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棚橋 弘季, 北島 識子, 皆川 凌大, 吉田 真貴, 二本栁 友彦 2024.07.08

日立製作所が提案。人口減少社会に求められる、
社会インフラの“コレクティブ”なつくりかたとは

さまざまな分断や衝突、個人の力では解決できない地球規模の課題が問題視される現代社会。より良い世界をつくるためには、国や自治体、企業、大学、NPOなどのさまざまなセクターが、それぞれの領域を超えて連帯し、協働的に働きかけていくことが求められています。

複雑化する社会課題に向き合うために、自社や自組織を中心にするのではなく、コレクティブの視点から経済・社会のシステムを見つめ直す必要があるのではないでしょうか? では、“コレクティブ” な状態とはどのような在りかたであり、どのようにして実現できるのか。 ロフトワークが開催するイベントシリーズ「世界は“コレクティブ”でできている」では、毎回異なるテーマのもと、企業や団体の活動を紹介し、その答えを探ります。

第一回のテーマは、「人口減少社会における、自治と連帯のインフラ」。イベントに登壇したのは、京都大学 人と社会の未来研究院 広井良典 教授、日立製作所 高野晴之さん、ロフトワーク 棚橋弘季の3名。それぞれ、人口減少社会の様相や展望に関する研究結果や、新たなプラットフォームアイデアをもとに、「コレクティブ」という考え方を通して地域を「持続可能な福祉社会」へとデザインするための道筋を探りました。

本記事では、そんなイベントの様子をレポートします。

執筆:乾 隼人 
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)

話した人

左から
株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー 棚橋 弘季
京都大学 人と社会の未来研究院 教授 広井 良典さん
株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 高野 晴之さん

「誰が課題を解決するか?」国家・企業に加えて、地域のコレクティブがサービスを提供する可能性

地域社会における「コレクティブ」とはどのようなもので、なぜ今必要とされているのか。最初にプレゼンを行ったロフトワークの棚橋は、経済学・社会学の研究事例も交えながら、その可能性を提示しました。

株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー 棚橋 弘季

人口減少社会となったいま、税収減により行政による公共サービスの維持は困難になり、市場が縮小した地域から民間企業も撤退する未来が予測されます。そんな地域社会がサービスを維持するために、これから必要となるのが「共の領域」であると棚橋は語ります。

「ヨーロッパを中心に、『社会的連帯経済*』が盛んになってきています。生産者、労働者、および消費者の間で連帯し、共同結社や共済が中心となって経済を回すという考え方です」。つまり、地域の市民が中心となり、そこに企業や自治体を巻き込んだコレクティブという第三の存在が、市場原理に捉われずに、自分たちの地域のための活動を自ら生み出していくことが重要だと棚橋は提案します。

*社会的連帯経済:協同組合や共済組織、NPOなどの非資本主義的な組織が中心となって、多様な経済主体と連携しつつ、民主的・自治的・共助的なプロセスを通じて持続可能な経済社会の構築を目指して活動する国際的な連帯運動。1980年代後半以降、公的サービスの民営化の推進など、あらゆる財やサービスの提供を市場原理や民間企業に委ねる新自由主義的な価値観が広がるなか、失われていった人々のつながりのなかでの互助・共助の再構築を目指して活動することで、社会的弱者が生きられる社会環境づくり、産業構造の変化から衰退した地域の再生を行っている。

棚橋は、ロベール・ボワイエの「自治と連帯のエコノミー」を引き合いに出しながら、コレクティブの在り方と重要性を示唆していきます。

▼棚橋のトークセッションで語られた「社会的連帯経済」と、それに伴う社会システムの捉え方について、棚橋の個人noteにて解説されています。

世界は「コレクティブ」でできている vol.1 - 人口減少社会における自治と連帯のインフラ(note)

また、地域社会のシステムの維持は、経済活動のみではなく政治的な活動によっても行われるといいます。棚橋は政治学者・宇野重規氏の著書『実験の民主主義―トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』の内容を引用しながら、「政治の市民参加の方法は“投票”だけではない。実際の行政サービスへの市民参加、つまりは“市民によるDoの敷居をどう下げるか”が重要」であると語ります。

