
創造と実装の間をどう埋める?
「やりたいけど形にできない」を解決する4つのヒント
皆さんは今、どんなアイデアを温めているでしょうか?
新しいサービスの構想、地域を活性化させる取り組み、個人的な情熱を形にしたいという想い——。私たちの頭の中では、大小さまざまな「やりたいこと」が渦巻いています。しかし、実現されることなく、心の奥底で眠り続けていることも多いかもしれません。
2025年6月10日、京都の蒸し暑い夜に一般社団法人Good Project Associationと株式会社ロフトワークの共催で実現したイベント「創造と実装の間 〜プロジェクトクリエイションの可能性〜」。参加者の多くが抱える「やりたいことはあるが形にできない」「合意形成が難しい」「制約が多すぎる」といった悩みに対し、プロジェクトの現場で活躍する多彩な実践者たちが登壇し、リアルな体験談を語りました。
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疑問を持つための技術
ロフトワーク京都ブランチ共同事業責任者の上ノ薗正人が最初に紹介した事例は、自身がプロジェクトマネージャーを務めた海遊館の特別展「視点転展(してんてんてん)」。「創造と実装の間」で、まさに重要な課題に直面したプロジェクトでした。2022年7月から2024年1月まで、約1年半の展示期間と、それに伴う準備・支援の時間を要したこのプロジェクトは、コロナ禍で展示のありようから検討が必要であること、そして様々なステークホルダーそれぞれの想いもあり、一つ一つを“決定”することが大変だったプロジェクトでしたプロジェクトでした。
「スタッフの皆さんの生き物への愛が強いからこそ、新しいアプローチへの不安も大きかった」と上ノ薗が振り返るその状況は、多くのプロジェクトが直面する現実そのものです。
しかし、この状況こそが大きな転換をもたらしました。プロジェクトの転換点となったのは、制作パートナーである、山口情報芸術センター(YCAM)の今野恵菜氏による「疑問を持つための技術」という一言でした。「分からないという抽象度の高い状態を、なぜ分からないのかに分解していく。すると具体的な課題が見えてくる。」これにより漠然とした不安や対立が明確な設計課題に変わりました。
重要だったのは、海遊館のチームリーダー(現館長)の村上寛之氏をはじめとする異なるバックグラウンドを持つクリエイティブチーム全員で疑問を共有し、それぞれの専門性で解決策を提示することでした。「わからないこと」や「気になること」を発見するためにどんなことができるんだろう、という姿勢が、プロジェクト全体を貫いていたと上ノ薗は振り返ります。
「分からない」状態を否定するのではなく、それを出発点として受け入れることで、「迷いを確信に変える」プロセスが生まれ、海遊館の歴史においてもチャレンジングな展示の一つとなったのです。


スタンス表明が仲間を呼ぶ
上ノ薗が別事例として紹介したのが、小惑星探査プロジェクト「Project Apophis」。ロフトワーク・FabCafe・千葉工業大学の3者共同で取り組まれる本プロジェクトは、2029年に訪れる小惑星の地球最接近という観測機会を捉え、異分野連携による新しいアプローチでの探査を目指しています。注目すべきは、プロジェクト開始時にプレスリリースを打ち、社会に対し明確に「活動開始の宣言」をしたことです。
「明確なスタンス表明により、同じ方向性を向く組織や人材が集まってくる」という考え方は、多くの参加者が悩む「まだ企画が固まっていないので動けない」という思考の呪縛を解く鍵となるのではないでしょうか。上ノ薗は続けて、「何でもできるし、何でも良くしようとすると、結局何も変わらない。方向性を明確に示すことで、プロジェクトが動き始める」と指摘しました。
この考え方は、多くの参加者が抱える方向性の曖昧さという課題に対する明確な答えとなりました。完璧な計画を待つのではなく、まず自分たちの姿勢と取り組む方向性を社会に向けて表明することで、同じ志を持つ仲間も集まりやすくなるでしょう。

システム思考による複雑な課題の構造化
また具体的な手法として、ロフトワークが活用する「システム思考」の実践例も紹介。これは参加者の関心も高かった「複雑で制約の多い課題解決」に有効な手法です。
システム思考では氷山モデルという考え方を使い、表面的に見えている出来事だけでなく、その背景にある構造を理解します。出来事レベル、パターンレベル、構造レベル、そしてメンタルモデルレベルまで分析することで、「どこに介入すれば最も効果的か」というレバレッジポイントを発見できます。
実践例として、総合地球環境学研究所と行った、展示を活用したアウトリーチプロジェクト「怪談と窒素」を紹介。この企画の前段階として、システム思考で用いられるループ図というツールを使って、複雑な環境課題である「窒素問題」の構造を可視化したといいます。そうして見出されたレバレッジポイントを起点に、アートと組み合わせた企画とすることで、体験的な理解を促しました。複雑な問題を単純化するのではなく、構造を保ったまま理解しやすい形に翻訳することが成功の鍵だったと語りました。


