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小林 奈都子 2025.07.18

創造的な共創空間・展示空間のつくり方
実は大事な初期プロセス、コンセプト策定編

いい共創空間を作るには、コンセプトづくりが重要

今、企業の新たな拠点創出として、立場を超えた共創を通じてイノベーションを生み出す共創空間や、自社のビジョンを伝え、次世代とのコミュニケーションを図るための展示空間に注目が集まっています。

一方で、こうした共創空間や展示空間の立ち上げを検討している企業担当者の多くが、「何から始めていいか分からない」「社内での合意形成に不安がある」という課題を抱えているのではないでしょうか。特に、「トップダウンで任命されたが困っている」という状況の担当者にとって、この「決められない」モヤモヤ状態をを晴らすためのアプローチが重要です。

共創空間・展示空間をより創造豊かなものにするためには、実はコンセプト策定こそが最も重要なプロセスです。なぜなら、この初期段階での検討が、その後の空間デザインから運営、さらには長期的な価値創造まで、すべての方向性を決定づけるからです。

本記事では、企業・自治体の新たな空間や展示づくりの支援を複数行ってきたディレクターの視点から、共創空間・展示空間のコンセプト策定における3つのステップ「引き出す」「おとしこむ」「まとめる」というプロセスについて詳しく解説します。単なる建物を作るのではなく、企業のビジョン実現につながる価値ある空間を生み出すための実践的なメソッドをお伝えします。

小林 奈都子

Author小林 奈都子(クリエイティブディレクター)

東京藝術大学大学院デザイン科空間設計橋本研究室卒。組織設計事務所関係のインテリアデザインファームに所属。インテリアデザイナーとして内装設計に留まらず、サインやアート監修や家具設計まで幅広く手掛ける。その後、インテリアの知見を活かして人々の生活空間に寄り添うデザイン活動に携わりたいという想いから、家具販売ECの商品企画開発へ転身。素材を活かしたカフェテーブルやスツールなど数々の商品の企画から設計、製造管理、サイト掲載まで一貫して従事。そうした経験から、材料関連の製造現場を通して、デザインシンキングやデザイン経営の重要性に気付かされ、2022年ロフトワークへ。趣味は夫と一緒に建築、空間、スパ巡り。

Profile

【ステップ1】引き出す:企業のモヤモヤを言語化する

目線を揃えつづけるための「合言葉」をつくる

共創空間や展示空間のプロジェクトにおいて、まず最初に取り組むべきは関係者の想いやビジョンを言語化することです。マクセル株式会社との「クセがあるスタジオ」のプロジェクトでは、「ちょっと先の魔法」という印象的な“合言葉”が生まれました。

ガラス張りのモダンな共創空間の外観。建物の正面にはワイヤー状の構造が張り巡らされ、内部では数名の人がテーブルを囲んで会話している。手前にはスーツ姿の男性と、鮮やかな緑のコートを着た女性が建物の前を歩いている。壁面には「クセがあるスタジオ」と書かれている。

この合言葉は、単なるキャッチフレーズではありません。マクセルが様々な人とのコラボレーションを通じて実現したい姿勢、やりたいことを端的に表現した行動指針そのものです。商品開発におけるブレイクスルーを創出したい、多様な機会を生み出したいという企業の想いや、「技術的に面白いネタはたくさんあるが、どう発信していけばよいか分からない」という具体的な課題感を踏まえ、プロジェクトの提案時から掲げています。

「ちょっと先の魔法」という言葉は、プロジェクト全体を通じて一貫した軸となりました。設計段階で迷いが生じた際も、「それは、本当に面白いのか」「実現したいことなのか」という視点に立ち戻れる指針として機能します。また、社内の多様な関係者が関わる中で、異なる部署の人々の目線を合わせるキャッチコピーとしての役割も果たしました。

畳敷きの和室で行われているワークショップの様子。中央にはホワイトボードに貼られたカラフルな付箋と図解が並び、参加者たちがそれを囲んで議論している。左側ではモニターにスライドが表示され、ノートPCを操作する女性と、立って説明する男性、付箋を手にした女性が見える。テーブルには飲み物や文房具、付箋などが並び、活発な意見交換が行われている様子が伝わる。
プロジェクトで実施したワークショップの様子