「人々がDoするためのインフラ」をどう築いていくのか、そのためにどんなプラットフォームが必要となるのか? そうした問いが、今回のイベントの命題となりました。

「自律分散型の地域社会」がなぜ大事なのか? 人口減少社会の様相を探る、AIを使った研究

次に、広井良典 教授のトークセッションでは、日本の地域社会における課題と可能性について語られました。

京都大学 人と社会の未来研究院 教授 広井 良典さん

日本の人口が2011年から完全な減少傾向にあることや、日本政府の借金額の増加、社会問題としての「社会的孤立」など、日本の危機的な要素を列挙した広井さん。そんななか、持続可能な社会へ向かうために何が必要なのか? その答えを知るべく、AIシミュレーションを用いた研究を「日立京大ラボ」にて実施したといいます。

「AIは、『都市集中型』と『地方分散型』のどちらのシステムを選ぶかが、日本社会の未来を考える上での重要な分岐になると示しました。そして、2050年に向けての日本社会の2万通りのシミュレーション結果を分析したところ、人口・地域の持続可能性や、健康・幸福・格差の観点から、『地方分散型』のシステムが望ましいという答えが導き出されました」

人口減少の「崖」に立たされている現代の日本は、一見すると危機的な状況にあるように見えます。しかし、広井先生は人口増加時代の「集団で一本の道を登る」なかで成長を目指す時代と比べて、個人が自由に生き方をデザインできる時代に入り、自らの創造性や好きなことを伸ばしていくことが、経済の活性化や社会のウェルビーイングへと繋がっていくといいます。

では、そんな未来の前提となる「地方分散型の社会」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。

広井先生は、「これからはローカルから課題を考え、グローバルへと展開していくアプローチが必要になる」と述べます。例として挙げたのは、岐阜県と福井県の県境にある石徹白(イトシロ)地区の若い世代の移住者たちにより行われた、小水力発電を軸にした地域おこしの活動でした。

「この取り組みを主導する平野彰秀さんは、グローバルな問題の多くは、エネルギーや資源の奪い合いから生まれることに着目しました。だとすれば、ローカルなレベルにおいて食糧やエネルギーの『自給』をしていくことこそが、グローバルな問題解決に繋がる道だと考えたわけです。取り組みはいまや石徹白地区の電力を完全に自給し、域外へ輸出する段階まで進んでいます」。こうしたローカルを起点にした課題解決のアプローチは、その地域の自治やコミュニティの力を取り戻すことでもある、と広井さんは語ります。

広井さんは、ローカルとグローバルの変遷を「経済の空間的ユニット」の観点から説明。元々はローカルだった人間の営みですが、社会の工業化によってナショナルな交通網・物流網が敷かれ、情報化の時代には人・物・金が国境を越えて移動し、グローバルの経済規模が重視されるようになりました。しかし、「ポスト情報化」を迎えた現代社会では、再びローカルを起点にして考えることが重要視されるといいます

また、「情報」という科学の基本コンセプトが研究としても産業としても成熟したいま、次の時代のキーコンセプトとなるのは「生命」、そして「生命関連産業」であると広井さんは考えます。

生活や人生といった意味合いも含まれる「生命」に関わる産業領域とは、具体的に『健康医療』『環境』『生活福祉』『農業』『文化』といったものを指します。これらはいずれも、小規模でローカル的な性質を持つものであり、これからの社会基盤づくりにおいて重要性を増していくといいます。地域に根ざした「生命経済」の営みを、各地域で循環できる状態にすることで、持続可能な社会を目指すことができるのです。

テックカンパニーである日立製作所が、「共助型の社会づくり」の支援に挑む理由

ここまで、棚橋と広井さんのトークを通して、地域と共助型の社会を巡る思想の歴史と現状が語られてきました。それでは、実際に「共助型の社会」を実現するにはどのようなことが必要なのでしょうか。

次のトークセッションでは、株式会社日立製作所の高野さんと、ロフトワークの棚橋が登壇。日立製作所とロフトワークが、共創型社会実装プロジェクトのなかで立案した「みんなのまちプラットフォーム YOREBA(以下、YOREBA)」についての紹介が行われました。

