今頃は就職している人も多く、この講義が彼らのなかでどう生きてくれるか、どきどきしつつも楽しみです。

後記:授業から生まれた、世界にひとつのテキストブック

授業の最後には、このクラスオリジナルのテキストブックを手渡しました。去年からアップデートした内容に加えて、受講生たちがつくった企画シートや授業内の写真など、実際の成果物を盛り込んでいます。

この授業は終わってからが本番。授業で得た楽しさや悔しさ、自信を思い出しつつ、実践の手引きとなればうれしいです。(TA担当:ロフトワークディレクター 神野真実)

Member

林 千晶

株式会社ロフトワーク
ロフトワーク共同創業者・相談役/株式会社Q0 代表取締役社長/株式会社 飛騨の森でクマは踊る 取締役会長

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神野 真実

神野 真実

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

加藤 修平

加藤 修平

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

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