10%の興味から始めるプロジェクト創出法
株式会社KADOKAWAを経て独立し、一般社団法人日本遺産普及協会代表・4th place lab共同発起人を務める小林こず恵氏は、「創造と実装の間」を埋める具体的な方法論を提示しました。
小林氏自身の日本遺産プロジェクトは「日本遺産が好きだけど、何をしていいか分からない」という漠然とした状態から始まりました。しかし「100%これだと思わなくても、10%くらいの興味でできそうなことをまずやってみる」という姿勢で、定期的な勉強会やオンライン講座などの小さなアクションを積み重ねた結果、2年間でコミュニティが形成され、最終的に法人化まで発展させました。
この実体験をベースに立ち上げた4th place labでは、「第4の場所」というコンセプトのもと3ヶ月間のプロジェクト化支援プログラムを展開しています。1ヶ月目でウィルの解像度を上げ、2ヶ月目で仲間との壁打ちを通じてアイデアを具体化し、3ヶ月目で必ずプロジェクト化してピッチ発表を行います。実際に「本で何かしたい」という漠然とした思いから始まった参加者が、本屋とのコラボレーションによる読書会運営にまで発展させた事例もあります。
「バックキャストではなく、目の前でできることの積み上げ」という小林氏のアプローチは、多くの参加者が抱える「やりたいことはあるがまとめきれない」という悩みに対する実践的な解決策を掲示していました。


お金と想いの流れ方を設計する
一般社団法人リリース共同代表理事の風間美穂氏は、映像制作・デザイン会社を経て、2007年からThink the Earthに所属。大企業や政府、NPO/NGOやクリエイターなど異なるセクター間のコミュニケーションの橋渡しをするカタリストとして活動し、2013年からRELEASE;へ本格的に合流。2014年に東京から京都へ拠点を移し、中小企業や地方自治体との事業プロデュースを担っています。
風間氏が手がける各地の地域企業や行政との公民連携プロジェクトでは、社会性と事業性の両立が常に課題となります。
参加者から特に多く寄せられた合意形成や収益化の課題に対し、「この人なら協力できる」と思ってもらうことの重要性を強調しました。「思いだけでは人は動かない。異なる立場の人が協力するためには、まず信頼してもらうことが必要」という根本原則が、全ての合意形成の基盤となります。
さらに、風間氏は「誰が意思決定者で、その先にどのようにお金や思いが流れていくか、段階的な設計が重要」と指摘しました。お金の流れと同時に、思いや価値観の流れも設計する必要があるという視点は、従来のビジネス設計では見落とされがちな要素です。
また参加者から寄せられた「予定調和と予定不調和の使い分け」という高度な質問に対しては、高山氏が投影されていたスライドを参照しながら、風間氏は「半開きで流動的な状態にこそ可能性がある。固定化されてしまうと新しい価値を生みにくい」と答えていました。プロジェクト初期には予定不調和で多様な意見を引き出し、実装段階では予定調和で効率的に進め、振り返り段階では再び予定不調和で改善点を探るという段階的なアプローチが有効だと語りました。


創造的価値創出の本質と実践への道筋
今回のイベントで特に印象的だったのは、小林氏が語った「純粋な欲に勝るものはない。自分の人生に嘘をつかない姿勢が大切」という言葉でした。創造的価値創出において重要なのは、システム思考のような論理的手法と、純粋な情熱や好奇心のような感情的動機の両方です。論理だけでは人は動かず、情熱だけでは継続できません。まさに車の両輪のような関係なのです。
本イベントで紹介された具体的なアプローチは4つ。
- 10%の興味で小さく始める
- 疑問を構造化する
- お金と想いの流れを設計する
- スタンスを表明する
これらをヒントにして、ぜひ自らの実践にチャレンジしてみてください

最後に:変化は今日から始められる
重要なのは、完璧を求めずに小さく始めること。そして、その歩みを継続することです。登壇者たちの軌跡が示すように、最初は小さな一歩でも、継続することで大きな変化を生み出すことができます。
私自身、このイベントを通じて感じたのは、「創造と実装の間」で立ち止まってしまうのは、実は自然なことだということでした。その状態を否定するのではなく、そこから始まる学びと成長のプロセスを大切にすることが、真の創造的価値創出につながるのです。
誰もが心の中に抱えているアイデアや想いが、一つでも多く実現される世界を作るために。そのための第一歩は、今日、この瞬間から始めることができるんだ、そう感じた一夜でした。
執筆:基 真理子
編集:Loftwork.com 編集チーム