経済合理性と社会的インパクトのあいだで
遊休空間から、“まちの続きづくり”が始まるとき
人口減少、テレワークの定着、EC市場の拡大によるリアルな購買機会の減少——。不可逆的な社会構造の変化により、場所を貸して賃料を得る、従来の不動産モデルは限界を迎えています。空きビルや旧社屋、高架下といった遊休空間を“未来の価値を生む資本”へと転換するには、どのような視点が必要なのでしょうか。
2026年4月6日、FabCafe Osakaで開催されたトークイベント「遊休空間活用のジレンマを超える 経済合理性と社会インパクトのあいだ」。株式会社ロフトワークと株式会社ヒトカラメディアが共催したこのイベントには、会場とオンライン配信を合わせて約200名が参加。デベロッパー、鉄道会社、行政、街に関わるクリエイターといった多様な参加者が集まりました。
本記事では、「高架下活用」「旧社屋」「廃業した喫茶店」というジャンルの異なる事例をご紹介しながら、遊休空間を未来の資本へと転換するためのまなざしについて探ります。相反しがちな「経済合理性(そろばん)」と「社会的インパクト(ロマン)」のジレンマをいかにして乗り越え、持続可能な場所を育てていくのか。効率や数字だけでは語りきれない「感性」の視点から、そのヒントを紐解きます。

イベント情報
遊休空間活用のジレンマを超える経済合理性と社会インパクトのあいだ
空きビルや高架下などの遊休空間を、未来の資本に変えるには?本イベントはロフトワークとヒトカラメディアの共催で、遊休不動産活用における短期的な収益性と長期的な社会的インパクトのジレンマを乗り越える方法を探りました。
“未完成”という戦略 京王電鉄「ミカン下北」が実践する、妄想を事業化するエコシステム
最初に紹介されたのは、京王電鉄・京王SCクリエイションによる下北沢駅高架下の開発事例「ミカン下北」です。駅前の一等地でありながら、個性豊かな飲食店などが並ぶ「商業エリア」とコワーキングスペースなどの「働く場(オフィス)」が混ざり合う空間として設計されました。商業施設の中に長期的で安定的な賃料収入が見込めるオフィスモデルを構築・広告施策を実施しながら、開業後も地域プレイヤーや入居企業、商業テナント同士が対話し、新たな実験やコラボレーションが生まれ続けています。登壇した京王SCクリエイションの竜口瑞樹さんは、商業施設運営のキャリアを持ちながら、本プロジェクトでは商業の枠を超えた実験的な取り組みを推進してきました。
個人の熱量を段階的に事業化する「ステップアップ・サイクル」
施設名である「ミカン」は、“未完成”に由来しています。いつまでも未完であり続ける。このコンセプトには、完成された商業施設を消費してもらうのではなく、「実験」を合言葉に何度でもチャレンジできる土壌を作り、常に変化し続ける街の生態系そのものでありたいという思いが込められています。「多様な人々が交差して新しいチャレンジが生まれ、そのチャレンジをまた見に来る人がいるという状態を作りたい」と、竜口さんは語りました。

開発コンセプトの継承を可能にした運営設計と、独自指標の設定
「立ち上がった施設のコンセプトは、時に一瞬で消え去ることがあります」竜口さんは、商業施設開発における苦い経験をこう振り返ります。特に鉄道会社などの大きな組織では、3〜5年のサイクルで担当者の異動が発生し、それが施設コンセプトの形骸化を招く大きな要因となっていました。
この課題を乗り越えるため、ミカン下北では開業の1年前から運営チームを運営設計に巻き込むという手法を取り入れていました。開発担当から運営担当へバトンが渡される際にコンセプトが失われないよう、施設の企画を担当した会社京王電鉄、施設全体の運営を担う京王SCクリエイション、コミュニティ運営及びワークスペース運営を担うヒトカラメディアがパートナーとして密に連携。プロジェクトの「核」となる部分を共に分け合い、一緒に運営の設計図を描きながら準備を進めました。
さらに、コミュニティの状態を客観的に測るため、ミカン下北独自のKPIも設定。従来の指標にとどまらず、「コラボレーションの発生数」など、さまざまな観点から定性的な価値を数字に落とし込む工夫を施しました。これにより、自分たちの取り組みの効果が目に見えるようになり、組織内でも言語化しづらい価値を共有しやすくなったといいます。
ミカン下北
下北沢駅の高架下に2022年3月に誕生した「ミカン下北」。駅前の一等地でありながら、個性豊かな飲食店などが並ぶ「商業エリア」とコワーキングスペースなどの「働く場(オフィス)」が混ざり合う空間として設計され、街の消費活動や人の流れに変化をもたらす構想を描きました。「ロマン(ビジョン)」と「そろばん(事業性)」を両立させるため、商業施設の中に長期的で安定的な賃料収入が見込めるオフィスモデルを構築しながら、開業後も「下北妄想会議」などを通じて地域プレイヤーや住民、入居企業、商業テナント同士が対話し、新たな実験やコラボレーションが生まれ続けています。
公的空間を“暮らしと学びの実験フィールド”へ UR都市機構「ほとりで」が示す余白のデザイン
続いて紹介されたのは、UR都市機構による大阪・森之宮の「ほとりで」です。かつてUR都市機構の西日本支社として使われていたオフィスビルの1階を、地域に開かれた「暮らしと学びの実験フィールド」へと転換させた施設です。ここでは学生、地域住民、周辺ワーカーが自由に使える場所として、利用者の「やってみたい」を許容し地域への愛着やイノベーションを生み出しています。登壇したUR都市機構の柏井一成さんは、大阪城東部地区のまちづくり戦略「大学とともに成長するイノベーションフィールドシティ」の一環として、大阪公立大学とともにUR森之宮ビルを地域に開いた経緯を紹介しました。
「ほとりで」という名称には、陸と海が接する場所(ほとり)と、熱を帯びる場所(火照りで)という二重の意味が込められています。柏井さんは「陸と水の境界に多様な生物が集まる『エコトーン』のように、多様な世代が混ざり合う空間にしたかった」と語ります。