建築プロジェクトは高額な投資を伴い、完成後も長年にわたって企業資産として残り続けます。そのため、「なぜこの建物を建てたのか」「その価値はあるのか」という視点で問われがちです。しかし、プロジェクト初期に策定したビジョンや合言葉によって関係者の目線が揃うことで、建物の存在意義を明確に説明できます。時には、営業活動においても説得力のあるストーリーとしても活用できるでしょう。家具ひとつを説明するにしても、その背景にあるこだわりを「自分たちの言葉」で紡ぎ出すことが可能になるのです。

建物の新築や改修をするような規模の大きいプロジェクト以外に、展示やポップアップイベントといった身近な規模のプロジェクトでもこうした「合言葉」や軸づくりは大切です。

例えば、長崎空港で実施した食の魅力を体験する展示企画「FOOD DESTINATION PORTー旅になる旬の長崎」では、長崎で育まれ、粒だった魅力を持つ食材を伝えるため、長崎のグルメやメニューを「分解」していくことを企画の軸としました。この軸を起点として、企画の考え方が構造化され、デザインへ展開することができたのです。そして、今回扱われた食材の長崎いちごを主役に、軸として定めた「分解」の表現をグラフィカルに目で楽しみ、インフォグラフィックスとして長崎空港の中で体験することができるような展示構成を作り上げることができました。

長崎空港内で開催された「FOOD DESTINATION PORT」の展示風景。白い箱を積み上げて構成されたブースに、長崎の食文化を紹介するグラフィックが貼られている。中央には赤いイチゴのイラストと「長崎といちご」の文字があり、右側では赤いコートを着た来場者が展示の一部を手に取って見ている。上部には「名物を堪能できるオススメ店」などのキャッチコピーが掲げられている。

着実に進行させるためのプロジェクトマネジメント

多くのプロジェクトでは、スタート時点ですべてが決まっているわけではありません。むしろ、「何をするべきなのか、どうやって決めていけばよいか分からない」状態が一般的です。

このような状況において、担当者や多様なステークホルダーの声に寄り添いながら、プロジェクトの進め方やコスト配分も含めて一緒に考えていく伴走型のアプローチが重要だと考えています。そこで欠かせないのが、プロジェクトマネジメントのスキルです。

空間づくりという、比較的長期のプロジェクト期間において、進行管理はもちろん、リソース管理やステークホルダーの整理、中間発表や最終決定などの合意形成タイミングも明確に設定していきます。プロジェクトの基盤となる「プロジェクトマネジメント計画書」をはじめ、ロフトワークが積み上げてきた実践知を生かし、「面白いことができそう」という期待感を維持しながら、着実なゴール達成を目指します。

 

【ステップ2】おとしこむ:どんな空間にしたいかを明らかにする

ベンチマークとファンクションの明確化

合言葉の策定と並行して重要なのが、「場」そのものの解像度の向上です。基本的にはワークショップを通じて、与件やキーワードを空間として具体的に紐解き、立ち位置(ベンチマーク)と機能(ファンクション)を明確にしていきます。

前者は、空間づくりとそこで生まれる活動を通じて、どんな世界観を目指すのかを明らかにし、後者は、その達成のために空間がどんな用途や機能を持つべきなのかを明確にします。

ベンチマークの整理項目:

  • キーワード設定
  • 存在意義、どう在りたいか
  • 場を起点にどう発展していきたいか
  • アーキタイプ・ユーザー・ターゲット設定
  • ステークホルダーの明確化
  • アウトカム、ビジョン(未来像)

ファンクションの整理項目:

  • 想定されるシーンの洗い出し
  • 場の位置付け
  • 用途や機能(オープン/クローズなど)
  • 来訪者に感じてほしいこと、届けたい想い
  • 場の中で人と人が起こす化学反応
  • 活用用途の優先順位づけ

