望ましい未来の社会を実現する「トランジションデザイン」とは
〜第5回:ビジネスへの応用に挑戦する実践者インタビュー
ロフトワークでは、持続可能な社会への移行を促進するデザインアプローチ「トランジションデザイン」を通じて、事業創出や課題解決、未来構想を行う取り組みを始めました。
日本では、まだ耳馴染みの薄い「トランジションデザイン」とはどんな考え方なのか、なぜ今私たちが注目しているのか、ビジネス文脈への応用は何が期待されるのか。インプットとアウトプットを濃密に繰り返しながら、今まさに現在進行形で深めている知見や学びを、ロフトワークで未来洞察を専門とするVUユニットのメンバーによる連載でお伝えします。
第5回目は、トランジションデザインとビジネスをつなぐ実践者へのインタビューです。
連載:望ましい未来の社会を実現する「トランジションデザイン」とは
執筆:大畑朋子
編集:鈴木真理子
撮影:村上大輔
社会を変えていく仕組みを、事業として生み出すために
空調機・情報通信システム・電子デバイス事業を展開する株式会社富士通ゼネラル。同社が2016年に立ち上げた「Being Innovative Group」は、新しい価値を創造し世の中に提供することを目指し、イノベーションに取り組んでいます。
Being Innovative Groupは、2023年夏から年末にかけて「トランジションデザイン」を通じて、防災領域の社会課題の解決を目指す事業機会の探索を実施しました。個別の課題に対して解を出すのではなく、絡み合う様々な課題を俯瞰的に捉え、防災を通じて社会を望ましい方向に導くシステムチェンジを目指します。
本プロジェクトを先導する、Being Innovative Groupのマネージャー津野純一さんに、プロジェクトを伴走したロフトワークディレクターの谷嘉偉が、トランジションデザインをビジネスで応用することから見えた意義やポイントを聞きました。
話した人
写真右: 津野純一(富士通ゼネラル Being Innovative Group マネージャー)
2006年に富士通ゼネラルに入社。2020年から新たな価値を創造する「Being Innovative Group」のマネージャーに就任。企業理念の実践、チャレンジする風土・文化をつくるために、富士通ゼネラルグループ全社員を対象とした、個人の発想を起点に、社会課題を解決する事業を創出し、スケールさせて行く、アイデア募集型の新規事業創出活動The Future of Innovation Challenge(FIC)を立上げ、運営を行う。
写真左: 谷嘉偉(ロフトワーク クリエイティブディレクター)
武蔵野美術大学造形構想研究科博士後期課程に在籍し、デザインマネジメントの研究を行う。ロフトワーク入社後、過去と未来を繋げる新しいデザイン論、トランジションデザインを用いて、経済産業省「創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業」の設計に携わる。
ロフトワーク 谷嘉偉(以下、谷) まずは、津野さんが所属する富士通ゼネラルという会社と、マネージャーをされている「Being Innovative Group」について教えてください。
富士通ゼネラル 津野純一(以下、津野)富士通ゼネラルは、“共に未来を生きる”という企業理念のもと、快適・安心・安全な社会実現を目指し、空調機・情報通信システム・電子デバイス事業を展開している会社です。
「Being Innovative Group」は、新しい価値を創造し世の中に提供することを目指したイノベーションに取り組むチームです。私は、経営層から全社的な取り組みを実施してほしいと任されました。新規事業創出プログラムを行うなど、社内風土を変え、挑戦する人を増やす活動を行い、企業成長につなげています。
谷 津野さんがトランジションデザインというアプローチに興味をもったのは、ロフトワークが2023年に開催した「Transition Leaders Program」に参加されたのがきっかけですよね。受講されてみて、学びになったことや印象に残ったことはありますか?