“余白”をハードウェアとして実装する
「ほとりで」の最大の特徴は、利用者が自ら空間に介入できる“余白”をハードウェア(設備)として実装している点にあります。その象徴と言えるのが、紙と木で作られた可変式の什器「プレイスメイキングキット」です。

利用者がその日の目的や気分に合わせて、自由に空間を作り変えることを許容するツール。まるで子どもが積み木で遊ぶように、大人が空間の形を柔軟に再構成できる余白を提供し、空間に寛容さを生み出しています。こうした余白の設計を通じて、単なる機能主義的なオフィスから、プレイスメイキング(居場所づくり)の拠点へと大きな転換を遂げました。
“やってみたい”を社会実装まで伴走する、運営チームの組成
利用者の“やってみたい”という初期衝動を0.5歩分サポートするために、「ほとりで」には2名のコミュニケーターが配置されています。イベントでは、コミュニケーターの支援によって実現したステンドグラス作家の住民によるモーニングカフェの事例が紹介されました。運営スタッフ自ら飲食免許の取得支援を行い、住民が自身の作品を展示・販売するカフェをポップアップで開催するまで伴走したといいます。他にも同施設では、個人の活動がシビックプライドの醸成や地域課題解決に繋がる“暮らしのイノベーション”といえる営みが、次々と生まれています。
単にプログラムを提供するのではなく、そこに個人の物語を書き込ませる余白が大切と語る柏井さん。「今活動してくれている人たちや、そこで生まれたコンテンツがエリア全体に広がっていけばいい。」と続けました。この余白こそが、エリア全体のシビックプライドを醸成し、不動産としての長期的かつ持続可能な価値を裏付ける無形の資産となっているのです。
ほとりで
大阪・森之宮に2025年10月にオープンした「ほとりで」。かつてUR都市機構の西日本支社として使われていたオフィスビルの1階を、地域に開かれた「暮らしと学びの実験フィールド」へと転換させた施設です。公的機関のビルは地域住民には縁遠い場所になりがちですが、ここでは学生、地域住民、周辺ワーカーが自由に使える場所として、利用者の「やってみたい」を許容し地域への愛着やイノベーションを生み出しています。
遊休空間活用のジレンマを超える、感性のまなざしとは
後半のクロストークでは、京王電鉄の菊池祥子さん、京王SCクリエイションの石塚まゆさん、日本喫茶文化協会会長/「喫茶 水鯨」店主の山口修平さん、ヒトカラメディアの影山直毅さん、ロフトワークの小島が加わり、遊休空間活用の可能性に迫る議論が展開されました。数値だけでは取りこぼされてしまう、場が本来持つ価値を活かすために必要な視点に迫ります。
喫茶店は“街の文化財”。日本喫茶文化協会が実践する、文化のレスキュー
クロストークは、山口さんが代表を務める「日本喫茶文化協会」の紹介から始まりました。閉業した喫茶店がテナント応募をすると、歯医者や焼肉屋に変わってしまう事例も少なくないと言います。そこで日本喫茶文化協会では、店舗の閉店情報をいち早くキャッチし、喫茶店を継ぎたい人と継いでほしい人を繋ぐプラットフォームとして、全国の喫茶店の承継支援を行っています。