これらの項目を丁寧に検討することで、曖昧な表現ではなく、具体的な価値提供ができる空間の輪郭が見えてきます。

ソフトとハードの両面から「場を形づくる」

ここまで整理された要素を、次は具体的な空間デザインにつながる方針として体系化していきます。この段階では、運営方針やプログラム(ソフト)と用途機能(ハード)の両方を同時に考えることが重要です。どちらが欠けていても、空間は機能しません。

ソフト面の検討要素:

  • 運営方針、行動指針
  • 場と企業、人、社会との関係性
  • 運用プログラム
  • 運用の要件

ハード面の検討要素:

  • 用途機能
  • 設計の要件
  • 場に関係する情報の整理(敷地とその周辺環境)

また、「誰のために、何のために場を作るのか」を明確にする必要があります。これは、外部のパートナーをアサインしていくうえで重要で、後の空間ディレクションの礎となります。

マクセルの事例では、「地域の人たちに楽しんでもらいたい」という想いを起点に、「次世代の採用を見据えて、自社技術に興味を持ってもらいたい」という戦略的なねらいを明確化していきました。「なぜそうなのか」「つまりどういうことか」というロジックを、それまでの対話やエピソードから広げ、企業としての背景や多様な活動と紐づけながら構築していったのです。

マクセルの展示空間で、赤いラジカセ型の装置に大きな耳が付いたユニークな展示作品を見つめる来場者たち。作品は網状のパネルに取り付けられており、装置の上には人物の後頭部の写真とディスプレイモニターが設置されている。
クセがあるスタジオでは、異業種の人々との接点を生み出すため、次世代のクリエイターやイノベーターがチャレンジできるアワード『クセがあるアワード:混』を開催しました

デザインの方針を決める「Do/Don’ts」

何を目指し、何を目指さないのかを決める「Do/Don’ts」の視点も持ちながら整理していく場合もあります。この考え方は、デザインの方向性を決める上でもとても大切です。展示や共創のための空間として求める在り方とそれに沿ったデザインはどういったものか、というのを早い段階から近似事例やトレンドリサーチを元に類型化して、目線合わせをすることが重要となります。

これは「場を形づくる」上でも、重要なベンチマークとなり、人々の創造性を引き出し、伝えるための空間としてどのような要素が必要となるのかを掴むことができます。

パナソニック インダストリー株式会社の実験室改装プロジェクトでは、ベンチマークとファンクション探索のために社員を巻き込んだワークショップを実施しました。そこで分かったのは、改装後の空間で社員同士が繋がり合い、アイデア創出を促進する未来像を描く上で、変化を受け入れられる空間の「可変性」や「可動性」が社員から強く求められているということでした。

これらのキーワードを現実に落とし込む際には、空間・什器デザインのイメージと、実験室でありながら働く場としての環境のあり方について、クライアントと入念に擦り合わせを行った上でプランニングを進めました。

パナソニックインダストリー社の新たな研究室。室内はグリーンとホワイトを基調とした落ち着いた配色で、移動可能な家具やホワイトボード、観葉植物が配置されている。奥では人が歩いている姿も見え、柔軟で開かれた空間設計が特徴的。

先行計画と調和させながら、ブレない世界観をつくる

時には内装設計がすでに固まっており、先行して進んでいることもあります。その場合、施設のネーミングやコピー、施設内のサイン、そしてVI(ビジュアルアイデンティティ)が空間と調和するように配慮する必要があります。この調和が施設の魅力をいっそう高めるのです。

実際にこれらの連携をデザインしたのが、パナソニックEW社による共創型R&Dを推進するための新拠点「SHIOMER」のプロジェクトでした。

共創型R&D拠点「SHIOMER」の内装。天井からはピンクやブルーの波形グラフィックが描かれた装飾パネルが吊り下げられ、開放的な空間に彩りを加えている。床にはグレーのカーペットが敷かれ、可動式の机や椅子、モニター、観葉植物が配置されており、柔軟なレイアウトが可能な創造的ワークスペースの雰囲気が漂う。

「SHIOMER」の空間デザインの方向性についても、トータルデザインをまとめる上でDo/Don’tsの整理を行うことは非常に有効でした。施設のコンセプトワードはすでに定めていたものの、その解釈は広く、メンバーそれぞれが抱いている印象や考え方は異なるものでした。

