賑わいを測る指標は本当に正しいのか?
社会価値と経済のジレンマをを解きほぐす、“感性”起点の指標
価値観や行動様式が流動的に変化し、不確実性が高い潮流にある今、街に賑わいを生む難易度はこれまで以上に高くなっています。まちづくりの形も柔軟に変化する必要がありますが、人流や滞在時間といった定量的な成果が重視され、手法が限定的になってしまうというジレンマが起きることも。
画一化されたKPIは成果を可視化しやすい一方で、街の本質的な価値を捉えきれないのではないか?そんな問題意識から「賑わいが生まれ持続する仕組みをつくる まちづくりKPIのジレンマを解きほぐすための視点とは?」と題したトークイベントを開催しました。
今回、なんばのまちづくりを推進してきた南海電気鉄道株式会社の寺田成さん(以降、寺田さん)、“シビックプライド”を社会にひらくための発信に取り組む株式会社読売広告社の小関美南さん(以降、小関さん)をゲストに招き、それぞれ異なる立場から議論を繰り広げました。まちづくりの現場が直面するリアルな課題と、解決への道筋として浮かんだ「感性指標」という新しいアプローチの可能性を探りました。
なんばで実践する、「街の担い手」を育てるまちづくり
イベント前半では、南海電鉄とロフトワークが推進した、なんばのまちづくり事例をご紹介。大阪各地で再開発が進む中で選ばれ続ける街であるために、エンタメの軸でソフトの活性化を図ったプロジェクトです。核となるのが、レジデンスプログラム『Chokett(チョケット)』。南海電鉄が所有する空きテナントを拠点に、複数のクリエイターが公共空間を活用したイベントやフィールドリサーチを実施し、エンタメを街に取り込みながら、生活者と地域を巻き込む活動が1年半にわたって繰り広げられました。
プロジェクトマネジメントを担当した太田は、これまでの活動を振り返り、
「なんばの『街の担い手』を育てるところに軸を置き、新しい街の使いこなし方をクリエイターとともに発見し、活動を通してプレゼンテーションする。『あ、そんなところでこんなことやっていいんだ』と日常の見方を変え、驚きや発見を共有していくことを目的としていた」
と締めくくりました。

シビックプライドと主観的価値を可視化する試み 郷土愛を超えた「当事者意識」とは
続いて、小関さんより『シビックプライド』という概念が紹介されました。市民一人ひとりが誇り高く喜びをもって生きることができる都市や地域を実現するために注目される考え方で、多くの自治体がプロモーション指針や条例に取り入れ始めています。
「シビックプライドとは、単に郷土愛というだけでなく、街をより良い場所にするために自分自身が関わっているという当事者意識に基づく自負心のことであると私たちは定義しています。」

事例として紹介された「CIVIC PRIDE ACTION」は、その地域の“シビックプライド資産”に着目し、身につけられるプロダクトとして形にすることで、使うたびに地域と自分とのつながりや、心のよりどころにしたいという想いから始まったプロジェクトです。その第一弾として制作されたのが『青森シビックプライド名刺入れ』でした。
「名刺入れは自分を紹介するときに取り出すものであり、いつも胸ポケットに入れて持ち歩く心臓に一番近いところにあるもの。たとえ青森を離れても、名刺入れがシビックプライドの宿る場所になるように、という想いが込められている。」と小関さんは語りました。

「“シビックプライドを自分の言葉で翻訳するとどういう言葉になるか?”ということを一緒に話しながら引き出していくことがとても大事なのではないでしょうか。落ちているゴミを拾ったり、道に迷っている観光客に声をかけたり、一歩踏み出せている状態も、シビックプライドの現れのひとつだと思います。自分の好きや幸せの視点でまちの価値を言語化する“自分ごと化”が重要と感じている」
と締めくくりました。
「賑わい」という魔法の言葉の正体
クロストークは、寺田さんの一言から始まりました。
「“賑わいって、具体的に何を指すんですか?”この質問に、いつも明確に答えられないんです」