まずはじめに、日立製作所の高野さんから、日立製作所が共助型社会のための取り組みに挑む背景が語られました。

前提として、地域や社会が持続可能な状態になければ、企業活動そのものは成り立ちません。だからこそ、社会的課題の解決を目指しながら事業として成立させることが、今後のビジネスには必要になる」

株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 ウェルビーイングソサエティ事業創生本部 高野 晴之さん

鉄道や通信、エネルギーなどの社会インフラ事業にも取り組んできた日立製作所は、「一人ひとりが積極的に政治や経済に参加して、自律的に暮らしをより良いものにしていく社会へのシフト」を目指しているといいます。

そんな中、「地域には、自治体の活動だけでは追いつかない課題があるのではないか」という仮説を立てたそう。テックカンパニーである日立は、Web3.0(DAO・トークン・メタバース)の技術を活用することで、共助協働で持続可能な社会づくりに寄与していくべきと考えます。

「課題のなかにも、公助で解決すべきところ、自助で解決すべきところ、その中間にある『共助(自治体・住民・企業)』によって解決を目指すべきところがある。その割り振りや決定プロセス、実行プロセスを助けることが、今回のプラットフォームが目指すべきことだと思います」。

地域コミュニティの再生を目指す、「YOREBA」のサービス構想の検討プロセス

こうしたビジョンをいかにサービスアイデアとして導くのか。棚橋からは、「YOREBA」の構想の検討プロセスが語られました。大きく分けて『新規事業ビジョンの検討』、『事業コンセプトの明確化』、『仮説検証の実施』の3つのフェーズに分けて実施された検討プロセスについて、本記事でも紹介します。

Phase1

ビジョンの検討の段階では、フォアバックキャスティングのアプローチで、日立としてどんな社会課題に取り組み、どんな社会の実現のアプローチで、日立としてどんな社会課題に取り組み、どんな社会の実現を目指すのかの検討を行いました。

  1. <バックキャスティング> 134個にのぼる「未来の兆し」を示すデータをもとに、2035年までの社会変化を検討。その変化に伴い、どんな課題やニーズが生じるかを洞察。「公」と「私」の領域のあいだに位置する、「共」の領域における市民の連帯や、地域での財やサービスの共有化の必要性が増すという機会領域を発見した。

  2. <フォアキャスティング> 将来ニーズや仮説をもとに、社会的インパクトとして「人々が自分たちが生きる基盤である社会を積極的によくする活動に参加し、参加そのものが評価される世の中に」という社会像を明示。さらに、ロジックモデル*のフレームワークを活用して目指すべきアウトプットを明らかにした。

これらのプロセスを通じて、「市民による自律的かつ民主的な自治体運営基盤が”次の時代の社会インフラ”になる」という仮説を抽出しました。

*ロジックモデル:事業や活動が定量・定性成果を上げるために必要な要素を体系的に図示化したもの。一般的に事業の構成要素を矢印でつなげたツリー型で表現され、「インプット」「活動」「アウトプット」「アウトカム」「インパクト」の要素で図示される。

Phase2

コンセプトを明確化するPhase2では、Phase1で生まれた仮説を具体的なサービス案に落とし込みました。技術やメソッドについてのリサーチを重ねながら、市民の連帯による自治にDAOやNFTの技術をどう活かせるか、社会的連帯経済などで用いられる方法論をデジタル技術を使ってどうアップデートできそうか、といった観点から議論。こうして、サービスの要素とストラクチャーを検討しました。

それと同時に、実証実験を行うにあたっての候補エリアを選び、その地域のキーパーソンたちと「共助&協働」のあり方をディスカッション。彼らのやりたいことや、地域の課題解決に向けてこのサービスがどのように寄与しうるのか、ヒアリングと検討を重ねました。また、これらのヒアリングから具体的な利用者の活動の流れをシミュレートし、どんな価値提供が必要かをより詳細に考えていきました。

Phase3

Phase3ではサービス仮説の価値検証を実施。サービス内容をよりブラッシュアップするために、システム思考のループ図を使い、問題の構図を整理。「誰の、どんな問題が生じているのか」を可視化していきました。また、地域をフィールドにしないまでも、簡易的な仮説検証も実施しています。