Transition Leaders Programとは
トランジションデザインのアプローチを通じて、ビジョンを起点に事業創出を行うリーダー人材の教育プログラムとして、ロフトワークが企画運営したプログラムです。2023年1月から3月まで、毎週土曜に7時間の講義&ワークを行いました(詳しくはこちら)。経済産業省の「令和4年度 創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業」として採択された本プログラムが目指した人材は、経産省が最も未来志向な「高度デザイン人材」として示す「ビジョンデザイナー」*という人材像とも重なります。
津野 新規事業を創出して行くにあたり、社会に変革を起こす新たな事業を生み出していく方法論や考えを学びたく参加しました。業務ではなく、個人の学習機会としてプライベートでの参加です、笑。
プログラムでは、初めて知るフレームワークが多く、新たな視点に気づけたことが一番の学びでしたね。社会変革を促すためには、望ましい未来を描き、上流の変革を作っていく大切さに気づきました。一般的に、ゼロからイチを生み出すためには、まず顧客の課題を見つけ、その課題に対してソリューションを提供しましょう、と言われますよね。ただ、それによって社会に変革を起こすような大きな問題解決につながっているかと言われれば、必ずしもそうではありません。私たちは、地球や社会をより良くするために事業活動をしています。そう考えると、単発の事業を生んでいくだけで、本当にいいのか、と。
プログラムを通じて、目の前にいる顧客の困りごとを解決する事業を生み出すことはもちろん、社会を変えていく仕組み、仕掛けを考えて、より良い社会に移行して行く事業を生み出す必要があるのではないかと感じるようになりました。また、人だけではなく、生物との共存によってより良い未来の在り方を考え、新たな視点を得ることができました。
防災の「あたりまえ」をトランジションする
谷 2023年夏から、御社はトランジションデザインを通じて、事業創出に向けた取り組みを実施しています。Transition Leaders Programの参加者のなかでも、トランジションデザインの考え方を新規事業開発に取り入れて実行されたのは津野さんが初めてだと思います。津野さんにとって新たな挑戦だと思いますが、どのような経緯で始まったのでしょうか。
津野 プログラムではトランジションデザインの基本的な考え方、理論を学びましたが、実際に事業を創出することまでは実践していません。学びのためにチームごとに解くべき問題を定め活動しましたが、アウトプットはわりと概念的なものでした。トランジションデザインが本当に新規事業の創出に役立つのかわからなかったからこそ、自社のテーマで実践としてやってみたいと思っていました。
そのタイミングで、情報通信システム事業部門から新規事業創出に向けて協力してもらえないかという依頼をうけて、検討に入りました。情報通信システム事業部門は、行政向けに「市町村防災行政無線システム」を提供しています。市町村などの自治体が、災害時の情報伝達と情報収集を迅速に行うための通信ネットワークシステムです。住民に対して一斉に情報を放送したり、防災職員間の情報伝達手段を提供します。これらの事業機会の探索として取り入れました。
谷 防災、応急救助、災害復旧などで使用するシステムということですね。価値観の移行や新しい当たり前が、防災事業で必要だと考えられた理由はなぜですか?
津野 防災行政無線は2002年より、アナログ方式の防災無線からデジタル化(防災行政用デジタル同報無線システム)へと移行してきました。しかし、今後は人口減少を背景に、災害時に行政が主体となって情報を伝達・収集したり、行政の職員が対応する仕組みは破綻していくだろうと想定されています。一方これからの社会に適した防災システムのあり方はどうなるのか、というと、あまり議論されずにきていると個人的に感じています。どちらかというと、個の防災力の強化や、共助、自助の重要性が最近は言われています。
そう考えると、新規事業を通じて、社会を変える、その移行設計を考える、もっと上流の「防災のありたい姿」をきちんと作っていったほうがよいのではないかと感じました。
谷 なるほど。これまで長い歴史をかけて、技術の進歩とともに防災は進化してきましたが、社会として防災のありたい姿はどういうものか、一人一人が自発的に防災・減災活動に参加するシステム作りはどうしたらよいのか、根本的な問題はいままで触れられなかったのかもしれません。
津野 そうですね。地球温暖化に伴って、地震のほかにもゲリラ豪雨による水害など、日本では災害が増えています。毎年災害が起きるたびに亡くなられる方がいて、現状はあまり変わっていない。
より良い社会を創造するために、「市町村防災行政無線システム」を手掛ける私たちも、防災システム全体のこれからについて考えるべきではないか。新しい防災への移行を設計し、社会に変革を起こす事業を立ち上げる。その手段として、トランジションデザインが上手く機能するかもしれないと思いました。
事業機会探索を振り返って
谷 今回、第一フェーズとしてトランジションデザインのアプローチを用いて事業機会探索を行いました。半年という期間で、過去から未来、マクロレベルからミクロレベルを丹念にリサーチし、目指すべきトランジションの未来の姿を探りましたね。
防災の個別の問題に対して新規事業のアイデアを出すのではなく、絡み合う様々な課題を俯瞰的に捉え、目指したいインパクトを決める、というプロセスを振り返っていかがでしたか。
本プロジェクトでの実践、アプローチは下記をご覧ください
津野 まず、一番初めに行なった「解くべき問題を定める、介入点を探る」ところがとても重要でしたね。防災と一言でいっても領域はとても広いです。災害が起きる前の段階から、災害の発生中、避難中、そこから復旧、復興に向かう。時間軸がとても長いんですね。
時間軸も範囲も広い分、問題分析が複雑で難しく、どこに視点をおいて解くべき問題を定めていくのかが難しいと感じました。本当にしっかり完璧にできたのかというと、そうではないですが、メンバー全員で因果関係を整理して行き、何が解くべき問題なのかというところを作りました。
3月にはメンバーが、実際に能登半島の輪島のボランティアに入りました。現場で起こっている事実、問題をこの目で見て、問題点の抽出、ステークホルダーとの関係性などを分析し、継続的に更新をしています。
谷 続いて行なった、介入点を中心にした「歴史構造分析」についてはいかがでしたか?