賑わいの具体的な線引きは難しい。南海電鉄では携帯電話キャリアの指標を用いて人流の数や出身地(インバウンドの割合など)を計測しているが、本当に賑わいを測れているのかという疑問は拭えないと言います。
寺田さんの言葉を受けて、小島は「そもそも日常生活で市民の口から“賑わい”という言葉を聞くことはない。企業が使う独自の言葉になってしまったのではないか」と続けました。企業側の達成しなければならない目標(ロジック)と、生活者側の価値観の乖離こそが、まちづくりにおけるジレンマの本質であることが浮き彫りになりました。
「地域の事業者や生活者と共有し、一緒に目指せる指標がないと、ゴールを見失うことがあります。定量的なKPIだけでは、本当に目指したい街の姿を共有することは難しいです」

定量KPIが抱える構造的な問題
議論が深まる中で、従来の定量的なKPIが抱えるまちが均質化してしまうリスクと個々の取り組みの深さを評価できないという課題が指摘されました。
寺田さんは「地域のために必要だと思っても『どんな成果が見込めるのか』という質問に明確に答えられないと予算が下りない。ソフト面の活動は事業売上に直結しないものが多い一方で、定量化すると個々の取り組みの深さを評価しづらい」と現場の課題を明らかにしました。
続いて、小関さんからはまちづくりの現場で頻繁に使われる、とある言葉に対する問題提起がありました。
「『活動人口』という考え方に着目すべきではないでしょうか。“関係がある“という曖昧な状態ではなく、具体的なアクションが見えるキーワードこそ、まちづくりには有効だと思います。“実際に行動を起こしている”人の数や質を測る。この視点の転換が、より実効性のある評価に繋がります」
指標を「みんなで使っていける」ものに
小関さんは「単なる数や量だけを目標にしていると、街同士で人の奪い合いになり、社会全体が幸せにならない。いつか破綻する可能性がある」と警鐘を鳴らし、指標そのものの在り方について問いかけました。
「そもそも、なぜKPIが必要になっているのかという点を本当は話すべきなんだろうなと思っています。KPIを見たときに“ああ…”とプレッシャーを感じたりネガティブな感覚になるのではなく、“なんかその目標だったらワクワクして取り組めそう”と思える指標。そんな使いたくなるワクワク指標を目指す必要があると思います」
小関さんのコメントを受け、小島は、
「(評価指標は)短期的に変わっていくことを前提とする感性的な視点を用い、その結果が長期的には人流や人口の増加といった定量的なものに繋がっていくのだという柔軟な評価軸が必要だ」
と、評価指標そのものの柔軟性について言及します。
寺田さんは実務者の視点から、具体的な行動を提案しました。
「ロジックやプロトタイプが生まれたら、それぞれが今やっている仕事の中で試してみて、検証していく。完璧な指標を待つのではなく、各自のプロジェクトですぐにテストを始めるべきです」
短期と長期、定性と定量。時間軸と測定手法を組み合わせることで、より街の実態に即した評価が可能になります。完璧な指標を最初から作ろうとするのではなく、プロジェクトの進展に応じて評価軸も進化させていく。この柔軟性こそが、持続可能なまちづくりには不可欠なのです。
感性指標が切り開く新しい可能性
約1時間にわたるクロストークを通じて浮かび上がったのは「感性指標」という新たな可能性でした。
“なんかいいな、好きだな”という感性的な価値を可視化することが、街に住む人、企業、行政みんなが幸せになるまちづくりに繋がるのです。そして、感性指標は共創によって作られるものだという視点も共有されました。完成された指標をただ待つのではなく、実践者たちがそれぞれ試行錯誤し、共に作り上げていく。その過程こそが、指標を「ワクワク指標」に育てていくのです。

感性を測る、「使われる指標」づくりへの挑戦
このトークイベントから約半年、読売広告社とロフトワークの共同プロジェクト『まち感性ラボ』が立ち上がりました。
このプロジェクトでは、まちに暮らす人、訪れる人、働く人が感じる主観的な感覚の有用性に着目し、都市や公共空間の魅力を再発見するための『感性指標』の研究・設計に挑戦します。従来の定量的な指標では捉えきれなかった“なんかいいな、好きだな”という感性的な価値を可視化し、住む人、企業、行政といったまちに関わる人みんなが幸せになるまちづくりを実現するための新しい評価軸を提供することを目指しています。
完璧な指標を待つのではなく、それぞれが小さな実験を始めること。その積み重ねが、持続可能なまちづくりの新しい道筋を拓いていきます。
執筆:葉山 いつは(Loftwork.com編集部)