喫茶店は、寺や神社と同じ“街の文化財”であると語る山口さん。店主を務める『喫茶 水鯨』は、金沢の老舗純喫茶『禁煙室』の内装を丸ごと移築してオープンした、50年の歴史を背負う喫茶店です。移築先の建物も、かつて大阪に居留地があった頃の名残を残す歴史ある洋館。山口さんは「この建物もいつ耐震工事が必要になるか分からない。でも、50年の歴史を刻んだ喫茶店の調度品を、同じように歴史ある建物に移築することで、雰囲気が調和し、新しい建物では生まれない独特の空気感が生まれた」と振り返ります。

空間を承継する話を受けて、京王電鉄株式会社で開発事業を担当する菊池さんは、自身が企画・立ち上げを担当した「KO52 TAKAO」の経験を重ねて語りました。企画当初は、果たしてこの場所にお客さんが来てくれるだろうかと不安に感じていたという菊池さん。しかし入居者と関係を構築する中で、新しい気づきがあったと語ります。

「入居してくださる方はそれぞれに強い思いがあり、その事業が非常に磨き上げられていることに気づきました。この思いの強さは、企業の一般的な事業ではなかなか生まれるのが難しいものです。磨かれた強い思いと、それを大切に育てる営みが、コアなファンから始まる熱量と共感の連鎖を生み出す。そうすると、立地はあまり関係なくなり、そこが目的地になります。」
地域に長く根付くコミュニティにおいて、プロジェクトへの熱量はどこから生まれるのか? その見出し方について、柏井さんは団地特有の背景を踏まえ、こう語りました。
「更新料がないUR団地には、街を気に入って長期間住み続ける居住者の方が多くいらっしゃいます。そうした方々からすると、我々が新しく始める活動は、彼らの長い暮らしの中では“ほんの一瞬の出来事”でしかありません。だからこそ、その方たちが元々持っている“物語性”に私たちが寄り添っていく。そうすることで、『一緒に何かできるよね』というムーブメントを作っていけるのではないかと意識しています」
外から持ち込んだものを押し付けるのではなく、その地で暮らす人々がすでに持っている時間や文脈というナラティブ(物語性)を尊重し、そこに伴走する。そうした姿勢こそが、住む・暮らす領域における自然発生的な熱量を生み出す鍵になります。
日本喫茶文化協会
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日本喫茶文化協会は、後継者不足により閉店が相次ぐ昭和のレトロ喫茶を、次世代へ継承する活動を行っています。閉店情報の共有や内装のレスキュー、後継者を志す若者と店舗のマッチングを通じて、地域で愛されてきた喫茶文化の魅力を未来へつなぎ、文化の継承を実践しています。
数値化できない価値を伝えるための「ロマンとそろばん」
ここから話題は、坪単価という「点」の評価では測りきれない、“定性的な価値”をどう捉えるかという視点へ進みました。企業としての経済的合理性や収益性(そろばん)と、人々の感情を動かすエモーショナルな魅力や社会的意義(ロマン)は、しばしば相反するものとして扱われがちです。ロマンだけでは事業として継続せず、そろばんだけでは面白みがなくなってしまう。この2つの要素をいかに両立させるかが、持続可能な場づくりの重要な課題となります。
不動産開発においては、賃料収入を確保しつつ、いかに定性的な価値を社内で評価させるかが最大の課題だという菊池さん。その上で、定性的な価値が長期的な資産価値に寄与するという認識を、粘り強く共有することが重要と語ります。ミカン下北の「実験パートナー」として、場を運営している株式会社京王SCクリエイションの石塚さんは「感情を数値にするのは正直難しい。だから、起こった事象をひたすら数えるという方法を取っている」と語ります。
「分かりやすいもので言えば、SNSのフォロワー数、イベントの来場者数、創出した共創プロジェクト数、パートナー数など。どれが誰に響くか分からないけれど、まずはとりあえず数えていく」と述べた上で、こうした事象経済的合理性は「費用減」の視点からも捉えられると指摘。コミュニティ活動が起こることによって、本来かかるはずだったコストが目に見えて減ったという実利的な効果も数字に落とし込んでいるといいます。

