EVENT report

東大大学院 梅田靖教授が語る
サーキュラーエコノミーが変える、ビジネスの可能性

環境配慮を考える上でのキーワードとして、近年EUを中心に盛り上がりを見せている「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」。今後グローバルに広がっていくと考えられるこの新たな概念に対し、日本の製造業はどのようなアクションを起こしていくべきなのでしょうか。

その答えとなる道筋を探すために、ロフトワークでは「サーキュラーエコノミー時代の事業戦略とは?—ライオン・ブリヂストン・バンドー化学に学ぶ実践事例」と題し、イベントを開催。ライフサイクル工学を専門とし、「Circular Economy(CE)研究会」の研究主幹を務める東京大学大学院教授の梅田 靖先生、そしてサーキュラーエコノミーにいち早く着目し、事業開発に踏み出しているメーカー3社とともに、これからのものづくりに必要な視点について議論しました。

 前編となる本稿では、梅田先生のキーノートスピーチの模様をお届けします。

▼イベント概要
サーキュラーエコノミー時代の事業戦略とは?—ライオン・ブリヂストン・バンドー化学に学ぶ実践

執筆:野本 纏花
編集:loftwork.com編集部

東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター 教授 梅田 靖 氏

エコデザイン、ライフサイクル工学、製品ライフサイクル設計などを専門とし、サステナビリティを重視した次世代のものづくりについて研究を重ねる。

近著に『サーキュラーエコノミー: 循環経済がビジネスを変える』(勁草書房)がある。

サステナブルと経済合理性の両立を図るサーキュラーエコノミー

「今後のものづくりや価値づくりにおいて重要な柱となるのは、『デジタル革命』と『サステナビリティ』である」と語る梅田先生。なかでもサステナビリティを企業活動の“中心に”取り込んだビジネスを展開していくことが大切だと言います。

企業活動の“中心に”サステナビリティを取り込むとは、どういうことでしょうか。そこには従来とは大きく異なる、次の2つのポイントがあります。

1つ目は、従来のように製造活動と切り離してCSR活動を行うのではなく、企業活動のあらゆる場面においてサステナビリティが考慮された状態にするということです。つまり、製造活動で環境を破壊した罪滅ぼしとして、CSR活動で環境保全を行うという発想ではなく、企業活動のすべてにおいてサステナビリティを意識したビジネスモデルへと切り替える必要があるというわけです。

 2つ目は、温室効果ガスを完全にゼロにするカーボンニュートラルのような「Absolute Sustainability(絶対的な持続可能性)」を目指すということです。「“できるだけ”リサイクルします」といった相対的な努力目標の話で終わっていたこれまでとは、大きく異なることがわかります。

 2015年に「サーキュラーエコノミー政策パッケージ」がEUで採択されてから急速に広まったサーキュラーエコノミー。その主要なポイントを梅田先生は次の5つにまとめました。

  • Systematic Eco-Innovation…漸進的でなく大きな変化

  • 資源効率(Resource Efficiency)…リユース、メンテナンス、アップグレード、材料リサイクルなどを含む資源循環を大幅に高度化する

  • 持続可能な材料利用…ゴミではなく資源、大量生産ではなくカスタム化、枯渇ではなく再生

  • 製品サービスシステム…消費者ではなく使用者、所有ではなくシェア

  • 循環経済

「こうしたことが『環境負荷削減』や『資源枯渇対応』につながるというのは、日本が先導してきた循環型社会でも言われてきたこと。しかし、このEUの政策を聞いて当時驚いたのは、このサーキュラーエコノミーが『雇用の確保』や『EUの競争力の強化』につながると言っていたことです。『サーキュラーエコノミーをやらなければ、これからの競争にはついていけないんだ』という言い方をしていたんですね」(梅田先生)

それにしても、これをどうやって実現するのか?研究者の間で議論が巻き起こりました。そして次の3つの結論に至ったと言います。

  • サブスクリプションの普及など、ものに対する人々の価値観の多様化がドライビングフォース(推進力)になる
  • メーカーが主役ではなく、循環プロバイダー(※)が多様な循環を駆動する
  • デジタル技術が実現可能性を高める重要なキードライバーとなる

