
「医療」や「公共」の垣根を飛び越えて
愛知県豊田市のMYパワーに学ぶ、人口減少社会で地域を“経営”する視点
ーエネルギーとデザイン vol.2
医療だけで解決できる課題は限られている
日本全体で、過疎化や少子高齢化が嘆かれて久しい。人口母数だけでなく働き手の数が減ったその先の社会で、今の生活様式にどれだけの持続可能性があるのだろうか。小さくなりゆく社会をただ嘆くのではなく、制約の中でエネルギーや資源を循環させ、いかに創造力のある取り組みを育んでいくかが、これからの社会を生き抜く上で重要な視点ではないだろうか。
そんな問いからはじまった本シリーズ「エネルギーとデザイン」では、社会との持続的な共生を目指しながら自らエネルギーと経済圏を作っている方々との対話を通じて、エネルギーをめぐる新たな試みの現在地に焦点を当てる。
vol.2で焦点を当てるのは、地域新電力。愛知県豊田市の山村地域に位置する足助病院の早川名誉院長は、地域新電力の活動を通じて地域の課題解決に取り組む「株式会社 三河の山里コミュニティパワー(以下、MYパワー)」を立ち上げた。
株式会社 三河の山里コミュニティパワー
医療従事者である彼らがエネルギーの事業も手がけていることに、疑問を抱く人も多いはずだ。一方で、足助病院の名誉院長でありMYパワーの代表取締役社長を務める早川富博名誉院長は「医療だけで解決できる課題は限られている」と話す。病院の外へ飛び出し、医療の垣根を飛び越えて取り組むMYパワーの挑戦を聞いた。
話した人

写真左から順に、
- 国広 信哉(株式会社 ロフトワーク)
- 鈴木 雄也(株式会社 三河の山里コミュニティパワー 経営企画室)
- 早川 富博(株式会社 三河の山里コミュニティパワー 代表取締役)
- 加藤 あん(株式会社ロフトワーク)
課題解決手段としての、電力小売事業
足助病院が位置する足助地区は、愛知県豊田市の中でも山村地域と呼ばれ、豊かな山々に囲まれた地域だ。一方で過疎化や高齢化が著しく進行しているエリアでもあり、2040年には人口は半減、小中学生は現在の1/3に減少、50の集落が消滅、小規模高齢化集落は100を超えるとも言われている(*1)。これらの問題は、この足助地区に限らず日本各地で起きている(または起こりうる)問題だ。

この地域で長年医療に従事してきた早川名誉院長は、訪問介護を通じて独居老人や高齢者の移動手段問題など、さまざまな地域課題を目の当たりにする。2016年に一般財団法人トヨタ・モビリティ基金から出された医療分野向けの助成金をきっかけに、豊田市・名古屋大学・足助病院の三者で地域課題に取り組む「たすけあいプロジェクト」を始動した。
早川名誉院長「補助金採択後に住民向けのアンケートも実施したのですが、独居老人の問題や交通手段がないこと、それから獣害を嘆く声も多かったです。これらは生活基盤に関わる話なので、医療だけで解決できる範疇を超えているわけです。一方で、医療従事者だからといってこれらの問題を考えていけないわけではない。あれこれ意見を言うだけではいけないと思い、自分も行動してみることにしました」

たすけあいプロジェクトでは、人感センサーなどのIT機器を活用した「健康見守り」、住民同士の乗合を促進する「たすけあいカー」をはじめとする「移動支援」、高齢者向けイベントの開催などを通じた「お出かけ促進」など、その名の通り住民同士の助け合いを促進する活動を展開。補助金の下支えもあり、住民はこれらのサービスを全て無料で享受することができた。

一方で、補助金頼みでは活動に持続性がない。この課題を見越した早川名誉院長は、プロジェクト存続のために電力の小売事業に目をつけた。
早川名誉院長「2016年から電力自由化になりましたが、『NPO法人地域の未来・志援センター』の理事であり、旧知の間柄でもあった萩原喜之さんから、電力の小売事業を行う会社の立ち上げを相談されたんです。たすけあいプロジェクトを存続させるために、電力小売事業の利益で経費を賄うことで、資金面での自立を目指しました。
とはいえ電力に関しては全くの素人なので、豊田市の仲介のもと中部電力にサポートを依頼しました。中部電力としては、ただ電気を発電して売るフェーズから、地域に貢献できる会社を目指す未来構想を持っていたこともあり、互いのニーズがマッチして協働が叶ったんです」