FabCafe Osakaを中心に、感性を捉えたまちづくりに取り組む、株式会社ロフトワークの小島は、都市の体験価値を可視化する「まち感性ラボ」の試みを紹介。坪単価や稼働率といった定量指標に加え、コラボレーション数や感性的な充足度といった“定性的な価値を可視化する指標”そのものを、まちに関わる企業・行政・生活者と共につくる試みを紹介しました。
「場所を『効率』で評価するのではなく、『時間軸を含めた関係性の質』で評価する視点への転換が必要」と続ける小島。遊休空間を何で埋めるかという視点から、どのような状況を生み出したいかという長期的な未来を見据えた問いを立て直すこと。感性を基軸としたアプローチこそが、結果として人々に選ばれ続ける場所を生むための最短距離になると語りました。
まち感性ラボ
ロフトワークと読売広告社が共同で立ち上げる、まちに暮らす人・訪れる人・働く人が感じる「このまち“なんか”いいな/好きだな」といった主観的な感覚の有用性に着目し、都市や公共空間の魅力を再発見するプロジェクト。
こうした定性的な価値の追求を、いかにして事業の収益に結びつけるのか。影山さんは、ロマンとそろばんのバランスについて、「魅力をつくっていく活動と、稼ぐ土台としてのワークスペースやオフィス、商業としての側面を、1つの座組の中に両立させる計画の仕方をしている」とミカン下北の実践を共有しました。
「『やってみたい』という思いを持つ魅力的な人々が集まれば、その熱量やコンセプトが自然と周囲に伝播していきます。すると、それを聞きつけた人々が自発的に集まり、結果的に広告コストをかけずともオフィス側のリーシング(入居)に繋がります。さらに、場の価値が高まることで、より高い賃料でオフィスを安定して埋め続けることが可能になります。 ロマン(魅力)に投資することで、それがそろばん(収益)を回す強固なエンジンとなり、その収益がまた次の魅力づくりへと還元されていく。この持続可能なエコシステムこそが、相反する二つの要素を統合するひとつの最適解と言えます」

場所の文脈を読み解き、本来の価値を引き出すための視点
議論はさらに、目に見える数字や表面的なニーズのさらに奥にある視点をいかに捉えるかという話題へ。小島は、まちづくりには“価値の層構造”があるとして、こう説明します。
「私たちは体験価値を作り出そうとしますが、ついつい表層的な人の営みや課題ばかりを見てしまい、結果として短期的な消費や生産に陥ってしまいます。しかし、今日議論されてきたことの根底にあるのはカルチャー(歴史、文化、産業)であり、その基盤となるのは“土地性”です。その連なりの上に、たまたま今の私たちの営みがあるのだと思います」
クロストークの中盤では、この“目に見えない文脈”を五感で体験する仕掛けとして、FabCafe Osakaの蒸留機を使って開発された特製ドリンクが登場。ミカン下北の「未完成」や「実験」といったコンセプトから着想を得て考案されました。
こうした目に見えない土地の文脈や歴史を、どのように読み解き、引き継いでいくのか。菊池さんと石塚さんは、下北沢の歴史を振り返りながら次のように語りました。
「下北沢は古着屋や劇場、ライブハウスがあり、昔から多様な人々の挑戦を応援してきた街です。そこには人の振る舞いの歴史が現在も受け継がれています。だからこそ、私たちがやっているのは上から目線の『まちづくり』ではなく、これまでの人々の振る舞いをリスペクトしながら『まちの続きをつくっていく』ことなのだと思っています」
FabCafe Osaka
FabCafe Osakaは、「L’Informe(アンフォルム)」をテーマに、形を持たず目に見えない「感性」や「情緒」を社会に実装するアプローチに挑戦しています。FabCafe Osakaでは、視点の転換・ストーリーデザインを通して、一見マイナスに見えるこれらの要素が備え持つ、目に見えない魅力・価値を再発見しています。
遊休空間を「未来の資本」に変える、グッドアンセスターとしての挑戦
クロストークの締めくくりとして、小島から提示されたのが「グッドアンセスター(良き祖先)」というキーワードです。
「閉店した喫茶店の内装を丸ごと移築する営みも、何でもない下水処理場の土に価値を見出す営みも、すべては“前の世代の人たちが残してくれた豊かさ”を受け継ぐ行為です。『私たちが今起こしている行動は、未来の世代から見て、我々が良い祖先(グッドアンセスター)であると言えるだろうか?』という視点で考えていくと、今日の話がすべてしっくりと繋がってきます。」

企業である以上、機能的・経済的な合理性(そろばん)を捨てることはできません。しかし、それらを中心に据えつつも、「感性的な価値(ロマン)」を追い求めていくこと。それこそが、将来の世代まで残る大きな価値に変わっていきます。遊休空間の活用は、過去から受け継いだ文脈を読み解き、未来の世代へ豊かな関係性と振る舞いを繋いでいくための挑戦です。
街の続きを作っていく。そのための『感性』という視点が まちづくりに組み込まれた時、これから100年、1000年と経った未来に、今日議論されたような多様な魅力を持った街が、日本中、そして世界中に生まれているのではないでしょうか。
執筆:葉山 いつは
撮影:小椋 雄太