 ※循環プロバイダーとは、もの・情報・お金が循環する仕組みをつくる人のこと。梅田先生による造語。詳細は後述します

EUはサステナビリティ問題に関して世界をリードする立場を確保するために、鉛ハンダなどの特定有害物質を使用不可にするRoHS指令を発出するなど、革新的な動きを続けてきました。しかし、その影響は「環境問題」、狭い意味での「環境的サステナビリティ問題」の枠内に収まっていたと言えます。ところが、サーキュラーエコノミーの話になると、従来の経済の仕組みの中では経済合理性が取れないことから、「環境問題の枠内にとどまらず、経済の仕組みそのものを変えようとしているように思える」と梅田先生は指摘します。それが結果として、市場競争の座標軸を変えたり、ものづくりや価値提供のやり方を変えたりするような動きにつながっていくことから、

「今後のトレンドとしてサーキュラーエコノミーに対応しなければ、ビジネスをやっていけなくなるかもしれないという危機感につながっているのです」(梅田先生)

では改めて、これまで日本が目指してきた循環型社会とサーキュラーエコノミーの間には、どんな違いがあるのでしょうか。梅田先生は、「循環型社会への取り組みで行われてきた3R(Reduce・Reuse・Recycle)の発端が『資源の枯渇』ではなく『埋立処分場の不足』にあったことから、大量生産+大量リサイクルに帰着してしまっている」と述べました。一方、サーキュラーエコノミーには、次の3つの特徴があると言います。

  • サーキュラーエコノミーは社会的責任によって行うものではない。サーキュラーエコノミーこそが今後の経済メカニズムとなる。サステナビリティと経済合理性を両立させる試みである。

  • サステナビリティに関する取り組みが製造と切り離されていた循環型社会とは違い、サーキュラーエコノミーでは製造側も変えようとしている。

  • 大量生産+大量リサイクルの思想ではなく、脱大量販売を目指す価値提供手段を中心に据えている。

次に、欧州で始まっているサーキュラーエコノミーの事例を見ていきましょう。

欧州型サーキュラーエコノミー先進事例

前提として、「世界のサーキュラーエコノミーを推進しているエレンマッカーサー財団の理念と、EUが政策として掲げている『サーキュラーエコノミー政策パッケージ』は、必ずしも一致するものではないことを念頭に置いておく必要がある」と梅田先生は語ります。なぜならば、サーキュラーエコノミー政策パッケージは、あくまでも“EUが強くなるため”のものであるという背景があるからです。

 同政策パッケージでは、「エコデザイン指令」と呼ばれる「エネルギー関連製品についてエコデザイン(環境配慮設計)を義務付ける枠組み指令」を設けています。サーキュラーエコノミーに関わる指令や規制などは、欧州から世界へ波及していく兆候があるため、法律が制定される前から準備を整えることで、競争優位性を獲得できるとともに、ミニマムコストで先手を打つことが可能となるのです。

そのために重要なのは、ガイドライン・規格・規制を満たした製品ライフサイクルを構築していくこと。この動きを実践し、欧州の中でも早期にデジタルプラットフォーム戦略を始め、サーキュラーエコノミーの模範的な企業と言われるシーメンスの事例をご紹介しましょう。

産業、エネルギー、ヘルスケア、インフラなど、さまざまな領域で事業を展開しているシーメンスは、それぞれの事業に対して①サーキュラーインプットモデル(リユース、リマン)②廃棄物の再利用・再生品③寿命延長④PaaS(リース)⑤プラットフォーム戦略(シェアリングビジネス)という5つのビジネスモデルを設定しています。これをサーキュラーエコノミーの指針としながら、自社のビジネスをチューニングしているしているのです。

例えば、工場をつくる際に、情報インフラも入れてしまい、設備のメンテナンスも請け負う。するとオーナーが工場でものづくりを続けるには、シーメンスの助けを借り続ける必要が生じるため、ビジネスが成功するというわけですね。