こうして生まれたサービス構想が「みんなのまちプラットフォーム YOREBA」です。「YOREBA」という名前には、「よれば、つながる。よれば広がる、よれば生まれる」つまり人々が繋がる中で新しい活動が生まれ、社会課題の解決を目指すという思いが込められているそう。地域をより良くしたい人、それに共感する人が活動しやすくする共助支援機能が詰まったプラットフォームです。

DAOやトークンをはじめとするテクノロジーを駆使しながら、地域の子育て・介護などのケア、農業などの一次産業、観光、教育、公共スペースの開発など、さまざまな活動のアイデアを募り、それを実現するための仲間集めや資金・場所・ノウハウの共有などのサポート機能が搭載されています。これらの支援を通じて、市民自らの活動で形づくる「次の時代の社会インフラ」の実現を目指しています。

 YOREBAで検討される支援機能のイメージ

 YOREBAで検討される支援機能のイメージ

 YOREBAで検討される支援機能のイメージ

高野さんは、YOREBAのあり方について「日立製作所自体が社会インフラを手がける、ということではありません。地域の人々が新たな社会や地域の在り方を作っていく、その下支えとなる“インフラ”を設けるというような考えで、この構想がつくられています」と語りました。

ヒントは「共有資産(ストック)」、持続可能な福祉社会の実現に、何が必要か?

イベントの最後には、登壇者3名で「持続可能な福祉社会の実現」をテーマにパネルディスカッションを開催。YOREBAのサービス構想をもとに議論が行われました。

広井先生は、「日立のような大きな企業が、ローカルな地域やコミュニティに注目し、かつ、行政と市民の二項対立を越えて、新しい地域づくりの在り方を提案するのは、なかなか前例のないこと」と評価。

そのうえで、これからの地域づくりにおける重要なキーワードとして挙がったのが、「未利用ストックの活用」です。日本が行ってきた「町や農村を捨てる」政策が“成功”した結果として、シャッター商店街や、耕作放棄地といった未利用ストックが生まれたと言います。これらの活用に目を向けることは、ビジネス機会の創出だけでなく、地域コミュニティの再生にも繋がる可能性があります。

また広井先生は、地域におけるストックの“再分配”の必要性にも言及。「現代においては、フロー(収入)以上に、ストック(資産)の格差が人生の方向を決定づけると言われています。」と説明し、土地や資産の公共性や共有意識を高めていくことが重要だと指摘しました。

この問いかけについて棚橋は、「たとえば社会課題解決に意欲ある若者世代がいたとして、その人がたまたまストックを持っていなければ、活動をはじめるスタートラインにすら立てないこともある。DE&Iの“エクイティ”の観点でも指摘されていますが、熱意ある人が活躍し社会を変える可能性を潰してしまうことは、個人の損失ではなく、社会の損失です。その状況を変えるために何を支援すれば良いのか?ということを、YOREBAの議論の中でも重ねてきました」と語りました。

イベント内では、トークセッション終了後、『YOREBA』の目指す社会像やサービス内容について来場者との意見交換を実施。サービスに対する期待感をはじめ、「トークン・地域通貨を実際どのように回していくか」「高齢化が進む地域で、デジタルツールをどのように普及できるか」といった指摘など、さまざまな意見が交わされました。

高野さんは、地域内の人対人のコミュニケーションのデザインにも触れつつ、「地域のなかでストックをどう循環させるかが重要」だと語りました。「地域内のプレイヤーの皆さんがYOREBAを使うことで、トークンという相互作用の仕掛けを活用しながら、まずは『地域のなかでストックをどう活かすか』を考え、気づきと実践を重ねてもらえたらいいと思います。そして、どうしても地域内で回せないものが出てきた時に初めて、大企業が関わって全国共通の取り組みをする、というような関係が築けると良いのかなと思います」。

まずは、地域のストック(共有資産)の生かし方をそれぞれの地域で考えること、そして行政や民間企業だけでなく、市民が課題解決へ「Do」できる基盤を作ることから持続可能な地域づくりがはじまります。日立製作所とロフトワークが提案する『YOREBA』は、その道筋の一つを示唆していると言えます。

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出雲路本制作所と考える、
ショップ・イン・ショップという
場の仕組みで“ずらす”ことの価値