【イベントレポート】ミラノサローネから紐解く素材の可能性
—機能性と感性が交差する、これからの時代のモノづくり
SDGsやサーキュラーエコノミーへの取り組みが「当たり前」になったいま、優れた機能をもつ素材や新しい技術が日々生み出されています。その魅力をどう差別化して伝えるか。そのような悩みをもつ企業の方も多いのではないでしょうか?
2026年7月31日、東京・渋谷のLoftwork COOOP10で「素材の可能性をひらく夜 ―ミラノサローネ2026、現地に立った3人と紐解く『ものづくりのこれから』」が開催されました。
世界最大級のデザインの祭典に挑んだ三菱ケミカルの須藤慶一さん・山田寛太さんとデザイナー/アーティスト・本多沙映さんが登壇しました。スペックでは語れない素材の価値をどう引き出すか。その手がかりを探った一夜の記録をお届けします。

素材の可能性をひらく夜ーミラノサローネ2026、現地に立った3人と紐解く「モノづくりのこれから」
FabCafe、MTRL(株式会社ロフトワーク)主催。三菱ケミカルの須藤慶一氏と山田寛太氏、アーティスト/デザイナーの本多沙映氏をゲストに迎え、素材のあり方やこれからのものづくり考えるトークイベント。後半は参加者によるワークショップも行い、それぞれが持ち寄った素材のまだ誰も気づいていない可能性を「素材プロフィール」として言葉にし、可視化する場として開催されました。
なぜ「素材」なのか
「両方の視点が交わったらものづくりはより面白くなるのではないか」。これがイベントのはじめに投げかけた言葉です。
イベントの主催者である高橋自身、美術大学でデザインを学んだのち、素材メーカーのインハウスデザイナーとして従事していました。美大では「デザインやプロセスが評価される」世界に身を置き、就職した先では、化学に基づいて作られるものづくりを目の当たりにしました。メーカーでのものづくりに興味を引かれる一方で、「サプライチェーンの川上に位置する素材そのものが、その姿のままで評価される仕組みにはなっていない」という現実に直面しました。どちらの評価軸も間違っているわけではない。だからこそ両方の視点を行き来することに可能性があるのではないか。この意識が、イベントの出発点になりました。
さらに、イベントの企画の後押しとなったのは、2026年のミラノサローネのテーマ「A Matter of Salone」です。Matterは「素材」であると同時に「重要なもの、意味を生み出すもの」という二重の意味を持つ言葉で、公式サイトでは「起源であり、記憶であり、これから引き出されるべき可能性」と表現されています。今年のサローネでは、アーティストとコラボレーションした量産品ではない一点物の展示エリアが新設されるなど、感性やアートを意識した動きも見られました。
世界のデザインシーンは今、素材を単なる機能や利便性としてではなく、そこに宿るストーリー性やプロセスそのものを価値として見つめ始めているのではないでしょうか?
「境界」を越える三菱ケミカルの挑戦 ── 須藤慶一さん・山田寛太さん
三菱ケミカルは、デザインスタジオ「Poetic Curiosity(ポエティック・キュリオシティ)」との共同展示「Curious Matters」を初出展。約58,000人が来場し、Fuorisalone Awardのサスティナビリティ&リサーチ部門で審査員特別賞を受賞しました。
「ミラノデザインウィークは1,000以上の展示、50万人超の来場者を集める、デザイン・アートの世界最高峰の舞台。自分たちの素材や技術が世界に名だたる人たちに評価をされる。本気でやらなければ恥をかくという「崖っぷち」の緊張感。一種の崖っぷちをあえて作ることで、研究者や技術者、営業も含めたメンバーの本気を引き出す狙いがあった。それには最高の舞台だった。」