梅田先生が欧州企業の人たちにインタビューをしたところ、サーキュラーエコノミーに取り組む上で重要なポイントが3つあるという回答が得られたそうです。

サーキュラーエコノミーに取り組む上で重要な3つのポイント

  • プロアクティブなアクション…規制があるから対応するという受け身の姿勢ではなく、競争優位性を獲得するために能動的に動いていく。

  • ステークホルダーとのコミュニケーション…お客様だけでなく、部品や材料を調達している業者など、製品に関わるあらゆるステークホルダーと密なコミュニケーションをとり、一丸となってサーキュラーエコノミーを目指していくという合意形成を図ること。

  • 実施していることの主張…サーキュラーエコノミーを実践しているということを対外的にアピールする。こうした欧州企業の取り組みを見ていると、欧州型のサーキュラーエコノミーに対する取り組みと、典型的な日本の製造業では、組織構造からして大きな違いがあることがわかったと言います。

欧州企業では、経営セクションの真ん中にサーキュラーエコノミーのビジネスサポート部門があり、各事業部とコミュニケーションをとりながら前者的にサーキュラーエコノミーへ向かうようビジネスの方向性をリードしています。他方、日本企業でサーキュラーエコノミーを担当しているのは、たいてい環境部門。必ずしも各事業部に対するコントロールが効くわけではなく、ビジネス変革の必要性を訴えても、なかなか声が届きづらくなります。

「本来、サーキュラーエコノミーを実践するには、経営に直接入っていかなければならないし、社内のあらゆる部門と連携しながらビジネスを変革していく必要がある。しかし、こうした動きを取るのが困難な組織構造になっているというのは、日本企業がサーキュラーエコノミーを実践する上で難しいポイントになってくるだろうと思っています」(梅田先生)

日本企業はサーキュラーエコノミーにどう向き合うべきか

欧州に限らず、サーキュラーエコノミーで価値を提供する際に大切なのは、先に少し触れた「循環プロバイダー」の存在です。この役割は、必ずしもメーカーが担う必要はありません。大量生産・大量廃棄のビジネスから脱却し、もの・情報・お金が適切に循環するビジネスモデルを設計できるよう、ビジネス・製品・製品ライフサイクル・ユーザーの嗜好やライフスタイルの組み合わせをうまく考えたビジネスモデルを設計することが重要です。とはいえ、これをメーカー自身が1社だけで行うのは困難なため、いろいろな企業が連携しながらサーキュラーエコノミーを進めていく必要があります 

加えて、近い将来、すべての製品の状態はリアルタイムで把握できる世の中になることから、こうしたデータを使って、ライフサイクルをうまくマネジメントしながら、長く使いたい人にはできるだけ長く使えるようにすることも求められるようになるはずです。その範疇はいわゆるリサイクルだけではなく、リマニュファクチャリング(使用済み製品の再生)やリペア(修理)など多岐に渡り、「いずれバージン品とリサイクル品の違いがない、リサイクル品の品質保証まで行うことが価値のひとつになってくるのではと考えています」として、古典的な売り切り型のビジネスモデルの終焉を示唆しました。

このようなサーキュラーエコノミーに対し、日本企業は今後どのような備えをしておく必要があるのでしょうか。 

「サーキュラーエコノミーの哲学は、将来の方向性として否定できるものではありません。だからと言って、欧州の都合でつくられた『サーキュラーエコノミー政策パッケージ』をすべて遵守する必要はないかもしれない。だが、欧州は雇用の確保や競争力の強化に向けたサーキュラーエコノミーの実現に動いており、それに関するさまざまな情報を開示しているので、この流れを好機と捉え、ビジネスを行なっていくことは有効ではないかと思います」(梅田先生)

 また、欧州でビジネスを維持・展開する企業はもとより、アジア諸国でも同様にサーキュラーエコノミーの潮流が押し寄せる可能性は十二分にあるとして、「『サーキュラーエコノミー政策パッケージ』が急速に実装された場合を想定して、先手を打つ準備をしておくことが重要です」と語り、キーノートスピーチを締めくくりました。

続く後編では、サーキュラーエコノミーの取り組みを始めたメーカー3社の実践例をお聞きしながら、梅田先生とともに日本型サーキュラーエコノミーのあり方について考えていきます。

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