津野 人との連携がどういう風に行われてきたか、歴史を振り返りました。江戸時代は特に、社会システムとして人と人が連携していて、生活が成り立っていたということがわかりました。そこから近代に向かっていくなかで、生活様式の変化、核家族化や高齢化社会、都市への人口流出などを背景に、人との連携やコミュニケーションが変化し、都市部では隣に誰が住んでいるかわからないなど、関係性が希薄化してきていることがわかりました。
今は、インターネットやスマートフォンの普及により、隣に住む人との繋がりよりは、ネット上での繋がりに重きが置かれています。私たちとしても、人との繋がりを考える時はリアルかどうかは関係なく、コミュニケーション力を最大限に生かし、生活が成り立つ社会というシステムを作れないかと、歴史構造分析の中から考えました。
谷 並行して、専門家へのヒアリングや、自治体や防災を目指す団体へのインタビューなどを行い、最終的に、すべてのリサーチの結果から防災のありたい姿を作り、インパクトを作りましたね。
津野 さまざまな視点から事業が目指すインパクトを「場所に囚われず人と人の有機的な繋がりをつくることを通じて、災害中でも安心を感じられること」として策定しました。防災のありたい姿を実現するための道筋の設計として、ロジックモデルを使って、インパクトを実現するための短期的成果、中期的成果、長期的成果を作りました。限られた時間の中でやったこともあり、精緻なロジックモデルではないですが、まずは、やったことのアウトプットとしてつくりました。
谷 第1フェーズの最後には、社外に向けた報告会とワークショップを行い、今回の成果や知見を開くイベントを開催しましたね。
津野 私たちが考えたこういう風に社会を変えたい、防災のあたりまえを変えたい、共に作っていきたいことを、社外に向けて発信しました。
トランジションデザインでは、様々なステークホルダーを巻き込みながら社会を変えていく移行設計を考えなければなりません。プロジェクトに関わるメンバーだけで理想とする社会を考えていくのではなく、プロジェクトの初期段階から様々なステークホルダーと一緒に構築していくことが必要です。
多様なステークホルダーと共に防災のあたりまえについて議論ができる場をつくるために、“共創プロジェクトの設計図”である「パーパスモデル」を活用したワークショップを設計しました。社外発表のイベントでは、パーパスモデルの考案者である吉備友理恵さんをゲストに迎えて、参加者とともに共通目的を達成するためのステークホルダーと、その役割を考えました。
結局、社会が変わらないと防災も変わらない、助かる命も助からないのだと思っています。なので、我々は、新規事業の短期的成果をきっかけに、社会の行動を変えるような仕組みをどうやったら作れるかを考えていきたい。
災害時に人との連携ができないという問題の原因として、都市部においては、やっぱり隣の人との顔合わせる機会がないだとか、まだ隣に誰が住んでるかわからない、などがあります。じゃあ顔の見える関係性をどうやったら作れるんだろうか、などの中に1つの事業の可能性があると思います。助け合い強調する仕組み、仕掛けを作ることが大事だと思います。
一方、地方においては、人口減少、高齢化、過疎化に伴い、そもそも連携したくても人がいないという問題を抱えています。これを補うための情報収集や情報伝達、介入するところに事業の可能性があると思います。
谷 その時代時代の社会の構造があり、防災の取り組みが決まる。社会がこうだから、しょうがないとあきらめるのではなく、トランジションデザインのマインドセットで、ありたい姿を描いてから、今から何をするべきか、きっかけからまず作る、些細なところから少しずつなんかその変化を起こしていくとか、考え方、今の社会で広めることが大事じゃないかなと聞いてすごく感じています。
津野 そうですね。社会に変革を起こそうとするには、企業がより良い未来を描き、移行を設計することは重要な意味を持つのだと改めて実感しています。
谷 最後に、今後の展望について教えてください。
津野 2024年は、プロジェクトでのアウトプットをもとに事業を創出するフェーズへ進みます。ステークホルダーにとって「これなら良いよね」と必要とされるもの、社会の変容につながるようなアイデアを考えていき、検証を通じて、事業の種を作っていきます。
また、自分だけがトランジションデザイナーとして社内の媒介者になるのではなく、トランジションデザインの概念を理解し、使いこなせるメンバーを増やしたいと考えています。みんなが共通の視点を持ち、もっとよりよい社会を考え、社会に貢献できるような事業を創出していけたら嬉しいです。
谷 ありがとうございました。
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