プロジェクトマネージャーを務めた須藤さんはそう語りました。
三菱ケミカルは、石油化学から先端材料まで幅広く手がける日本有数の総合化学メーカーです。そのような巨大なBtoB素材メーカーが、なぜデザインとアートの祭典であるミラノサローネに出展したのでしょうか。
その真の目的は「企業文化を変えるための挑戦」にありました。
「ありえない」に出会う
三菱ケミカルが普段出展しているのは、サステナビリティや機能展といった来場者のニーズがわかっている展示です。そういった展示会とは全く異なり、ミラノの場はデザインやアートが起点となる「正解のない世界」です。
今回の展示ではデザイナーと共同で行っているため、普段の顧客対応とは全く違うデザイナーからの要求が来ます。つまり『ありえない』要求です。その状況に出会うことが、社員の視座を変え、新しいモノサシに気づき、それを組織文化にまで浸透させていく。企業文化を変えるために、一人のブースターを育てていく舞台だった」と須藤さんは語りました。
この挑戦の背景には、須藤さんが発起人である「材料再発見プロジェクト」がありました。普段、素材は「性能」や「スペック」という物差しで評価されますが、それを「感性」の物差しで測り直すことで、全く新しい意味を持つのではないかという仮説です。
硬いという性能をもつ素材を叩けば高い音がする、しわが寄ってしまう素材は手触りにつながる、溶けてしまう素材は向こう側が透けて見える―スペックを超えた感性の視点から素材を見つめ直すという発想です。
その先に見据えるのが「量産工芸品」。材料としては1キロいくら、製品になれば1個数千円、それが作品になれば1点数万円から数百万円という価値に跳ね上がる世界を、量産可能な素材の延長線上に見出そうとする試みだといいます。
Curious Mattersと、その舞台裏
「これって火で炙ったらどうなりますか? 表面を削ったらどうなりますか?」
山田寛太さんは、実際に「ありえない」に翻弄された人物の一人です。
山田さんが普段担当しているDURABIO™は自動車部品やボールペンの軸、歯ブラシの持ち手など、身近な製品にも使われている植物由来のエンジニアリングプラスチックです。ミラノの展示では3Dプリンターで造形した後、デザイナーがノミで表面を彫刻し、さらにバーナーで炙って木の樹液のような質感を出す、という制作プロセスがとられ巨大なオブジェとして展示されました。
山田さんはこの経験を、3つのステップで振り返りました。
- 「驚きと疑問」
- 「疑問が解ける」
- 「新しい素材価値が立ち上がる」
1.「驚きと疑問」
普段、自動車や電化製品メーカーの技術者から受けるのは、耐衝撃性や耐熱性といった数値に関する質問です。ところがデザイナーから最初に聞かれたのは「これ、火で炙ったらどうなりますか」「表面を削ったらどうなりますか」という質問でした。美しい表面が売りの樹脂をあえて壊すような、それまでの経験にはまったくなかった問いでした。
2.「疑問が解ける」
実際に3Dプリントして削ったり炙ったりしてみると、溶けた氷のような質感や、丸太から樹液がにじみ出るような表情が生まれ、触ってみて初めてわかる新しい世界に出会えたといいます。
3.「新しい素材価値が立ち上がる」
「材料メーカーにおける、私が普段接している人たちの常識や、物量が全てという世界からの脱却。いかに付加価値をつけて売るかを探る中で、数値じゃなく感性で語る世界は、実は身近にあったんだと気づきました」と山田さんは語ります。
日常の業務の中で、自動車のデザイナーなどと話す際、「ゴツゴツした樹脂ないの」「手にまとわりつくような樹脂ないの」といった感性的な言葉を投げかけられることがすでにあったものの、ミラノでの経験を経て、そうした言葉がすっと自分の中に入ってくるようになったといいます。
成果をビジネスへ