そこで、コンセプトからもう一歩踏み込んだDo/Don’tsの視点で整理することによって、メンバーの認識を一つの方向性に擦り合わせました。こうしたプロセスを経てコンセプトやストーリーに裏付けされた世界観を、空間やグラフィックのデザインへと体現していったのです。

【ステップ3】「まとめる」:体系的な整理とストーリーを紡ぐ

基本方針策定書を作成する

最終的に、これらの検討結果を基本方針策定書として体系的にまとめます。方針策定書には、全体のコンセプトとそれを補完する空間ごとの「デザインコンセプト」が含まれます。コンセプトのワーディングももちろん重要ですが、大事なのはストーリーをつくること。ハード・ソフトの両面を検討した上で、それらを結ぶストーリーを考えることで、多くのステークホルダーに対して納得感を生み出すことができます。

同時に、UX設計も考案し、図面ができる前の段階から具体的な利用シーンを想定します。「子どもや大人」という大まかな分類ではなく、どんな人たちをターゲットにするのか、彼らにどんな行動を促すのか?時間帯・用途ごとのUXを詳細に分類していきます。

ありがちなのは、「フレキシブルな空間で何でもできる」という表現で止まってしまうこと。これでは不十分で、クライアント側の立場に立って「こんな使われ方をします」という具体的なイメージを持てるように、ゾーニング*やエリアの用途、展示時の動線などを可視化して提示することがポイントです。

*ゾーニング:用途やテーマに応じて、空間を区分けすること

共創拠点「SHIOMER」のゾーニング図。開発エリアの“DOCK”、共創エリアの“OCEAN”、ラウンジエリアの“PORT”など、目的ごとに色分けされた空間構成が立体的に示されている。
SHIOMERのエリアゾーニングのイメージ図

基本方針策定書の構成要素

ソフト面:

  • 全体コンセプト、コンセプトキーワード(合言葉づくり)
  • 運営・活用施策、プログラム設計
  • 運営体制

ハード面:

  • 場の構想、要件定義
  • デザインコンセプト
  • ベンチマークとなるデザインイメージ
  • カラースキームイメージ
  • サイン、家具、什器などコンセプト拡張の要素
  • 目的・用途
  • 用途ごとのシーン・付帯機能
  • ゾーニングとエリア用途
  • 想定UX

この方針策定書や「Creative Compass」」と私たちが呼んでいる、デザイン方針をまとめた資料は、その後の具体的な空間ディレクションや体験設計の指針となる重要な文書です。プロジェクトメンバー間での認識統一を図り、外部パートナーとの協働においても進むべき方向性を示す役割を果たします。

「空間を作った後」が大事だからこそ、コンセプトが価値の基盤になる

共創空間・展示空間のコンセプト策定は、単なるデザインの前工程ではありません。企業のビジョン実現や長期的な価値創造に不可欠なプロセスです。共創空間や展示空間は、作った後にどんな交流や活動が生まれていくかが最も重要。だからこそ、初期段階での丁寧な検討こそが、完成後の空間が持つ意味や価値に大きく関わります。

「引き出す」プロセスでは、企業の想いを言語化し、関係者の目線を合わせる合言葉を策定します。同時に、ワークショップを通じてベンチマークとファンクションを明確にし、場の解像度を向上させます。「まとめる」プロセスでは、これらの要素をソフトとハードの両面から体系化し、具体的なデザインにつながる基本方針策定書として落とし込みます。

このような段階的なアプローチにより、「何となく面白そうな空間」ではなく、企業の戦略的目標に資する価値ある空間を実現できます。建築完成後も長年にわたって企業資産として機能し続ける空間だからこそ、初期のコンセプト策定に十分な時間と工数を投じる価値があるのです。

共創空間や展示空間の立ち上げを検討されている企業の皆様も、まずは自社の想いやビジョンを言語化することから始めてみてはいかがでしょうか。その先に、企業にとって真に価値ある空間デザインの道筋が見えてくるはずです。

 

執筆:小林 奈都子(株式会社ロフトワーク)
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)

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