2017年ごろから中部電力との勉強会を開始したほか、翌年には電力小売事業の実現を検討するために「一般社団法人 三河の山里課題解決ファーム(以下、ファーム)」を有志で立ち上げ。2019年には豊田市・中部電力・ファームの三者で新たな協定を締結したのち、「株式会社 三河の山里コミュニティパワー」を設立した。彼らの事業は、豊田市内にある約700の公共施設の電力をMYパワーに切り替えることから始まっている(*2)。
早川名誉院長「大手電力会社に支払ったお金は、当然地域の外に出ていきます。その支払い先をMYパワーに変えてもらうと、事業の利益を地域の困りごとの解決に使える。地域の中でお金が循環するんです。当初の目的はたすけあいプロジェクトを存続させることでしたが、電力小売事業をきっかけにMYパワーの活動が広がりはじめました」
地域にある課題は分断された個別の問題ではなく、全ては地続きに連関し合っている。早川名誉院長の言葉を聞き、医療従事者である彼らがエネルギーの問題に取り組んでいることにも深く腹落ちした。
電気を切り替える行為が、地域自治への意識を育てる
MYパワーに電力の購入先を切り替えたとしても、利用者が支払う金額は変わらない。この事実だけを聞くと、良いことづくめの電力小売事業は住民にもすんなり受け入れられたのかと思いきや、「“すんなり”では全くなかった」と、早川名誉院長は続ける。
早川名誉院長「『電力に対して支払ったお金が地域の中で循環する』と、話すだけなら簡単なんですが、住民が納得して購入先を切り替えるに至るまではすごく大変で。地域活動に比較的熱心な地区でも8世帯中2世帯しかMYパワーに切り替えていない事実からも、事の難しさが分かっていただけると思います。何度も足繁く通って、一緒に草刈りしている時に『やっぱり電気切り替えた方が良いのかな?』と、ようやく聞いてくれるような話なんです」

同じくMYパワーの経営企画担当として活動する鈴木雄也さんも、地域を変えるためには長い時間と相当な体力がかかることを実感したと話す。

鈴木さん「地域が変わる時って、スイッチをパチンと切り替えるようなイメージではなくて、もっとグラデーションなんです。仮に、100人の村で何かの活動に取り組むとしたら、その活動に近い人が5人、すれ違った時に挨拶してくれる程度の人が10人、残りの85人は存在すら知らない。この割合が徐々に変わっていくのが、地域が変わる時の実態だと思います。
その割合を変えるために必要なのは、住民さんと腹を割って話し合うこと。僕は前職で営業マンだったこともあり『60分で口説きたい』という姿勢で話のロジック・ストーリーを考えることが多かったのですが、地域での取り組みはもっと長期戦です。住民さんの心を動かすのは、論理的で質の高いプレゼンテーションではなく、住民さんと一緒に汗をかいて過ごす時間だったりします」
彼らはなぜこれだけ粘り強く取り組むのだろうか。その背景には、地域課題解決に取り組む前提とも言える住民自治への眼差しがあった。

鈴木さん「僕らがどれだけアイデアを投げかけたとしても、最終的にはそこに住む人たち自身がどうしたいかに尽きます。これは、ロフトワークさんのようなクライアントワークを手掛ける会社と、依頼元の企業との関係性に近いものがあると思います。僕たちができることは、MYパワーに切り替えることで生まれる未来の選択肢を提示すること。だからこそ、エネルギーの話題を入口にはせず、『この地域を未来に残しませんか?』という問いかけから始めることも意識しています」
鈴木さんの話を聞き、電力小売事業があくまでも課題解決の手段であることを反芻するように理解する。その傍らで、電気を切り替える行為が住民の自治意識の醸成に役立っていることを早川名誉院長は指摘する。