材料をミラノの場に持って行き、アワードを受賞し、高付加価値事業の新しい可能性が開けてきた今、これをどうやって会社の事業にフィードバックをしていくのかが次の課題だと須藤さんは語ります。
そんな、三菱ケミカルの挑戦・ミラノサローネで活躍したCurious Mattersをもう一度日本で見る機会があります。
【開催概要】
- 「Curious Matters ~材料を再発見するデザイン〜」
- 会期:2026年9月2日(水)~9月12日(土)
- 時間:11:00~20:00
- 会場:GOOD DESIGN Marunouchi
日常の欠片に物語を見出す―本多沙映さん
続いて、デザイナーでありアーティストの本多沙映さんが登壇し、独自の視点から素材と向き合う制作スタイルについて語りました。本多さんはオランダでジュエリーを学んだ経験を持ちますが、それは貴金属や宝石を扱うだけではなく、「そこら辺に落ちているようなゴミから何か作ってみる」「素材にどう価値付けしていくか、ストーリーをどう作っていくか」というコンセプチュアルなアプローチでした。ゴールを決めて作るのではなく、目の前にあるものを起点にリサーチを重ねていくスタイルが、現在の活動の基盤となっています。
人工物と自然物の境界線
その代表的なプロジェクトが「Everybody Needs a Rock」です。ハワイの海岸で、流れ着いたプラスチックゴミが人為的に燃やされ、周囲の自然物と溶け合って新種の石「プラスティグロメレート」として地質学者に認定されたというニュースでした。
「遠い未来、人がこの石を掘り返し、ルビーやダイヤモンドのように扱う世界があったら」
そんなネガティブなニュースを、少し視点を変えた想像から、本多さんはこの時代を反映し記録する石を作り始めます。
この石の素材を集める際は、複数の場から集めるのではなく、およそ半径5メートルの範囲で見つけたプラスチックや自然物を収集します。
それぞれの石には名前、含まれる素材、採取地のGPS座標、採取日、そしてその場で聞こえた音や湿った空気感、といったその場の時間や記憶までも記録し、石に閉じ込めるという実践を行っています。

このプロジェクトをきっかけに、本多さんは自然物と人工物の境界の曖昧さに関心を持つようになります。
「Anthropophyta/人工植物門」は、造花に着目したプロジェクトです。
オランダでは墓地に造花を使う文化があり道に造花が落ちています。造花の葉を集めて観察をしていたところ、人工物ならではの朽ち方や、ほつれ方に気がついたといいます。大量生産ゆえの個体差の面白さを植物図鑑のような書籍としてまとめました。

また、造花を使った作品も作っています。天然の植物を使った花籠は昔から作られていますが、造花を新種の植物のマテリアルとして籠を作った作品です。プラスチックならではの溶けた様子や風合いが美しく、まさに人工物と自然物の境界を表現した作品です。

視点と問い
問いが視点を変える―本多さんはまた、企業との協業においても「視点と問い」を大切にしています。ある企業とのワークショップでは、社員とともに間伐材が取れる森を訪れ、単に森を歩くのではなく、参加者には「色」「森の肌(テクスチャー)」「痕跡」「関係性」「時間」といった異なるテーマ(切り口)を与えました。「切り口を与えることで、森を見る視点が変わる。フレッシュな目で環境を見ることを試してみた」と本多さんは語ります。集められた気づきは、最終的に「どう通常の業務やプロダクトデザインにつなげられるか」というブレストへと発展しました。
機能やスペックから一度離れ、全く異なる「問い」を通して素材や環境を観察すること。それは、これからのものづくりにおいて、新しいストーリーや価値を発見するための重要なプロセスと言えます。
異なる文化。異なる視点。

本多さんは2026年のミラノデザインウィークでは、素材そのものではなく「箸」をテーマにした企画展にも参加。日本・中国・韓国のお箸を使う国とお箸を使わないヨーロッパからそれぞれデザイナーが招かれ、各国の文化的な視点から箸をデザインするという内容で、シンプルな道具ひとつにも使う素材や形状に文化差が表れることを、本多さん自身、あらためて発見したといいます。ミラノという場は、商業的な発信よりも自己発信の場であり、文化やデザイン観をめぐる率直な意見交換ができる場でもあったと振り返りました。
クロストーク ― スペックとストーリー、その「表裏一体」
セッション後のクロストークでは、「境界」というキーワードを軸に議論が交わされました。

山田さんは、ミラノでのプロジェクトを振り返り、デザイナーからの問いが「自分が住んでいた世界の真裏」から来るような感覚だったと振り返りつつ、出来上がった作品を見ると、実はそれが遠い世界ではなく、「表裏一体の関係」だったと気づいたと語りました。この材料を多くの人に使ってほしいという営業としての思いと、作品として多くの人の心に残る美しさを生み出すことは、根っこでつながっていたという実感です。
本多さんは、アーティスト・デザイナーとして時にメーカーの方からすると突拍子もないことを言う立場として、それを受け止めてくれる企業が増えてきた実感があると話していました。新しい視点を持つ相手に話を聞きたいというメーカーが増えており、そのやり取り自体に価値がある。形になるとは限らなくても、何かのアイデアの種になることは多いといいます。
山田さんもこれに対し、普段の仕事の中で受ける質問の大半はすでに答えを持っている「想定問答」だが、まったく違う角度からの質問は、素材メーカーの営業という立場でも視野を広げることにつながると述べています。
須藤さんは、今回のプロジェクトで良かった点として、デザイナーと三菱ケミカルが対等な関係を築けたことを挙げました。「デザイナーのアイデアに対し、我々も『この材料を使ってくれ』と本音でぶつかり、技術者が自腹を切ってでも開発を進めようとするほど情熱的になれた。対等の関係を築けたことが大きかった」と語ります。メーカーが持つ確かな技術(スペック)と、デザイナー・アーティストがもたらす異質の問い(ストーリー)。両者が遠慮なくぶつかり合うことで、これまでにない素材の魅力が引き出されることが浮き彫りになりました。
ワークショップ―素材にもうひとつの顔を与える
イベントの後半では、前半のトークを体験する場として参加者自身が「視点を変えて素材を観察する」ワークショップが行われました。

各テーブルには、4種類の異なる素材が用意され、参加者はまず手で触れ、匂いを嗅ぎ、音を聴きながら付箋に気づきを書き出していきました。
その後、グループごとに「五感」「暮らしのシーン」「人生曲線(擬人化)」「見立て」といった異なる軸の「問い」が与えられました。例えば「この素材から匂いがするとしたら?」「この素材で器を作るならどんな料理に合う?」「今まで辛かったことは?」といった、普段の業務では決して問われないような角度からの質問です。
集まった意見をもとに、AIを用いて素材の「プロフィール」を作成・発表する時間が設けられました。
「こうしてプロフィール化されると、素材に愛嬌が出てきて、自分がどう関わっていけるか想像が膨らむ」と本多さんが評したように、スペックという数字の羅列から離れ、素材に「人格」や「ストーリー」を見出すことで、参加者と素材との間に新たな関係性が生まれる瞬間でした。
素材を初めて見る人だからこそ出てくる違う角度のコメントが、新しい発見につながる。それは、トークセッションで語られた「表裏一体」というテーマと重なる気づきでもありました。


交流会
イベントの最後を締めくくる交流会では、ワークショップで扱った素材だけに留まらず、参加者たちが日頃携わっている自社の素材やサンプルを持ち寄り、互いに紹介し合いました。
トークやワークショップへの参加を通じて視野が広がり、素材の可能性や面白さを巡って活発な意見交換が行われました。
おわりに―色んな視点を持つということ
素材の価値をどうやって見つけるか。この日語られた答えは、決して奇抜な解決策ではありません。それは、スペックという確かな土台の上に、その素材がどんな景色の中で生まれ、どんな手触りや記憶を持っているのかという物語を重ねていく、地道な観察と対話の積み重ねです。須藤さんや山田さん、本多さんの言葉を借りれば、むしろ「表裏一体」のもの。
今回はメーカーの視点、アーティストの視点からものづくりを紐解きましたが、この視点は領域の数、人の数だけあります。同じ社内の中でもみている世界は違うはずです。
見慣れたその素材に、まだ語られていない魅力があるかもしれない。その魅力は少し違う視点の先に転がっているかもしれません。