早川名誉院長「住民自らお金を支払い、然るべき手続きを経て、電力の購入先をMYパワーに切り替える。この一連の行動が、住民の意識づけに大きく作用していると思います。ここが補助金との大きな違いで、サービスを無料で享受しているだけでは、住民の地域自治への意識や主体性はなかなか醸成されません。
MYパワーでは、電力小売事業で得た利益の使い道も住民と相談します。草刈りの機械を買うも良し、地域の祭りに投資するも良し。意識が変わるためには頭で理解するだけではダメで、実際に行動することが欠かせません」
かゆいところに手が届く、地域の「第2行政」へ
電力の小売先を公共施設だけでなく個人や企業などの民間にも広げ、現在では市内約3000件ある民間戸数のうち、約200件でMYパワーの電力が使用されている(※2024年10月時点)。公共と民間を合わせて約1000件達成している一方で、「民間ではまだ全体の1割にも満たないんです」と早川名誉院長。この数字からも、地域活動に粘り強さが求められることを実感する。
MYパワーが販売する電力の供給源にも変化があり、2023年4月からは中部電力に代わって渡刈クリーンセンターで発電された電力を販売している。コロナ禍やロシア・ウクライナ戦争の影響で電気代が乱高下し、3年間の三者協定終了後は中部電力の協力を得ることが難しくなってしまったことがその背景にあるという。
早川名誉院長「新たな電力源を確保して事業資金を賄うために、渡刈クリーンセンターのゴミ発電に注目しました。都市部で出たゴミで発電した電気を、山間部の田舎で活用する。より一層地域の中で資源が循環するようになりました」
MYパワーでは、電気の小売事業だけでなく、再生可能エネルギーの開発に向けた取り組みも進んでいる。現在は小水力発電の実現に向けて準備を進めており、自治会の住民と一緒に県外の取り組みの視察にも行ったという。

早川名誉院長「小水力発電の取り組みを検討している市内の集落は、世帯数が7〜8件しかなく、しかも住民の平均年齢が70〜80歳くらいなんです。10年後にここで生活している人がどれだけいるかわからない。そんな現状を踏まえて子どもが住む隣の集落と一緒に取り組むことにしたのですが、これは住民側から出たアイデアなんです。住民の意識が少しずつ変化していることを実感しました」
MYパワーの活動は、少しずつ、されど着実に住民の意識と熱を高めている。豊田市の山村地域で、彼らはどんなビジョンを描いているのだろうか。そんなことを考えていると、鈴木さんから「第2行政」というキーワードが飛び込んできた。

鈴木さん 「『よそはよそ、うちはうち』じゃないですが、行政は分野ごとに縦割りになっていますし、地理的な条件や文化圏で地域が分断されてしまうこともある。一方で、そうした既存の枠組みに囚われていると解決できない地域の課題が山ほどあります。
『第2行政』という言葉もありますが、MYパワーの強みは行政の手が届きにくい部分に手を伸ばせる点にあると思うんです。僕たちが向き合っている課題は日本の各地が抱えている問題でもあるので、新しい社会のモデルとして広げていく可能性も感じています」

「餅は餅屋」という言葉もあるが、過疎化や少子高齢化が進んだ社会では、従来の分業体制が成り立たず「餅を魚屋」に聞かないといけないこともあるはずだ。言い換えると、前提となる制約のあり方が変わったならば、その社会の上に乗せるルールや枠組みも組み替えねばならないということ。「医療」や「公共」など、名前のついた枠組みや垣根を一度融解させ、今そこにあるもの・いる人をピュアに見つめて関係性を再構築してみる。そんな姿勢がこれからの創造性を育むのかもしれない。
vol.3では、観光事業における必要なエネルギーを自給しながら、地域社会や生態系へと還元を行う実践者たちの物語を追いかける予定だ。
企画:国広 信哉・加藤あん
執筆:キムラ ユキ
写真:村上 航
前回の記事(vol.1)はこちら
なはれについて

なはれはロフトワーク京都のディレクター中心に構成される場所つき先端ユニット(準備室)です。プロジェクトマネジメントとクリエイティブディレクションを軸に「社会性」「経済性」「創造性」を大事にしたプロジェクトをつくり、育てていきます。
環境配慮型のデジタルデザインなど、実験的なプロジェクトを一緒に作ってみたい方々のご相談をお待ちしています。
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